堕チタ勇者ハ甦ル

あんぜ

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一章 追放

第3話 魔力

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 訓練兵となってから二年。私とオーゼは十二になっていた。

 私は去年くらいからぐっと背が伸び始め、オーゼとほとんど同じくらいの背丈になった。オーゼは少しくらい悔しがるかと思ったけれど、――女の子は先に成長するから――と落ち着いた様子。ちょっと気に入らない。

 オーゼは昔と変わらず優し気な顔つきのまま、黒に近い茶色の髪と相まって聡明そうな少年に育っていた。オーゼは年下たちの信頼を集めていたこともあって、訓練兵の女の子には人気があったみたい。特にルシアの親友のルハカがオーゼを見る視線には熱が篭っていた。

 ルシアはというと、美しい銀色の長い髪を結い上げ始めた。大人っぽいからというのが理由。そして最近、部屋にシーツで仕切りを作り始めた。ルシアもあれだけ兄さま兄さまと言っていたのにお年頃かなと思っていたけれど、どうもそうではなく、私の肌をオーゼに見せないようにとのことだった。

「大丈夫だよ。オーゼは覗いたりなんてしないから」
「姉さま、恋人でも結婚するまでは肌を晒してはいけないのです」

 ルシアは私の事を姉さまと呼ぶようになっていた。いずれは兄のオーゼと結婚するから姉さまなのだそうだ。戦士団として戦線に出たら肌どころじゃなくなるだろうに。


 戦士団――そう。以前から皆、薄々感づいてはいた。巫女の予言で精鋭の戦士団を作る。では、そんな精鋭が必要になる予言とは何なのだろうか。ルトレックの旦那様が実子を二人とも王都へ送り出そうと決断するに至るほどの予言とは。

 貴族の子息たちは隣国との戦争だと考えていた。しかし、オーゼは違うと言う。何故なら、隣国でも同様に精鋭が集められていたが、その隣国の視察団がこの砦に来ていたと言うのだ。特に、表に出すことはまず無いと思われるはずのルシアの魔術師たちへの指導を彼らに見せていたと。

 戦争ではないと言うなら何なのか。

 可能性の高い噂は『魔王』だった。どこからその噂が流れてきたのかはわからない。けれど、いつの間にかそういう噂が広まっていた。


  ◇◇◇◇◇


「魔王は勇者じゃないと殺せないんだよ。伝説にもそう記されている。ということはつまり、巫女様は俺たちの中から勇者を選ぶつもりなんだ」

 食堂で一期生の貴族の息子がそう講釈を垂れていた。
 私は物知りなオーゼに問いかける。

「そうなの?」
「そうだね。伝説では魔王は勇者じゃないと葬れないらしい」

「私たちから選ばれるのもほんと?」
「そうかもしれない」
「おいおいおい、馬鹿を言うのはよしたまえ。ってのは俺たち貴族のことだよ」

 離れたところで会話していた私たちに口を挟んでくる貴族の息子。
 彼は片手を腰に当てると、もう一方の掌を見せながら言ってくる。

「――そもそも平民とは魔力の量が違う。貴族は魔力の高い者同士で婚姻し、強い魔力を得て領民を守ってきたんだ。平民が勇者になど成れるわけが無いだろう?」

「魔力の量ならエリンはとても高いよ」

 ――そうオーゼが言ってくれる。

「けれど彼女はまだ魔術を使えないんだってね? その程度だろう?」

 私はまだ魔力の扱いに慣れておらず、魔術を全く使えなかったのは皆知っていた。

「魔術は使えなくても大丈夫さ」

 オーゼは何故か自信をもってそう言い切った。

「――何故ならエリンはオレとルシアが支えるから」

 オーゼはルシアを見る。ルシアは頷きで返した。

「ルシアは喚起魔術エヴォケーションの加護を得ているのは皆知ってるだろう? でもオレはその真逆の幻影魔術イリュージョニーの加護を得ているんだ。二人で補い合えばエリンは無敵だよ」

「そ、それは本当なのか?」
「ああ。だから僕らが戦士団を率いることになれば負けは無い」

 わっ――と食堂がざわめく。まさかオーゼが加護をバラすとは思わなかった。

 確かに加護を持っている魔術師が二人も居るとなれば魔王と戦うことになっても心強いだろう。けれどオーゼの言ったことは本当なのだろうか? 彼は以前、加護については喋るなと旦那様から言いつけられていたはずだ。ただの幻影魔術イリュージョニーの加護ならばそんなことにはきっとならない。


  ◇◇◇◇◇


「はうっ!」

 私は通路を歩いていて飛び跳ねる。人が居ないから良かったものの、誰かに聞かれたら恥ずかしいなんてものじゃない。

「――ちょっと!」
「エリンの修行だろ?」

「そうだけど……いきなりはやめてよ。びっくりする」
「不意打ちの方が少ない魔力で掛かるんだよ。それに実戦だといつ襲われるかわからないよ?」

 オーゼは予備動作もなくいきなりいつものあの魔法を当ててくる。
 一応、警戒はしているんだけど向こうはいつでも仕掛けられるんだから防ぎようがない。もちろん、食事だとか寝てる時だとかには仕掛けてこない。ただ、オーゼの言うことも一理ある。

「そうか……そうだよね」


「――あの、さ……その、魔術の使い方を教えてくれない?」

 私はオーゼに教えられて小さい頃から自分の魔力を感じることはできるようになっていた。ただ、訓練で魔術の初歩を習ったが、一向に使えるようにはならない。

「相性もあるからエリンが使えなくてもいいんだよ?」
「それでも勇者を目指すんだからそのくらい使えるようになりたいよ……」

「そうだなあ。じゃあこういうのはどう? 魔術はオレたちに任せて、エリンは他の方向に魔力を使えるようにするのは」


  ◇◇◇◇◇


 その日、オーゼの指示でとにかく夕方まで、そしてボロボロになるまで戦闘訓練をやらされた。一対一どころか、数人を相手に立ち回りさせられたりしてあちこち擦り傷や打撲だらけになった。訓練終わりに水浴びをするとあちこち染みて痛かったし、疲れ果ててしまってオーゼとの訓練なんてとてもできない状態だった。

「こんなので魔力を使えるようになるの?」
「ふふっ。歴戦の戦士はね、魔力を体力に回したり負傷を少なく抑えたりできるんだよ」

 私はそう聞いて、体の擦り傷とじっと見つめてみた。

「……何も起こらないわ」
「だろうね」

「もぉ! 揶揄ったの!?」
「違う違う。ちょっと手を貸して」

 私は両手を差し出す。ルシアのような滑らかな手ではない。訓練で硬くなった掌をオーゼに差し出すと、少し恥ずかしかった。オーゼはその両手の掌の上に自分の両掌を重ねてくる。温かい――。

「――怪我をしたところに掌を当てたりするだろ? そしたら痛みが少し引いたりとか」
「うん」

「あれは魔力を通して負傷を修復したり、体の中の魔力を励起させて修復したりしているんだ」
「そうなんだ」

「伝説の聖戦士パラディンなんかは輝きの手レイ・オン・ハンズで瀕死の大怪我なんかも治しちゃうんだ。あっちは加護の力もあるから、そこまでは行けなくても、エリンだったら自分である程度なら治せるはずだよ」
「ほんとに!?」

「エリン次第かな。僕たち魔術師は魔力を魔法に回すから体力を整えるのが精一杯だけど、エリンなら怪我まで治せるかもしれない」

 オーゼは本当に凄い。
 魔術師だけではなく、戦士や伝説の聖戦士の話までどこから聞いてきたのか詳しく知っていた。彼は手を当てたままで集中する。すると私の手の中の魔力が踊り始める――そんな感じがした。

「――この感じを覚えて」
「うん」

 オーゼの魔力に自分の手の中の溢れる魔力を合わせていくと、掌が赤みを増して柔らかくなったように思えた。小さな擦り傷が消えていく。

「綺麗な手になったね」

 そういって手を合わせるオーゼ。私はちょっと恥ずかしかったが、そのオーゼの顔を見てみると彼も顔を赤くしていた。オーゼも恥ずかしいんだ……。

「――次は腕の打ち身にもやってみて」

 腕の青くなった打ち身にさっきの感じで魔力を合わせる。

「上手くいかない……」
「急には上手くいかないさ。地道にやって」

「オーゼ、触れてみて」
「……わかった」

「あ痛っ」
「ごめっ」

「……大丈夫。続けて」

 オーゼが触れてくると、さっきと同じように私の中の魔力が躍る。
 オーゼにはもしかしてその輝きの手レイ・オン・ハンズというのが使えるんじゃないだろうか。
 引いていく痛みに、そんな錯覚をも覚える。

「青いのが引いてきたね。すごい」
「凄いのはオーゼだよ」

 魔力を合わせていると、打撲の痛みは消えていった。

「――こっちも……いい?」

 私は服の裾をまくり上げて太腿の切り傷を、顔を真っ赤にさせながら見せる。
 包帯を解くと深くは無いけれど、打撲を伴う醜い切り傷が現れる。

「い、痛そうだから触れないでかざすだけだよ……?」

 オーゼも同じように顔を真っ赤にしてそう告げてくる。

「う、うん……」

 痛みからではなく、恥ずかしさで自分の顔を覆ってしまった。
 見えないと余計にオーゼの魔力を感じる。
 太腿で踊る魔力をオーゼに合わせるとすぅっと痛みが引いていった。

「にっ、兄さま!? 姉さまにいったい何を!!」

「わわっ」
「ひゃっ」

 私はベッドから転がり落ちるようにオーゼから離れる。
 先に部屋へ戻ると言って食堂に残してきたルシアが帰ってきたのだ。

「ルシア! ここ、これはね、エリンに魔力の使い方を……」
「それでどうして姉さまの太腿を触る必要があるのです!」

「触れてはいないよ! 誓って!」
「姉さまが顔を覆っていたではありませんか! 不潔です!」

「本当だって! エリンも何とか言って」
「姉さま、お可哀そうに。ですから仕切りは必要なのです!」
「あっ、あの、ルシア。本当にこれは魔力の使い方を教わっていたの……」

 その後、何とかルシアを説得して理解して貰った。

 ちなみにルシアも真似をして同じことを覚えようとしたけれど、これが相性なのだろうか。私と違って小さな傷を治すにも膨大な魔力が必要だとかで使い物にはならなかったそうだ。


 私はと言うと、こんなことがあった後から彼の姿ばかり目で追うようになってしまった。
 彼は他の女の子にもあんな顔をするだろうか……気になって仕方がなかった。
 そしてあの表情が私だけに向けられていることを知って安心してしまう。

 ――この頃から私は、オーゼへの恋心というものを意識し始めた。






--
 訓練兵時代はここまでです。もう少しだらだらやっていても良いのですが、話が別の所に行きそうなので次回で一章中盤です。オーゼがエリンに教えたのは所謂、耐久力(HP)の上昇ですね。歴戦の戦士は致命傷に近いダメージを負っても戦い続けられるという。ファンタジー世界の人間は、その辺から違うのです。

 関係ないですが、巫女の予言と言うとヴォルスパですね。用語とか、古ノルド語ベースにしようかと思いましたけど直だと割と締まらない感じのネーミングになっちゃうんですよね。どちらかというと――こういう言い伝えで――って感じで全然関係ないカッコイイ単語を用語に当てるのがこの辺の基本なんですけど探すの面倒であまりやってません。

 次回、『成人』です。

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