転生悪役貴族の仮面学園生活~族滅予定の悪役貴族に転生したから、原作知識で何とかしてみる~

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33話 十傑戦2

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 小手調べも終わり、次は本気でかかろうとしたその時、私はふと視線を感じた。
 それはコールスも同じだったようで、我々はほぼ同時に研究棟を振り返った。

 研究棟。
 雲を貫き、頂上が見えないほど高いその塔のような建物は常にゆっくりとうねっており、物理法則を完全に無視した奇妙な光景を生んでいた。
 研究棟はイルシオン学院のために建てられたものではない。
 むしろ逆だ。
 この地に研究棟があったからこそ、それを囲うようにイルシオン学院が建てられたのだ。

 研究棟の歴史は学院よりも、帝国よりも古い。
 それは古の時代から受け継がれてきた魔法の聖地であり、人類の英知が集う場所だ。

 イルシオン学院は帝国最高峰の戦士育成機関であると同時に、最高峰の魔法研究機関でもあるのだ。
 戦士として優れていなくても、魔法学者として優れている者はここに研究員として迎え入れられる。
 研究棟では学者たちが日夜魔法の深淵を覗くために奮闘しており、その上層部は教授たちの研究室になっている。

 ここからは見えないが、これは教授たちの視線に違いない。
 我々がその視線に気づいたのではない。
 彼らが我々に気づかせたのだ。
 注視していること感じさせることで、本気での戦闘を促しているのだ。

 私とコールスは向き直って武器を構えた。
 コールスの顔からは怒りが消え、代わりに高揚感が浮かんだ。
 頑張って動揺させた苦労が水の泡だったが、状況はむしろ良い方に向かっていた。
 天才というのは、それ相応のプライドを持っているものだ。
 これからいい所を見せようとしている相手の前で大恥をかいて、彼は果たして耐えられるのか。

 もう私とは口を利きたくないのか、コールスは無言で仕掛けてきた。
 彼の剣術は貴族らしい、正統で硬派なものだった。
 それはロイが使っていた実践型剣術とは対極的にあるもので、ロイの先の読めない動きとは違って、彼のものは堅実が故にある程度読める。
 しかしそれは決して彼の剣術がロイのそれよりも劣っていることを意味するわけではない。

 型に忠実なコールスの攻撃は、無理な体制から放たれるロイのそれよりも遥かに強力で、隙がない。
 そして時折織り交ぜられるトリッキーなフェイントは、先を予測して動こうとしてしまう相手の意表を突きやすく、より危険なものになる。
 隙のない剣技と彼の剣舞師という慣れない戦闘スタイルに、私は暫く防戦を強いられた。

 そして年齢差からくる筋力差で不利を背負う私は、彼の重い攻撃に耐えられなくなった。

「ちっ」

 仕方なく私はもう一度軽業を発動させた。
 軽業は燃費の良い方のスキルではあるが、それでも乱発出来るものではない。
 しかしコールスの重い攻撃を防ぐために必要な筋力強化に使う魔力量も馬鹿にならなくなって来たため、私は少し距離をとって回避優先で戦うことにした。

 私は武器がぶつかる衝撃を利用し、物理法則を無視した形で浮き上がった。
 その動きを、コールスは読んでいた。
 彼はすかさずシャイン・ショットの構えを取った。

 スキルの発動に構えが必要なわけではない。
 しかし魔力を特定の経路とリズムで体内で循環させることで発動するスキルというものは、もしも途中で集中が途切れたりなどしてそれが乱れた場合、発動に失敗するだけでなく、魔力暴走を起こして使用者にダメージを与えてしまう。
 そのため、特定の構えを取り、特定の口上を言うことを習慣化することで、出来るだけ脳のリソースを使わず、かつ安全に発動させるのが定番だ。

「シャイン・ショット!」

 教授たちに見られている事を意識して気合いを入れたのか、私への怒りがそうさせたのか、それは先程よりも数段威力の上がった一撃だった。
 軽業は一時的に身体を軽くするだけのスキルであり、空中を自在に飛べるようなものではない。
 大きく進路を変えるには外部の力を借りるしかなく、それが出来ない状況下では軽業を無効にして落下速度を上げるくらいしか、大きな回避動作は取れない。
 コールスの一撃は私の下腹部を狙ったもので、正に私が軽業を無効にしようとも避けられないものだった。

「うぐっ」

 私はガードには成功したものの、それを正面からまともに食らってしまった。
 強烈な衝撃とともに吹き飛ばされ、地面を数回転がるも、私は何とか踏ん張って体制を立て直し、地面に倒れ伏すという醜態を晒さずにすんだ。

「……強い」

 思わず口をついて出たのは、私の素直な感想だった。
 コールスは原作には登場しない、いわばモブだ。
 しかしこうして剣を交えると、彼は十傑の名に恥じない、間違いなく同年代最強といえるほどの力を持っていた。
 近づけば隙のない強力な剣技、距離を取ればシャイン・ショットという強力な飛び道具。
 こうも堅実な戦法を取られると、並の手段では状況を打破できないだろう。

 コールスがトルムンテ家の麒麟児と同じ様に、私はフォルダン家の麒麟児だ。
 同世代の戦士との手合わせでは常に圧勝してきた。
 正直ここまで苦戦したことはない。

 コールスは余裕の表情で私をあざ笑った。

「どうした?
 大口叩いておいてその程度か?」

 私は自分が好戦的な笑みを浮かべたことを自覚した。

「少し本気で遊んでやろう」

 まさかこんな所で奥の手を晒すことになるとは思わなかったのだが、第2皇子の弱みのためなら仕方がないだろう。

「減らず口を!」

 コールスは再び仕掛けてきた。
 私は正面から彼を迎え撃った。
 軽業を使い、宙に舞う。
 繰り出される攻撃は見た目としては最初の小手調べの時のものとそれほど変わらない。
 だが、違いはあった。

「くっ……!」

 二の腕を浅く斬られたコールスは軽いうめき声を上げた。
 私の斬撃はいとも容易くコールスの防御を破り、彼を傷つけた。

 コールスは何が起きているのかわからないような、そんな表情を浮かべた。

「一体何が……?」

「教えてもお前のような凡才には理解できまい」

 凡才と罵られるなど、物心がついたときから天才として扱われ、実際にも天才であったコールスにとっては初めての経験なのだろう。
 彼は一拍置いてからその言葉の意味を理解し、屈辱に顔を歪めた。

 そんな会話を交わしている間にも私の剣は彼に浅い傷を幾つかつけた。

「くそ……何なんだ、何が起きている!?」

 コールスは取り乱していた。
 見えている、反応も出来る、しかし防げない。
 その違和感に彼の脳は混乱しているのだろう。
 私の繰り出す斬撃は、目には見えない不可思議な力を帯びており、その力は彼の防御をいとも容易く破っていた。

 コールスを煽っておいて何だが、実はこの力が何なのかは私にもわからない。
 日本剣術の訓練中に突如現れたこの力は、私の攻撃の威力を大きく上げるものだった。
 対価は魔力ではなく精神力の消費。
 長く使えば頭が重くなり、思考能力が下がる。
 ひどい時にはそのまま意識を失うこともあった。
 反動は大きいが、その分威力は絶大だ。

 私は軽業を発動し、コールスと打ち合った衝撃を利用して素早く彼の右側に回り込み、ふくらはぎを狙って突いた。
 彼は膝を曲げることでそれに対処し、返しの斬撃を繰り出した。
 レイピアの斬撃は速いが、突きに比べると威力に欠ける。
 私はそれを正面から弾き返して、そして剣を大上段に構え、全体重を乗せて振り下ろした。

 コールスはそれを防ぐも、直前に私の攻撃をかわすために片足を、それも利き足を折っていたこともあり、身体を支えきれずに膝を地面についた。

「くっ……!!」

 コールスは跪かされた屈辱に顔を真っ赤にした。
 私は攻撃の手を緩めることなく、膝を付きながらも抵抗を続けるコールスの頬に傷をつけた。
 イオの顔につけた鞭痕と同じ場所だった。

 コールスはレイピアを落とした。

「ああ……」

 ついに抵抗をやめたコールスの肩に剣をかけ、私は嗤った。

「どうだ?
 弟とおそろいにしてやったぞ。
 負け犬にはお似合いの格好だな」

「なんで……」

 学生たちも、教授たちも注目する十傑戦。
 敗北するだけでなく、跪かされ、顔を傷つけられ、侮辱された。
 大舞台でこれほどの醜態を晒したコールスは茫然自失としていた。

 いや、彼に最もダメージを与えたのは観衆の目ではない。
 十数年かけて鍛え上げてきた剣術がズタズタにされたのだ。
 それも年下の戦士に、手も足も出ないほどに。

 いかに強靭な精神力を持っていようと、敗北に慣れていない天才にとっては自身の武道を疑わせるのに十分な挫折だった。

 コールスの瞳から光が消えたことを確認した私は安堵した。
 戦心が折れたかどうかを確認する術はないが、彼の様子から見るに心配はないだろう。

 私は心の中でコールスに謝った。
 彼は悪人ではないだろうし、私は彼に恨みを持っているわけでもない。
 ただ利益が大きすぎたのだ。

 人は慣れる生き物だ。
 悪事も繰り返せば日常となる。
 ドランの一件といい、私の行為は明らかに悪人の所業だ。
 これは元日本人の転生者としての私としては受け入れ難いことだった。
 いつも事後に改善を決心するのだが、結局は同じ過ちを繰り返していた。
 これからも私は、全て家族のためだ、と言い訳しながら罪のない人を傷つけていくのだろうか。
 わからない。

 私は頭を振って不要な思考を追い払った。
 こんな所で考えるべきことではない。
 これは力を使いすぎた反動だ。
 集中力が著しく低下していた。
 表面上余裕を装ってはいるが、正直私は立っているだけでやっとだった。

 魔力も精神力も限界間近だった。
 体力は底をつき、剣を持ち上げるに精一杯で、頭も回らない。
 今の私になら、武道を嗜んでいない少女でも簡単に勝てるだろう。
 コールスにもう少しでも根性があれば、ここからでも逆転できるだろうが、幸い彼にはもうその気力はないようだ。

 正直コールスを殺すだけならもっと簡単に出来た。
 だが、貴族は貴族を手に掛けない、という格言がある。
 これは貴族界で最も重要なルールの一つだ。
 よほどのことがなければ貴族が貴族を殺すことはない。
 これは爵位を持つ貴族家の当主だけでなく、その直系の子供たちにも当てはまるルールだ。

 捕らえることも、辱めることも結局は当事者同士の問題だ。
 しかし貴族殺しは貴族界全体、立場や派閥を問わず非難される行為である。
 よほど正当な理由がない限りは貴族殺しが許されることはなく、どうしてもというのなら奪爵に追い込むか、暗殺するのが普通だ。

 こんな公衆の面前でコールスを殺せば、フォルダン家の名声は地に落ちるだろう。
 それはいかに第2皇子の帳簿のためといえど払えない犠牲だ。

 気づけば、いつの間にか私は4人の男女に囲まれていた。
 彼らは周囲を取り囲む観衆にも、抜け殻のようになっているコールスにも目をくれず、まるで珍しい動物でも見るかのような目で私を観察していた。

 教授たちだ。
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