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狂った嫉妬
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──現代、放課後 高二B組
いつもと変わりない放課後だった。
松田冬香は終礼に掃除にと、一連の流れを済ませていつものように上の階に上がって行った。
しかし、上がった先にあった光景はいつもとは少し違うものだった。先生の周りを既に四、五人の女子が取り囲んでいた。
冬香はそれまでの少しの期待を全て心の奥に押し込めて、冷静を装い廊下の壁に寄りかかった。
しかし、目線は無意識のうちにそちらの方に向き、いつまでたっても彼女の心を落ち着かせることはなかった。
そして、気付いてしまった。
先生を取り巻く女子グループの中に、江川瑠美の姿があることに。
二人は笑いあって、楽しそうにしていた。その様子が冬香の心を毒していった。
「冬香ちゃん、お待たせ」
どれだけ時間が経ったか分からなくなった頃、いつもと同じ声がした。作った笑顔で振り返る。
「行こっか」
「話さなくていいの?」
友人は不安そうに冬香と同じ方向を見た。
「いいよ。こんな日くらいあるから」
そう言って彼女は心が汚れ切る前にその空間に背を向けた。
冬香が去っていったことは翔も気づいていた。
しかし、それを気に留めさせないほどに瑠美たちは彼にアタックしていた。
彼女の独占欲は周りを一切寄せつけないほどに強気なものだった。
「ねぇ、先生話聞いてよぉ」
「わかったわかった、今は掃除してるから後でね」
人の目も気にせず彼の袖を掴んで離さない様子は誰の目にも異様に映った。
可愛い子供の戯言だと割り切るには難しい、強く執着した何かがあった。
そして掃除も終わり、すっかり人がいなくなると、この時を待っていたかのように、瑠美の友人たちは次々と言い訳をして帰って行った。
そして、教室に残ったのは翔と瑠美の二人だけとなった。
「ねぇ、怒ってる?」
「どうして?」
「2人きりになったから」
翔は何も言わなかった。教室という空間は2人には狭すぎた。
「私と付き合ってよ先生」
「それは無理だ。何回も言ってるだろう」
彼は低い声で否定し、机を整え始めた。縦横をひたすらきっちりと合わせる。
瑠美は整えられた机の一つに腰掛け、足を組んだ。
「なんで無理なの?」
「俺は教師、君は生徒だから」
「つまんないの。昔はあんなに愛し合ってたのに」
一瞬、翔の手が止まった。外から聞こえる運動部の掛け声がやけに大きく響いている。
その声が別の誰かに見られているような感覚を与えた。
「誤解を生む言い方はやめなさい。それは千年以上も前の話。もうあの頃とは違うんだ」
「何も違わないよ。あの女にはまだ未練たらたらのくせに」
「あの女?」
「ふざけないで。冬姫に決まってるじゃない」
瑠美は机から飛び降り、翔に歩み寄る。彼の表情を伺い、落胆とも確信とも悲しみともとれるそんな顔をした。
「やっぱりまだ忘れてないんだ」
瑠美はため息とともに彼を抱きしめ、ねっとりとした声で囁いた。
しかし、翔の体温を感じたのもつかの間、彼はすぐに彼女を引き離した。
「冬姫は関係ない」
「嘘」
「どうして?」
瑠美は拳を強く握った。だんだん濃くなったオレンジの光が彼の表情を隠していたからだった。
「知ってるんだよ、冬姫が現代にいること。松田冬香、あの子なんでしょ?」
「さあ、どうかな」
「誤魔化さなくてもすぐわかったよ。昔の姿そのままだもん。でもさ、あの子前世の記憶ないみたいじゃない」
自分で言った言葉がハサミとなり、制御していた糸を切った。
瑠美は奥から沸きあがる全ての憎悪と嫉妬に飲み込まれる直前だった。
二人の境遇を哀れだと笑い、また美しいとも思った。神に選ばれたのは自分なのだと心の底から愉快な気持ちだった。
「可哀想にね。昔あんなに愛した男が目の前にいるっていうのに気づかないなんて!」
瑠美は目を見開いて、彼に顔を近づけたあと、目尻を緩め、嫌に微笑んだ。
「でもまあ当然の報いよ!時の帝の正室である私を差し置いて側室の女が色目を使うからそうなったのよ!」
「もういい、わかったから」
「気分がいいわ!先生は私を選ぶしかないの!ね?そうでしょう?あなたがどんなにあの女を追いかけてもあの子は気付かないの!やっと邪魔者がいなくなったんだから、今度こそ先生は私と結ばれるの!私はずっとあなたを見てきた、一番の理解者なの!あなたには私しかいないの!私が一番なの!私が一番なの!!私が一番なの!!!」
瑠美の目はもうどこも見ておらず、光さえ差し込んでいなかった。
私欲を剥き出しにして、感情のままに動く彼女は怪異に近いものに見えた。
「ああ、可哀想な先生!いつも自分の側にいた冬姫が昔の記憶も忘れて呑気にお話しだけしにくるなんて酷いわよね。本当は思い出して欲しいんでしょう?でも残念でした!あの子はもう一生あなたのことを思い出さない!だから私が側にいてあげるの!あの女のことなんてすぐ忘れさせてあげるから!あははっ!ははははっ!!」
最愛の人を侮辱する言葉の数々を黙って聞いていた。
翔は狂気を纏った彼女の腕を掴み、自分の方に引き寄せ強く抱き締めた。
力の限り強く抱き締めた。彼にはこれしか方法がわからなかった。
瑠美は次第に落ち着きを取り戻し、突き放された体温が今、自分の身体に戻ってきたことに優越感を感じていた。
「ほら、やっぱり私がいいんじゃない」
満足気にそう言うと、目を閉じて笑った。
「今日はもう帰りなさい」
彼の指示に瑠美は素直に従った。
もうそこに狂気の念は無かった。代わりに、どこにでもいる普通の女子高生の笑顔と無邪気さを羽織っていた。
廊下が静かになると、運動部の掛け声も守ってくれたオレンジの光も無いことに気づいた。
窓を見ると、山の縁にはもう夜の色が座っている。窓を開け外の空気で目を覚まし、自分の呼吸の音を確かめた。
「俺は教師だ」
そう言い聞かせ、その場にしゃがみ込んだ。
いつもと変わりない放課後だった。
松田冬香は終礼に掃除にと、一連の流れを済ませていつものように上の階に上がって行った。
しかし、上がった先にあった光景はいつもとは少し違うものだった。先生の周りを既に四、五人の女子が取り囲んでいた。
冬香はそれまでの少しの期待を全て心の奥に押し込めて、冷静を装い廊下の壁に寄りかかった。
しかし、目線は無意識のうちにそちらの方に向き、いつまでたっても彼女の心を落ち着かせることはなかった。
そして、気付いてしまった。
先生を取り巻く女子グループの中に、江川瑠美の姿があることに。
二人は笑いあって、楽しそうにしていた。その様子が冬香の心を毒していった。
「冬香ちゃん、お待たせ」
どれだけ時間が経ったか分からなくなった頃、いつもと同じ声がした。作った笑顔で振り返る。
「行こっか」
「話さなくていいの?」
友人は不安そうに冬香と同じ方向を見た。
「いいよ。こんな日くらいあるから」
そう言って彼女は心が汚れ切る前にその空間に背を向けた。
冬香が去っていったことは翔も気づいていた。
しかし、それを気に留めさせないほどに瑠美たちは彼にアタックしていた。
彼女の独占欲は周りを一切寄せつけないほどに強気なものだった。
「ねぇ、先生話聞いてよぉ」
「わかったわかった、今は掃除してるから後でね」
人の目も気にせず彼の袖を掴んで離さない様子は誰の目にも異様に映った。
可愛い子供の戯言だと割り切るには難しい、強く執着した何かがあった。
そして掃除も終わり、すっかり人がいなくなると、この時を待っていたかのように、瑠美の友人たちは次々と言い訳をして帰って行った。
そして、教室に残ったのは翔と瑠美の二人だけとなった。
「ねぇ、怒ってる?」
「どうして?」
「2人きりになったから」
翔は何も言わなかった。教室という空間は2人には狭すぎた。
「私と付き合ってよ先生」
「それは無理だ。何回も言ってるだろう」
彼は低い声で否定し、机を整え始めた。縦横をひたすらきっちりと合わせる。
瑠美は整えられた机の一つに腰掛け、足を組んだ。
「なんで無理なの?」
「俺は教師、君は生徒だから」
「つまんないの。昔はあんなに愛し合ってたのに」
一瞬、翔の手が止まった。外から聞こえる運動部の掛け声がやけに大きく響いている。
その声が別の誰かに見られているような感覚を与えた。
「誤解を生む言い方はやめなさい。それは千年以上も前の話。もうあの頃とは違うんだ」
「何も違わないよ。あの女にはまだ未練たらたらのくせに」
「あの女?」
「ふざけないで。冬姫に決まってるじゃない」
瑠美は机から飛び降り、翔に歩み寄る。彼の表情を伺い、落胆とも確信とも悲しみともとれるそんな顔をした。
「やっぱりまだ忘れてないんだ」
瑠美はため息とともに彼を抱きしめ、ねっとりとした声で囁いた。
しかし、翔の体温を感じたのもつかの間、彼はすぐに彼女を引き離した。
「冬姫は関係ない」
「嘘」
「どうして?」
瑠美は拳を強く握った。だんだん濃くなったオレンジの光が彼の表情を隠していたからだった。
「知ってるんだよ、冬姫が現代にいること。松田冬香、あの子なんでしょ?」
「さあ、どうかな」
「誤魔化さなくてもすぐわかったよ。昔の姿そのままだもん。でもさ、あの子前世の記憶ないみたいじゃない」
自分で言った言葉がハサミとなり、制御していた糸を切った。
瑠美は奥から沸きあがる全ての憎悪と嫉妬に飲み込まれる直前だった。
二人の境遇を哀れだと笑い、また美しいとも思った。神に選ばれたのは自分なのだと心の底から愉快な気持ちだった。
「可哀想にね。昔あんなに愛した男が目の前にいるっていうのに気づかないなんて!」
瑠美は目を見開いて、彼に顔を近づけたあと、目尻を緩め、嫌に微笑んだ。
「でもまあ当然の報いよ!時の帝の正室である私を差し置いて側室の女が色目を使うからそうなったのよ!」
「もういい、わかったから」
「気分がいいわ!先生は私を選ぶしかないの!ね?そうでしょう?あなたがどんなにあの女を追いかけてもあの子は気付かないの!やっと邪魔者がいなくなったんだから、今度こそ先生は私と結ばれるの!私はずっとあなたを見てきた、一番の理解者なの!あなたには私しかいないの!私が一番なの!私が一番なの!!私が一番なの!!!」
瑠美の目はもうどこも見ておらず、光さえ差し込んでいなかった。
私欲を剥き出しにして、感情のままに動く彼女は怪異に近いものに見えた。
「ああ、可哀想な先生!いつも自分の側にいた冬姫が昔の記憶も忘れて呑気にお話しだけしにくるなんて酷いわよね。本当は思い出して欲しいんでしょう?でも残念でした!あの子はもう一生あなたのことを思い出さない!だから私が側にいてあげるの!あの女のことなんてすぐ忘れさせてあげるから!あははっ!ははははっ!!」
最愛の人を侮辱する言葉の数々を黙って聞いていた。
翔は狂気を纏った彼女の腕を掴み、自分の方に引き寄せ強く抱き締めた。
力の限り強く抱き締めた。彼にはこれしか方法がわからなかった。
瑠美は次第に落ち着きを取り戻し、突き放された体温が今、自分の身体に戻ってきたことに優越感を感じていた。
「ほら、やっぱり私がいいんじゃない」
満足気にそう言うと、目を閉じて笑った。
「今日はもう帰りなさい」
彼の指示に瑠美は素直に従った。
もうそこに狂気の念は無かった。代わりに、どこにでもいる普通の女子高生の笑顔と無邪気さを羽織っていた。
廊下が静かになると、運動部の掛け声も守ってくれたオレンジの光も無いことに気づいた。
窓を見ると、山の縁にはもう夜の色が座っている。窓を開け外の空気で目を覚まし、自分の呼吸の音を確かめた。
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