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終わらせる覚悟
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翌日、彼はアルバイトが終わり次第連絡する、と送ってきた。
彼はその時、アパートの近所にある “True" という飲食店でアルバイトをしていた。
True といえばT女子大の学生にもよく知られたお店だ。
バス停の向かい側にある小洒落た店で、マスターの焼くお好み焼きがメインだが、喫茶メニューや、ちょっとしたお酒も飲める、と言う。
私は窓ガラスに装飾されたカラフルなネオン管を遠目で見ながら通学してきたが、残念ながら行ったことはない。
・・・「True ? ウチの近所じゃない!」
「そう!行ったことある?」
「まだないのよぉ、でも今度絶対行くよ!」
「来て来て!」 ・・・・
そんなやり取りもあった。
もう行くことはないだろうな、と思いながら、私は 了解、と短く返した。
でも・・
いや待て待て。
矢野弘樹がまともな神経の持ち主ならだが、私がわざわざ True にまで訪ねて行くとしたら、心が痛まないだろうか?
私はO市からおよそ一時間掛けて学校に通っている。
冬休みで学校に用事がないにもかかわらず、わざわざそのために出向くのだ。
これは彼に対する痛烈な嫌味。
会って欲しいと言う要望には敢えて最大限応えてやるのだ。
けれど、毅然とプライドは守る。
弁解は聞かないし、未練も残さない。
冷淡に突き放して、颯爽と去るのみ。
電車に揺られて三十分。
乗り換えのバスに乗り込んだ時には、もうすっかり暗くなっていた。
カラフルなネオン管とその奥の薄暗い空間を連想させる外観は、わがT女子大の女の子には人気があった。
講義を終えたグループが、そのお店を目指して信号を渡るのを私は何度も見てきた。
ただ、私には少しオシャレ過ぎた。
私は自分で言うのもおこがましいが、容姿にはそこそこの自負はある。
でも美醜云々より、洗練度と言う点ではからきし自信がなかった。
手芸なんかやってる地味なサークルの仲間は、そう言うお店に誘ってはくれなかったし、私一人で入る勇気はなかった。
だが、今回はそんな躊躇はない。
バスを降りると、True を睨み、信号が変わるのを待った。
弘樹がバイトをするのも頷ける、その小洒落た店の外観は、今の私には鼻につく。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。そんな心境だったのかも知れない。すべてが軟弱に映った。
初めて触れる木製の大きな取っ手。
少し重いドアを押すと、カランカランとカウベルが鳴った。
「いらっしゃいま・・せ・・」
いきなり目が会った。
もちろん弘樹は動揺している。
外から想像したように、店内はシックな雰囲気を狙って、敢えて明るくしていない。
臆病な私には幹線道路の灯りが安心できる。
ネオン管の色は少し鬱陶しいけれど、窓側に座った。
ソースの香ばしい匂いとコーヒーの香り・・
なんだか変わったお店だ。
大きな鉄板でヘラを操っているのは、お好み焼き屋の大将、と言うより、マスターと言う印象。
デニムのワイシャツに蝶ネクタイ。鼻の下にはよく手入れされた髭。
切り盛り役であろう女性はたぶんマスターの奥さん。
デニムのワイシャツと蝶ネクタイはユニフォームなんだと気がついた。やっぱり小洒落た雰囲気で、キビキビとした物腰。
「わざわざ・・来てくれたんだ?」
神妙かつ痛々しい矢野弘樹が、私の前にお水を差し出す。
「ごめんね、忙しいのに。」
「あ、いや・・今冬休み中だから・・ほら、夜はご覧の通り。ガラガラだよ。」
年の瀬のお店だから大変かも知れないと思ったが、ここは周りの大学生が主な客らしい。
確かに閑散としている。
「えっと、何にする?」
私は紅茶とホットケーキを頼んだ。
「ちょっと待っててね。」
弘樹はオーダーを伝えると同時に、奥さんに何やら相談し始めた。
その奥さんがニヤッとして、マスターに耳打ち、二人で私をチラ見して、弘樹に何か言った。
そして彼はペコペコと頭を下げて店の奥に消えた。
まもなく、着替えた弘樹が紅茶とホットケーキを持ってきた。
「早く上がらせてもらった。」
「そう。」
あの二人に私のことを何と言ったのかわからないが、別れ話をする相手だと認識しているようではなかった。
でも、それもどうでもいい。
私はただ淡々と彼の見え透いた弁解を却下すれば良いだけ。
彼はその時、アパートの近所にある “True" という飲食店でアルバイトをしていた。
True といえばT女子大の学生にもよく知られたお店だ。
バス停の向かい側にある小洒落た店で、マスターの焼くお好み焼きがメインだが、喫茶メニューや、ちょっとしたお酒も飲める、と言う。
私は窓ガラスに装飾されたカラフルなネオン管を遠目で見ながら通学してきたが、残念ながら行ったことはない。
・・・「True ? ウチの近所じゃない!」
「そう!行ったことある?」
「まだないのよぉ、でも今度絶対行くよ!」
「来て来て!」 ・・・・
そんなやり取りもあった。
もう行くことはないだろうな、と思いながら、私は 了解、と短く返した。
でも・・
いや待て待て。
矢野弘樹がまともな神経の持ち主ならだが、私がわざわざ True にまで訪ねて行くとしたら、心が痛まないだろうか?
私はO市からおよそ一時間掛けて学校に通っている。
冬休みで学校に用事がないにもかかわらず、わざわざそのために出向くのだ。
これは彼に対する痛烈な嫌味。
会って欲しいと言う要望には敢えて最大限応えてやるのだ。
けれど、毅然とプライドは守る。
弁解は聞かないし、未練も残さない。
冷淡に突き放して、颯爽と去るのみ。
電車に揺られて三十分。
乗り換えのバスに乗り込んだ時には、もうすっかり暗くなっていた。
カラフルなネオン管とその奥の薄暗い空間を連想させる外観は、わがT女子大の女の子には人気があった。
講義を終えたグループが、そのお店を目指して信号を渡るのを私は何度も見てきた。
ただ、私には少しオシャレ過ぎた。
私は自分で言うのもおこがましいが、容姿にはそこそこの自負はある。
でも美醜云々より、洗練度と言う点ではからきし自信がなかった。
手芸なんかやってる地味なサークルの仲間は、そう言うお店に誘ってはくれなかったし、私一人で入る勇気はなかった。
だが、今回はそんな躊躇はない。
バスを降りると、True を睨み、信号が変わるのを待った。
弘樹がバイトをするのも頷ける、その小洒落た店の外観は、今の私には鼻につく。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。そんな心境だったのかも知れない。すべてが軟弱に映った。
初めて触れる木製の大きな取っ手。
少し重いドアを押すと、カランカランとカウベルが鳴った。
「いらっしゃいま・・せ・・」
いきなり目が会った。
もちろん弘樹は動揺している。
外から想像したように、店内はシックな雰囲気を狙って、敢えて明るくしていない。
臆病な私には幹線道路の灯りが安心できる。
ネオン管の色は少し鬱陶しいけれど、窓側に座った。
ソースの香ばしい匂いとコーヒーの香り・・
なんだか変わったお店だ。
大きな鉄板でヘラを操っているのは、お好み焼き屋の大将、と言うより、マスターと言う印象。
デニムのワイシャツに蝶ネクタイ。鼻の下にはよく手入れされた髭。
切り盛り役であろう女性はたぶんマスターの奥さん。
デニムのワイシャツと蝶ネクタイはユニフォームなんだと気がついた。やっぱり小洒落た雰囲気で、キビキビとした物腰。
「わざわざ・・来てくれたんだ?」
神妙かつ痛々しい矢野弘樹が、私の前にお水を差し出す。
「ごめんね、忙しいのに。」
「あ、いや・・今冬休み中だから・・ほら、夜はご覧の通り。ガラガラだよ。」
年の瀬のお店だから大変かも知れないと思ったが、ここは周りの大学生が主な客らしい。
確かに閑散としている。
「えっと、何にする?」
私は紅茶とホットケーキを頼んだ。
「ちょっと待っててね。」
弘樹はオーダーを伝えると同時に、奥さんに何やら相談し始めた。
その奥さんがニヤッとして、マスターに耳打ち、二人で私をチラ見して、弘樹に何か言った。
そして彼はペコペコと頭を下げて店の奥に消えた。
まもなく、着替えた弘樹が紅茶とホットケーキを持ってきた。
「早く上がらせてもらった。」
「そう。」
あの二人に私のことを何と言ったのかわからないが、別れ話をする相手だと認識しているようではなかった。
でも、それもどうでもいい。
私はただ淡々と彼の見え透いた弁解を却下すれば良いだけ。
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