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壊れた世界の向こう側 2
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太郎と菖蒲との一緒の生活は驚くほど穏やかだった。
視えないお袋は一切気にしないし常に俺の周りに小さな二つの光の玉が寄り添っていることに慣れた親父は菓子を持ってきては
「食べるか?」
なんて仕事の合間の茶菓子を一緒に分け合って食べる茶飲み友達にしていた。
別に姿が見えるわけでも声が聞こえるわけでもないのに一方的にうちの稼業の話をしている。
最初こそ何を言ってるのかさっぱりだった太郎と菖蒲だったがおやつ欲しさに次第に耳を傾けて仕事をしている場を見せて教える親父の手元を覗くように寄り添うようになった様子には親父の粘り勝ちだなと唸るしかなかった。
だけどお袋に言わせると
「まるでまだ小さかった香月に古道具の修繕の仕事を教えていた時と同じ光景がまた見えるなんて……」
うん。
その「……」の後は何を言いたいんだよと思ったけどお袋は少しだけ優しげな表情を浮かべ
「孫と遊んでいると思えば口出しはできないわね」
ものすごく不味い流れになった。
「七緒ちゃんそろそろ体調良くなったかしら」
俺はそーっとその場を抜け出しまだまだやりたいことがいっぱいだろう七緒をうちで拘束する気満々なのはやめてくれと逃げるのだった。
「ったく、なんで10歳以上年の離れた子を相手にとか考えるんだよ」
さすがに犯罪だと思いながらも工房にこもる。
親父は今ははたきの人ではなく吉野様から預かった次郎さんの絵の修繕に入っている。
親父が一番得意とする所。
俺も得意だけどさ、なんて思うもやっぱり親父ほどのレベルにはまだたどり着いてない。
普通の物なら俺に修繕をさせてくれるのだろうけど、さすがにまだ駄目だという様にこういう時の特別の部屋にこもってしまっている。
因みに太郎と菖蒲は次郎さんと一緒に自分たちの主がいかに素晴らしい人かを聞かされていた。
場所は俺の工房で。
解体して洗浄して組みなおしている最中の茶箪笥に取り掛かる俺の側で三匹はおしゃべりを楽しんでいた。
はたきの人がやばい事は知っていたが他にもたくさん仲間がいる事を教えてもらっていた。
やっぱりヤバい人だったか……
鉋でゆがみを直しながら丁寧に調整をしていく。
それから次郎さん達の事も話していた。
狛犬の二匹に兎がいるという。
これからこの店に修繕を頼むようになると会う機会もあるだろうからと説明をしていた。
なかなかに世話好きな次郎さんだなと思いながらも次郎さんの説明と言うか如何に主が素晴らしいか、いかにお世話になっている家が丁寧にもてなしてくれているかを語っていた。
まるで俺に聞かせるように。
いや、気にしないけどさと仕事に集中する。
とはいえ
「あの香月の父親の腕前は見事だな」
突然親父をほめだした。
「自分の腕前を紹介してくれて小さな修繕の仕事の様子を見せてくれたが迷いない手つき、安心して本体となる掛け軸を任せられる」
なんだかべた褒めで少し悔しさを覚えるがそこは俺も尊敬するところなので俺も思いっきりそうだと自慢したい。
「ただいまの仕事部屋には何やら入れないようになっているが、あの気配は暁の力だろう。
ああいう場所には入れないし、お前たちの様な小さいものが好奇心で近寄ればはじきとばされてしまう。気をつけよ」
なんて注意を促したりもする。
「下手に危険な目に合えば本体に戻りこちらに出てくることに数日の時間を必要とする。ただお前たちは初めて本体から出てきたのだろう?気を付けないとそのまま消滅するやもしれん。危険な事はあの香月に任せて何かあったらすぐに知らせるぐらいの役目と思って奉公するが良い」
「兄さんわかりました!」
「兄さん他に注意することはないでしょうか」
俺の知らない間にすごい関係になってたなと猫と金魚が面と向かって会話をする光景も確かにすごいけどなと思うも「兄さん」と呼ばれてご機嫌な次郎さんのしっぽが嬉しそうに揺れていたのを見てうちに滞在している間退屈しないようにと考える間もなく
「われわれは本体からあまり遠くへはいけないがこの家の庭ぐらい遊ぶことが出来るだろう。
先日睡蓮鉢があるのを見つけた。
お前たちの遊び場には良いだろうから見に行くか?」
なんて会話を聞けば
「睡蓮鉢、もう長い事ほったらかしてあるから水を綺麗に入れ替えようか」
聞こえるような距離で聞こえるように会話をしていた事もあり、俺がそう気を利かせれば
「うむ。太郎と菖蒲は小さくとも付喪神だ。
大切に扱えばその者には同等に幸福が舞い込むもの。
共に暮らすというのなら相手を思いあう心を大切にするがいい」
「じゃあ今から掃除だな。せっかくだから一緒に庭にでも行こうか」
庭の探索が終わるころには睡蓮鉢も綺麗になるだろうという。
そして太郎と菖蒲はやっぱりと言うか当然というか。その姿は金魚だけど本体は水の中に住まう鯉なのだ。
狭い絵の中の世界から飛び出し広い世界を見てしまった以上こちらの世界にも休める場所があるのはありがたいという様に俺と一緒に庭についてきた。
次郎さんは体を伸ばして日差しの下で心地よさそうに毛づくろいをしていた。
俺はそれを眺めながら九谷焼の睡蓮鉢の底に沈んだ土と綺麗とはいいがたい雨水がたまった睡蓮鉢の中身を庭の隅に流しだして水洗いをしてみた。
だけど発生した藻がびっしりとついていて綺麗ではない。
たわしを持ってきてこそぎ落としても綺麗にはならず……
とりあえず水が濁る事がないくらいまで洗っていれば
「香月殿、もうその辺で十分だ」
「香月殿、我ら本来そこまで澄んだ水に住まう者でもく、その心遣いで十分です」
五回目の掃除に太郎と菖蒲がもうそれ以上はと止めてくれた。
「だけど、ずっと放置していた睡蓮鉢だからあまり綺麗じゃないよ?」
本当に良いのかと聞くも
「でしたら水草を頂きたく思います」
「あー、ホテイアオイとか?」
「影になるものであれば十分です」
そんなお願いぐらいなんてこともないおねだり。
「そういえば昔金魚を飼っていた時にも水草浮かべてたな」
少し懐かしく思っていれば
「あら、睡蓮鉢を引っ張り出してどうしたの?」
「あ、お袋。
太郎と菖蒲の遊び場じゃないけど水槽代わりに用意したんだ」
「ずいぶん汚れてたのに……」
「頑張って綺麗にしたよ。
そうだ。今から水草買いに行ってくるから」
なんて言えば
「太郎さんと菖蒲さんのおうちに浮かべるのね?
だったら母さんこれから買い物に行くからついでに買ってくるわよ」
なんて言いながらいそいそと買い物の準備を始める様子。そしてあっという間に出かけてしまった背中に
「お袋、ちょっと楽しそうだったから頼んじゃったけど良かったかな?」
「お母上にはお手間を取らせもうしわけない」
なんて太郎たちの見えない母さんだけどきっと引っ張り出した睡蓮鉢を見てまた睡蓮を育てたいとか言い出すんだろうなと少し彩の増える庭を思えば
「なにを買ってくるか楽しみだな?」
言いながら井戸水を睡蓮鉢一杯にためれば嬉しそうに太郎と菖蒲は睡蓮鉢に飛び込んだ。
視えないお袋は一切気にしないし常に俺の周りに小さな二つの光の玉が寄り添っていることに慣れた親父は菓子を持ってきては
「食べるか?」
なんて仕事の合間の茶菓子を一緒に分け合って食べる茶飲み友達にしていた。
別に姿が見えるわけでも声が聞こえるわけでもないのに一方的にうちの稼業の話をしている。
最初こそ何を言ってるのかさっぱりだった太郎と菖蒲だったがおやつ欲しさに次第に耳を傾けて仕事をしている場を見せて教える親父の手元を覗くように寄り添うようになった様子には親父の粘り勝ちだなと唸るしかなかった。
だけどお袋に言わせると
「まるでまだ小さかった香月に古道具の修繕の仕事を教えていた時と同じ光景がまた見えるなんて……」
うん。
その「……」の後は何を言いたいんだよと思ったけどお袋は少しだけ優しげな表情を浮かべ
「孫と遊んでいると思えば口出しはできないわね」
ものすごく不味い流れになった。
「七緒ちゃんそろそろ体調良くなったかしら」
俺はそーっとその場を抜け出しまだまだやりたいことがいっぱいだろう七緒をうちで拘束する気満々なのはやめてくれと逃げるのだった。
「ったく、なんで10歳以上年の離れた子を相手にとか考えるんだよ」
さすがに犯罪だと思いながらも工房にこもる。
親父は今ははたきの人ではなく吉野様から預かった次郎さんの絵の修繕に入っている。
親父が一番得意とする所。
俺も得意だけどさ、なんて思うもやっぱり親父ほどのレベルにはまだたどり着いてない。
普通の物なら俺に修繕をさせてくれるのだろうけど、さすがにまだ駄目だという様にこういう時の特別の部屋にこもってしまっている。
因みに太郎と菖蒲は次郎さんと一緒に自分たちの主がいかに素晴らしい人かを聞かされていた。
場所は俺の工房で。
解体して洗浄して組みなおしている最中の茶箪笥に取り掛かる俺の側で三匹はおしゃべりを楽しんでいた。
はたきの人がやばい事は知っていたが他にもたくさん仲間がいる事を教えてもらっていた。
やっぱりヤバい人だったか……
鉋でゆがみを直しながら丁寧に調整をしていく。
それから次郎さん達の事も話していた。
狛犬の二匹に兎がいるという。
これからこの店に修繕を頼むようになると会う機会もあるだろうからと説明をしていた。
なかなかに世話好きな次郎さんだなと思いながらも次郎さんの説明と言うか如何に主が素晴らしいか、いかにお世話になっている家が丁寧にもてなしてくれているかを語っていた。
まるで俺に聞かせるように。
いや、気にしないけどさと仕事に集中する。
とはいえ
「あの香月の父親の腕前は見事だな」
突然親父をほめだした。
「自分の腕前を紹介してくれて小さな修繕の仕事の様子を見せてくれたが迷いない手つき、安心して本体となる掛け軸を任せられる」
なんだかべた褒めで少し悔しさを覚えるがそこは俺も尊敬するところなので俺も思いっきりそうだと自慢したい。
「ただいまの仕事部屋には何やら入れないようになっているが、あの気配は暁の力だろう。
ああいう場所には入れないし、お前たちの様な小さいものが好奇心で近寄ればはじきとばされてしまう。気をつけよ」
なんて注意を促したりもする。
「下手に危険な目に合えば本体に戻りこちらに出てくることに数日の時間を必要とする。ただお前たちは初めて本体から出てきたのだろう?気を付けないとそのまま消滅するやもしれん。危険な事はあの香月に任せて何かあったらすぐに知らせるぐらいの役目と思って奉公するが良い」
「兄さんわかりました!」
「兄さん他に注意することはないでしょうか」
俺の知らない間にすごい関係になってたなと猫と金魚が面と向かって会話をする光景も確かにすごいけどなと思うも「兄さん」と呼ばれてご機嫌な次郎さんのしっぽが嬉しそうに揺れていたのを見てうちに滞在している間退屈しないようにと考える間もなく
「われわれは本体からあまり遠くへはいけないがこの家の庭ぐらい遊ぶことが出来るだろう。
先日睡蓮鉢があるのを見つけた。
お前たちの遊び場には良いだろうから見に行くか?」
なんて会話を聞けば
「睡蓮鉢、もう長い事ほったらかしてあるから水を綺麗に入れ替えようか」
聞こえるような距離で聞こえるように会話をしていた事もあり、俺がそう気を利かせれば
「うむ。太郎と菖蒲は小さくとも付喪神だ。
大切に扱えばその者には同等に幸福が舞い込むもの。
共に暮らすというのなら相手を思いあう心を大切にするがいい」
「じゃあ今から掃除だな。せっかくだから一緒に庭にでも行こうか」
庭の探索が終わるころには睡蓮鉢も綺麗になるだろうという。
そして太郎と菖蒲はやっぱりと言うか当然というか。その姿は金魚だけど本体は水の中に住まう鯉なのだ。
狭い絵の中の世界から飛び出し広い世界を見てしまった以上こちらの世界にも休める場所があるのはありがたいという様に俺と一緒に庭についてきた。
次郎さんは体を伸ばして日差しの下で心地よさそうに毛づくろいをしていた。
俺はそれを眺めながら九谷焼の睡蓮鉢の底に沈んだ土と綺麗とはいいがたい雨水がたまった睡蓮鉢の中身を庭の隅に流しだして水洗いをしてみた。
だけど発生した藻がびっしりとついていて綺麗ではない。
たわしを持ってきてこそぎ落としても綺麗にはならず……
とりあえず水が濁る事がないくらいまで洗っていれば
「香月殿、もうその辺で十分だ」
「香月殿、我ら本来そこまで澄んだ水に住まう者でもく、その心遣いで十分です」
五回目の掃除に太郎と菖蒲がもうそれ以上はと止めてくれた。
「だけど、ずっと放置していた睡蓮鉢だからあまり綺麗じゃないよ?」
本当に良いのかと聞くも
「でしたら水草を頂きたく思います」
「あー、ホテイアオイとか?」
「影になるものであれば十分です」
そんなお願いぐらいなんてこともないおねだり。
「そういえば昔金魚を飼っていた時にも水草浮かべてたな」
少し懐かしく思っていれば
「あら、睡蓮鉢を引っ張り出してどうしたの?」
「あ、お袋。
太郎と菖蒲の遊び場じゃないけど水槽代わりに用意したんだ」
「ずいぶん汚れてたのに……」
「頑張って綺麗にしたよ。
そうだ。今から水草買いに行ってくるから」
なんて言えば
「太郎さんと菖蒲さんのおうちに浮かべるのね?
だったら母さんこれから買い物に行くからついでに買ってくるわよ」
なんて言いながらいそいそと買い物の準備を始める様子。そしてあっという間に出かけてしまった背中に
「お袋、ちょっと楽しそうだったから頼んじゃったけど良かったかな?」
「お母上にはお手間を取らせもうしわけない」
なんて太郎たちの見えない母さんだけどきっと引っ張り出した睡蓮鉢を見てまた睡蓮を育てたいとか言い出すんだろうなと少し彩の増える庭を思えば
「なにを買ってくるか楽しみだな?」
言いながら井戸水を睡蓮鉢一杯にためれば嬉しそうに太郎と菖蒲は睡蓮鉢に飛び込んだ。
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