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逃げ場がありません
しおりを挟むクローディア帝国第2王子、ルーク・フォン・エーベルバッハというのが俺の名前だ。王子という身分にありながら俺は至って平凡な男だった。
勉強すれば人並大抵はこなせるといわれ、剣を振るえば師匠に凡庸だと呆れられ、社交もダンスも計算も出来ないわけではないけれども優れていないといわれるのが俺だった。そろそろぐれるぞ。
それに対して兄は優秀だった。勉強すれば教師を唸らす回答をし初めて剣を握ったその日に師匠に競り合う剣技をみせるという非凡な才を周りに示してきた。なんでこんなに兄弟で差があるんだろうね。泣けるわ。
いいもん。別に俺は王様になりたいわけでもないし将来はアドルフ(兄ちゃんの名前)が王様になった時に王弟ってことでどっかに少し領土もらって俺のこと好きになってくれる可愛いお嫁さん貰って幸せに暮らすんだから。
しかしこの兄、こんだけ色々な物を持っているくせに欲張りだった。口癖は『それ寄越せ』で俺のありとあらゆる持ち物を欲しがった。
小さい時は俺の持っていたオモチャやお菓子を取られ、社交界に出るようになってからは胸に入れてあったスカーフやブローチ、はたまた飲みかけのドリンクまで取られるようになった。喉乾いたならそのあたりの給仕に頼めよ。なんでも持っているはずの王子なのになんでそんなみみっちいんだ。
こんな嫌がらせをするなんてきっとアドルフは俺のことが嫌いなのだろう。平穏に過ごしたかった俺はアドルフにイジメられないように全力で奴を避けた。
それが功を奏したのか物は取られなくなった。しかしその代わり別の物を取られるようになった。
それは人、つまり女の子だ。俺は好きな女の子を取られるようになったのだ。
最初は俺付きのメイドだったエイミーがいつの間にかアドルフ付きになった。
『どうしてエイミーが行っちゃうの!?』と泣きついたら『ごめんなさいルーク様。でもアドルフ様の命令だから』とすまなさそうにしながらもエイミーはどこか嬉しそうにしていた。
そりゃ王族というだけで後はめっちゃ普通の俺よりも将来有望なアドルフのメイドになる方がいいよね。ひょっとしたら手つきになって側室なんかにもなれる可能性が出てくるもんね。わかっているけど泣いた。だってエイミー初恋だったんだよちくしょうぅぅぅー!!
しかし、エイミーは1ヶ月もしないうちにアドルフの側から消えていた。どうやらこの短期間でアドルフはエイミーにもう飽きてしまったらしい。え、俺の恋心粉砕していてエイミーポイ捨てするとかどういうこと?アドルフ鬼だろ。うわあああんっ!アドルフなんて大っ嫌いだぁ!
その後もそういうことが続いた。俺がいいなーと思ったメイドはすべてアドルフに取られ、社交場で仲良くなった女の子は『ごめんなさい、アドルフ様に呼ばれたから』といって皆俺から離れていく。なんなの、アドルフは俺をぼっちにしたいの?可愛い女の子と結婚して幸せになりたいっていうささやかな夢すら許してくれないの?俺の兄ちゃんが鬼畜過ぎてつらい。イジメよくないよぅ。
女の子はみんな俺の元から離れていく。このまま可愛いお嫁さんをもらうという夢を果たせず人生が終わっていくのだろうか。
と思っていたら王立エーベルバッハ高等学院に入学した途端春が来た。俺は恋に落ちたのだ。彼女の名前はマリア・ソリティ、平民でありながら試験で優秀な成績を収め特待生として学院に入学してきた。
マリアは本当に素敵な女の子だった。可愛いしいつもニコニコ笑っているし、なんとあの兄とも交流があるというのに俺と仲良くしてくれるのだ。『アドルフ様?確かに親しくさせていただいていますが、だからといってルーク様と親しくできない理由はありません。これからも仲良くしてくださいね』と言われた瞬間ズキュンと俺の胸は撃たれた。アドルフに出会った後に俺を見てくれる女の子は初めてだったのだ。マリアちゃんフォーリン・ラブ!きっとこれが俺の運命の出会いだったんだ!もう俺はマリアちゃんに心を奪われていた。
しかし、そんな可愛く可憐なマリアちゃんは当然のようにモテた。公爵家のひとり息子のベルトラムや騎士団長の息子のジェイル、そのほか同じ平民で大商人の息子ザーハスなんかにも好意を寄せられていた。
アドルフに会った後でも色眼鏡をかけず俺に1人の人間として接してくれるのはもうマリアちゃんしかいないだろう。というわけで俺はめっちゃ必死にマリアちゃんにアプローチをかけた。周りの男に牽制しつつマリアちゃんに話しかけたりプレゼント贈ったり自分でいうのもなんだけどもうすっごく頑張った。
狙うのは毎年秋に行われる学内のダンスパーティーのエスコート権。マリアちゃんにも是非俺にさせて欲しいと頼むも『他にも誘うを受けていて迷っている』と良い返事はもらえてない。これは無理か?いやでもワンチャン!と思ったところにアドルフが訪問してきた。なんだよ、アドルフ。俺は今人生をかけた恋に情熱を燃やしているんですぅ。邪魔しないでくださいよ。
だが王位継承権が上で将来王座を継ぐことがほぼ確定しているアドルフの正式な訪問を蔑ろにすることはできない。俺はしぶしぶ奴を招き入れた。
アドルフは銀色の髪に翡翠の目を持ち、すらりと伸びた手足に剣を振るうからか程よく全身に筋肉が付いている。うん、めっちゃ美青年だわ。これで文武両道、才色兼備なんだぜ?世界の不条理さが身に染みたわ。
「マリア・ソリティをダンスパーティーに誘ったのか?」
アドルフは2人きりになるといきなりそう問いかけていた。俺は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。え、ちよ、なんで知っているの!?あ、こいつもマリアちゃんと交流あるから本人から聞いたとか?まあ事実には違いないのだから口の中の紅茶を飲み込んで頷く。マリアちゃんをダンスパーティーに誘いましたが、なにか?
「そうだけどそれがどうしたの?別に俺が誰を誘おうがお前には関係ないだろ」
「先ほど彼女にダンスパーティーの申し込みをしたところすぐに了承の返事が返ってきた。お前が彼女とダンスパーティーに行くのは無理だ」
淡々とそういうアドルフの言葉にピキッと心に亀裂が走る。
え…、マリアちゃんアドルフとダンスパーティーに行くの?嘘だろ。マリアちゃんはアドルフを選んだの?ということは俺は失恋したの?
頭の中の冷静な部分が仕方ないだろと囁いてくる。俺の良いところといえば『王族』というステータスだけだ。ならば王族であって顔良し頭良しで将来性もあるアドルフを選ぶのは当然だ。今までだってそうだったのだから頭ではわかっているのだけれども涙腺が緩むのが止められない。 アドルフのばか。なんでまた俺の好きな人を取るんだよ。もう取るのが常習化していて癖になっているんですか?ちくしょう。
アドルフは絶望感たっぷりの俺にまだなにか言いたそうにしている。なんだよ、マリアは俺の物だから手を出すなとかか?
「ルーク」
「なに、アドルフ」
「お前女の趣味が悪いぞ」
…は?
アドルフにいわれた言葉が理解できず呆然としているとそれに構うことなくアドルフが言葉を続けていく。
曰く、最初のメイドは同僚と二股かけていてさらに幼い俺にこなかけようとしていたとかお前が社交界で会って親しくしていた令嬢は親が野心家で王族であるお前に取り入ろうとしてただとか、俺が過去好きになった女の子のダメ出しを順番にしていった。さらには、
「あのマリアという女は最悪だぞ?貞淑なふりをして周りを惑わす女狐だ。ベルトラムやジェイルを手にしてなお俺の誘いにまで乗るとは権力欲のある強欲な女なのだろう。とてもお前にふさわしい女ではない」
といってアドルフは紅茶を口にする。え、ちょ、いきなり色んなこといわれてもついていけないんだけどつまりマリアちゃんは天使ではなくて小悪魔系女子だったってこと?それはそれでそそられるけど、アドルフの話を聞いていると俺が好きになった子たちは皆何かしら問題があったってことになる。
マジで?俺そんなに見る目がなかったの?エミリーは二股かけていて話しかけてきてくれた令嬢たちは俺のこと全然好きじゃなかったの?マリアちゃんがダンスパーティーの相手にアドルフ選んだって聞いた時と同じくらいショックだわ。
衝撃の事実にずんっと落ち込んでいるとさらにアドルフが口を開く気配があった。俺のライフはもうゼロだよ。何いうか知らんがもう本当にメンタル削るのは許してくれませんかね。
「ルーク、お前は勘違いしている」
「勘違い?あと何を勘違いしているというんだよ」
「俺のお前に対する心象だ。血の繋がった、大切な弟を嫌うわけがないだろう。俺はお前のことを好いている」
アドルフは真顔でそう言い切った。…マジで?
本日3度目の衝撃の言葉に俺の思考が停止する。え、まっ、アドルフが俺のこと嫌ってないだと?だって小さい頃からめっちゃ虐められてきたぞ?ハンカチや帽子や靴など気に入った物は全部取られたし社交界で話をしていると周りの奴らをそれとなく誘導して俺をぼっちにしようとしてきたし可愛い女の子の好感度は全部持っていかれたしロクな記憶がない。それなのに俺のことが嫌いではなかっただと?意味がわからんぞ?
困惑してアドルフの方を見るといつもクールなイケメンフェイスの目尻を少し下げて気まずそうな顔をした。
「幼い頃からお前のことが気になっていてお前が持っているものは何であれ素晴らしい宝物に思えて欲しくなったのだ。お前から人を遠ざけようとしたのは俺以外に目を向けられるのが不愉快だったからだ。俺のつまらぬ感情でお前を困らせてしまいすまなかった。だが俺はお前のことを本当に好ましく思っているのだ」
アドルフの声には重みがあり真剣にそう思っていることが伝わってくる。え、本気で俺のこと嫌いじゃなかったの?俺の物欲しがったのは好きな子の持ち物欲しがるような感じのアレで周りを遠ざけたのは自分がかまって欲しかったから?16年生きてきて初めて知る衝撃の真実だよ。俺、兄ちゃんに嫌われてなかったのか。
「だから俺の大切なルークがつまらない女に騙されるのは許せないのだ。マリア・ソリティは諦めてくれ」
「え、いきなりそんなこといわれてもどうしたらいいかわからないんだけど、俺まだマリアちゃんのこと好きだしマリアちゃん逃すと本格的に将来ぼっちになりそうで嫌だし、」
「心配するなルーク。お前の伴侶は相応しい人物を俺が探してやろう。だからマリア・ソリティに固執するな」
アドルフが真っ直ぐと視線を俺に合わせながらそういう。え、マジで?アドルフが俺の結婚相手を探してくれるの?今まで邪魔してばかりのアドルフが俺の花嫁探しに協力してくれるのならこれほど心強いことはない。しかもアドルフって時期国王だし貴族や他国にたくさん伝を持っているよね?おおっ、これは期待できるぞ!
マリアちゃんのことは今でも好きだし可愛いと思うがマリアちゃんはアドルフを選んでいるのだしここは潔く身を引くべきなのだろう。うん、というわけでアドルフ可愛い女の子紹介して下さい!
「わかったアドルフ。マリアちゃんのことは諦めるよ。じゃあ俺の花嫁さがしの件頼んだぞ!」
「ああ、わかった。必ず賢く美しく愛情深い伴侶を探してやろう」
そういってアドルフは笑っていた。
この時俺は気付かなかった。『アドルフのお眼鏡に叶う』というのがどれほど難しいかということに。
こうして花嫁探しの難易度がハードからルナティックに変わったことに気付かず俺はのほほんと未来に訪れる可愛らしい嫁のことを夢想して口元を緩めていたのだった。
〜気付いたら兄に囲われていた〜
(アドルフ、アイリア嬢のことなのだけど、)
(ダメだ。俺の方が賢く美しい。その女ではお前に相応しくない)
(実は、エトレーネ嬢と)
(その女がお前を愛しているというのは口先だけだ。俺の方がずっと愛情深くお前を想っている)
(…どうしよう、アドルフのハードルが高くて結婚できる気がしない)
ーendー
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