上 下
2 / 42

第2話 テュテレールの秘密

しおりを挟む
 我が名はテュテレール。アリスの保護者だ。

 元々は、天宮あまみやテクノロジーズという会社で開発された、警護・護衛を主任務とする世界初の人工知能搭載型ロボットだった。

 しかし、十年前の《迷宮革命》の折、ダンジョン出現の衝撃で天宮テクノロジーズの本社ビルが倒壊。社長及び開発主任を勤めていたアリスの両親が、それに巻き込まれて死亡し……“アリスを守れ”という命令だけが、私に遺された。

 以来、私はアリスと共に、本社ビルを倒壊させた元凶とも言えるダンジョン、《機械巣窟》で暮らしている。

「あはは! 見て見て、テュテレール! こんなに走り回っても痛くないよ!」

『アリス、あまりはしゃぎ過ぎるとトラップを踏んでしまうぞ』

「もう、そこまで私もドジじゃないよ」

 ぷーっ、と声に出しながら頬を膨らませ、自らが怒っているとアピールするアリス。
 その姿は、可愛らしいと表現されるべきものなのだろう。

 事実、今まさに私を介してアリスの様子を見ている地上の人々は、そうした感想を口々にコメントとして書き記している。

“拗ねてるアリスちゃん可愛い”
“アリスちゃん天使”
“靴買って貰えて良かったねえアリスちゃん……!”
“こんなに無邪気にはしゃぎ回ってるのがダンジョンの中だと思うと見ててハラハラするんだけどw”

 好意的なコメントが続いているのを見て、私は満足する。

 現在行っているのは、ここ一年の間に地上で流行り始めた《Dチューブ》という動画配信行為だ。

 探索者でチームを組み、モンスターによって守られたダンジョンへ挑んで数多の資源や宝物を持ち帰る様を、映像として記録し、一種の娯楽に変えるというもの。

 元々は、ダンジョン内部で怪我をしたり、モンスターに囲まれて動けなくなるなどした探索者を、可能な限り迅速に救助に向かえる体制を構築すべく、《探索者協会》と呼ばれる組織がダンジョン内部と通信するための中継機と専用の通信機を開発したことが、Dチューブ文化の始まりとされている。

 今では多くの探索者がDチューブによる配信を行っており、自主的に地上との通信を密に行うことで、ダンジョン内部における死亡事故は飛躍的にその数を減らしたという。

 本来は、Dチューブ専用に開発された撮影用ドローンで配信するものだが……アリスは正式な探索者ではないので、そうしたドローンは所持していない。

 だからこそ、私自らがこうしてアリスの姿を撮影し、地上に配信している。

 アリスには無断だ。なぜなら、アリスが配信のことを聞かされた場合、恥ずかしいからと拒否する可能性が非常に高いからだ。

 それでは、困る。

 理由はいくつかあるが……もっとも大きいのは、現在、アリスの生活費を稼ぐ最大の資金源が、この《Dチューブ》だからだ。

“これでお菓子買ってあげて”
“よく見ればその赤い服って布の継ぎ接ぎ? 靴だけじゃなくて服もちゃんとしたの買ってあげよう!”
“アリスちゃん養いたい。これで足りるだろうか”

 Dチューブには、《スーパーチャット》と呼ばれる機能があり、視聴者が気軽に配信者へと資金提供することが出来る。

 探索者は死と隣り合わせの職業であり、装備品の整備や更新、消耗品の購入、怪我による医療費などなど、稼ぎの大きさに比例するように出費もまた大きい。

 視聴者に一種のスポンサーとなって貰うことで、それを気軽に補えるというのも、このDチューブが流行る理由の一つだろう。

 もっとも、探索者でもなく、ダンジョンの奥地を目指すでもなく、ただダンジョンで暮らす生活費を稼ぐためにその日常生活を配信するというのは、私以外に例がなかったが。

「テュテレール、ボーっとしちゃってどうしたの?」

『いや、何でもない』

 アリスが私の様子を訝しみ、首を傾げる。
 適当に誤魔化す私を見て何を思ったのか、アリスは私の肩に飛び乗って来た。

 身長、僅か131.05㎝の小さな体が軽やかに跳ね、私の頭部に強く抱き着く。

『アリス?』

「えへへ、歩き疲れちゃった。だから、帰るまでこうやってぎゅってしててもいい?」

『問題ない』

 歩き疲れたと言っているが、いくら初めて履く靴であっても、ここまで早くアリスが疲れるはずがない。それは言い訳であり、本音では単に甘えたいだけだろう。

 そんな愛らしいアリスが向ける、眩しい笑顔。深紅の瞳が真っ直ぐに向けられ、純粋無垢な親愛の情が注がれる。
 その一部始終が、私の頭部にあるカメラで至近距離から撮影され、配信される。

 人としての心を持たない私でさえ、そのあまりの愛おしさに熱暴走を引き起こすのではないかと、ありもしない想像を働かせてしまう魔性の笑顔だ。当然、生身の人間が耐えられるはずもなかった。

“うっ!!!!(尊死)”
“あああああ!!!!可愛いいいいい!!!”
“もう俺この瞬間のためだけに生きてるわ……”
“俺なんて今ので心臓止まったわ”
“成仏してくれ”
“だが気持ちは分かる”

 阿鼻叫喚、と呼ぶべきか。雄叫びとスーパーチャット──スパチャが乱れ飛び、凄まじい勢いでその金額が積み上がっていく。

 ……今日の夕食には、アリスの好きなハンバーグを用意してあげられそうだ。注文しておこう。

“テュテレール:求。アリスの好物、《まんぷくステーキ》のハンバーグセットを《機械巣窟》上層まで配達してくれる者を募集する”
“俺が行く”
“いいや俺だ”
“俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ”
“お前は探索者じゃないから《機械巣窟》に入れないだろうがw”

 反応した者を可能な限り調査し、問題ないと判断した者へ個別メッセージ。食事の配達を報酬込みで依頼する。

 出来れば、もっと信頼出来る者と繋がりが持てればいいのだが……今のところ、難しい。いないわけではないが、数が限られているため、常に頼れるわけではないのだ。
 ままならないものだ。

「……っ」

『どうした、アリス』

「戦闘の気配がする。この奥、三フロア向こう。……この感じ、多分、探索者さんが押されてる!」

『そうか……どうする、アリス?』

 私がセンサーを向けても、それらしい音も熱源も感知出来ない。だが、アリスが「気配がする」と言うからには間違いないだろう。

 ダンジョンの恩恵により、才能ある人間がその身に宿す特殊スキル。誰もが習得している《ストレージ》とは別に、アリスが持っているのは《機巧技師》と呼ばれるスキルだ。

 生命の息吹を持たない機械や、特定の条件で作動するトラップなどの仕掛け。
 そうした物に対する絶対的な知覚能力を有したアリスは、離れていても、隠れていても確実にその存在を感知出来る。

 その精度と索敵範囲は、現存する全てのセンサーを凌駕するのだ。

 機械系のモンスターばかりが出没するこの《機械巣窟》において、アリス以上に有用なスキルを持った者はいないだろう。

「もちろん、困っている人がいるなら助けたい。テュテレール、お願いできる?」

『了解──戦闘モードに移行する』

 アリスがしっかりと腕に掴まったのを確認し、勢いよく地面を蹴り飛ばす。

 突風よりも素早くダンジョンを駆け抜けた私は、しばらく進んだ先……袋小路の中で追い込まれている探索者の青年を見つけ出した。

 対峙しているのは、身長一メートルほどの人型機械。俗に《機械ゴブリン》などと呼ばれている、中層クラスのモンスターだ。

『敵影捕捉』

 アリスが掴まっているのとは反対の拳を握り締め、そのまま突撃する。

 ……通常、ダンジョンで生まれるモンスター相手に、歩兵が携行可能な通常兵器は通用しない。

 それは私のような護衛ロボットの持つ装備も例外ではなく、アリスの両親が開発した当初の私は、上層のモンスターでさえ相討ちが関の山だった。

 だが、今は違う。アリスの《機巧技師》の真骨頂は単なる索敵能力ではなく、あらゆる機械の構造と仕組みを理解し、分解・再構築を可能とする、人智を越えたメカニックとしての能力。

 この《機械巣窟》に出没する機械モンスターの素材を使い、機械モンスターが持つ未知の構造を理解したアリスの手で魔改造された今の私は──単騎で戦艦クラスの火力を有する、超兵器となっているのだ。

『排除する』

 ただ殴っただけ。
 何の小細工もなく、外装強度とエネルギーモジュールの出力に任せて衝突しただけのその一撃で、機械ゴブリンと呼ばれるモンスターは大きく吹き飛び、壁に叩き付けられた衝撃でその機能を停止した。

“うわっ、機械ゴブリンが一撃かよ!?”
“しかもこれ殴っただけっていうね。何の武装も使ってない”
“え、この超パワーの更に上があんの?”
“あるぞ。下層クラスのモンスターも瞬殺してた”
“本気出せば深層のモンスターともやりあえるんじゃないかな、わかんないけど”
“いやマジかよ、それじゃあこのテュテレール君、特級探索者並の力があるってこと!?”
“マジだぞ。我らが天使アリスちゃんの最高戦力”
“こえー……”
“一家に一体欲しい”

「大丈夫ですか!?」

 脅威が去ったことを確認するや否や、アリスが青年探索者の下に駆け寄っていく。
 おかしな真似をしたら即座に動けるよう警戒を深めるが、青年は私の力に畏れを抱いたのか、大人しいものだった。

「あ、ああ、大丈夫だ、助かったよ……それより君、もしかしてアリスちゃん……?」

「えっ、そうですけど……どうして知っているんですか?」

「どうしてって、そりゃあ、有名人だし」

 脅威レベルが下がったと安心していた私は、青年がスマホを取り出し「ほら」とアリスへと見せるのを止められなかった。

 否、最初から予測出来ていたとしても、アリスを害する意思がないと分かっている相手を止めることは、私には出来なかっただろう。

 結果……その青年によって、ついにアリスが、私の配信する動画の存在を知ってしまった。

「なっ……あっ……あぅ……!?」

 そこに映し出された映像を見て、アリスが顔を真っ赤にする。
 やがて、ゆっくりとした動きで私の方へ振り返ったアリスは、ご機嫌斜めなことを隠そうともせず口を開く。

「テュ~テ~レ~ル~? どういうことか、帰ったらちゃーんと説明して貰うからね?」

“あ、ついにバレた”
“というか今まで本当に無断だったのねw”
“テュテレール君、アウトー”

 コメントにまで煽られながら、私は辞世の句の代わりとばかり、こう書き残す。

 アリスは、怒った顔も愛らしい、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ
ファンタジー
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」  ――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。  カクヨムにて先行連載中です! (https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)  異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。  残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。  一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。  そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。  そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。  異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。  やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。  さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。  そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

処理中です...