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1巻
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しおりを挟む第一章 冒険者編
Q. 異世界へ行ったらなにをしたいですか?
A. 勇者になって魔王を倒して、ハーレム作って女の子とイチャイチャしたいです。
男なら、誰だって一度は憧れることだろう。ここではないどこか別の世界に行って唐突に強くなってモテて冒険をする、そんな物語の主人公みたいな人生に。
少なくとも俺はそうなりたい。切実になりたい。現実ではまったくもってモテないまま年齢=彼女いない歴を更新しているからこそ、異世界へ行って可愛い恋人とイチャイチャすることを夢見てしまう。
え? 高校三年生になってもまだ厨二病が抜けきらないのかって? これから本格化する過酷な受験戦争を前に鬱になっているのだから、妄想くらい自由にさせてください。ああ、神様。どうか俺を異世界トリップさせてください! と、わりと本気で願う。
別に今が、どうしようもなく不幸というわけではないのだ。可愛いけど生意気で兄をパシリだと思っている妹や、超絶美少女な幼馴染がいるのに、そいつらは俺の親友が好き――という無慈悲な現実はあれど、この世界が別に嫌いではなかった。
でも現状に満足もしていなかった。
異世界から召喚された勇者様が魔王を倒してお姫様とハッピーエンドになるように、俺も……、俺も物語の主人公のように生きてみたい……!
と常日頃から思っていた、ら……ッ!
ある日、気付けば見知らぬ土地にいた。あたりにはレンガ造りの建物が並び、獣耳を生やした人や爬虫類っぽい顔の人たちが歩いている。中世ヨーロッパのような外観の町で俺は呆然と立ち尽くしていた。
――そういえば、ここに来る直前までの記憶がない。だけれども周りの風景は、どう見ても日本ではないし、こんなところに旅行に出かけた記憶もない。うん、これはもう間違いないですね。
どう考えても異世界にトリップしていますよ! 神様ありがとう!
やっふー! 来たよ来たよ異世界だよ! ついに憧れの異世界に来たんだよ!
毎晩枕元でお祈りしていたのが通じたんだね! 異世界に行かせてください! あとエロい夢見たいです! と。後者は毎晩叶ってたけど前者はなかなか叶わなくて諦めかけた。でもついに実現したんだね!
そういえばラノベではお決まりの、神様からの異世界の説明とかなかったけど大丈夫かな? 『貴方の寿命を間違って終わらせてしまったので、お詫びに異世界に転生させます』とかなんとかってテンプレのやつ。
それと、俺の最期ってどうなったんだろ? 車に轢かれそうになった黒猫を救ったり、学校を襲ってきたテロリストから友達を守って死んだりとか、そんな感じかな?
むむむ、まったく記憶がございません。でも、まあいいや! 美少女を庇って死んだってことにしておこう。それでこの世界でその美少女と再会してラブコメが始まるんですね、わかります。
ともあれ、ここで生きていくためにはないと困るものがありますよね?
この現代ゆとり系男子である俺が、突然異世界に放り込まれて生きていけるはずがない。転生したばかりですぐ死ぬはずないと信じたいし、ということはアレだ、トリップ特典があるはずだ!
俺が知る限り、ラノベやアニメの歴代トラベラーはトリップ特典をもらっていた。ならば俺にだってあるはず!
ということでさっそく、なにかチートな能力や武器を授かっていないか調べることにする。道の真ん中に堂々と立っていると邪魔なので端に寄った。
服装は制服のままだなー。持ち物はハンカチ、ちり紙、スマホくらい。うん、持ち物も変わりはないや。
じゃあ力が強くなったのかな? と思ってその辺の壁を思いっきり殴ってみる。壁に変化はないが、俺自身も痛みはあまり感じなかった。なんとなく、熱さを感じるくらいだ。おお? これはきたんじゃね? ダメージ無効的なスキル持っているんじゃね?
どんなスキルを持っているか調べてみよう。こういう時、俺の好きなラノベとかではステータス画面を見れば自分が持っているスキルがわかるんだよね。だけど、ステータス画面の出し方がわからない。適当にスキル名を唱えたら、発動しないかな。とりあえず、やってみるか。
「スキル防御」、「スキル魔法」、「スキル剣術」、「スキル探索」とブツブツ唱えていき、「スキル鑑定」と言った瞬間、世界がブイーンと滲んで様々な情報が空中に文字として現れた。
あらゆる物や人を鑑定するスキルのようだ。行き交う人のステータスも見ることができた。
なるほど、自分自身のことも鑑定して、ステータス確認できるパターンか。
やっぱりあったよ、俺のトリップ特典! もしかして他にもスキル持っているんじゃね?
――俺の鑑定結果は、こんな感じだ。
【名 前】 シロム・クスキ
【年 齢】 18
【適 性】 ??
【階 級】 Lv1
【スキル】 鑑定
条件 :異世界転生すること
能力 :人、物問わず視界に映したものの詳細を知ることができる
代償 :なし
【スキル】 異空間倉庫
条件 :異世界転生すること
能力 :異空間に10+Lv個の収納箱を所有できる。1つの箱には同じ種類のアイテムなら99個まで収納可能
代償 :なし
【スキル】 身勝手な防御力
条件 :異世界転生すること
??の適性があること
能力 :受けた攻撃のダメージを1/10にする。状態異常系の攻撃は防御できない
代償 :感度が10倍になる
うおおおっ!! 俺ヤバイ。トリップ特典三つもあるじゃん!
一つ目は『鑑定』。視界に映ったものの情報を得ることができる。
これはお得だ。つまり相手の情報が丸わかりということでしょ? 異世界にきたばかりだからノーリスクで情報を得られるのは本当に有難い。この能力には、これからお世話になりそうだ。
二つ目は『異空間倉庫』! これはもう王道だよね!
いちいち物を持ち運ばなくて済むという恩恵を受けられる。
本当に使えるのかな? とその辺にあった小石を入れてみたら、きちんと収納できた。ただし手で触れた物しか収納できないようだ。遠くにある大岩に「収納されろ」と指令してみても、なにも起こらなかった。
そして三つ目はきたよ! きたよ!
『身勝手な防御力』、ユニークスキルだぁー!! もうこれはチートの香りしかしない!
ふむふむ、スキルの名前はエゴイストではなく、エゴニストなんだな。
どうやらさっき俺が壁を殴ってもあまり痛くなかったのは、このスキルの影響のようだ。オート発動でダメージを十分の一にするなんて、なにこれ素敵。別に運動が苦手ということではないが、実際に戦闘するとなると俺の防御力なんてペラペラでお粗末な紙レベルだろう。それを補ってくれるこの能力は素晴らしい。
だけど気になることもある。その代償だ。
感度が十倍になるっていうのを聞いて、エロいこと考えるのは俺だけだろうか? 違うよね? 皆もエロ同人みたいな展開を想像しちゃうよね? でも俺の感度が上がるって、どういう状況なんだ? まあよくわからないけど、スキルを使ってみれば判明するだろう。
これらのスキルが異世界トリップの特典っていうのは、条件に異世界転生することって書いてあるし間違いないだろう。それはそうと、身勝手な防御力の条件の『??の適性があること』って部分は気になります。適性って、鑑定スキルではわからないのかな?
なにか条件を満たせばわかるのかもしれないし、今は置いておこう。きっと今後、勇者の適性が出て、お城に行って伝説の剣とか抜いちゃうフラグが立つのですよね、わかります。どんどんRPGっぽくなってきて生きるのが楽しいです。
というわけでトリップ特典も無事確認できたし、冒険者ギルドを探してみることにする。異世界にきたんだから、これから俺も冒険者になってモンスター退治とかしちゃう感じですよね。やばい、めっちゃ興奮してきたわ。これは夢のハーレムなんかも作れるかもしれない。
道行く人に冒険者ギルドの場所を聞いてみたら、わりとあっさり教えてくれたので比較的早く見つかった。
石畳でできた道を歩き、早速行って中に入ると、いかにもギルドというような内装だ。カウンターと酒の並ぶ棚があることから、酒場も兼ねているのだと察する。まあギルドって、おっさんのたまり場という印象あるし、そのほうが色々勝手がいいのだろう。
それにしてもこの世界に来てから、まだ女の子を見かけていない。冒険者ギルドだし仕方ないと思うけど、やっぱりここにも女の子がいない。むさいおっさんばかりです。
だがしかし! まだ俺は諦めない! 何故ならギルドには看板娘のお姉さまぁー! な受付嬢がいるはずだからである!
ギルドの受付のお姉さまといえば、年上なのにちょっと抜けてて世話好きで、ミニスカに眼鏡と相場が決まっている。
俺、年上のお姉さまに『あら、僕、可愛いわね。お姉さんといいことしない?』って言われたいんだ。
まあギルドのお姉さまにそこまで望むつもりはない。その展開は童貞には早すぎる。お姉さまを見れるだけで十分です。
さあ、お姉さまとのご対面だ! と思って受付に行くと、そこには金糸のような美しい髪を持つ美人が座っていた。
「すいません、あの、冒険者になりたいんですが」
「おや、随分と可愛らしい方ですね。では手続きをいたしましょう。お名前は?」
こちらを向いた金髪美人は蕩けるような笑みを浮かべそう言った。美しいお姉さまにこんな微笑みを向けられたら、俺は魅了され虜になったであろう。お姉さまであれば。
そう、受付に座っていたのは男だった。ちょっと待てててぇぇぇーー!!
ミニスカの眼鏡っ娘は!? なんで男なの!? 女の子はどこ行ったの!?
「シ、シロムです」
「シロムくんですね。僕はミチェル・アスコートと言います。それではギルドの説明をしますので」
「あの、受付嬢はいないんですか?」
「え?」
口を挟むべきではないとわかっていても、思わず言葉が出てしまった。だって! 本当にギルド嬢に会うのを楽しみにしてたんだもん! 諦めきれないよ!
「受付嬢? それはなんです?」
「えっと、ギルドの受付をする女の人のことで」
「ああ、雌のことですね。面白いことを聞きますね。人族に雌はいませんよ?」
にっこり笑いながら、ミチェルさんは俺を絶望の底に叩き落とすことを言った。
曰く、この世界に女の子は存在しないらしい。生殖活動も男同士ででき、子供も男が産める。だから雌は存在する必要がなくなり消え去ったと、偉い学者様が言ってたとか言ってなかったとか。かろうじて魔物の性別に雌というものが存在するらしいけど。ふ、ふざけんなぁぁぁぁッ!!
女の子のいない世界だと!? そんな世界は認めんぞ! チェンジだ! チェンジ! うわあああっ! こんなはずではぁぁーっっ!
俺は猫耳美少女と童貞卒業して勇者になって、魔王を倒して、最終的に王女様と結婚して幸せになるはずなのに、なんでこんなことに!!
あんまりな状況に絶望して、俺は咽び泣いた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもないです。ギルドについての説明をお願いしてもいいですか?」
正直、メンタルやられて心折れかけているんだけど、うん。異世界にきたんだから冒険したいです。
ミチェルさんがギルドについて話をしてくれる。どうやら冒険者にはS、A、B、C、D、Eの六ランクがあるようだ。Eが最弱、Sが最強で、もちろん俺はEランク。Sランクまで上り詰めると一国の将軍並みの権力が与えられ、そして色んな国々から仕えてほしいと求められるらしい。そんなSランク冒険者は、まだこの世界に五人しかいないという。Sランクにもなると一人でドラゴンの討伐を任されたりもするそうだ。
シロムくんもなれるといいね、とミチェルさんに言われてこくりと頷く。Sランク冒険者かぁ、六人目になれたら、めちゃめちゃカッコいいよね。うん、決めた。俺の異世界での目標はSランク冒険者になることにしよう。強いし権力持てるし希少価値も高いなんて最高だろ? 俺はすでに複数のスキル持ちだから、きっとあっさりなって周りに『最速でSランク冒険者になったシロムだぞ? すげえ! かっけええ!』と言われることだろう。今から楽しみである。
まあ、それはさておき今の俺はEランクでしかない。Eランクの俺が昇級するにはクエストを十個以上成し遂げた後、昇級試験を通らなければならないそうだ。試験まであるとはなかなか面倒だが、ランクが上がればクエストの難度も上がり、命の危険もありそうだから慎重になるのは当然だろう。
さて、話も聞けてギルドへの登録も済んだし、早速クエストを受けてみるか。
ミチェルさんにEランクで受けられるクエストを教えてもらう。
《依頼主 ギルド》
内 容:ルソク草の納品
納品数:10
報 酬:大銅貨1枚 ※超過分も買い取り可能
《依頼主 ギルド》
内 容:ラックルの花の納品
納品数:5
報 酬:大銅貨1枚
《依頼主 ベネディック牧場》
内 容:農場の羊の見張り
期 間:終日
報 酬:大銅貨3枚
《依頼主 ベルト・ブラインド》
内 容:レイ米の運送手伝い
期 間:終日
報 酬:1袋運ぶごとに銅貨30枚
《依頼主 ギルド》
内 容:ゴブリン討伐
納品数:10体分のドロップアイテム
報 酬:銀貨1枚 ※追加の討伐は1体につき大銅貨1枚
この五つが、Eランクの俺が受けられるクエストらしい。にしても大銅貨とか銀貨とかお金の単位がわからない。ゴブリンの討伐が一番冒険者っぽいお仕事だけど、俺まだ武器を持っていないんだよな。いくらチートスキルを搭載していても、武器がなければハントは無茶だろう。
「うーん」
「とりあえず最初はルソク草かラックルの花の採取がオススメですよ。いきなりモンスターの討伐は難しいでしょうし」
ミチェルさんの言葉を聞いて、もう一度クエストを確認する。確かに言われた通りの気がする。
お金貯めて武器を買うまでは、ゴブリンとは戦えないし、残りの二つはクエストというよりはバイトみたいだ。採取もお遣いのようなものだけれども、まあまだ冒険っぽい気がする。うん、そうだな。これにしよう。
「じゃあ、すいませんミチェルさん。ルソク草のクエストでお願いしま……」
「おい、ガキ。見ない顔だな? 新しい冒険者か?」
その声に呼応して、ミチェルさんが「グレイさん」と困ったような声を上げる。
うん、誰?
俺の声を遮っていきなり話しかけてきたのは、背の高い紺色の髪のイケメン野郎でした。野郎に声かけられても嬉しくありません。イケメンだと、さらに腹が立ちます。ちょっと顔がいいからって調子乗んなよ!
にしてもこのイケメン、なかなか強そうである。
腰に差している剣は鱗で覆われていて見るからに高価そうだし、黒い鎧も男心を刺激するイカしたデザインだ。カッコいい! 黒い鎧って憧れるぜ! で、こいつ何者だ? 俺にはトリップ特典の鑑定スキルがあるので見てみる。
【名 前】 グレイ・カルステニウス
【年 齢】 27
【適 性】 双剣
【階 級】 Lv63
【スキル】 双蛇の乱舞
条件 :双剣の適性があること
Lv45以上であること
能力 :刃を振るうことにより斬撃を飛ばせる
代償 :斬撃を放つごとに相応の時間硬直する
イケメンとかふざけんなと思ったら、レベルとスキルもとんでもなかった。
レベル63だと!? え、それってかなりすごいんじゃね? しかもこいつ、かなりチートなスキルを持っているぞ!?
斬撃を飛ばせるってどんだけ!? 俺もほしいと思ったけど、双剣の適性がないと無理なようだ。適性って武器とかそっち系のことだったのか。ところで俺の適性ってなんだろね。さっき見た時は『??』となっていたけど……。今度、誰かに聞いてみよう。
俺がそんなことを考えている間に、ミチェルさんが口を開く。
「グレイさんは、なんでこんなところにいらっしゃるんですか? 確か貴方は王都の帝国騎士団に呼び出されていたはずでは?」
「あんな脳筋連中に興味はねえよ。適当に言って蹴ってきた。それよりミチェル、こいつは誰だ?」
そう言うとグレイとかいう奴は、不躾に俺の顔をジロジロと覗いてきた。なんだよ俺の顔には目と鼻と口くらいしか、ついてないぞ? それともなにか、あまりにも自分の顔の造形と違う平凡な奴がいるから気になって見ちゃってるんですか? 滅べ、イケメン。喧嘩売ってるなら買うぞ? 俺のレベルが上がった三年後くらいにな!
「彼はシロムくんで、たった今ギルドに登録してくれた新米冒険者です。まだ初心者ですから、からかわないであげてくださいね?」
「こいつがか? 腕もひょろいし力もありそうには見えねえし、どこかの坊っちゃんと言われたほうが納得できるぞ? お前、本当に冒険者になりたいのか?」
怪訝な顔をしながら、グレイが俺に話しかけてくる。先ほどジロジロと俺のこと見てたのは、身体つきを品定めしていたらしい。
そりゃ俺だって、自分のことがムキムキマッチョで強そうに見えるとは思わないけどいいの! ほっとけ! 俺にはトリップ特典のチートなスキルがあるから大丈夫なんです! 自分がちょっと強くてイケメンで細マッチョだからって調子乗んなよ!
「はい。冒険者になりたいです。俺、今無一文でどうしてもお金稼ぎたくて」
「それだけの容姿なんだから、金稼ぎたいならアッチを売ったほうがいいんじゃねえか? なんなら俺が最初の客になってやってもいいぜ?」
「ちょっとグレイさん!」
ニヤニヤと不快な笑みを浮かべながらそう言うグレイを、ミチェルさんが咎めた。
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……これは俺の想像なんだが、紹介されそうになったお仕事って夜の蝶とかエロス的なやつですか? なに言っているんだこいつ。何故俺にそんなことをすすめるんだよ。
「そういうのは好きな人とすると決めているのでしません。それに冒険者に昔から憧れていたんです」
「ふーん」
俺の言葉を聞いたグレイは、気のない返事を返す。つまらない答えだったから俺に興味を失ったのだろうか。それなら是非ともそのままであってくれ。
「そんなに冒険者になりたいなら、俺がついてってやろうか?」
「え?」
「初めてのクエストなんだろ? 俺がパーティ組んで一緒に受けてやるよ」
興味の方向が変にシフトチェンジしてしまったようだ。一緒にクエストを受けるだと? なんでそんな話になったの?
「グレイさん!」
「なんだよミチェル。Sランクの俺が新米冒険者の手助けをしてやるって言ってるんだ。なにが悪い」
「それ自体は悪くありませんが、シロムくんは今登録したばかりでギルドのルールすら知らないんですよ? まだ上級冒険者と行動を共にするのは早すぎます」
「そんなの俺が教えればいいだろ? なぁ、お前だって俺と狩りに行きたいだろ?」
そう言いながらグレイは、ふたたびニヤついた笑みを向けてきた。
どうやらグレイはSランク冒険者らしい。どんだけスペック高いんだよこのイケメンと思っていたら、世界最高峰の冒険者の一人なのか。で、なんで世界に五人しかいないSランク冒険者が、こんなところにいるんだよ。暇なの? Sランク冒険者って実は暇なの?
まあ、それは置いといて、どうやらこのグレイという奴が俺を冒険に連れてってくれるということらしい。何故そういう考えに至ったのかは謎だが、話だけ聞くと俺にとって利があるように聞こえる。
どう言い繕おうと俺はこの世界ではペーペーだ。だから熟練者から冒険のイロハを学ぶことができるのは、とても美味しい。だって俺はまだ剣の振り方も知らないんだもん。武器の扱い方やモンスターの知識など教えてもらえるのは助かる。うん、得だ。お得だ。
俺はじっとグレイの顔を見つめる。それに気付いたのか、グレイはニヤリと笑った。
「来るだろ? クソガキ」
答えは決まっている。こいつとパーティを組むのはメリットが大きい――
「だが断る!」
そう言った瞬間イケメンの顔が引きつった。ははっ! ざまあー!
いくらグレイの提案が魅力的でも、俺はそれを受けるわけにはいかない。俺は人とは違うスキルを持っていて、それをむざむざ他人には晒せない。特異な力はいらん軋轢を生む。頼りにされたり尊敬されたりするのならいいが、恐れられたり攻撃されたりするのはごめんだ。
……なんてくだくだ言い訳したが、結局のところ俺の本心は『イケメンと一緒にいるなんてごめんだ! パーティは可愛い女の子としか組まないって決めてるんだよバーカッ!』である。この世界に女の子はいないらしいけどさっ!
「俺の誘いを断るだと? てめぇ、ちょっと可愛いからって調子に乗りやがって」
「いや、自分のことを可愛いなんて思っているわけないだろ、どういう思考回路だよ。お前みたいなイケメンの野郎にそんなこと思われたところで、嬉しくもなんともないわ!」
「優しくしてやれば付け上がりやがって。あんまり生意気言うと、ここで犯すぞ」
「ちょっとグレイさん、物騒なこと言わないでください。それに本人が断ったのだから、もういいですね? 今日のところはお引き取りを!」
そうミチェルさんが言うと、グレイはチッと舌打ちをして俺を睨み付け去っていった。グレイが扉から出て見えなくなったところで、俺はほっと一息つく。
こええー、冷静に考えたら俺、Sランク冒険者に喧嘩売っちゃったんだよな。ヤバイかも。うん、夜道は歩かないようにしよう。
「ごめんねシロムくん。グレイさんはSランク冒険者で腕は確かなんだけど、ちょっと問題があってね」
「いえ、ミチェルさんは悪くありません。それに別に気にしてませんから」
まあ冒険者がならず者っていうのは、もうデフォルトだから仕方ない。俺もそんな奴らに舐められないように早く強くなろう。
「そう言ってもらえると助かるよ。それにしてもグレイさんの男癖の悪さには困ったものだなあ。シロムくんが、ちゃんと断れる子でよかったよ」
「え、男癖が悪い?」
「グレイさんは気に入った人を見ると、すぐ食べちゃうんだよね。シロムくん可愛いから、おそらくグレイさんの好みだったんだと思う」
「はは。俺、別に可愛くなんてありませんよ」
俺は顔を引きつらせながらそう答える。やっぱりそういう意味だったのね!
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「え、そうなんですか? 俺、手持ちが全然なくて武器を買えないんですが、どうしたらいいでしょう?」
「……そうだ、冒険者がいらなくなった昔の武器をいくつか寄付してくれているから、一つ好きなのをあげるよ。処分品のような物だし欠けてたり錆びたりしているけど、丸腰よりはいいよね」
そう言ってミチェルさんは奥に引っ込むと、なにやら金属音のする箱を持ってきて俺の前に置いた。
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おお、なんか無料で武器を手に入れられそうだぞ? 大したものはないっぽいけど、それでももらえるだけ有難いや。
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「ミチェルさん、あの、本当にコレもらっていいんですか?」
「うん、どれも今の中級冒険者たちが初心者の時に使っていた武器だからね。切れ味のいいものはないだろうけど、ないよりましだと思うし」
ミチェルさんは、あっさりもらっていいと言う。いや、絶対これ初心者用の剣じゃないと思うけど、くれると言うなら遠慮なくもらいますよ! やっふー! 早速俺のスキルが仕事しましたね! 早々に性能のいい武器を手に入れられてラッキーですわ!
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