うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長は意外とかわいいくしゃみをします

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 一年ぶりのアルホルンはようやく遅い春を迎え、あの日と同じようにアルフォニアの香りに包まれていた。
 ヴォーグと死別後暫くアルフォニアの木を見る事が出来なかったが、このミューラを迎えた時から誕生日辺りを逆算するとちょうど王都ではアルフォニアが咲いていた季節だったと考えると俺はどうやらアルフォニアと縁があるようだと一人感心して開き直る事が出来た。
 城の前ではイザムと一緒にエーヴ殿下が自らで迎えに来てくれて、馬車から降りた俺が抱いていたミューラを見て可愛い!と嬉しそうに悲鳴を上げた後にゆっくりと首を傾げ、俺を見上げ何度も瞬きをするのが妙に年相応で可愛かった。
 イザムはラグナーさんが子供を産んだ?!と言う、そんなわけないだろうと言う事にも気づかない勢いでパニックになって護衛のトゥーレにしがみついた後何故か私服姿のランダーとイリスに戸惑いアヴェリオにどう言う事だと泣きながら説明を求める姿がなんとなく涙ぐましい光景だった。

 それから俺はエーヴ殿下の案内でヴォーグの元へと足を運びながら二人に説明をする。
 途中根回しするかのようにエリオ、マリー、先代の墓にも寄りよろしくお願いしますと挨拶をしてヴォーグの所へと向かう。
 エーヴ殿下は俺を招く事で普段人が足を踏み入れそうもないガゼボの周りの芝生を綺麗に刈り込んでくれていてくれた。
 あの日の花畑はもうどこにもないが、それでもこのヴォーグが眠るガゼボ周辺は美しいと思う。
 アスタが用意してくれた先ほど摘んだばかりという花束をヴォーグに手向けミューラを紹介すればミューラがぐずり出した。

「隊長おなかがすいたみたいなのですが?」
「馬車に揺られてたからな、喉も乾いたんだろう。
 ガゼボでおむつを見てくれ」
「はい!イリス準備しなくちゃ!」
「少し待ってて!」

 生き生きとする二人は結局アヴェリオの妻ウルリカと三人体制で面倒を見てくれている。
 昼間の一番活動しやすい時間帯をウルリカに任せ、夜中や早朝を二人が見てくれている。
 その時間帯は人員削減により他の侍女達もない為に一人で大変かとおもうがどちらかと俺も執事達も交代で誰か一人は夜中まで起きているから何かあればすぐ対応できるようにしている。
 アルホルンにウルリカを連れて来れなかった為にヤギのミルクをミューラに与えれば飲み慣れたミルクに手を伸ばして懸命に吸い付く姿を抱くランダーも幸せそうに眺めている。
 何せ初対面の時はまだ骨と皮だけの頬さえこけた虚ろな瞳の赤子だったのだ。
 俺の所に来て僅か数日だが少しずつふくよかになる様は見てるだけで笑みを浮かべさせてくれる。
 顔を真っ赤にして必死にミルクを飲む様は生きる、ただそれを求めているように見て目頭が熱くなる。
 生きる事を求め、もがいて、希望に縋り、ただ絶望を叩き付けられても生きようと足掻いたヴォーグとこの産まれたばかりの生の輝かんばかりの生命力を一緒に見たかった。
 と言っても生きている時にはこの選択は絶対なかっただろうからタラレバの世界なのだろうが、それでも共に何かを育む、それは挑戦しても良い懸案だったなと今更ながら後悔が一つ増える。
 そんな中何時までもミューラを外で連れまわすのは良くないからとアルホルン城へと戻るのだが、エーヴ殿下は気を使ってくれてヴォーグと共に過ごしアルホルン城のヴォーグの部屋を用意してくれた。
 ただしミューラはアルホルン城ではなくエーヴ殿下が主に使う騎士団の部屋の側と言うかその隣の部屋を与えられた。
 この一年で随分と背も伸び、先ほどから抱っこして離そうとしないその様子に誰もが微笑ましく見守り、ランダーとイリス、そして宮廷騎士を護衛に着ければ俺はエーヴ殿下からアルホルンの書をお借りして引っ込む事にした。
 まあいいけどと思いながら俺はまたアルホルンの書をひたすらヴォーグとの思い出の詰まった部屋で読み込み、気が付けば晩餐の時間でミューラを預けた事にそっと溜息をつくのだった。
 だけどここでしかやれない事は山ほどあるので晩餐の後

「エーヴ殿下、少々散歩に行きたく思いますのでミューラをよろしくお願いします」
「でしたら私達も一緒に!」

 と言うのはランダー。
 イリスの戸惑う視線とランダーのどこか絶対譲らないと言う視線に食事を終えたばかりの場に緊張が漂うも

「お前達はミューラの面倒を見るのが仕事だ」

 そう言って飲みかけのワインと封を開けただけのワインを手に持ち

「遅くとも朝食の場には顔を合わせます」

 そう言うも

「ですが、夜は冷えます」

 心配げなエーヴ殿下に俺は笑う。

「ご存じかも知れませんがあのガゼボ、暖炉の機能もあるのでご安心ください」
「……判りました。
 ですが、風邪には注意してください」

 心配げな視線で俺はテラスへと続く扉を開けて漆黒の闇が続くアルホルンの城の庭へと足を向けるのだった。


 夜の森の木々の間を抜ける。
 道筋は目を瞑っていてもヴォーグに辿り着く道は判る。
 単に歩き慣れたのtエーヴ殿下達が作った獣道が理由と言うのもあるが、この一年で大きく育った木々も新芽を付け始めて段々アルホルンの短い夏へと移ろうとしていた。
 やがてぽっかりと木々のない明るい空間へと出た。
 見上げれば付きはない物の代わりに一面の星空が広がっていた。
 城の明るさの影響もなく、そして周囲には何の明り一つもない。
 代わりにと言うか、真っ白の大理石でできたガゼボが輝いているようにも見えたが、俺はそのガゼボに設置されている柱の中に隠し埋め込まれた明かりを容赦なく灯せば暖かな明かりが漆黒の闇の中で温もりをあたえる。
 だけど実際は何も温かくもないからと教えてもらった暖炉を使う事にした。
 中央の大きな煉瓦と大理石のテーブルの側面を振れればポロリと煉瓦が取れた。
 ライティングの魔法でそこを覗きこめば魔石をセットする場所とすぐ側にそれなりに大きな魔石が無造作に転がっていた。
 
「これをはめればいいのか?」

 口頭だけの説明だったから普通の魔石を使うアイテムと同じように魔石をセットすればほどなく温かい熱が周囲に広がって行った。

「なるほど。止める時は魔石を台座から外すと」

 近くに鉄の棒が隠されていて普段から使ってたんだなと言う事だけはよく理解できた。
 一度目の結婚の時時折森へとキャンプ言連れて行ってくれた。
 その時は魔石など使わずに薪を汲んで厚手の鍋でいくつもの料理を作ってくれた。
 シナモンがよく効いたホットワインを片手に当時伸び悩みの剣技について夜遅くまで語り合った。
 もちろん剣を構えながら手首の使い方から踏み込み方、体の重心一つをとっても勉強になって士官学校時代や実戦では学べない物をたくさん教えてくれて確実にものにしてきた。
 俺の中に一つ一つヴォーグが残してくれた物が生きている。
 ヴォーグに守られているようで暖かな気分で大理石のパネルを外せばコンロにもなっている何とも贅沢と言うか大理石は大丈夫なのかと疑問を持ちながらも小さな鍋とカップを二つ取り出して鍋にワインを注ぐ。
 湯気がのぼり出したら沸騰しないように調節してアニス、クローブ、シナモン、ハチミツを入れて沸騰直前鍋を火から下ろす。
 時々オレンジやリンゴを一緒に入れてデザートとして食べた時もあったが、生憎今回はお預けだ。
 そっとキャンプ用に買ったカップに淹れて一つをヴォーグの墓に、俺はその正面。直接地面に座ってカップを掲げて口にする。

「うーん、折角ハイラに教えてもらったのに今一つだな」

 ハイラのはもうちょっとこってりとした味だと思ったがと悩むも

「来年はハイラにしっかりとレシピを教えてもらっていつものホットワインをマスターするぞ」

 波打つ事の内水面を眺めながら俺はホットワインを飲み

「ミューラの事については頼むから何も言わないでくれ。
 だけど俺はあの子が次のバックストロムの剣を支えると思っている。
 実際はあの子ではないけど、あの子の子供、その孫、いつかなんて判らないけど……
 俺の感がよく当たる事知ってるだろ?
 あいつは絶対次のバックストロムの剣と出会って、落とす」

 ニヤリと笑ってしまう。

「あいつのガキはまたお前に出会って恋をして愛する。
 その時には俺も誰も居ないけど、また俺達はめぐり合う。
 そんな気がするんだ……」
 
 はらりと涙が落ちた。
 亡くなった年、その次もヴォーグが恋しくてみっともない位に泣きわめいて、今年こそ笑顔で過ごそうと思ったけどまだそう言うわけにもならなくって……

「会いたいのに会えない、それは判ってる。
 声が聞きたいのに聞けなくて!もっとみっともない位縋りついて騎士なんかしてなくて!!一つでも思い出を多くすればよかったって今になって後悔してる!!!」

 ぐしぐしと袖口で乱雑に涙をぬぐいながら無理に笑みを浮かべようとしてもなかなか笑えなくって墓石に向かって寝転がる。
 だけどものの数分もしないうちに

 ふぇっくちっ!!!

 盛大にくしゃみが出て二度三度と止まらなくなって慌ててガゼボへと逃げ込んだ俺は結構薄情だと思った。










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