隣の古道具屋さん

雪那 由多

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壊れた世界の向こう側 3

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「はよー」
「「朔夜殿おはようございます!」」
 今日もお袋の朝食を食べて少し仕事してから隣の渡り鳥に足を運ぶ。
 そうすれば朔夜がちょうどコーヒーを淹れだしたところだった。
「おはよ。そろそろだと思ってコーヒー準備してたところだ」
「じゃあパン焼けるまで待ってるけど、七緒は?」
 昨日いた姿が今日はもうないのかと思えば
「寝込んでいた間に遅れた勉強を必死に取り戻すために頑張ってるよ」
 それからの寝坊。
 大学卒業してからも勉強しているその様子は褒めたいところだけど朝寝坊はあまりよくないなと思うのはわが家が五時起きの家だからだろうか。
「それでもって今日も来てるのか?
 太郎と菖蒲と次郎さんだっけ」
 聞かれればそうだと頷く。
「じゃあ、今日もトーストで良いかな?」
「次郎さんもトーストで良い?」
「母君から朝ごはんは頂いたが喫茶店は初めてなのでせっかくだから一口頂きたい」
「うん。だったら俺のを一口で良いかな?」
「バターたっぷりの部分を頼む」
 なんて返答に一瞬言葉に迷えば
「なんて?」
 まったく視えない聞こえない、だけど理解してくれる朔夜に
「喫茶店初めてだから俺のトーストを一口食べたいって。
 バターたっぷりな所頼むな」
「おお、バターの味を知る次郎さんか。奮発しないとな」
 視えてない朔夜だけど理解してくれる様子に本当にいい奴だよと笑っていればトーストにたっぷりとバターを塗って表面はさっくさく、だけど一番ふわっふわの部分を切り出して平らなお皿の上に置いてどこに居るかわからないからと俺の定位置の足元に置く。
 因みに次郎さんは俺の席の隣に座っていたけどまさかそんな所に座っているとは思わない朔夜の親切に文句は言わずに椅子からぴょんと降りて食べやすいサイズに切られたパンをひょいと口へと運ぶ。
「わっ、パンが消えた。
 本当にいるんだな……」
 因みに俺の手に平の上では小さくちぎったパンをついばむ太郎と菖蒲がいる。 
「三毛猫なんだ。うちじゃ猫は飼えないけど次郎さんは本当に賢い猫だから。飼い主さんの人柄が分かるね……」
 と言って思わず言葉を失う。
 そういや飼い主ってはたきの人だったっけ……
 思わず美味しそうにパンを食べてる次郎さんに
「苦労してるんだね」
 なんて言ってしまえば
「なに、主は居なくとも下僕が我々をしっかりと祀ってくれているからな。
 何不自由なく、そして健やかに過ごすことが出来て何も問題は無い」
「そういうものかな?」
 なんてコーヒーを飲むも
「なにをのんきにしている。
 主より太郎と菖蒲を預かったのなら香月が太郎と菖蒲の世話をするのが筋だろう」
「やっぱりそうか……」
「すでに主より対価としてその目と耳をもらったのなら末代まで世話をするのが筋だぞ」
「意味わかんないんだけど」
 言えば
「渡瀬、佐倉は居るか?」
「まだ開店前でーす」
 なんて即お断りしたのは高校時代のクラスメイトでもあり、先日の鯉の巻物の出来事に尽力を尽くしてくれた九条がいたから。
 高校時代クラスメイトと言うだけでそこまで話をしたことのない九条だがこの一件で一生分会話をしたと思ったのにまだ来るかと思えば
「おじゃましまーす。九条が開店前にどうしてもって言ってごめんなさい」
 なんて全く悪びれてない代わりと言うか謝罪の心のかけらも籠ってない声で全部九条が悪いという様に店に入って来た御仁のお召し物は西陣織だろうか。趣味が良いというか落ち着いた紺色が似合うというかその姿で今日ははたきを持ってなくてほっとした所だけど
「次郎さんおはよう。佐倉さんのお宅で不便はないかい?」
 どうやら次郎さんを心配してきたようだった。
「主よ今日もいい男ぶりだな」
「これかい?お母さんがお父さんが前に着ていたものを出してくれたんだ。
 良い物なのに着てくれないからってせっかくだからってね」
 最後何か誤魔化された気もしたがはたきの人がご厄介になっているおうちはそれなりにすごい家なのだろう。付喪神が生まれる家なら当然かと思うもひょいと次郎さんを抱っこすればやっぱり主が恋しいという様にすり寄り甘える姿は普通に生きている猫と何ら変わらない。
「んー、次郎さんバターの良い匂いしてる」
「香月にごちそうになった。朔夜だったな。たっぷりとバターを塗ってくれた」
「よかったなー。お母さんのお家じゃパンはめったに出てこないからな」
「香ばしくてなかなかうまいものだったぞ」
「へー、いいなー……」
 なんて言いながらちらりと朔夜へと視線を向ける。
 さりげなくおねだりしているのが分かったのか朔夜も苦笑交じりにパンを焼き始めるも
「先に断っておきますがこのパンは昨日の残りですよ?
 まだ配達の前なので」
 なんて言いながらもコーヒーまで淹れる気のいい奴。
 そしてはたきの人、吉野様は
「突然お邪魔してごちそうになるのだからそんな事気にする事じゃない。
 だが出来たらコーヒーではなく紅茶を頂けると嬉しいんだけど?」
「茶葉はダージリンしかないですよ?」
「十分」
 なんて本当に嬉しそうに目を細める。
 人の良い朔夜はそのまま九条の分まで用意して、こちらはコーヒーのオーダーだった。
 しばらくもしないうちにパンが焼けてじゅわっと溶けるバターをたっぷりと塗る。
 次郎さんは黙って吉野様の膝の上に乗り、遠慮がちに太郎と菖蒲も側によれば
「太郎も菖蒲もちゃんとお仕事しているかい?」
 そんな質問に
「まだ主の力のおかげで悪いものはこの近辺にはいない。
 それよりも香月の母君が我らの為に睡蓮鉢を用意してくれたのだ」
「一緒に睡蓮も買っていただきとても居心地の良い住処を用意していただきました」
 なんて報告に吉野様は少しだけ目を見開いて
「確か視えない人だよな?」
 なんて九条に問いただすも
「お袋はもともと睡蓮を育てたり金魚を飼ったりするのが好きな人で、ここ数年忙しさに余裕がなかったせいか手を出していなかっただけで」
 ついでと言うか再開のきっかけに過ぎないという様に言えば
「いやいや、それでもバケツでもよかったのにそんないい環境を用意してくれるなんてありがたいな」
「バケツってどうだろう……」
 九条がコーヒーを頂きながら首をかしげての意見に俺も頷けば
「そうだ、聞きたいことがあったんだ。
 さっき次郎さんに吉野様にこの目と耳をもらったと聞いたんだけどどういう意味かと思いまして……」
 なんて言えば吉野様は全く意味が解らんという様に
「そんなもんくれてやったつもりはないぞ?」
 むしろお前何か知ってるだろうと九条へと顔を向ければ
「佐倉の中に残った呪いをお前が力任せに押し出しただろ。
 その時にお前の力の方が大きくてこいつの中に残ったんだよ。
 その結果今まであやふやに視えていたものとか雑音のように聞こえていたような音がしっかり調整されてちゃんと視えたり聞こえるようになっただけだ」
「うわー、眼鏡とか補聴器みたいな感じとかw」
 大雑把に言えばそうかもしれないけど
「笑い事じゃない。そんな話聞いたことない!
 佐倉にまたどんな異変が起きるのかもわかってないのにだな!」
「で、心配で次郎さんをだしに俺を連れてここに来たわけか。
 このツンデレめー」
「誰が佐倉相手にデレた」
 言えば楽しそうに笑い声をあげる吉野様。
 笑いながらも太郎と菖蒲、そして次郎さんにパンを食べさせて自分は紅茶を飲むばかり。
 さらにはパンの耳を九条の皿にのせる暴挙。それを食べる九条も九条だが満足げな太郎と菖蒲、そして次郎さんまで毛づくろいを始める様子を見ながら壁に貼り付けられたコーヒーチケットを見て
「チケット一つ。次郎さんがこちらでお世話になっている間日に一度は様子を見に来るから」
「ありがとうございます。でしたら……」
「他のお客様の邪魔になるといけないからこの時間にお邪魔させていただいてもいいかな?」
 なんて開店時間前を指定されるも確かに朔夜の目には目の前でパンがパクパクとなくなっていく現象が起きていて……
「あまりお客様には見てもらいたくないな」
 なんて頷く始末。
「まあ、香月と一緒に面倒を見るという事なら問題もないしな」
「いよっし!決まった。
 暁、明日から次郎さんの絵が仕上がるまで通うぞ!」
 なんて謎の気合。
 それと同時にものすごく嫌そうな九条の顔。
 もちろんそれを見てご機嫌な吉野様。
 案外この顔見たさに九条の話に乗ったんじゃないよなこの人と心配になるがそこは残りのパンを食べて紅茶を飲みほし
「じゃあ、ぼちぼち開店時間になるからな。
 これ以上お邪魔するわけにもいかないから帰るぞ」
 そんな心遣い。
 これ、心遣いか?
 悩む合間にもささっとコーヒーチケットをお買い上げからのお支払い。
 お店はまだクローズの看板が掲げられているけど気にせずに次郎と太郎、菖蒲に見送られながら出て行く嵐のような人とその下僕。

「お前も大変な主を持ったな」
 なんて言えば
「だからこそ我々は力を持つ。
 主より力を分け与えられたという点では俺も香月も変わらない立場だからな」
 なんて言葉。
 ゆっくりと意味を理解するようにその言葉を飲み込めば……
「なんだ?俺もはたきの人の付喪神の仲間入りか?」
「なにが?」
 そこは次郎さん達の声が聞こえない朔夜。
 俺の不安なんて気にせずおなかがいっぱいになって満足したのか
「太郎、菖蒲。先に帰って家の中をパトロールするぞ」
「兄さん了解です」
「兄さん、今日もお願いします」
 なんて上下関係を眺めながら
「俺もぼちぼち帰るわ」
「おう、仕事頑張れよ」
 朝からどっと疲れた体を引きずる様に、そして俺の平和な朝のひと時から穏やかさが消え去る事が決まったこれからの数日間。
 胃腸薬でも後で買いに行こうと予定に書きこむのだった。



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