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二章 帰還
第19話 真実
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翌日、ヒルメルン卿の言う通り私に呼び出しがかかった。
リスリが聞いた限りでは、オーゼについての話し合いが行われているということだったため、私は彼についての再評価が為されるのではないかという淡い期待を抱いていた。
陛下の元、会議の場にはジルコワルとロージフ、私の傍にはウィカルデ、国の武官、文官の要職が揃っていた。加えてその面々には苛立ちの色が見て取れた。
「赤銅の失態は聞いておるがそれだけでこの騒ぎか?」
軍の重鎮のひとりが発言した。グレムデンとかいう将軍だ。彼は我々戦士団とは反りが合わず、遠征でも度々前線の指揮をかき乱してくれた。オーゼも苦言を呈していたのを覚えている。
「いえ、そのために皆様を招集したわけではございません。ハイセン領のルトレック家の後継ぎであった、オーゼという男についての重要な報告です」
「戦士団を追放されたという男だな。それが今更何だというのだ」
「加護を持つ魔術師と聞いておりますが、率いる戦士団も含めて品がなかったとか」
「そのような男の事でわざわざ招集をかけたのか」
重鎮たちは口々にオーゼに対して好き放題を言っていた。
私たちの間の問題を、彼らにとやかく言われているようで腹立たしかった。
「報告は聖戦士殿からお願いいたします」
ジルコワルが立ち上がる。そういえばジルコワルが陛下に報告があると一昨日言っていた。あれはオーゼの事だったのか? 今更いったい何の報告があるというのか。そもそも、オーゼに関することなら私に一言あってくれてもいいのではないか。
「わざわざ皆様にお集まりいただいたこと、申し訳なく思います――が、今回、それだけ重要な国のとっての危機が発覚いたしました故、ご容赦いただきたい」
「危機とは? 聖戦士殿がそこまで言うならばこの騒ぎもわからんではないが……」
グレムデン将軍が問う。
「実はルトレック家に連なる者からある情報を得ました」
「ほう」
ジルコワルは一昨日までの焦りともまた違う、興奮のようなものに満ちていた。
落ち着かない様子で、まるで悪戯をしかける子供の様な表情。
あまり、普段の彼からは結び付かないような表情だった。
「オーゼ・ルトレックの加護についてです」
「やつに幼い頃から加護があったのは皆、知っておる。勿体ぶらずに話せ」
「はは……ええ、話しましょうとも。彼は幻影魔術の加護を得ているなどという噂がございましたが、実は幻覚魔術の専門術師だったのですよ」
幻影魔術とは、幻を作り出したりそれらを操る魔術だと聞いていた。そして幻覚魔術とは? 同じ系統の異質な魔術と言ったところだろうか。
「幻覚術師か。幻覚を引き起こして他人を操る。珍しくはあるが過去に居なかった訳でもあるまい」
ただ、ジルコワルは未だその目が爛々とし、額に汗を流していた。
「そうではありません。彼の加護の力は洗脳なのですよ……」
「なんだと!?」
「そのような加護、聞いたことがない」
「それも魔術なのか?」
「ええ、彼は他人の記憶や感情を消せるのです! それも永続的に!」
「そんなことが可能なのか!」
「呪いならば解く手段もあろう」
「そもそも人に影響を及ぼす魔術がひと月以上持つわけがない!」
そう。人に掛けられる魔法は解き辛いがゆえに、全ての魔法は次の次の新月か満月の夜には失われる。呪いを除いて。
「呪いであれば解けましょう。ただ、制約とも呪いとも異なる可能性もあります」
「――そして彼は書き換えも行えるはず。何故ならその証拠に彼は魔王領の領主たちをいとも簡単に寝返らせておりますから! 説得など偽りだったのですよ! 彼は領主たちを操っているだけなのです!」
会議の場は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。誰も彼もがジルコワルにその事実、内容を問いかける。当たり前だ。そのような加護を持つ者が傍に居れば、誰もが、自分さえもが信じられなくなる。
私は体中の感覚があやふやになっていた。あまりの衝撃で痺れるような感覚に身を支配されていた。私には記憶がない。魔王を倒した直後からの。私はオーゼによって記憶を消されている。間違いない。そしてジルコワルは書き換えもと言った。私のこのオーゼへの想いは――。
呆然とする中、ジルコワルは満面の笑みと共に告げる。
「オーゼを捕らえるのです! あの妄言狂を!」
自分の部屋までどうやって戻ったか覚えていない。リスリによると、ウィカルデが肩を貸してくれたと言っていたけれど……。
◇◇◇◇◇
遅くにジルコワルが訪ねてきた。
今の今まで国の重鎮たちに捕まって話をしていたそうだ。
「はあ、参ったよ。――ああ、少しお酒を頂けるかな。――誰も彼もがどうすれば判別がつくのかと聞いてきて」
私はハッとする。
「判別する方法があるのですか?」
「いや、無い」
「そうですか……」
「ただ――」
ジルコワルは私をじっとみつめる。
「――ただ一部の者にはその痕跡が残ると私は考えている。実際に魔王領の領主の身内に一人、そういう者を見た。それを君で確かめさせてほしいのだが……」
「私で……ですか?」
「ああ、エリンは記憶が無いと言ったね。それは間違いなくオーゼに洗脳されたからだ。そして君はオーゼを信頼し……あるいは――」
ジルコワルは私の気持ちを探っているのだろう。ただ、胸の内までは話したくなかった。
「――もし仮にだ、君がオーゼを愛しているならそれは偽りの感情だと思われる」
「私はオーゼを頼りたかっただけです。洗脳の力があると分かっていたら頼っていません」
私は顔に出さないようにそう言った。
「そうか。ならいい。それで、確かめさせてほしいのだが」
「ええ、どうすれば?」
「彼の洗脳は魔占術でも探知できなくてね。ただ、体に痕跡が残ることがあるんだ」
「体にですか?」
私は胸元のあの赤い結晶を思い出した。
ジルコワルは私の腰に手を回してくる。
「ああ、君の体を見せて欲しい」
「…………」
彼はそう言うと、奥の部屋の方を、ベッドのある部屋の扉を見やる。
「そしてできればあのオーゼの洗脳からエリン、君を解放してあげたいんだ」
「わ、私は……」
私は彼にどうして欲しいのかわからなかった。リスリに助けを求めるも、彼女はあくまで私の侍女であって個人的な関係には口を挟んでこない。どんな秘密があっても守ると誓ってくれたし、彼とのことも口外しないだろう。
ジルコワルは私を立ち上がらせて隣の部屋へと誘う。
寝室の扉を開け、私を連れて入る。
締まる扉の向こうでお辞儀をするリスリ。
自分が洗脳されているのか知りたいという思いだけはあった。
それはつまり――この想いが本物なのか、偽物なのか――ということ。
偽物だったら――そう、ジルコワルに助けを求め、解放してもらえばいいのだ。
私の腰に手を添えたままベッドに座らせるジルコワル。
隣に座り、もう片方の手で私の首筋をなぞる……。
ただ……何故か彼の行為に特別な感情が沸き上がらなかった。
私は考え続けた。
もし、もしこの想いが本物だったら――。
ジルコワルに身を任せることはつまり、取り返しのつかないことになる。
――怖い。それだけはダメだ。
震える手でジルコワルを押しやり、俯いたまま涙声で呟いた。
「ごめんなさい、それだけはできません……」
チッ――何故か一瞬、舌打ちのような音を聞いた気がした。
「――えっ……」
「いや、君もオーゼの真実を知ってショックだろう。今日は休みたまえ」
聞き違いだったのだろう。
顔を上げるとジルコワルは笑顔でこちらを見ていたから。
--
あとがきは毎回割とどうでもいい情報ですので、割とどうでもいい情報を!
魔術分野はこんな感じで分けられてます。これが円盤状にぐるり一周配置されていて、専門術師は対称位置にある3つの分野が苦手分野となります。『かみさまなんてことを』とは若干分類や呼称が異なります。あちらとは加護と祝福の扱いも違います。
1. 防護魔術:ルシアが使ってた抵抗がこの分野
2. 喚起魔術:火球に代表されるルシアの得意分野
招霊魔術:某作リメメルンが使ってたようなやつ。跳躍もここ
3. 召喚魔術
降霊魔術
4. 死霊魔術
精霊魔術
5. 変異魔術:小魔法が便利
6. 幻影魔術:オーゼが偽っていた得意分野
幻覚魔術:オーゼが得意としていたはずの分野
7. 付与魔術:力の一撃や障壁はこの分野
8. 魔占術:オーゼが度々使ってる探知魔法
リスリが聞いた限りでは、オーゼについての話し合いが行われているということだったため、私は彼についての再評価が為されるのではないかという淡い期待を抱いていた。
陛下の元、会議の場にはジルコワルとロージフ、私の傍にはウィカルデ、国の武官、文官の要職が揃っていた。加えてその面々には苛立ちの色が見て取れた。
「赤銅の失態は聞いておるがそれだけでこの騒ぎか?」
軍の重鎮のひとりが発言した。グレムデンとかいう将軍だ。彼は我々戦士団とは反りが合わず、遠征でも度々前線の指揮をかき乱してくれた。オーゼも苦言を呈していたのを覚えている。
「いえ、そのために皆様を招集したわけではございません。ハイセン領のルトレック家の後継ぎであった、オーゼという男についての重要な報告です」
「戦士団を追放されたという男だな。それが今更何だというのだ」
「加護を持つ魔術師と聞いておりますが、率いる戦士団も含めて品がなかったとか」
「そのような男の事でわざわざ招集をかけたのか」
重鎮たちは口々にオーゼに対して好き放題を言っていた。
私たちの間の問題を、彼らにとやかく言われているようで腹立たしかった。
「報告は聖戦士殿からお願いいたします」
ジルコワルが立ち上がる。そういえばジルコワルが陛下に報告があると一昨日言っていた。あれはオーゼの事だったのか? 今更いったい何の報告があるというのか。そもそも、オーゼに関することなら私に一言あってくれてもいいのではないか。
「わざわざ皆様にお集まりいただいたこと、申し訳なく思います――が、今回、それだけ重要な国のとっての危機が発覚いたしました故、ご容赦いただきたい」
「危機とは? 聖戦士殿がそこまで言うならばこの騒ぎもわからんではないが……」
グレムデン将軍が問う。
「実はルトレック家に連なる者からある情報を得ました」
「ほう」
ジルコワルは一昨日までの焦りともまた違う、興奮のようなものに満ちていた。
落ち着かない様子で、まるで悪戯をしかける子供の様な表情。
あまり、普段の彼からは結び付かないような表情だった。
「オーゼ・ルトレックの加護についてです」
「やつに幼い頃から加護があったのは皆、知っておる。勿体ぶらずに話せ」
「はは……ええ、話しましょうとも。彼は幻影魔術の加護を得ているなどという噂がございましたが、実は幻覚魔術の専門術師だったのですよ」
幻影魔術とは、幻を作り出したりそれらを操る魔術だと聞いていた。そして幻覚魔術とは? 同じ系統の異質な魔術と言ったところだろうか。
「幻覚術師か。幻覚を引き起こして他人を操る。珍しくはあるが過去に居なかった訳でもあるまい」
ただ、ジルコワルは未だその目が爛々とし、額に汗を流していた。
「そうではありません。彼の加護の力は洗脳なのですよ……」
「なんだと!?」
「そのような加護、聞いたことがない」
「それも魔術なのか?」
「ええ、彼は他人の記憶や感情を消せるのです! それも永続的に!」
「そんなことが可能なのか!」
「呪いならば解く手段もあろう」
「そもそも人に影響を及ぼす魔術がひと月以上持つわけがない!」
そう。人に掛けられる魔法は解き辛いがゆえに、全ての魔法は次の次の新月か満月の夜には失われる。呪いを除いて。
「呪いであれば解けましょう。ただ、制約とも呪いとも異なる可能性もあります」
「――そして彼は書き換えも行えるはず。何故ならその証拠に彼は魔王領の領主たちをいとも簡単に寝返らせておりますから! 説得など偽りだったのですよ! 彼は領主たちを操っているだけなのです!」
会議の場は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。誰も彼もがジルコワルにその事実、内容を問いかける。当たり前だ。そのような加護を持つ者が傍に居れば、誰もが、自分さえもが信じられなくなる。
私は体中の感覚があやふやになっていた。あまりの衝撃で痺れるような感覚に身を支配されていた。私には記憶がない。魔王を倒した直後からの。私はオーゼによって記憶を消されている。間違いない。そしてジルコワルは書き換えもと言った。私のこのオーゼへの想いは――。
呆然とする中、ジルコワルは満面の笑みと共に告げる。
「オーゼを捕らえるのです! あの妄言狂を!」
自分の部屋までどうやって戻ったか覚えていない。リスリによると、ウィカルデが肩を貸してくれたと言っていたけれど……。
◇◇◇◇◇
遅くにジルコワルが訪ねてきた。
今の今まで国の重鎮たちに捕まって話をしていたそうだ。
「はあ、参ったよ。――ああ、少しお酒を頂けるかな。――誰も彼もがどうすれば判別がつくのかと聞いてきて」
私はハッとする。
「判別する方法があるのですか?」
「いや、無い」
「そうですか……」
「ただ――」
ジルコワルは私をじっとみつめる。
「――ただ一部の者にはその痕跡が残ると私は考えている。実際に魔王領の領主の身内に一人、そういう者を見た。それを君で確かめさせてほしいのだが……」
「私で……ですか?」
「ああ、エリンは記憶が無いと言ったね。それは間違いなくオーゼに洗脳されたからだ。そして君はオーゼを信頼し……あるいは――」
ジルコワルは私の気持ちを探っているのだろう。ただ、胸の内までは話したくなかった。
「――もし仮にだ、君がオーゼを愛しているならそれは偽りの感情だと思われる」
「私はオーゼを頼りたかっただけです。洗脳の力があると分かっていたら頼っていません」
私は顔に出さないようにそう言った。
「そうか。ならいい。それで、確かめさせてほしいのだが」
「ええ、どうすれば?」
「彼の洗脳は魔占術でも探知できなくてね。ただ、体に痕跡が残ることがあるんだ」
「体にですか?」
私は胸元のあの赤い結晶を思い出した。
ジルコワルは私の腰に手を回してくる。
「ああ、君の体を見せて欲しい」
「…………」
彼はそう言うと、奥の部屋の方を、ベッドのある部屋の扉を見やる。
「そしてできればあのオーゼの洗脳からエリン、君を解放してあげたいんだ」
「わ、私は……」
私は彼にどうして欲しいのかわからなかった。リスリに助けを求めるも、彼女はあくまで私の侍女であって個人的な関係には口を挟んでこない。どんな秘密があっても守ると誓ってくれたし、彼とのことも口外しないだろう。
ジルコワルは私を立ち上がらせて隣の部屋へと誘う。
寝室の扉を開け、私を連れて入る。
締まる扉の向こうでお辞儀をするリスリ。
自分が洗脳されているのか知りたいという思いだけはあった。
それはつまり――この想いが本物なのか、偽物なのか――ということ。
偽物だったら――そう、ジルコワルに助けを求め、解放してもらえばいいのだ。
私の腰に手を添えたままベッドに座らせるジルコワル。
隣に座り、もう片方の手で私の首筋をなぞる……。
ただ……何故か彼の行為に特別な感情が沸き上がらなかった。
私は考え続けた。
もし、もしこの想いが本物だったら――。
ジルコワルに身を任せることはつまり、取り返しのつかないことになる。
――怖い。それだけはダメだ。
震える手でジルコワルを押しやり、俯いたまま涙声で呟いた。
「ごめんなさい、それだけはできません……」
チッ――何故か一瞬、舌打ちのような音を聞いた気がした。
「――えっ……」
「いや、君もオーゼの真実を知ってショックだろう。今日は休みたまえ」
聞き違いだったのだろう。
顔を上げるとジルコワルは笑顔でこちらを見ていたから。
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あとがきは毎回割とどうでもいい情報ですので、割とどうでもいい情報を!
魔術分野はこんな感じで分けられてます。これが円盤状にぐるり一周配置されていて、専門術師は対称位置にある3つの分野が苦手分野となります。『かみさまなんてことを』とは若干分類や呼称が異なります。あちらとは加護と祝福の扱いも違います。
1. 防護魔術:ルシアが使ってた抵抗がこの分野
2. 喚起魔術:火球に代表されるルシアの得意分野
招霊魔術:某作リメメルンが使ってたようなやつ。跳躍もここ
3. 召喚魔術
降霊魔術
4. 死霊魔術
精霊魔術
5. 変異魔術:小魔法が便利
6. 幻影魔術:オーゼが偽っていた得意分野
幻覚魔術:オーゼが得意としていたはずの分野
7. 付与魔術:力の一撃や障壁はこの分野
8. 魔占術:オーゼが度々使ってる探知魔法
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