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1話 転生完了
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あれはクリスマスの前日。
私は都内の狭いワンルームの自室でスマホをいじっていた。
寝る前は転生系俺Tueee小説に限る。
ふと窓の外から強烈な光が差し込んだ。
目を向けると、1台のトラックがトップスピードで突っ込んできていた。
私は唖然とした。
「ここ、8階……」
その言葉は轟音にかき消され、世界は闇に包まれた。
夢を見た。
長い夢だ。
それはイルク・フォルダンという少年の一生だった。
フォルダン家は由緒ある帝国伯爵家であり、イルクは嫡子として生まれた。
多くの、爵位のみを持ち、地位はあるものの実権はない貴族とは違い、フォルダン家は広大な領地を持つ歴史ある大貴族。
その次期当主であるイルクは生まれながらにして全てを与えられていた。
剣術の修行には剣豪、魔法の啓蒙には教授クラスの先生がつけられ、修行に必要な高価な薬品や魔核も必要なだけ与えられた。
生まれ持った聡明な頭脳と優れた血筋も相まって、イルクは瞬く間に帝国でも有数な天才魔剣士として有名になった。
イルクが当代剣聖であるシュドルク・エルブスキーの12歳の記録に次ぐ、13歳という若さでレベル20になった時には帝国中が注目し、神域入りする可能性もあると皇帝ゴルギス・レドレクから彼の最も寵愛する三女との婚約を授けられた。
そんな順風満帆な人生を送るイルクだったが、彼は人知れず難病に悩まされていた。
時折激しい頭痛とともに奇妙な幻覚を見たのだ。
それはこの世界とは随分と違う、魔法のない世界での平凡なサラリーマンの断片的な記憶だった。
異世界などという単語はこの世界には存在しない。
イルクからすればその記憶は何の根拠もない妄想に過ぎなかった。
フォルダン家の未来を背負っている彼に精神異常などという汚点は許されない。
そのため彼はそれを両親にも告げることなく、自身に仕える者たちに極秘で治療法を探らせていた。
しかしいくら手を尽くしても病は好転せず、発作の頻度は増えるばかり。
そして昨晩、一際強い発作が起き、イルクは気を失った。
それは最後の発作でもあった。
前世の記憶は覚醒し、転生が完了した。
目を覚ましたイルク、いや、私はまだ少しズキズキと痛む頭を抑えながら体を起こした。
記憶の消化が終わった私の脳内に残された感情は、前世での両親への思いと狂喜の念だった。
異世界転生。
まさか本当に起こるとは。
両親は……仕方がない、兄が私の親孝行までやってくれるはずだ。
「いやでもあの転生トラックは強引すぎるだろ……」
8階まで飛んででも任務を果たした転生トラックに敬意を払いつつ、私はベルを鳴らした。
すぐにメイドが入ってきた。
「おはようございます」
彼女は私を直視しないよう目を伏せ、一礼した。
召使いが主の目を直視するのは無礼に値するのだ。
私は両手を広げ、彼女のなすがままにされた。
数分後、着替えを済ませた私は手を降って彼女を下がらせた。
彼女の名は知らない。
聞く気もない。
貴族と召使いの関係はそういうものだ。
私は一般的な転生系主人公のように急に召使いに気安く接して感謝されるつもりはなかった。
前世の記憶が覚醒したとは言っても、この世界での十数年の記憶は消えたわけではないからだ。
私は今もフォルダン家を愛しているし、貴族としての誇りも変わらずある。
平等主義の考えも持っているが、それをみだりに発揮して、フォルダン家の嫡子としての品位を落とすつもりはなかった。
私は部屋を出て、食堂へ向かった。
そこではすでに妹のアニーがいた。
「おはよう」
「おはようございます、兄様」
可愛い妹と挨拶を交わし、いつもの席についた。
私が食堂につく直前に用意された熱々の朝食を一口頬張った。
「ファイヤーバニーか」
背後に控える召使いが答えた。
「はい、今日の朝食はファイヤーバニーのもも肉のソテーでございます」
ファイヤーバニーとは、その名の通り火属性のウサギ型の魔物だ。
魔法使いにとっては食事もまた修行。
魔物の肉に含まれる魔素を体内に取り入れるのだ。
ファイヤーバニーは美味で魔素含有量も多いため人気食材だ。
しかしファイヤーバニーは戦闘力こそ弱いものの、警戒心が強い上に逃げ足が早く、狩猟が難しいために価格が高騰しており、貴族でなければ手が出せない食材になっている。
そのファイヤーバニーの肉でも、もも肉は特に魔素含有量が高く、たとえ貴族でも祝い事がなければ食卓に並ぶことはない代物だ。
もっともそんな食材でも伯爵の中でも裕福な部類に属するフォルダン家にとってはごく日常的な食材に過ぎない。
ピリッと舌を刺激する火属性の魔素を堪能しつつ、私は今後の展開に思いを馳せた。
来月、私はイルシオン学院に入学する。
それはつまり、「原作」開始まで後1年の猶予があるということだ。
そう、この世界には「原作」がある。
それは私が前世で愛読していたファンタジー小説だ。
王道系のその小説のざっくりとしたストーリーは、魔人の血を引いた平民上がりの主人公がそれを隠しながら成り上がり、仲間たちと苦難を乗り越え、帝国に巣食う邪悪な勢力を滅ぼすというものだ。
第2章では一枚岩になった帝国と共に蘇った魔人と戦う話になるのだが、それはまだまだ先の話。
第2章のことを考えるよりも先に、まずは第1章を生き抜くために手を打たなくてはならないのだ。
なんせ、我がフォルダン家は第1章で滅ぼされる、邪悪な勢力の中核的存在なのだから。
「兄様、どうしました?
なんだか顔色が悪いようですわ」
どうやら原作でのフォルダン家の悲惨な末路を思い返していたら、表情が険しくなってしまっていたようだ。
アニーが心配げに声をかけてきた。
「少し修行上の問題について考えていただけさ、何も心配ないよ、アニー」
そうだ、何も心配はない。
私はイルク・フォルダン。
転生者だ。
私は都内の狭いワンルームの自室でスマホをいじっていた。
寝る前は転生系俺Tueee小説に限る。
ふと窓の外から強烈な光が差し込んだ。
目を向けると、1台のトラックがトップスピードで突っ込んできていた。
私は唖然とした。
「ここ、8階……」
その言葉は轟音にかき消され、世界は闇に包まれた。
夢を見た。
長い夢だ。
それはイルク・フォルダンという少年の一生だった。
フォルダン家は由緒ある帝国伯爵家であり、イルクは嫡子として生まれた。
多くの、爵位のみを持ち、地位はあるものの実権はない貴族とは違い、フォルダン家は広大な領地を持つ歴史ある大貴族。
その次期当主であるイルクは生まれながらにして全てを与えられていた。
剣術の修行には剣豪、魔法の啓蒙には教授クラスの先生がつけられ、修行に必要な高価な薬品や魔核も必要なだけ与えられた。
生まれ持った聡明な頭脳と優れた血筋も相まって、イルクは瞬く間に帝国でも有数な天才魔剣士として有名になった。
イルクが当代剣聖であるシュドルク・エルブスキーの12歳の記録に次ぐ、13歳という若さでレベル20になった時には帝国中が注目し、神域入りする可能性もあると皇帝ゴルギス・レドレクから彼の最も寵愛する三女との婚約を授けられた。
そんな順風満帆な人生を送るイルクだったが、彼は人知れず難病に悩まされていた。
時折激しい頭痛とともに奇妙な幻覚を見たのだ。
それはこの世界とは随分と違う、魔法のない世界での平凡なサラリーマンの断片的な記憶だった。
異世界などという単語はこの世界には存在しない。
イルクからすればその記憶は何の根拠もない妄想に過ぎなかった。
フォルダン家の未来を背負っている彼に精神異常などという汚点は許されない。
そのため彼はそれを両親にも告げることなく、自身に仕える者たちに極秘で治療法を探らせていた。
しかしいくら手を尽くしても病は好転せず、発作の頻度は増えるばかり。
そして昨晩、一際強い発作が起き、イルクは気を失った。
それは最後の発作でもあった。
前世の記憶は覚醒し、転生が完了した。
目を覚ましたイルク、いや、私はまだ少しズキズキと痛む頭を抑えながら体を起こした。
記憶の消化が終わった私の脳内に残された感情は、前世での両親への思いと狂喜の念だった。
異世界転生。
まさか本当に起こるとは。
両親は……仕方がない、兄が私の親孝行までやってくれるはずだ。
「いやでもあの転生トラックは強引すぎるだろ……」
8階まで飛んででも任務を果たした転生トラックに敬意を払いつつ、私はベルを鳴らした。
すぐにメイドが入ってきた。
「おはようございます」
彼女は私を直視しないよう目を伏せ、一礼した。
召使いが主の目を直視するのは無礼に値するのだ。
私は両手を広げ、彼女のなすがままにされた。
数分後、着替えを済ませた私は手を降って彼女を下がらせた。
彼女の名は知らない。
聞く気もない。
貴族と召使いの関係はそういうものだ。
私は一般的な転生系主人公のように急に召使いに気安く接して感謝されるつもりはなかった。
前世の記憶が覚醒したとは言っても、この世界での十数年の記憶は消えたわけではないからだ。
私は今もフォルダン家を愛しているし、貴族としての誇りも変わらずある。
平等主義の考えも持っているが、それをみだりに発揮して、フォルダン家の嫡子としての品位を落とすつもりはなかった。
私は部屋を出て、食堂へ向かった。
そこではすでに妹のアニーがいた。
「おはよう」
「おはようございます、兄様」
可愛い妹と挨拶を交わし、いつもの席についた。
私が食堂につく直前に用意された熱々の朝食を一口頬張った。
「ファイヤーバニーか」
背後に控える召使いが答えた。
「はい、今日の朝食はファイヤーバニーのもも肉のソテーでございます」
ファイヤーバニーとは、その名の通り火属性のウサギ型の魔物だ。
魔法使いにとっては食事もまた修行。
魔物の肉に含まれる魔素を体内に取り入れるのだ。
ファイヤーバニーは美味で魔素含有量も多いため人気食材だ。
しかしファイヤーバニーは戦闘力こそ弱いものの、警戒心が強い上に逃げ足が早く、狩猟が難しいために価格が高騰しており、貴族でなければ手が出せない食材になっている。
そのファイヤーバニーの肉でも、もも肉は特に魔素含有量が高く、たとえ貴族でも祝い事がなければ食卓に並ぶことはない代物だ。
もっともそんな食材でも伯爵の中でも裕福な部類に属するフォルダン家にとってはごく日常的な食材に過ぎない。
ピリッと舌を刺激する火属性の魔素を堪能しつつ、私は今後の展開に思いを馳せた。
来月、私はイルシオン学院に入学する。
それはつまり、「原作」開始まで後1年の猶予があるということだ。
そう、この世界には「原作」がある。
それは私が前世で愛読していたファンタジー小説だ。
王道系のその小説のざっくりとしたストーリーは、魔人の血を引いた平民上がりの主人公がそれを隠しながら成り上がり、仲間たちと苦難を乗り越え、帝国に巣食う邪悪な勢力を滅ぼすというものだ。
第2章では一枚岩になった帝国と共に蘇った魔人と戦う話になるのだが、それはまだまだ先の話。
第2章のことを考えるよりも先に、まずは第1章を生き抜くために手を打たなくてはならないのだ。
なんせ、我がフォルダン家は第1章で滅ぼされる、邪悪な勢力の中核的存在なのだから。
「兄様、どうしました?
なんだか顔色が悪いようですわ」
どうやら原作でのフォルダン家の悲惨な末路を思い返していたら、表情が険しくなってしまっていたようだ。
アニーが心配げに声をかけてきた。
「少し修行上の問題について考えていただけさ、何も心配ないよ、アニー」
そうだ、何も心配はない。
私はイルク・フォルダン。
転生者だ。
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