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うちの隊長はここは試練の場だと教えられました

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 アレクの様子を見ていればヴォーグがノックをして入って来た。
「クラウゼ副隊長お加減はどうです?」
「ヴォーグからもらった薬のおかげで吐き気は治ったよ」
「良かった。それよりもポーション五本一気飲みはもうしないでくだいね。完全に容量をオーバーしてます」
「ああ、心配かけてすまない。普段はこんな真似しないのだがあまりの怪我人の多さに動揺していたようだ」
 反省してかしょぼんとうなだれるアレクという珍しい様子に
「ポーションの飲み過ぎは危険なのか?」
 ラグナーは三本ほど飲んだことあるもののなんともなかったことを思い出しながら
「ポーションは本来怪我の治療薬です。体力向上という恩恵も多少ありますが、決して枯渇した魔力を回復させるためにあるわけではありません。それはまた別の薬になりまして、作る工程も複雑になり作れる生産者も限定的となり、そして金額もまたポーション一ダース分と跳ね上がります」
「騎士団ではまず支給されないな」
 ヴォーグも数を揃えるのもまた特別な専用機材も必要になりまして難しいので無理ですねと言って
「なので、代わりにポーションを飲んで代用するというあまりよろしくない事が横行しています。
 今回クラウゼ副隊長がした事がそれで、強力な薬は時として毒にもなる。
 ヒトが摂取できる限度を超えて飲用したために胃に穴が開きかけたという結果に辿り着きました」
「吐血の理由はそれか」
「寧ろ治療班がそこまでの事態に陥るぐらいなら部下を見捨てる選択をしなくてはいけません。
 たまたま俺がいて無事助け出すことが出来たから良いものを、いくら部下が可愛くても一緒に死ぬ選択を選ぶのは医療班として賢くありません。それがたとえシルビオ小隊長やノラス小隊長でもです。
 ポーションがなくなった状態で副隊長に何かあればシーヴォラ隊は全滅ですよ」
「わかってる。だが、見捨てる事ができなかったのだ」
 念願のシーヴォラ隊を発足させて発足当時のメンバーが今も生き残り、そして築き上げた信頼は愛着さえあるものに変わっていた結果の選択ミス。 
 本来ならラグナーをなんとしてでも守らなければならないのにとヴォーグの叱咤で初めて反省をおぼえるのだった。
「とはいえ、五本も飲むくらいならポーションを直接患部にかけるっていう方法もあります。ポーションの使い道は飲用だけではないので。意識のない相手には、内臓がやられていたら剣で穴を開けて大体の場所でいいのです。そこにポーションの瓶をブッ刺して流し込む方法も有効です。その為に飲み口が細く作られています」
「そ、そうか。それは試した事無かったな」
「肉体の欠損までは治せませんが、魔法を使うより確実に治せます。ただ一瓶で何人も治せる白魔法より効率は下がりますが、そこは状態を見て判断できる様になりましょう」
「そんな状況にまで追い込まれない様に注意するさ」
 そんな返事に満足してかヴォーグは近くにあった椅子を持って来て座る。
 そして少しだけ真剣な顔をして
「所で任務でミスリルベアーが居るこの地域に来たのですよね?」
「冬を迎える前に討伐しておかないと春には子供が産まれて増殖する前にな」
 毎年しているとラグナーは答える。倒せるかどうかはミスリルベアーの遭遇によって変わると付け加えるが、ヴォーグは難しい顔をして
「俺の方から団長に抗議を入れておきます。この季節にミスリルベアーの討伐なんて無謀だと」
「お前からなんて、いくら団長補佐といえど他の補佐達から目を付けられるぞ」
 ラグナーは今回の被害を上げれば十分だろと言うも
「ラグナー、そう言えるのはたまたまこの広い森で俺に会って全員生き延びたからの言葉です。ここはミスリルベアー、キリングベアー、そして一番凶悪なジェノサイドベアーが縄張り争いをするバックストロム三大凶悪魔物地帯なのです」
「何だ?その三大凶悪魔物地帯とは……」
 聞いた事がないとアレクも呟くが
「ギルドで言われてるバックストロム危険地帯ですね。
 致命傷となる場所をミスリルが覆う進化を遂げた防衛と家族単位という数で制圧するミスリルベアー、どんな状況でも確実に子孫を残し生き延びることを選んだサバイバルの達人キリングベアーにただひたすら目の前の敵を屠り続ける最も凶悪と言われるジェノサイドベアーの三体は何故かこの森での主導権争いをしているのですよ。
 まあ、こいつらの行動範囲と縄張りの広さからバックストロムではこの森が一番適してるので」
「そうして三大凶悪魔物と呼ばれる様になったか」
 何だそれはと思う。他にも森はあるのだろうと思うもずっとこの森の派遣争いをしていたのなら勝ち取りたいと言う本能かと呆れ果てる。
「今はその一番の覇権争いシーズンなのです。冬を前に冬眠の準備。春に産む予定の子供の仕込みの準備。少ない食料の奪い合い。この時期の討伐は餌がやって来たってあいつらは思ってますよ」
 マジか……
「書類だけではなく直接団長に話に行こう」
「その方がいいですね。他の隊長さん達も任務の度にしょうもない理由を並べて乗り込んでくるので、意義ある情報を持って来てくれれば喜ばれますよ」
「団長の喜ぶ顔なんて見た事がないけどな」
 見てどうするんだと言えばヴォーグは肩を震わせて笑い出すも
「因みにあと二つはどこだ?」
 好奇心に流されて聞いておけば
「一つは少し前に苦戦したアルホルン。ギルドではこことアルホルンではどっちがと疑問がよく上がるそうですが、結局のところアルホルンの方が得体が知れなくて皆さん怖い様です」
「まあ、アルホルンには足を踏み入れてはいけないって言葉があるくらいだしな」
 そうだと言う様にアレクも頷く。この国の国民は皆んなアルホルン物語を信じているのだから他国の人間にはからかわれるも、あの森での戦いに参加した者達は当分あの地に行きたくないと顔を青ざめさせるのだった。
「じゃあ最後の一つは?」
 凶悪三大ベアーのこの地と魔物で溢れたアルホルン。それ以上はどこだと思って聞けばヴォーグは当然と言う顔で
「そんなの王都に決まってるじゃないですか。
 生存のために生き残る魔物達とは違い享楽のために人を陥れ、そして生きながらえさせながら殺していく。こんなことするのは人間だけですよ」
 全くもって恐ろしいです。
 ブルリと震えてみせるヴォーグにラグナーもアレクもなんとも言い難い顔をするも話は終わりだと言う様に立ち上がって部屋を辞そうとするヴォーグにアレクは声をかける。
 こんな森の奥で出会った不思議。ラグナーから行き先は聞いていたとしても出会うには難しい広大なこの場所に何故いるのか消えない疑問を口にする。
「所でお前は何故こんな危険な所を薬作りの拠点に選んだんだ?」
 ポーションのせいか口の中がからからと渇けばぷつりと唇の皮膚が切れた感触がした。
 思わずと言う様にグッと口を閉ざせば

「決まってるじゃないですか。
 この場所がちょうどベアー達が闘争している縄張りが重なってる場所なんです。
 頑張って探さなくても向こうからやってくるスポットなので、あいつらを捕まえるにはちょうどいい場所なのです」
 
 にっこりと笑う顔がこの時ばかりは妙に恐ろしく思えたのはラグナーも同様。
 返す言葉もなく黙ってしまえばまたいつもの人の良さそうな顔をして

「では食事の準備して来ます。お持ちの食料はほとんど使えない様なので簡単なものですが作ります。あと量が量なので皆さんをお借りしますね」
「ああ、あいつらなら好きに使ってくれ。俺はもう少しアレクと話がしたいから」
「わかりました。では先に外に行ってますね」
 そう言って部屋を辞してやがて外から食事の準備の号令をかける声が響くのを聞いてラグナーはやっと口を開いた。

「ヴォーグカッコいい……」

 いまだにドアへと視線を向けたままだが、アレクはよくそんな感想を言えたなと思うも頬に一筋の流れる汗を見つけるのだった。

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