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スライム、ファイア•ウォール

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「ついに着いたぁー!」
「おめでとうございます、ご主人様」

両手を上げ高らかに叫ぶ俺に対してパチパチとスラりんが手を叩く。ありがとう、スラりん。俺本当に嬉しいよ!

長い道のりだった。山1つ超えるのは険しい道のりだった。

コメット袋に色々便利な道具が入っているから普通の旅に比べては野営や食事環境は大分ましだったのだろうけど、それでも山を登るのが楽かといえばそんなわけはなかった。

人の手が入っているとはいえ山道は歩きにくいし道中はモンスターが出る。奥に行けば行くほど強いモンスターが出てきて黒熊ブラック・ベアーが出た時は本気でびびった。

黒熊ブラック・ベアーはCランクのモンスターだ。見た目は熊と同じだけれども全身が真っ黒で額に赤い魔石がついているのが特徴だ。

その爪は鋭く岩をも切り裂くらしい。好戦的で動く物を見るとすぐさま襲いかかってくる。遭遇したくないモンスターのひとつであるだろう。

まあすぐにスラりんが倒しちゃったけど。『お任せ下さいご主人様』といって黒熊ブラック・ベアーに飛び込んだと思ったらスライムに戻って顔に張り付きあっさり窒息させていた。

スライムって流動体だから掴みにくいんだよね。爪だとなおさら大変だっただろうな。張り付かれた黒熊ブラック・ベアーはスラりんを剥がそうと暴れていたけど結局ブクブクと泡吹いて窒息死した。

スラりんが強くて本当に頼りになりますよ。黒熊ブラック・ベアーは俺とスラりんでおいしくいただきました。スラりんはスライムだからいくらでも消化できるみたいなんだよね。おかげで黒熊ブラック・ベアーは骨も残らなかったよ。

こんなに強いとスラりんに下剋上されちゃうんじゃないかってビクビク怯えていたんだけどスラりんにそんな素振りはない。相変わらず俺のことをご主人様と呼んで慕ってくれる。

うん、スラりんはいい子だ。貴重なパーティメンバーだしこれからも仲良くしていたいです。

「あ、そうだ。スラりんって呼び名があまりにもスライムっぽいから街にいる時は呼び方変えたいんだけど構わない?」
「ご主人様のお望みでしたら勿論構いません。どのように呼んで頂いても大丈夫ですよ」

スラりんが笑顔でそういう。NOと言わないスライムです。この超肯定的スライムなら例えオークと呼んでも返事しそうな気がするけど、名前はちゃんとつけてあげよう。

スラりん、スラりん、…うん。リンがいいかな。今からあんまりにもかけ離れた名前をつけても違和感があるしリンにしよう。音の響きもかわいい。

「じゃあリンって呼ぶね」
「畏まりましたご主人様」

スラりん……リンがそういって頭を下げる。うん、これで準備が出来ましたね。

リンと一緒に俺はファイア・ウォールの街へと入った。

街に来て最初にすべきことがある。宿を取る。寝床の確保は大事だ。冒険者ギルドに行く。この辺りにいるモンスターを把握することは大切だ。

でももっともっと大切なことがある。これをしなければ命に関わるといっても過言ではない。俺のライフスタイルを支える最も必要なこと……、

スライム店に行かないと今日のご飯がありません。というか結構前にストックは無くなりましたよ!それ以来ずっとスラりんにちびスラを出してもらったんだけどうん、ほら、スラりんのちびスラはさ、……苦いんだもん。人型になってから苦味が増したような気すらするよ。

せっかくのスライムだからと俺も頑張って調理しようとしたんだけど、無理でした。どう頑張ってもあの苦味が消せません。

スラりんに味を薄く出来ないかと聞いてみたんだけれど、ちびスラはスラりんの分身だから味を変えることはできないらしい。つまりスラりんも苦いのか。齧るつもりはないけどスラりんは食べれないことがよくわかりました。

取り敢えず入ってすぐにその辺りを歩いていたお婆ちゃんを引き止めてスライムを売っている店を聞いてみた。

「おや、あんたらはスライム焼きを食べにきたんかい?」
「スライム焼き?なんですかその凄く食欲をそそるワードの食べ物は」
「レッドスライムの丸焼きのことさ。この辺りの名物だった食べ物で昔はよく屋台があちこちに立っていたもんだが、最近はスライムの数が減ってしまってあまりみなくなったねぇ。味もいいんだがその作り方が目を惹くもので見ていて楽しい物なんだ。街の中央の屋台ならひょっとしたらまだ売っている店もあるかもしれんが、」
「よし、リン!全力で街の中央に向かうぞ!お婆ちゃんありがとう!」

教えてくれたお婆ちゃんにお礼を言って駆け出す。とっても貴重なレッドスライムの丸焼きが中央の屋台なら食べれるかもしれないのだ。こんなの行くしかないぞ!他の人達に取られる前にと全力で走り出す。

街の中央には広場のような場所がありその周りに色々な屋台が立ち並ぶ。その中から目を皿にしてスライムを扱う店を探す。

だが中々見つからない。スライムの数が減ったとお婆ちゃんも言っていたから扱う店も少なくなっているのだろう。

その希少なスライムは全部俺がいただくぞ!と思った瞬間、広場の端の方に『名物 スライム焼き』と書かれている看板を見つけた。うおおおっ!みつけたぞぉぉーー!!

「おっちゃん!スライム焼きを1つくれ!」
「坊主、冒険者か?スライム焼きならひとつ50sだがどうする?」

淡々とおっちゃんがそういうが言われた金額に俺は目を剥きそうになった。

たっかぁー!え、高くない?スライムひとつに50sはボリすぎじゃない?前の街でもスライムひとつで25s、ゼリーでも30sだ。スライム焼きとやらは普通のスライムの倍の値段をすることになる。

隣の店の串焼きがひとつ5sで買えるといえばその値段の価値をわかってもらえることだろう。スライム、品薄になっているのは本当なのだろう。いくらなんでもスライムひとつに50sはない。

まあ買うけど。幸いにしてお金は沢山あるので金に糸目はつけないぞ!おいしいスライムを食べるためにお金を払うことは当然なのである。

「勿論買います!」
「そうか、じゃあ危ないからちと離れてろ」

おっちゃんはそう言いながら屋台の下から串に刺さった赤いスライムを取り出す。

どうするのだろう?とわくわくしながら見ているとおっさんはレッドスライムに火を付けた。

すると一瞬にしてレッドスライムが燃え上がった。小さな火の玉が目の前で燃えている。

ファッ!?なんで燃やしたの!?と驚いているとやがてスライムの火は自然に消えた。

まだ煙の立ち上るそれをおっちゃんが『ほら、出来たぞ』といって差し出す。これでスライム焼きが完成したらしい。

串を手に取り恐る恐る焦げ目のついたレッドスライムを口元に運び歯を立てる。
カリッとした感触が伝わり口に入れた瞬間、……楽園エデンが広がった。

うまっ!何これうまっ!外はカリカリ中はもちもちとか神の食べ物かよ!やっぱりスライム至上!これよりおいしいものなんて世の中にはありません。

スライム焼きはデザートというよりは夕食の一品に相応しい食べ物でちょっとピリ辛だ。おやつにもいいかも。何にしてもうまい。昔食べた焼き餅という食べ物に少し似ている気がする。俺はスライム焼きの方が好きだけれども。

夢中でスライム焼きにかぶりついていると横から視線を感じた。目線を向けるとジッと俺を見つめるリン。あ、はい。後でちゃんとリンのことも食べますというとリンの表情が柔らかくなる。『ご主人様に食べていただけるのは光栄です』というリン。

そんな全力で食べられたいと言われると戸惑います。何故食べられる(物理)を望むのだよ。いや、でも『スライムを食べるなんてよくも同胞を!』って敵対されるより全然いいから深く考えないでおこう。パートナーとしては文句なしに良い子です。

じっくり味わってスライム焼きを完食する。こんなおいしいものがあるなんてファイア・ウォールに来て本当に良かったなぁ。

「随分うまそうにスライムを食うな。そんなにうまかったのか?」
「最高においしかったです。毎日これを食べられたら多分俺は幸せで死にますよ」
「そんだけ喜んで貰えたら悪い気はしねえな。だが、すまんな。この店ももうすぐ閉めることになるんだよ」

素晴らしきスライム料理に出会えて感動を噛みしめているとおっちゃんがとんでもないことを言い出した。

え?店を閉める?このカリカリもちもちのスライム焼きが食べれなくなるとはどういうことだってばよ。そんなの受け入れられませんよ!

「え、何でですか!?」
「スライムの仕入れが難しいからだ。近頃何故かわからんがモンスター同士が争ってスライムの数が激減している。いくらなんでも材料がなけりゃスライム焼きは作れねえ。最後まで意地になって店を維持してきたがそれもここまでのようだな。在庫がなくなったら俺も店を閉めるよ」

ふぅと息を吐きながら暗い顔でおっちゃんがそういう。リンから魔王候補にあるスライムは他の種族に狙われがちだという話を聞いていたけどその被害はここでもあったらしい。この地域でもレッドスライムが絶滅しかかっているようだ。

うわあああっ!!それってめちゃめちゃヤバイじゃん!レッドスライムがいなくなるということはもう二度とスライム焼きが食べれなくなるということだ。そんなことは許容できませんよ?1度食べたらやみつきになるピリ辛うまうまスライム焼き、それを失うなんてとんでもない!

これは急いでレッドスライムを保護しなくてはならない。テイムのスキルを持っているので見つけさえすれば捕獲は容易だ。

ファイア・ウォールに来て最初の目的が決まりましたね。俺がすべきこと、それは特定の地域にしか生息しない珍しいスライム、レッドスライム。そのテイムだ。


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