隣の古道具屋さん

雪那 由多

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鯉と猫と俺様と 4

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「改めて、その絵の持ち主の平田順平です。
 この度は皆様にはとんだご迷惑をおかけしました」

 両手をついて床に頭をこすりつけての謝罪。
 着物の御仁、改めはたきの人のお許しを得て末席で頭を下げていた。
 因みになぜか上座にはたきの人が当然のように座る。
 九条はそれについてはあきらめているのか何も言わず、むしろ部屋の奥に押し込んでいる様子にも見えた。
 
「ところでさ、なんでこの絵を掛け軸に仕立て直したの。
 鯉の絵を見る限りものすごく立派な柄じゃないか。仕立て直す意味わかんないんだけど?」
 
 理由は知っているとはいえ改めて俺も思うそんな素朴な疑問。
 それには平田様が

「近々家をリフォームすることになったのです。古い家なので段差もあり、妻にそして生まれてくる孫にも暮らしやすい家をと思いまして」
「まあ、屏風をいまだに使うあたり立派な家だとは思ったけどね」
「今の建築事情では屏風を飾る場所もなくなり、だったらこの見事な屏風を掛け軸に仕立て直して残そうという事になったのです」
「そしてこの傑作を駄作にしたわけか」
 呆れたというはたきの人。そこまで言うかと思えば
「この鯉の絵は代々我が家に受け継がれて泣き祖父も愛した鯉でございます。
ですが息子夫婦のプライバシーを守るために和室を洋室に、そしていずれ育つ孫の為に個室が必要になると思い作り変えれば屏風は必要なくなり、だけど私もこの鯉たちを見て育ちました。
 せめて床の間に飾ることが出来ればと相談させていただいたのが迪林道さんです」
「それでそちらにすべてを任せたわけか」
「はい。息子曰く大きなものだから二つに仕立てられると聞き、私も息子も詳しく聞かずにお願いしたのがいけなかったのでしょう。
 二つ並べて飾ればいい、その程度の考えでした……」
「で、まさかの風景を切りとられ、鯉を中央に持ってくるためのずさんなトリミング。たぶん屏風の時は鯉同士の視線が合っていたはずだ。だけど今では見事すれ違っていて二匹とも見当違いな所を見る絵になったと」
 そう、見事な絵のはずなのにどこかちぐはぐに見えるのは愛し合う鯉の姿がどう見てもよそよそしい二匹になっているから。
 並べてみてよくわかる構図に納得してしまった。
 前の絵を知らなくても描写だけは素晴らしいただの絵になり下がてしまったのはそういう所だろう。
「怪異は仕立て直されて我が家に来た時から起きました。
 いえ、今思えばすでに怪異は仕立て直した直後から起きていたのでしょう」
「ふーん。どんな」
 聞きながら五色豆をポリポリと食べる。世間話を聞いているつもりじゃないのにと思うもさすが年の功。平田さんは怒りを表すことなく言葉を続ける。
「掛け軸を受け取り、さっそくという様に床の間へと飾りました。
 家をリフォームするのはもう少し先で、その前に床の間に飾って眺めようかと飾りました。
新しい裏打ち、表面の洗浄。きっと新しい床の間にも合うだろうと妻と眺めて茶をしていた直後、掛け軸から水がしたたり落ちたのです」
「うわあ、大変ですね」
 まったく大変と思ってない口調で同情するもそれでも今の平田様には心打つ言葉になったのだろう。
 小さく頷き、そして震える手の握りこぶしは膝のまま、恐怖から目の前の掛け軸から目を反らしながら
「妻は悲鳴を上げて腰を抜かし、届けてきたばかりの息子はぎょっとして慌てて掛け軸を箱に収めなおして迪林道さんに駆け込む始末。
 その後迪林道さんから佐倉古道具店のお話を聞いて持ち込みましたが、息子はこんな気味の悪いものは早く手放したいと言い、だけど私は物心ついた時から一緒に育った鯉たちを手放すのに反対でして……」
「だったらどうせ二つになったのだから一つを処分して一つは手元に、なんて安直な考えになったと」
「はい」
 迪林道にあった理由に素直に頷いた。
「さらに言えば何かと物入りのリフォーム。絵的にも芸術性があり、蒐集家も水が滴る程度の怪異なら買い手が見つかる。多少吹っ掛けても問題ないと見込んで買いなおして売り払おうとしたところで鯉たちの怒りに触れたと……」
 当然だななんてなかなか鯉たちを目の前にして言いにくい事をズバズバいうはたきの人の度胸もすごいと思う。
「ま、迪林道の主人が二匹を切り裂き二人の家ともいえる屏風をずたずたにしたというのならその人は当然の報いを受けるのは納得だな」
「そういう話か?」
 九条が亡くなっているんだぞ、不謹慎だというも

「そもそもなんで二つに分ける必要があったんだ?
 掛け軸に仕立て直す、だったら二匹の鯉を中心に左右を切りとればいい、少し変則的なサイズになるけど全然床の間に飾るには問題ない大きさだろ。
 まあ、多少紙にお金がかかるかもしれないが家をリフォームするぐらいならそれぐらい払える金額だろ」
 はっと言うように顔を上げる平田様。
 二つに分けるという様な提案以外を模索しなかったのだろうかと思うも俺も言われるまでなんで?なんて考えが出てこなかった。
「それに聞く限り今まであんたの家の繁栄と厄災から守って来たようだけど、恩を仇で返したのならそれ相応の報いを受けるのは当然だな」
「そ、そんな……」
 
「その屏風、玄関の所に飾ってあっただろう」

 言って目を瞑り、想像するように語る。

「玄関は引き戸だな。
 その正面には京の家らしく和室が二間続きぐらいである。
 風通しが良いように障子は開け広げられて、だからこそ玄関の正面、部屋の中が見られないようにと屏風絵が飾ってあった。
 古い家だろう。紙質の良さと劣化具合から江戸末期の作品なのは想像の程度。
 家を手に入れた時から玄関を開けた時に舞い込む何かからずっと守り、平田家の繁栄は鯉たちによって守られたものだろう」

 語る口調とは別にたきをタクトの様に振り回さなければ話に聞き入ってしまったのにと逆に冷静さを残しながら耳を傾ける。

「隣家が火事にあった時も平田家は外壁を焦がす事もなく、戦後の不衛生な環境でも庭の井戸に滾々とわく湧水のおかげで飲み水には困らなかったのは鯉たちの守りがあったから……
聞けば聞くほどお前たちの仕打ちはひどい仕打ちだな」

 聞けば聞くほどとは誰がと思うもはたきの人は五色豆の表面を割り、中身だけを鯉に与えた。



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