バージョンアップLOVE

ザクロ

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首の皮一枚の猶予

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優しい人達・・

さっきは思わず当たり散らす羽目になってしまったけれど、私はこの働き者でお節介な夫婦に、好感を持たざるを得なかった。

それにしても矢野弘樹。

私はコイツをどう考えたらいいのだろう。

殊勝に背筋を伸ばし、垂れた頭。

小さな咳払いを繰り返して、切り出す言葉を考えているようだった。


「どうしてあの人達に話したりしたの?」


弘樹は少しだけ考えて答えた。

「ああー・・それはたぶん・・たまたまだよ。
マスターとママには、つい何でも話しちゃうんだよ。」

恐縮しながらも、今日一番の彼の笑顔はその照れ笑いだった。

「あの人達には・・ありがとうって伝えて。」

「ああ、伝えとく。」 

「じゃあ私、帰るから。」

「え、ちょっと待っ」

腰を上げようとしたが、目の前には手付かずのパフェがある。

「・・・これ食べたらね。」

これも悔しい話だけど、お腹も空いていた。

紅茶とホットケーキだけじゃ物足りない。

私は再び腰を下ろした。 

「杏里・・・本当にゴメン」

無視無視。生クリームをいただこう。

「騙すつもりはなかったんだ。」

「男の人って、三人もカノジョがいて、四人目に付き合おうって言えるもんなの?」

まずそこの神経が分からない。

「いや、普通は無理かな・・」

「それを平気で言えちゃうアンタは、やっぱ普通じゃないってことね?」

「一言もないよ。」

「一言ぐらいなんか言いなさいよ。」

「ん・・だって四人目にもよるだろ?」

「それって、五人目もあるって理屈じゃない?」

「五人目はない!」

「いやいやいや、そんなの・・」

「四人目を待ってたんだ!」

私の言葉を遮ってまで、彼はそう言った。一心に見つめるその澄んだ目に、私はハッとした。

けれどすぐに我に帰る。

だからアンタは馬鹿なのよ。
と、今度は自分に言い聞かせて目をそらした。

「そう言うこと、何回も言って来たんでしょ?」

「信じてくれ、お前だったから」

「お前呼ばわりしないで。」

「あ・・ゴメン・・」

「とにかく・・そう言うクサイセリフにはもう騙されないから。」

「クサイって・・ん、まぁ確かに・・ちょっとクサかったか・・」

弘樹はうなだれた。

「もう一回チャンスをくれないか?」

「だから・・好きにすれば?」

「絶対に清算する。誓う。そんで改めて交際を申し込むよ。」

「なんでそこまで取りすがるの?あのアパートにいた子、すごい美人じゃない。アンタにはあの子の方がお似合いじゃないの。」

「いやいや、アイツじゃない。オレは杏里がいい。」 

「ほらまた。・・クサイって」

「あ・・そだね。」

ママさんがほうきを持ってフロアの隅を掃除している。

弘樹は察してソワソワし始めた。

パフェも食べた事だし、もう用はない。

「紅茶とホットケーキの代金は?」

「いいよ、わざわざ来てくれたんだし。」

「あ、そ。ごちそうさま。」

私はバッグを持って腰を上げた。

「お、送るよ。」

「いいよ、バス停 目の前じゃん」

「じゃ、駅まで。なんならO駅まで。」

私はもう返事をしなかった。好きにすればいい。

「帰るの?」

ママさんとマスターには笑顔を。そして心を込めて深々とお辞儀をした。

「いい話になりそう?」

「いや・・難しいっスね。」

弘樹は額に汗を滲ませていた。

マスターはヘコむなよ、とでも言うかのように弘樹の背をドンと叩いた。

「あなたT女なんでしょ?」

「はい。」

「来年はまたお茶でも飲みに来てね?」

「ありがとうございます。そのうちまた。」




何だったんだろ。

あのお店にいた、たった二時間の内に、私は泣いて怒って、そして見知らぬ人の優しさに触れた。

不思議な気持ちだった。


「初めて行ったけど、いいお店ね。」

「そう?・・良かった。」

「あの人達がいいのよ。アンタじゃなくて。」

弘樹は苦笑した。

私は窓の外に流れる町の景色を眺めているフリをして、そこに反射した弘樹の顔を観察していた。

「マスターとママは子供を亡くしてるんだよ。」 

「へえ・・」

「オレのこと、息子みたいに思ってくれてんのかな、って・・勝手に思ってるんだけど。」

「あんないい人達の息子さんが生きてたら、誰かさんみたいにチャランポランじゃないんじゃない?」

「まぁ、そうだよな。ハハ、」

弱々しい笑み。いい気味だ。


「オレ、本当にお調子モンで、チャランポランなんだ。」

「知ってるよ。つうか思い知らされたわよ。」

「だけど、真面目に考えてるから。お前のこと。」

お前呼ばわりするな、って言わなかったっけ?
まぁこの際それは咎めない。

「アンタがいくらそんなこと言っても、薄っぺらい言葉にしか聞こえない。」

「・・だよな・・」

彼は肩を落とした。


「今は無理だよ・・」


つい呟いた私の言葉に、彼は食いついた。

「今は無理でも・・・許してくれるかも知れないってこと?」

(さあね)

「え?」

「さあね、って言ったの。そんなこと約束できるわけないでしょ。」

「そうだけど、首の皮一枚くらいは繋がってるってことだろ?
・・・繋がってない?」

「そこまで食い下がる意味が分かんないよ。三人も女がいるくせに。
あ、アレ?ごちそうばっかじゃ飽きちゃうから、たまには箸休めが欲しいって、アレね?
矢野弘樹君てグルメだから。」

「そんなにイジメるなよぉ」

「アンタの仕打ちよりずっとマシだわさ。」

まるで中学の時のケンカみたいだった。

ヘタをすると、この調子で会話が弾んでしまいかねない。

それは癪だ。

「とにかく、私はないがしろにされるのはまっ平御免だから。」

「分かってる。」

「他の尻軽女と一緒にしないで。」

「ああ。絶対にしない。」

アレ?・・なんかおかしい。

私は彼を冷淡に突き放し、毅然とサヨナラするつもりだった。

それなのに、何となくどこかでまだ猶予を与えているような雰囲気になってしまっている。

彼が言うように、いつのまにか首の皮一枚許してやっているような、変な展開になっていた。


「年始は◯◯県に帰るの?」

「いや、今年は帰省しないことにした。」

「ふうん、あそこでバイト?」

「いや、冬休み中は客来ないから。True は三が日休みだよ。・・どうして?」

「・・何が?」

「いや、ちょっとは気にしてくれてんのかな、ってさ。」

「んなわけないでしょ。話題がないから訊いただけよ。自惚れないで。」

バスは駅のロータリーに入って行った。

「もうここでいいから。」

「え、もう少し一緒にいちゃダメか?」

立ち上がって今にも着いて来る勢いの弘樹に、私は振り向いてピシャリと言ってやった。

「それじゃ。良いお年を。」  

私は未練たらしく取りすがる男を悪し様に扱うような性分ではないけれど、今日は存外気持ち良かった。

後ろを振り返ることなく、颯爽と駅に向かう。

快なり!

こっそりほくそ笑んでいた。

















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