隣の古道具屋さん

雪那 由多

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鯉と猫と俺様と 7

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 俺もだけど親父もこの絵を離れ離れにしていいのかと心配する。
 当然この出来事を見ていた鯉たちもそれだけは嫌だという様に暴れまわっていたけどほくほく顔で入金を確認する平田様にはもう用はないという様にはたきの人は水しぶきが飛び散る机に並ぶ絵にそっと指を伸ばした。
 飛び散った水を指先で濡らし、ゆっくりと水滴を集めるように滑らして一筋の道を作る。
 二つの掛け軸を繋ぐ水の道。
 本当に良い紙を使っているからか水を吸収せずに弾いて水玉のようになったものを繋げてできた糸のような細い道。
 俺もだけど親父と二人で何をしているのだろうと黙ってそれを見ていた。
 平田様は想像以上に入金された金額にこんなにもと目を瞠って喜んでいたが、いつの間にか九条が目を開けてはたきの人がしていることを邪魔はしないけどものすごい顔で睨んでいる視線に気が付いて俺は親父の手を引いて少しずつ部屋の隅へと逃げていく。
 部屋の隅に到着する頃には親父も九条の様子に鯉が見せる怪異への好奇心はとうに失せて俺と同じように沈黙を守ってしまえば

「菖蒲、こっちに来れるだろ?」

 はたきの人の言葉の意味が分からなかった。
 だけど意味を理解したのは菖蒲。
 一度助走をつけるかのように絵の中をぐるりと回り、二つの掛け軸を繋いだ細い水路に向かって……


「そんなバカな?!」


 水路を駆け抜ける鯉の姿を見た平田様の叫び声。
 親父も目を瞠り
「なんで?! どうなってるの?!」
 俺も驚きに思わず掛け軸に駆け寄ってしまった。

 二匹の鯉は久しぶりの再会に体をこすり合わせるように確認しあい、すぐさま水の流れがどこに向かっているのか分からないが深く潜りこんで姿を隠してしまった。
 驚きに呆ける俺達とは違い

「では購入させていただいたこちらの絵は頂戴していきますね」
 
 はたきの人はするりと掛け軸を巻いて箱の中に収めてしまった。
「あ、な……」
 平田様は何もいなくなった掛け軸を前に今目の前で起きたことが理解できないという様にはたきの人を睨んでいたが

「購入させていただいて言うのもなんですが……
 平田家の守り神と言うべき二匹の鯉を二つに断ち切った挙句に売り払うなんて俺には想像が出来ません」

 言いながら居住まいを正し、ほとんど真っ白になった紙面の掛け軸へと視線を落とし

「少なからず今後の為に多めにお支払いさせていただきましたが……
 ご子息様、早く良くなるとよろしいですね」

 繁栄の象徴を失い今まで平田家を守ってきた守護者も居なくなり、後継ぎとなる息子は社会復帰ができるかどうかさえ今は不明。
 口角を上げて笑みを作る感情をそげ落とした冷淡な視線の男の前ではした金で手放したものの価値を改めて理解すれば崩れ落ちるように腰を落とし、ほぼ真っ白の掛け軸を目の前に呆然としていた。

「平田さんのお帰りです。タクシーを呼んで差し上げた方がよろしいでしょう」

 感情のない声と共にほぼ真っ白の掛け軸を巻き取って箱に入れて

「こちらが平田様の掛け軸です。お忘れないようお持ち帰りください」

 力のない腕にそれを抱きしめるように持たせ、やがて迎えに来たタクシーに俺は行き先を告げて送り届けてもらうのだった。

 

 いろいろな怪異の話を親父から聞いてはいた。
 そして俺が触れても問題ない程度の怪異も見せてもらってきた。
 だけど今回のこれはあまりにも次元が違いすぎて頭の中が整理がつかないけど、はたきの人はまだ俺達に用がある、と言うか用があるから来たわけで……
 濡れた机を九条に綺麗にさせるというかなりヤバい人物だった。
 
「じゃあ、本題に入ろうか」

 言いながら年季の入った桐の箱で出来たものを取り出してこちらも一つの掛け軸を取り出した。
「先日お断りされたと暁から聞きましたが、どうかこちらの修復をお願いします」
 丁寧に頭を下げるその姿勢、さっきまでやりたい放題だった人とは思えないくらい美しい姿だった。
「ですがこちらの絵には魂が宿り……」
「下手に触ると災いが起きる、先ほどの太郎と菖蒲で警戒する様子は理解しました。
 ですが、これに関しては当人もちゃんと理解して受け入れているのでぜひともお願いしたく足を運んだまでです」
 親父は難しい顔をするけど広げられたその絵は長い間愛されたという様に紫外線を浴びて劣化が進み、黄ばみはもちろん紙だってボロボロだ。
 ここまでひどい劣化状態を直してくれと言う依頼は珍しいけどまだまだ修復可能範囲。
 そこは親父もわかっているけど渋る理由はこの絵に魂が宿っているその一点だろう。
 もし失敗した時のリスク、なんて親父にはないのだろうけど万が一を考えれば取り返しのつかないことになるそんな我が家の稼業。
 だから家を継ぐのはずいぶん遅い年になるのは俺だけでなく親父も爺さんもそうだったってことぐらい理解しているけど……
 親父はどうするのだろうと思えば

 にゃー

 猫の鳴き声に振り向けばいつの間にだろう。
 縁側に三毛猫が座って俺達の様子を見守っていた。
「いつの間に猫が、ほら、勝手に上がってきたらダメだろ?」
 襖を開けてはたきの人がはたきを振り回すから庭に降りるドアも開けていたけどそれが良くなかったのか雨宿りをされてしまっていた。
「ほら、縁側から降りて……」
 なんて追い払おうとすれば
「香月、お前は一人でなにをやっている?」
 親父が不思議そうな顔で俺を見ていた。
「なにをって、猫が……」
 追い払おうとした手を潜り抜けて猫は家の中に入り、とことこと歩いてまるでここが自分の居場所だという様にはたきの人の膝の上で座るのだった。
 そこでやっと気が付いた。

 絵の猫と膝の上に座る猫が瓜二つだと言う事。


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