うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長は結婚して少しした頃の昔の話を思い出してみました

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「走れ!
 とにかく走って森を抜けろっ!!!」
「たいちょー!すでに方向見失ってどっちに進んでいるかもわかりません!」
「弱音を吐くなっ!走っていればそのうち森から出れるっ!!」
「無理ですー!
 それより怪我人を抱えての先行隊の後ろ姿が見えてきました!
 どのみち一度足を止めて数を減らしましょう!」
「アレクは治療状況どうなってるんだ!」
「たいちょー、副たいちょーでもあの数すぐになんて無理です!
 ノラシルの負傷が酷すぎていくら副隊長でも、回復薬あっても、あの傷の深さと他の隊員達の怪我の数もよく移動しながら治療出来てるって副隊長の腕前の奇跡はいつまでも続きません!」
「イリス、お前アレクについてたんじゃ?」
「薬が切れました。たいちょーストックはお持ちでは?」
「そんなものお前達に渡した時点で持ってるわけねーだろ!!」

 ラグナーの絶望の悲鳴に誰もが言葉を失えば、何とか止血だけはできたと怪我人を抱える部下を先導しながら森を彷徨う先頭に立つアレクと合流するもその顔は尽き掛ける魔力のせいで夜の闇に包まれた森の中でも青白く映る悪さに舌打ちをする。

「悪い!さすがに想定しきれなかった!どのみちどこかで足止めするからお前は森を駆け抜けろ!」
「隊長のラグナーを置いて森を出るわけにいかないでしょう!」
「だがお前をこんなところでなんて俺には考えられん!」
「何を言ってるのです!これはただの任務です!任務には失敗がつきものです!
 ミスリルベアーの討伐に向かった先がただの大繁殖地だったなんて誰が想像するのです!」
 疲れ切ったアレクの悲鳴に俺たちは討伐を前に撤退を余儀なきされたのだが、運悪く見つかってしまい気が立っているミスリルベアーの大群に襲われているこの状況。隊の半数はすでに半狂乱になりながらも大人しくついてくるのは単に怖いだけだ。怖いという感情にシャレにならないほどと言うのがつくが、無事帰れたらと言う奇跡を夢みながら崩れ落ちそうな足を奮い立てて帰ったらの妄想を脳内で繰り広げる。
「無事家に帰ったらヴォーグに抱きしめてもらいながら寝るんだ!
 あいつの飯をたらふく食べてエールを飲んで!風呂にも入れてもらって頭洗ってもらおう!あいつマッサージしてくれて、すごく気持ちがいいんだ。お風呂上がりにチョコレート食べながらシナモンの効いたホットワイン飲んで、朝を運ぶ鳥の物語を聞きながら寝るんだ!そうしよう!」
「たいちょー、ぜひその時は招待をお願いします!」
「ランダーはヴォーグの家の物置小屋に寝かしてやる!安心しろ!裏庭にあるから俺は安全だ!」
「何馬鹿なこと言ってるんです!
 それよりも今光が向こうに!」

 誰もが息を飲む。
 ありえない確率ではないがなくも無い奇跡。

「冒険者か?」
「巻き込みましょう!そしてあいつらを押し付けましょう!」
「ランダー!騎士以前に人の義に反く!」
「副隊長!それでも命の方が大切です!」
「隊長!」

 周囲から、そして共に走る部下はとっくに限界を迎えている。
 そんな俺たちを餌と認定したミスリルベアー達はなおも大群で追いかけてきて俺たちを蹂躙する気でいる。
 どうするかと思うもどんどん明かりは強くなって、その明かりが妙に暖かく見えて……

『ラグナー、気をつけていってらっしゃい』
『大丈夫だって、ミスリルベアー一匹の討伐命令なんてしょっちゅうやってる。
 心配せずに待っててくれ』

 そう言って出かけた時の光景を思い出す。
 いつもは単体行動のミスリルベアーが繁殖期になると何十という数が集まるなんて聞いたことないし!生態不明のこいつらの生態なんて知るわけないし!

「汚名は着よう!あの明かりに、冒険者達に押し付けて生きて帰るぞ!」

 ここまで近くなれば最良も最悪もないと、少しでも戦力を乞う為に木々を潜り抜けて草を掻き分けて何とか明かりの側まで辿り着けば目を疑う光景が広がっていた。

「なんでヴォーグ?!」
「え?!ラグナー、隊長?!皆さんまで?!」
 驚きに見開く目でも魔物の気配を察してか漆黒の剣を構える姿に
「ミスリルベアー!アレクが!怪我人が多くて!」
 切れ切れの呼吸で必要な情報を端的に重要な順位づけをとにかく言葉にすれば怪我人の多さに驚きに目を瞠ったヴォーグは
「皆さん小屋の中に!副隊長はこのポーションを!家の暖炉の釜でポーションを作ってる途中なので飲んでください!」
 そんな指示にこんな山奥に何故か場違いな丸太を組んで作った家の存在に疑問を持つ事なく言われるまま駆け込んでいた。
「アレク!とにかくポーションを飲め!」
 瓶の蓋を開けて今にも倒れ込みそうなアレクの口に瓶をぶっ刺して強制的に飲ませば誰もが安心を得たと言う様に止まった足はそのまま崩れ落ちて床に横たわっていた。
 この場で一人立っていたアレクは釜からヴォーグの作りかけのポーションをカップに掬ってラグナーに飲まし、そしてシルビオとノラスに飲ませるのだった。
 半分以上こぼれ落ちたが何口か喉を通り、顔には赤みをさしてきた。
 ランダーもイリスにも飲ませ、そして怪我の重要度からポーションをのます。
「それよりヴォーグが」
 ラグナーは小屋を出ようとするも
「隊長ダメです!隊長でもあの数は太刀打ちできません!」
 ランダーの必死な呼び止める声に
「だが今外ではヴォーグが一人……」
 言いかけて言葉を失った。
 ゾクリ……
 夥しい程の悲鳴が耳の奥にこびりつく様に届くもそんな恐怖よりもその前の一瞬。命を取られたと感じる様な支配する魔力に心臓を掴まれた気がした。
 外に出ようとした俺を止めようとしたランダーでさえ一瞬の魔素の反乱に言葉を失えばコツコツと床を踏みしめる音が聞こえた。
 何か得体の知れないものが近づいてくる。
 ミスリルベアーなんて可愛らしいものではない何かがくる……
 そんな恐怖に震えて泣き出す者まで現れた。だけどガチャリと開いた扉の前に立っていたのは

「皆さんポーションは飲みましたか?
 お怪我は大丈夫です?」

 のほほんとした顔のヴォーグが黒い剣を片手に立っていたのだった。




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