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うちの隊長の名前は今日をもってラグナー・ヴェナブルズ・アルホルンになりました。

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 情けない顔を見せない様にもそもそと体を起こしてラグナーの肩にちょこんと頭を預ける。
 重くないようにと気を付けるもラグナーが本を持つ反対の手で俺を引き寄せて

「遠慮はするな。
 こちらに来てから毎日お前に鍛えてもらってるからな、ヴォーグ位抱えれるぞ」

 くっくっくっ……
 楽しそうな笑い声に悪夢で沈んだ心が軽くなりそっと目を瞑って

「嫌な夢を見ていた」
「そこは俺の夢を見てたと言うべきでは?」
「夢以上に素晴らしい世界がここにあるのに?」

 ちゅ、と頬に唇を寄せれば照れた様に染まる顔が本当にかわいい。
 とても表情無く淡々と仕事をこなす騎士の顔とは大違いでそのギャップに俺はたぶん嵌っているのだろう。
 キス一つでこんなかわいい顔をするのに恥ずかしい姿をさらけ出してもっと大胆な姿もあって……
 もう中毒だ。
 否定できなくてのめり込んでしまうその表情豊かなラグナーに甘えるようにすり寄り

「実を言うと、逃げ出したくなるほどアルホルンを好きじゃない」

 くつくつと笑う呼吸が止まったかのように凪いだ。
 次の言葉に警戒しているのだろう。
 だけど俺はそれに気づかないふりをして言葉を繋げる。

「王都から遠くて田舎で寒くて暗くて虫の音が怖いくらい近くて風の音と木々の揺れる音が子供の頃本当に怖かった」

 このアルホルンの人の存在すら否定するような大自然の中なら子供なら誰もがそう思うだろう。
 明るい昼間はまだいいが、暗い夜になると何百年前の設計の城の中はほんと暗く、寒い。
 そして廊下にかけられた肖像画もとても怖い。
 今でこそヴォーグは明かりを至る所に付けて煌々と輝く夜中に安心して歩けるアルホルン城だが、それでも生活圏の場所にしか付けるしかない程度にこのアルホルンの城内も広大で、一人になると本当に一人ぼっちのような錯覚さえするくらいに静寂が支配する。
 冬場は城内とは言え凍死者が出るくらい寒い。
 ある程度各主用の部屋の暖炉を点ける事でこの冬は寒さを気にせずにいたが、どれだけの魔石を消費させたか言うまでもない。
 とは言え今年一年の消費量から計算して向こう数十年分のストックはしてある。足りなくなればその時の駐在の騎士達に訓練も兼ねて収穫しに行かせればいいだろう。

「魔道士達の薬を作る光景もだけど匂いも耐えられなかったし、薬は草達ばかりではなく魔物の臓器を使用したりもする。
 先代に勉強と言って見せられた臓器を取り出す光景は子供の頃かなり怖かった」

 今では美味しそうだと喜々として捌いている姿しか思い浮かばないラグナーだが……

「そんな時もあったのかと驚ければいいのかホッとすればいいのか」

 悩むラグナーにヴォーグは自然と笑い声が飛び出した。

「だけど東に行ってからいろいろあって帰る場所はこのアルホルンが中心になった。
 城の部屋に向こうから持ち帰って来た本を並べたり、先生と一緒にいろんなものを作ったり。
 本当なら危ないから行っちゃだめだっていうアルホルンの最上階の先端の物見部屋で一晩中星空の観測をしたり、ああ、そのまま屋根の上で寝てさすがにおばあ様と先代に先生と師匠と一緒に怒られたな」

 いつの間にか楽しい場所に変わり、怖さも無くなり、冒険に満ちた好奇心で城内を探索して先生達と共に隠し部屋もひとつ残らず探しだし、隠された秘密の部屋の宝物を見付けてはいつかは自分も作ろうと子供心に決意をして、こっそりと作った隠し部屋にいろいろなものを隠していた。
 東で愛用した美しい魔石から削り出したペン軸だったり、先生の傑作の指輪や首飾り、耳飾りと言った宝飾品から先生とあの方が鍛え上げた黒の剣を始めたした物も幾つも並べてある。
 その中にはもちろんラグナーとの思い出の品も数々眠っていて、その由来も総て明記してある。
 何時かは誰かに見つけてもらえるだろうか?
 ふふふと笑いながら伸ばした手でラグナーの頬を撫でる。

「大嫌いな場所が楽しい場所になって、やっと少し居心地がよくなった所にラグナーは飛び込んできてくれた。
 俺はこれ以上の奇跡はないって今も思っている。
 これ以上幸せな時間はないって、俺の総てが報われた瞬間だと思った」

 自然と開いた唇に唇を重ねて

「ラグナー、一つ我が儘言っても良い?」
「お前の我が儘は我が儘じゃないって。全部俺の喜びだ」

 ラグナーは今まで我慢に我慢を重ねてきたヴォーグの願いならをひとつ残らず叶えたいと思っている。
 時々手酷い事も待ち受けていたが、ちゃんと理由あっての事だ。
 ラグナーの為にと考えての行動だと思えばこそ腹は立てど納得して見せるし、こんな告白を聞かされて改めてどれだけヴォーグを支えたのか聞かされればむずがゆくて仕方がない。
 首筋にすり寄る頭とかけてくる体重にラグナーは居心地がいいようにと手で支えれば

「ハイラがみんなを連れてくるまででいい。
 ずっと抱きしめていて」
「もちろん、いつまでも」

 擦り寄るヴォーグをラグナーは請われるまま抱きしめた。
 嬉しそうに擦り寄るヴォーグの頭に何度もキスを送れば幼子のように甘える姿をラグナーは抱きしめている中ヴォーグはそのままゆっくりと目を瞑り

 森中が沈黙した。




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