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第二部
第15話 事件2
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転機はあるとき不意に訪れる。
俺たちはある意味ギリギリの立ち位置に居た。
そこに落ちるのは必然だったのかもしれない。
◇◇◇◇◇
その日は、五月後半の週末の普通の土曜日だった。
部活も午前中に終わり、貴島も合流してうちで楽しくピザとパスタを作っていた。
円花もここひと月の脅威の頑張りで本来の体形に近づき、五日前の抱っこでも確かに軽くなっていて体も締まってきた気がした。顔もしゅっとしてきている。まあ、それのご褒美も兼ねてのピザとパスタだった。
「サキエ先輩、スパゲッティ茹でるときって塩要らないっていうのあれ本当ですか?」
「それはありえません!」
七海の疑問に茹で加減をみる咲枝ちゃんが語気を強める。
「『ソースの味みて茹で汁の味みず』とはつまり物事の片手落ちを意味します」
「そういう格言があるんだ?」
「私の心がけです。イタリアのどこかのおじさんも言ってました。茹で汁の味見だけは忘れるなと」
咲枝ちゃんの言葉だった……。パスタの味の調整は繊細だと咲枝ちゃんは語る。
実際、何日か前に俺の担当で五人分まとめて混ぜた時など味が足りなかったため、一度に混ぜるのは二人分までにするよう咲枝先生から指導を食らった。
「んー。いい香り~」
円花が柄にもなくオーブンを覗き込んでうっとりしていた。彼女はしばらくピザなんて食べてないはず。咲枝ちゃんの指示のもと、生地をこねるのも頑張ってたし、ソースも手伝ってた。
やがてパスタの準備も整ったので焼き立てのピザをオーブンから出すと、一気に熱せられたトマトとオリーブオイルの香りが部屋に満ちる。待ちきれない円花を前に、咲枝ちゃんはさらにバーナーで生地の表面を焦がすと、食欲をそそられる香ばしさも広がった。お母さん直伝だそうだ。
「庭のバジルはまだ本番じゃないから、いまとってもおいしそうなゴールデンオレガノで生トマトとアンチョビのさっぱりした味にしてあります! さあ、召し上がれ!」
ピザをカットし終えた咲枝ちゃんが合図を出すとみんな男子のように群る。トマトもニンニクも採れたて、アンチョビまで自家製だそうだ。炭水化物たっぷりだけど、みんな大好きだから仕方ない。もちろん咲枝ちゃん主導だったので、今日一日で見ればカロリーコントロールはばっちりだそうだ。
◇◇◇◇◇
夜、リビングでソファーに体を預けたまま、貴島とゲームをしていた。テーブルの上には残り物のピザを食べつくした皿とエスプレッソの入っていたカップ。先ほどまでの喧騒はもうどこへやらといった静けさ。
やってきた咲枝ちゃんがお皿を片付けながら言う。
「お風呂あと二人だけだから入っちゃってね」
一区切りついたところで貴島。
「先入れば?」
今さら貴島相手に遠慮なんて無かったので俺は先に風呂に入る。
脱衣所に七海が居て口をゆすいでいる。七海は何かのボトルを指さす。
「先輩、これ先輩のですか?」
「いんや、違うけど。円花が新しいの買ったんじゃない?」
風呂に入った後、リビングに戻ってくる。
「おさき」
「ほい」
風呂上がりの貴島がまた隣でソファーにもたれかかる。
ゲーム再開。
水分補給に来た円花。
「まだゲームやってるの? よく続くわね」
俺。
「ゆっくりゲームできるのも久しぶりだからなあ」
おやすみの挨拶をして去っていく円花。
遅い時間までこいつとゲームをするのは中学以来かもしれない。ただ、あの頃とはいろいろ変わった。ゲーム画面を見ながら、変わってしまったことをひとつひとつ思い浮かべる。良いことばかりでは無かった。
まどろみながらゲームを操作する。何度もやり込んだマップは手癖でも戦える。撃たれ、倒れるも貴島が蘇生する。障害物の隙間から敵チームの後方を鴨撃ちする。また撃たれる。貴島が蘇生する。敵チームが蘇生にくるのでそれを撃つ。死体の山が築かれる。罵倒される。撃たれる。貴島が蘇生する……。
きっかけは小さなことだった。
延々と続くかに思えた蘇生が間に合わない。待機画面に入る。カウントダウンを待つ。15,14,13,……。ため息をつく。息を吸い込む。何かが鼻をくすぐる。俺の肩に貴島の頭。
あれ、こいつこんないい匂いしてたっけ――。
◇◇◇◇◇
我に返ったときには引くに引けないところまで来ていた。
ソファの下には脱ぎ散らかされたシャツや下着。
ただのゲーム仲間だと思ってた相棒の体は細いのにふわりと柔らかかった。
そして彼女たちとの生活で限界に来ていたのもあった。
「イィィィッタァァ、イタタタタタ、イタいイタいイタいイタい、イタいっつってんのに!」
貴島の掌底を頬に食らう。
「あー! ストップ! タンマ! いや、やめないでいいから、ちょ、3,000フレーム待って! 待った! ポーズ!」
貴島がうるさく騒ぐ。いつもならうるせー貴島なんて思うのだろうが、どうしてか俺は――かわいいなこいつ――とか思ってしまったのがいけなかった。
「貴島ごめん!! 無理!!」
「貴島! 言うな! 加奈!」
「加奈!! ごめん!!」
「(いいなあ)」
途中、何か聞こえた気がしたが、俺と貴島――いや加奈は大騒ぎしながら初めてを迎えたのだった。加奈も血濡れだったが、俺の背中も血濡れの双方痛み分けに終わった。あと、胸は思ったよりはあった。
gg(対戦ありがとうございました)
◇◇◇◇◇
気が付いたときには二人してソファから落ちてテーブルとの間で抱き合って眠っていた。
「二人して何やってるのよ、シャワー浴びてきなさい恥ずかしい」
「先輩、後でお掃除してくださいね……」
「アキくん? ゴムここに仕舞ってあるから次からちゃんと付けてね」
三人に見下ろされて言われる。
俺は裸のまま正座し、三人に謝った。
なんとなく流されたというのはああいうものなのだろう。恐ろしい。
俺が謝ってる間、加奈はシャツだけ着るとそそくさと風呂場に去っていた。
「みんな知ってたけど止めなかったからいいわ。その代わり、今晩その……部屋に行くから……」
◇◇◇◇◇
「加奈子が痛がるのもしょうがないわ」
「でっしょー、痛いよあれは」
「サキエ先輩はなんでサイズ知ってたんですか?」
「そ、それはその……」
「あの……俺、弁当食ってるんですけど……」
翌日月曜日の昼休み、いつもの場所で弁当を広げていたのだが……。
今朝、起きたときから円花は微笑みを隠し切れないでいた。
円花は失っていた自信に満ち満ちていた。
中学の頃、夢見た彼女をようやく手に入れられた気がした。
何が変わるわけでもない。そう思っていた。すまんかった山根。
◇◇◇◇◇
「カナ先輩! 初めてであれは尊敬します!」
「でっしょー、私頑張ったもん」
「いいなあ」
「七海が元気になってよかったわ」
「あの……俺、弁当……」
昨日、七海は何も言わなかったが、夜、こそこそと忍び込んできた。
今朝、起きたときにはあのでかい声の後輩が帰ってきていた。
涙はあったがうれし涙だった。朝からうるせえよ七海。
子供のようにはしゃぐ七海はあの頃のうざかわいい後輩だった。
◇◇◇◇◇
「これでもうみんなと一緒だね」
「一緒だねー」
「咲枝は……もうちょっと声、抑えて……」
「下まで聞こえましたよ……」
「……」
咲枝ちゃんは――不束者ですが宜しくお願いします――と三つ指ついてきた。
俺もついつい正座してお辞儀していた。そして今更ながらちゃんとした恋人に。
咲枝ちゃんはとにかく遠慮が無かった。
朝になると恥ずかしくなったのか真っ赤になっていたけど。
◇◇◇◇◇
結局、彼女たちの受けた心の傷は、俺が言葉で受け入れるだけでは癒されなかったのかもしれない。肉体的な禊がお互いに自信と安心を齎した。不安が全くないと言うわけではない。だけど俺も彼女らに応えていこうと思えるくらいには変われた。
あとなんだっけ、名前また忘れたけど、短〇は奴の唯一の良心だった。
妙に右手に収まると思ってたんだ。助かったよ……。
--
あと一話だけ続きます。
対戦ゲームでは例え負け試合でもgg(good game)、いいゲームだったとお互いを称え合います。初めて同士なんてそれでいいんですよ。
日本語なら対ありですってやつですね。
俺たちはある意味ギリギリの立ち位置に居た。
そこに落ちるのは必然だったのかもしれない。
◇◇◇◇◇
その日は、五月後半の週末の普通の土曜日だった。
部活も午前中に終わり、貴島も合流してうちで楽しくピザとパスタを作っていた。
円花もここひと月の脅威の頑張りで本来の体形に近づき、五日前の抱っこでも確かに軽くなっていて体も締まってきた気がした。顔もしゅっとしてきている。まあ、それのご褒美も兼ねてのピザとパスタだった。
「サキエ先輩、スパゲッティ茹でるときって塩要らないっていうのあれ本当ですか?」
「それはありえません!」
七海の疑問に茹で加減をみる咲枝ちゃんが語気を強める。
「『ソースの味みて茹で汁の味みず』とはつまり物事の片手落ちを意味します」
「そういう格言があるんだ?」
「私の心がけです。イタリアのどこかのおじさんも言ってました。茹で汁の味見だけは忘れるなと」
咲枝ちゃんの言葉だった……。パスタの味の調整は繊細だと咲枝ちゃんは語る。
実際、何日か前に俺の担当で五人分まとめて混ぜた時など味が足りなかったため、一度に混ぜるのは二人分までにするよう咲枝先生から指導を食らった。
「んー。いい香り~」
円花が柄にもなくオーブンを覗き込んでうっとりしていた。彼女はしばらくピザなんて食べてないはず。咲枝ちゃんの指示のもと、生地をこねるのも頑張ってたし、ソースも手伝ってた。
やがてパスタの準備も整ったので焼き立てのピザをオーブンから出すと、一気に熱せられたトマトとオリーブオイルの香りが部屋に満ちる。待ちきれない円花を前に、咲枝ちゃんはさらにバーナーで生地の表面を焦がすと、食欲をそそられる香ばしさも広がった。お母さん直伝だそうだ。
「庭のバジルはまだ本番じゃないから、いまとってもおいしそうなゴールデンオレガノで生トマトとアンチョビのさっぱりした味にしてあります! さあ、召し上がれ!」
ピザをカットし終えた咲枝ちゃんが合図を出すとみんな男子のように群る。トマトもニンニクも採れたて、アンチョビまで自家製だそうだ。炭水化物たっぷりだけど、みんな大好きだから仕方ない。もちろん咲枝ちゃん主導だったので、今日一日で見ればカロリーコントロールはばっちりだそうだ。
◇◇◇◇◇
夜、リビングでソファーに体を預けたまま、貴島とゲームをしていた。テーブルの上には残り物のピザを食べつくした皿とエスプレッソの入っていたカップ。先ほどまでの喧騒はもうどこへやらといった静けさ。
やってきた咲枝ちゃんがお皿を片付けながら言う。
「お風呂あと二人だけだから入っちゃってね」
一区切りついたところで貴島。
「先入れば?」
今さら貴島相手に遠慮なんて無かったので俺は先に風呂に入る。
脱衣所に七海が居て口をゆすいでいる。七海は何かのボトルを指さす。
「先輩、これ先輩のですか?」
「いんや、違うけど。円花が新しいの買ったんじゃない?」
風呂に入った後、リビングに戻ってくる。
「おさき」
「ほい」
風呂上がりの貴島がまた隣でソファーにもたれかかる。
ゲーム再開。
水分補給に来た円花。
「まだゲームやってるの? よく続くわね」
俺。
「ゆっくりゲームできるのも久しぶりだからなあ」
おやすみの挨拶をして去っていく円花。
遅い時間までこいつとゲームをするのは中学以来かもしれない。ただ、あの頃とはいろいろ変わった。ゲーム画面を見ながら、変わってしまったことをひとつひとつ思い浮かべる。良いことばかりでは無かった。
まどろみながらゲームを操作する。何度もやり込んだマップは手癖でも戦える。撃たれ、倒れるも貴島が蘇生する。障害物の隙間から敵チームの後方を鴨撃ちする。また撃たれる。貴島が蘇生する。敵チームが蘇生にくるのでそれを撃つ。死体の山が築かれる。罵倒される。撃たれる。貴島が蘇生する……。
きっかけは小さなことだった。
延々と続くかに思えた蘇生が間に合わない。待機画面に入る。カウントダウンを待つ。15,14,13,……。ため息をつく。息を吸い込む。何かが鼻をくすぐる。俺の肩に貴島の頭。
あれ、こいつこんないい匂いしてたっけ――。
◇◇◇◇◇
我に返ったときには引くに引けないところまで来ていた。
ソファの下には脱ぎ散らかされたシャツや下着。
ただのゲーム仲間だと思ってた相棒の体は細いのにふわりと柔らかかった。
そして彼女たちとの生活で限界に来ていたのもあった。
「イィィィッタァァ、イタタタタタ、イタいイタいイタいイタい、イタいっつってんのに!」
貴島の掌底を頬に食らう。
「あー! ストップ! タンマ! いや、やめないでいいから、ちょ、3,000フレーム待って! 待った! ポーズ!」
貴島がうるさく騒ぐ。いつもならうるせー貴島なんて思うのだろうが、どうしてか俺は――かわいいなこいつ――とか思ってしまったのがいけなかった。
「貴島ごめん!! 無理!!」
「貴島! 言うな! 加奈!」
「加奈!! ごめん!!」
「(いいなあ)」
途中、何か聞こえた気がしたが、俺と貴島――いや加奈は大騒ぎしながら初めてを迎えたのだった。加奈も血濡れだったが、俺の背中も血濡れの双方痛み分けに終わった。あと、胸は思ったよりはあった。
gg(対戦ありがとうございました)
◇◇◇◇◇
気が付いたときには二人してソファから落ちてテーブルとの間で抱き合って眠っていた。
「二人して何やってるのよ、シャワー浴びてきなさい恥ずかしい」
「先輩、後でお掃除してくださいね……」
「アキくん? ゴムここに仕舞ってあるから次からちゃんと付けてね」
三人に見下ろされて言われる。
俺は裸のまま正座し、三人に謝った。
なんとなく流されたというのはああいうものなのだろう。恐ろしい。
俺が謝ってる間、加奈はシャツだけ着るとそそくさと風呂場に去っていた。
「みんな知ってたけど止めなかったからいいわ。その代わり、今晩その……部屋に行くから……」
◇◇◇◇◇
「加奈子が痛がるのもしょうがないわ」
「でっしょー、痛いよあれは」
「サキエ先輩はなんでサイズ知ってたんですか?」
「そ、それはその……」
「あの……俺、弁当食ってるんですけど……」
翌日月曜日の昼休み、いつもの場所で弁当を広げていたのだが……。
今朝、起きたときから円花は微笑みを隠し切れないでいた。
円花は失っていた自信に満ち満ちていた。
中学の頃、夢見た彼女をようやく手に入れられた気がした。
何が変わるわけでもない。そう思っていた。すまんかった山根。
◇◇◇◇◇
「カナ先輩! 初めてであれは尊敬します!」
「でっしょー、私頑張ったもん」
「いいなあ」
「七海が元気になってよかったわ」
「あの……俺、弁当……」
昨日、七海は何も言わなかったが、夜、こそこそと忍び込んできた。
今朝、起きたときにはあのでかい声の後輩が帰ってきていた。
涙はあったがうれし涙だった。朝からうるせえよ七海。
子供のようにはしゃぐ七海はあの頃のうざかわいい後輩だった。
◇◇◇◇◇
「これでもうみんなと一緒だね」
「一緒だねー」
「咲枝は……もうちょっと声、抑えて……」
「下まで聞こえましたよ……」
「……」
咲枝ちゃんは――不束者ですが宜しくお願いします――と三つ指ついてきた。
俺もついつい正座してお辞儀していた。そして今更ながらちゃんとした恋人に。
咲枝ちゃんはとにかく遠慮が無かった。
朝になると恥ずかしくなったのか真っ赤になっていたけど。
◇◇◇◇◇
結局、彼女たちの受けた心の傷は、俺が言葉で受け入れるだけでは癒されなかったのかもしれない。肉体的な禊がお互いに自信と安心を齎した。不安が全くないと言うわけではない。だけど俺も彼女らに応えていこうと思えるくらいには変われた。
あとなんだっけ、名前また忘れたけど、短〇は奴の唯一の良心だった。
妙に右手に収まると思ってたんだ。助かったよ……。
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あと一話だけ続きます。
対戦ゲームでは例え負け試合でもgg(good game)、いいゲームだったとお互いを称え合います。初めて同士なんてそれでいいんですよ。
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