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壊れた世界の向こう側 1
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「おはようございます!」
久しぶりに晴れた空の下を歩いて渡り鳥の裏口からお邪魔をさせてもらった。
そうすれば元気いっぱい笑顔いっぱいの七緒の挨拶から始まる朝を迎えた。
「体調はもう大丈夫?」
「はい!なんかいろいろ覚えてないのですが、すごい高熱だったらしいですね」
不安げに何日も寝込んでいたことを知らなかったという顔。
たんに九条が術で記憶をあやふやにしただけだ。
事実を消すのは高難度で不意に思い出した時のパニックでどうなるか心が心配だからと七緒が体験したことはすべて高熱からの悪夢が見せた夢という様に記憶を改ざんしたという。
いや、なんかそっちの方が怖いんだけどと改めて九条が恐ろしい存在だという事を理解した。
って言うか九条の知り合いのはたきの人。
一応お客様なので吉野様と呼ばせていただいたけどこの人も結構なお人だよなというかはたきの印象の方が強くて名前よりもはたきの人という方ばかり真っ先に思い出してしまう。
そのことを親父に言えば
「九条の方達の事は噂では知っていたが、まさかお会いする事になるとはおもわなかった。
そしてあのはたきの御仁、あの方も九条の知り合いと言われて納得したな」
丁寧に言ってるつもりだけどはたきの御仁って……
まったく丁寧じゃないその言い方に話を聞いていたお袋が咽ていたのがちょっとかわいそうだった。
「香月来たか?」
「おはよー。七緒ちゃんの様子を見にお邪魔してるよ」
「もう心配ないってくらい元気だぞー」
「それ見て安心した所」
なんて言う合間にも七緒はおしぼりを取ってきて俺に渡してくれた。
「朝飯食べるだろ?
七緒、目玉焼きとトースト頼むな。俺はコーヒーを淹れてくる」
「わかった!
復活初日の七緒ちゃんの朝ごはん食べていってね!
っていうか朝から香月さんが来るなんて聞いてないんだけど!」
「早起きしない七緒が悪い」
「あー!もう、明日からも早起きするからね!」
昨日まで寝込んでいたのが嘘みたいにくるくると働く足取りに転ぶなよと思いながらも
「香月殿、こちらのお宅は良い香りがしますね」
鯉からなぜか金魚になった菖蒲は俺の肩辺りで泳ぐように側にいる。
「コーヒーの匂いだな。
朔夜が淹れてくれるコーヒーが俺のごちそうだな」
なんて言えばお袋に怒られるのだろうけど、俺のコーヒーの基本は朔夜が淹れるコーヒーの味が基本となっている。
いろいろ有名なコーヒーの店が多いこの街でそこまで注目を浴びる事はない渡り鳥だけど常連さんもついているし通りすがりのお客様の気まぐれにこの穏やかな店の空気が壊される事もなく、開店前のこの穏やかな時間こそ最大の贅沢という様に俺はこの時間を大切にしている。
少し前までは七緒ちゃんは学生さんをしていたのでなかなかこの中に混ざる事もなく、そして大学卒業後もいろいろ資格を取るために夜遅くまで勉強をしていた頑張り屋の彼女とこの時間に顔を合わすこともなかったことを今頃になって思い出す。
「香月殿、七緒殿はもうだいじょうぶか?」
なんて声をかけてきたのは太郎。
昨夜太郎が七緒を魚に変化させてどうするつもりだと菖蒲に問われて菖蒲と再開できなかった時は絵の中に引きずり込もうかという恐ろしい事を考えていた太郎はかわいそうなくらい菖蒲に怒られていた。
いや、怒られる程度で済むのならしっかり怒られなさいという所だが
「七緒ならもう大丈夫かな。
お前がしたことは風邪が見せた悪夢と言うことにしたらしいから。
とはいえお前達の事が視えない七緒だけど、下手に記憶を思い出さないようにちょっかいはかけるなよ」
「ちょっかいも何も、主によって我らは無力」
「だけど我らも長いこと人を見てきたつもり。香月殿を守る知恵ぐらいは惜しみなく差し出そう」
「うん。君達との主の命令だもんね」
恩着せがましい口調だけどそれは違うという様に正しく訂正。
そんな金魚が俺の周りをちょろちょろと泳ぐ理由は知らない家に来て久しぶりに湧きだつ新しい住処への好奇心。
「ところで香月殿、何やら香ばしい匂いがしてきましたぞ?」
きょろきょろと周囲をうかがう太郎に
「ああ、パンが焼けた匂いだな」
小麦の焼けるその何とも言えない香りに笑みを浮かべれば
「香月さんお待たせ!
あとバターとジャムをいろいろ持ってきました!
目玉焼きにはなにをかけます?」
しょうゆ、ソース、ハーブソルトなどいろいろ用意してくれて賑やかな食卓が用意された。
「んー、今日はハーブソルトにしようか」
言いながら目玉焼きにかければ七緒も
「じゃあ、私も真似しちゃおう!」
なんてハーブソルトをかける。
「珍しいな。ソース一択の七緒がハーブソルトを選ぶなんて」
コーヒーを持って来た朔夜がにやにやと笑う理由は七緒のいじらしさがかわいいという所だろう。
はた目には意地悪いなと見えるけどそこは突っ込まない。
「別にいいでしょ!今日はそういう気分なの!」
なんて焼き立てのトーストを持ってきてたっぷりのバターを塗ってくれる。
その香ばしい匂いに俺の周りをちょろちょろと泳ぐ二匹の金魚に俺はパンの耳を少しだけちぎり、二人に見えない所で太郎と菖蒲に食べさせる。
「こ、これは何という香ばしさ!」
「トーストと言うものはこんなにもおいしいものなのですね!」
なんて今時トーストにテンション爆上げする金魚なんて聞いたことないよと思うも今まではただ玄関に鎮座する屏風。食卓の場に居るわけでもなく、ただ見守るだけの使命だったものがこうやって世界に飛び出してたくさんの初めましてをこれからたくさん経験していくのだろう。
夢中になってパンのかけらをついばむ二匹だけどやはり小さな金魚。すぐにおなかがいっぱいになってしまったけど……
「この世にはこんなおいしいものがあったのだな」
「前の主の所では全く体験できなかったこと。今の主に感謝して共に香月殿たちを守りましょう」
屏風の中の世界がすべてだった二匹の鯉が絵から飛び出した世界の広さに驚きながらも学んでいくその姿勢に俺もたくさんの事を教えてあげたいと少しだけ情が沸いていることに気付くのだった。
久しぶりに晴れた空の下を歩いて渡り鳥の裏口からお邪魔をさせてもらった。
そうすれば元気いっぱい笑顔いっぱいの七緒の挨拶から始まる朝を迎えた。
「体調はもう大丈夫?」
「はい!なんかいろいろ覚えてないのですが、すごい高熱だったらしいですね」
不安げに何日も寝込んでいたことを知らなかったという顔。
たんに九条が術で記憶をあやふやにしただけだ。
事実を消すのは高難度で不意に思い出した時のパニックでどうなるか心が心配だからと七緒が体験したことはすべて高熱からの悪夢が見せた夢という様に記憶を改ざんしたという。
いや、なんかそっちの方が怖いんだけどと改めて九条が恐ろしい存在だという事を理解した。
って言うか九条の知り合いのはたきの人。
一応お客様なので吉野様と呼ばせていただいたけどこの人も結構なお人だよなというかはたきの印象の方が強くて名前よりもはたきの人という方ばかり真っ先に思い出してしまう。
そのことを親父に言えば
「九条の方達の事は噂では知っていたが、まさかお会いする事になるとはおもわなかった。
そしてあのはたきの御仁、あの方も九条の知り合いと言われて納得したな」
丁寧に言ってるつもりだけどはたきの御仁って……
まったく丁寧じゃないその言い方に話を聞いていたお袋が咽ていたのがちょっとかわいそうだった。
「香月来たか?」
「おはよー。七緒ちゃんの様子を見にお邪魔してるよ」
「もう心配ないってくらい元気だぞー」
「それ見て安心した所」
なんて言う合間にも七緒はおしぼりを取ってきて俺に渡してくれた。
「朝飯食べるだろ?
七緒、目玉焼きとトースト頼むな。俺はコーヒーを淹れてくる」
「わかった!
復活初日の七緒ちゃんの朝ごはん食べていってね!
っていうか朝から香月さんが来るなんて聞いてないんだけど!」
「早起きしない七緒が悪い」
「あー!もう、明日からも早起きするからね!」
昨日まで寝込んでいたのが嘘みたいにくるくると働く足取りに転ぶなよと思いながらも
「香月殿、こちらのお宅は良い香りがしますね」
鯉からなぜか金魚になった菖蒲は俺の肩辺りで泳ぐように側にいる。
「コーヒーの匂いだな。
朔夜が淹れてくれるコーヒーが俺のごちそうだな」
なんて言えばお袋に怒られるのだろうけど、俺のコーヒーの基本は朔夜が淹れるコーヒーの味が基本となっている。
いろいろ有名なコーヒーの店が多いこの街でそこまで注目を浴びる事はない渡り鳥だけど常連さんもついているし通りすがりのお客様の気まぐれにこの穏やかな店の空気が壊される事もなく、開店前のこの穏やかな時間こそ最大の贅沢という様に俺はこの時間を大切にしている。
少し前までは七緒ちゃんは学生さんをしていたのでなかなかこの中に混ざる事もなく、そして大学卒業後もいろいろ資格を取るために夜遅くまで勉強をしていた頑張り屋の彼女とこの時間に顔を合わすこともなかったことを今頃になって思い出す。
「香月殿、七緒殿はもうだいじょうぶか?」
なんて声をかけてきたのは太郎。
昨夜太郎が七緒を魚に変化させてどうするつもりだと菖蒲に問われて菖蒲と再開できなかった時は絵の中に引きずり込もうかという恐ろしい事を考えていた太郎はかわいそうなくらい菖蒲に怒られていた。
いや、怒られる程度で済むのならしっかり怒られなさいという所だが
「七緒ならもう大丈夫かな。
お前がしたことは風邪が見せた悪夢と言うことにしたらしいから。
とはいえお前達の事が視えない七緒だけど、下手に記憶を思い出さないようにちょっかいはかけるなよ」
「ちょっかいも何も、主によって我らは無力」
「だけど我らも長いこと人を見てきたつもり。香月殿を守る知恵ぐらいは惜しみなく差し出そう」
「うん。君達との主の命令だもんね」
恩着せがましい口調だけどそれは違うという様に正しく訂正。
そんな金魚が俺の周りをちょろちょろと泳ぐ理由は知らない家に来て久しぶりに湧きだつ新しい住処への好奇心。
「ところで香月殿、何やら香ばしい匂いがしてきましたぞ?」
きょろきょろと周囲をうかがう太郎に
「ああ、パンが焼けた匂いだな」
小麦の焼けるその何とも言えない香りに笑みを浮かべれば
「香月さんお待たせ!
あとバターとジャムをいろいろ持ってきました!
目玉焼きにはなにをかけます?」
しょうゆ、ソース、ハーブソルトなどいろいろ用意してくれて賑やかな食卓が用意された。
「んー、今日はハーブソルトにしようか」
言いながら目玉焼きにかければ七緒も
「じゃあ、私も真似しちゃおう!」
なんてハーブソルトをかける。
「珍しいな。ソース一択の七緒がハーブソルトを選ぶなんて」
コーヒーを持って来た朔夜がにやにやと笑う理由は七緒のいじらしさがかわいいという所だろう。
はた目には意地悪いなと見えるけどそこは突っ込まない。
「別にいいでしょ!今日はそういう気分なの!」
なんて焼き立てのトーストを持ってきてたっぷりのバターを塗ってくれる。
その香ばしい匂いに俺の周りをちょろちょろと泳ぐ二匹の金魚に俺はパンの耳を少しだけちぎり、二人に見えない所で太郎と菖蒲に食べさせる。
「こ、これは何という香ばしさ!」
「トーストと言うものはこんなにもおいしいものなのですね!」
なんて今時トーストにテンション爆上げする金魚なんて聞いたことないよと思うも今まではただ玄関に鎮座する屏風。食卓の場に居るわけでもなく、ただ見守るだけの使命だったものがこうやって世界に飛び出してたくさんの初めましてをこれからたくさん経験していくのだろう。
夢中になってパンのかけらをついばむ二匹だけどやはり小さな金魚。すぐにおなかがいっぱいになってしまったけど……
「この世にはこんなおいしいものがあったのだな」
「前の主の所では全く体験できなかったこと。今の主に感謝して共に香月殿たちを守りましょう」
屏風の中の世界がすべてだった二匹の鯉が絵から飛び出した世界の広さに驚きながらも学んでいくその姿勢に俺もたくさんの事を教えてあげたいと少しだけ情が沸いていることに気付くのだった。
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