隣の古道具屋さん

雪那 由多

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静かな庭を眺めながら 1

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 曰く

「圧が凄かったんだ」

 そっとウソ泣きをして見せた親父。
 どうやら毎朝やってくるはたきの人から謎のプレッシャーを受けていたようで、他の仕事そっちのけで掛け軸の修復に集中していたという。
 それは仕事としてどうよと思ったけど、一緒に連れてくる付喪神たちの気配だけが分かる親父は彼らがいる間は常に見張られていて緊張していたという。

 だけど実際は違う。

「ええとしいさんだっけ?
 親父の仕事見ていて楽しいかい?」
「うん。すごく早いお仕事なのにすごく綺麗で見ていて気持ちいいよ」
 尻尾をふさふさと揺らしながらのそんなしいさんのお言葉に
「次郎さんがどんどん綺麗になっていくのも見事だからついつい見入っちゃうよね」
 同じく尻尾をふさふさと揺らすこまさんからの絶賛の言葉。
「実際に次郎さんの毛並みまで綺麗になっていくから目が離せられないわね」
 小さな尻尾を揺らす鈴さんのお褒めの言葉にご満悦なお顔の次郎さんの尻尾も揺れている。
「太郎、菖蒲、お前たちがお守りする方はみんながこんなにも褒め称えるくらい立派なお方だ。そして一緒に切磋琢磨と働く方も仕事熱心な方たちばかり。
 主の式神としてこの縁を大切にお守りするのが我々のお役目だ」
「次郎兄さん勉強になります!」
「兄さん他にはどのような事を注意すれば良いでしょう!」
「あとはだな……」

 なんて親父はファンに囲まれているというだけの状況。
 かなり羨ましいと思いながらも彼らがいる前ではそれを伝えず、去った後今日はこういう話をしていた事を伝えれば耳を真っ赤にして照れる親父。
 羨ましいけどキモイよとまでは面と向かって言わない。
 他の職人さんもお袋もいつの間に出世してと笑っていたものの太郎さん達の金魚鉢にご飯以外にもおやつが浮いているのを見て少し笑えた。
 
 時計の修理に関しては星崎さんが時計を抱えてイギリスに飛んでくれた。
 その時一緒に家具の修復専門の池上さんもイギリスに飛んでくれた。
 理由は簡単。
 星崎さんは英語が出来るといっていたけど読み書きする能力までの実力に不安を覚えたはたきの人が急遽池上さんが英語が堪能なのを察して一緒に行けとまとめて送りだす力技を発揮してくれた。ちなみに俺も名乗り出たけどはたきの人対策で親父から却下された理不尽マジ恨めしい。
 今まで池上さんは英語が喋れることを話してはくれなかったけど、星崎さん同様海外のアンティーク家具に興味を持って文字書きは怪しいけど英会話はできるように駅前留学をした経験をお持ちの方だった。同じ駅前留学したのに不思議だね、そんな突っ込みはしないけど。
「二人で一人、何とか安心だな」
 そんなはたきの人は知り合いのアンティークディーラーの人と日本語が堪能の通訳を現地に待たせてくれるといった。
「せっかくだから思いっきり楽しんでこい」
 あまりにも羨ましくて血の涙を流しながら送り出して十数時間後。
 現地の通訳の人と無事合流できたと連絡が入った。

『フェイさんって言う人がものすごく日本語が達者で日本文学に興味を持っててめっちゃ本の虫の人だったwww
 とりあえずお勧めに『人間失格』を教えたら吉野様にも勧められたって笑われたよ』

 吉野様、はたきの人だっけと一瞬名前が一致しなかったけどもっといい本がたくさんあるだろうと思ったものの

『吉野さんフェイさんにう〇こドリルで日本語覚えさせた強者だった』

 なんて裏話も聞いてなんかあの人ならそれもありだなと知り合ってまだ一週間程度の人なのに納得してしまうあたりかなり馴染んでいる事に気付いてしまった。

 そんな報告を受けながらもその日はやって来た。

 家の床の間にかけられた一枚の掛け軸。

 日に焼けて黄ばんでボロボロになった掛け軸はまるで息を吹き返したかのように、在りし日の姿を取り戻した姿になっていた。
 ひび割れた姿は何処にもなく、ボロボロだった表装は一新され、吉野様が持ち込んだ手漉きの和紙で仕立て上げられた。
 軸棒も新しくされ、だけどしっとりと美しい仕上がりは親父の渾身の作と言っても問題ないだろう。
 親父と次郎さんと俺と三人並んで眺めながら

「たまには床の間にかけてもらえるだろうか」

 少し不安げな次郎さんの声に

「これだけ立派になったんだ。
 毎日となるとまた傷んでしまうけど吉野様にお願いしてみようか?」
 聞けば首を横に振って自分の掛け軸を見上げていた。
 尻尾は最初こそ嬉しそうに揺れていたものの今はおとなしくなってしまっていた。
 不安なのだろう。
 蔵の中で箱に入れられたまま過ごす道具ほど寂しいものはない。
 使ってこその道具。
 掛け軸なら床の間にかけられて皆に見てもらえる事こそ誉だろう。
 かつての持ち主は絵の中の次郎さんを愛して特別な日以外はずっと床の間にかけられていたという。
 そういう日はもう来ないのかもしれないけど、それでも愛でてもらいたい。
心を持った道具の本音なのだろう。
次郎さんを抱き上げて膝の上に乗せ

「次郎さんの主様が信頼しているおうちの方に預けているんだから不安になる事はないよ」

 きっと、そんな仮定は付けない。
 そう思わせるくらいの強さがあの人にはあるのだから、それを信じることにすれば

「さて、完成の連絡を入れなくてはな」
「明日になったら来るでしょう」
 結局毎朝通い詰めたはたきの人。九条がどんどんやつれているのは気のせいかと思うも気のせいにしておく。あいつをあんな風に扱う奴がいる、きっと九条には得られない人になるだろうから朔夜と二人で笑っておくことにしておく。
「そういうものではない。
 完成したら明日来るとわかっててもすぐ伝えるのが私たちの仕事だ。
 首を長くして待ちわびて毎朝来るお方だから余計出来たらすぐ連絡をする、そういう心を忘れるな」
 毎朝顔を合わせていただけになあなあになってしまった何かに気が付いて少し苦い体験となってしまって、親父が俺にまだ継がせない理由。理解せざるを得なかった。
「さて、次郎さん。
 吉野様に連絡するから」
 すぐ隣に座る次郎さんとは見当違いの方向を見ながら次郎さんに断りを入れるそんな心遣い。
 確かにそういった心遣いこそこの店の店主に求められる事を今更ながら学ぶのだった。




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お久しぶりです。
コロなってからいろいろありまして体力的よりもいろんな出来事に追いつけない状況が来るとは思わなかったのですが、何とか嚙り付いてます(笑)
今月末にもう一山来て忙しくなりそうですが、これからもよろしくお願いします。
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