三十六計逃げるに如かず

ビス子

文字の大きさ
上 下
3 / 3

3.

しおりを挟む
 
 
 
「ねえ、りつちゃん?なんでお会計終わってるの?今日は私が払うって言ったよね?私、言ったよね?」

「ははっ。絵美は本当に質問ばっかだね。」

「茶化さないで!」

無事トイレから戻ってきた絵美。会計を済ませる際に頼んでおいたお冷をクッと煽った彼女は、テーブルに伝票がないのに気付き、ポカンと口を開けてこちらを見た。けれど、次の瞬間、キッと恨みがましい視線を寄越す。それを、また呵々と笑って流そうとしたら、怒られた。これは、いかん。

「ねえ、今日はりつちゃんの誕生日のお祝いだって言ったよね?だから、私が払うって言ったよね?りつちゃんも了承したよね?」

「うーん…」

そう、今日は私の誕生日のお祝いという名目だったのだ。けれど、どうにもむず痒い。祝ってもらうことは、それはもう、とても嬉しい。大事な友人が、私の為だけの時間を作ってくれるのだ。喜ばない筈がない。けれど、私は奢られるというのがどうにも苦手だった。それが、親しい仲なら尚更。
なんだろう…繋ぎ止めておきたいのかもしれない。捻たどうしようもない思考だ。
さて、そんな私の汚い思考よりも、今はこの状況の打開が先決だ。早くなんとかしなければ、絵美の可愛いお顔が大変だ。

「…絵美には言ってなかったんだけど、私、バオバブの木の精霊なんだ。『誕生日』って概念がそもそもないの。」

「ブフッ!」

…我ながら酷い。なんだ、バオバブの木の精霊って。もっと他にあるだろう、大丈夫かこの脳味噌。思わず真顔で言ってみた酷い設定に、零した瞬間に頭を抱えた。然し、耳に届いたのは吹き出したした笑い声。
あれ、掴みはオッケー?そう思って顔を上げた先の絵美は、それはもう残念なものを見る視線を、隠すことなく私に注いでいる。吹き出したのは絵美ではない?じゃあ…?
そうして少し視線をずらせば、私たちの右隣の席。私の斜向かいの席に座る同年代と思われる男性が、私と、自らの向かいにオロオロと視線を彷徨わせる。彼の向かい、と言うことは私の隣。
ぐりっと首を真横に回せば、俯いて、プルプルと震える大きな背中。それを認識すれば視界の端、斜向かいの男性の顔色が可哀想なくらいに青くなる。…ふむ。

「絵美。私、笑われてる。」

「うん。私は全然面白くなかったけどね。」

おお、厳しい。見ず知らずの男に笑われているのは正直ムカついたが、直ぐにどうでもよくなる。偶々隣の席に居合わせただけの他人だ。絵美より優先すべき存在ではない。その低い笑いの沸点を、どうにか収めてやってくれお連れ様。その内噎せそうだぞ、この男。
然し、それは要らぬ杞憂だったようだ。

「ご、ごめんね。斜め上を行く言い訳に耐えきれなくて。」

漸く人を笑うことにひと段落つけたのだろう。振り向いたのは、中々見ないレベルのイケメンだった。


.
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...