うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長は藪蛇をつついたようです

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 春を迎えようとするこのシーズン最後の閉めの大パーティの知らせを持ってブルフォードがやってきた。
 本日セラとの勉強会の為に城に残っていたイザムが出迎えからの対応をしてくれて二人仲良く来客用の部屋に並んでにこにことしていた。
 どうやらブルフォードにお気に入りの王都の菓子の土産を貰ったらしいイザムは上機嫌でここまで案内をしたらしい。
 ブルフォードは今まで見た事もないような安心しきった顔で俺の前に立つ理由はかわいい弟の前でさすがに意地の悪い事はしないだろうと言う事だろう。失礼な奴だ。
 芝居がかって差し出したのはわざわざ王印を押し付た封蝋の手紙で、剥がせば二週間後のファイナルには夫婦で出席する様にとの手紙まで入っていた。

「最初と最後は出るって言ってあるんだからこんなにも念押しをしなくてもいいと思うのに」
「今隣国を始めとした大陸中の国が動乱の中に居る事ぐらい知ってるだろう。
 ファイナルの時にはその事を含めて何かお言葉があるらしいと噂されてるからな」

 言いながら本日発行の新聞をテーブルの上に並べていた。
 その新聞のトップはどれもかしこも勇者が魔王の城に突入したと書いてある物ばかりだった。
 それを見て

「そろそろ決着がついたぐらいかな?」

 物語の中では魔王の城の中は時間軸が狂っていると言う。
 史実を残した勇者は魔王の城で何日にもわたる戦いを繰り広げたと言うのに戦いが終わって魔王の城を脱出した時は突入した次の日の夜だったと記録を残していた。
 フレッドもそれはどうだろうと首を傾げるも、招待状はハイラに預ける為に差し出されたトレーに置いた瞬間

 プチン……

 何かの糸が切れる音がした。
 思わずと言う様に周囲を見るように左右に首を振るも俺の突然の行動に誰もが不思議そうな顔をしていたこの音は俺だけに届いた音だと理解した。
 ただ音の原因が判らなく精霊眼でアルホルンに張り巡らした結界を見るもどこにもほつれた所はない。
 だけど何かが途切れる音がしたのは確かで……
 ふと考え込むように視線を落とした先には新聞があった。

「ああ、これだったか……」

 漠然とだが理解した。
 魔王対勇者の戦いに決着がついたのだろう。
 先ほどの音は精霊クウォールッツと精霊アルホルンの二人が交わした盟約を受け継ぐ魔王クウォールッツとアルホルンの息子の俺との間に引き継がれた盟約が終了した音だと理解した。
 
「何かあったのか?」

 ポツリとつぶやいて突如涙を一滴落したヴォーグに思わずと言う様に声をかければ、ゆっくりと上げた顔からまた涙が落ちた所で誰もがぎょっとしていた。

「兄上、いかがいたしました?」
 
 同じように驚くイザムは勿論顔には出さないものの静かに驚いて見せる元団とハイラも次の言葉を待つように注目をしてヴォーグを見つめていれば

「ああ、これは俺のじゃない」

 理由のわからない言葉に一瞬眉をひそめてしまえば

「ブルフォード、悪いが今すぐ城に戻って陛下に報告を。
 勇者が魔王を倒したと」

 何でそんな事がヴォーグにわかるんだと言わんばかりの視線からヴォーグは顔を背け

「今俺とクウォールッツとの間に結ばれていた盟約が終了した。
 それは勇者の勝利とクウォールッツの死を意味する。
 魔王によって統制されていた魔物が解放されただろうから注意する様に騎士団に連絡を。
 ファイナルにはひょっとしたら……勇者に物資の支援を大量にしたから彼が来るかもしれないからその準備と天藍の間の使用準備をゴルディーニに連絡」

 あとはだ……
 そう言って呟いたヴォーグはしばらくの間俺を眺め

「少し出かける。
 ファイナルには戻るから最悪王都で落ち合おう。
 その間アルホルンは通常業務を。
 緑の魔道士達にはいつものどおり薬を作らせておけばいい。
 フレッド、あの時ほどではないがこのアルホルンの森も騒がしくなるかもしれないから任せる」

 言いながら立ち上がり何か宙をさまよう視線は収納空間の中味をチェックしている時の視線だ。

「兄上、どこかに行くのですか?」

 すっかりお兄ちゃん子になっているイザムは心配げにヴォーグを見上げるも

「少しベンゲレール国に行ってくる。
 田舎だからこれと言った特産はないが、お前でも使えそうな短剣を見付けたら土産に買って来てやろう。
 腕のいい鍛冶師がいるんだ」

 言いながらポンポンと頭を撫でる様子にベンゲレール国と言えば千年前に勇者が起った国だった事ぐらいしか知らないこのバックストロム国から国を幾つも越えた先の物語の国だ。

「お前とてベンゲレール国まではこんな短期間では無理だろう」

 フレッドが何を言ってると言わんばかりに俺の肩を押さえていたが

「家出をしてた頃あちらの国に身を潜めていた。
 近道も通ってるし、魔王に詳しい御仁もいる。
 話を聞いたらすぐ帰って来るだけだから心配する必要はない」

 後は頼んだぞと言いながら部屋からテラスに出る扉を開ければそこから先はアルフォニアの木々が立ち並ぶアルホルンの森だった。
 本来は煉瓦造りのテラスと一面の雪化粧に包まれた庭が広がっているはずなのにと言う驚きはだいぶ慣れたつもりだが驚かずにはいられない。

「ラグナー、すぐ帰ってくるから風邪をひかないようにね」

 俺を抱き寄せておでこにちゅっと唇を押し付けたすぐ側から

「ハイラ、せっかくだからファイナルに向けてラグナーの服を見立ててあげてよ。
 クラウゼのお母様にお願いすればきっと良い様にしてくれると思うから。 
 クラウゼ隊長達を含めて面倒を見てもらえるかな?」
「承りました。
 ヴォーグ様とお揃いの衣装を見立ててきましょう」

 いつもの通り、不安な色を一切見せずににこにこと返答をするハイラの精神力は見事だと思う。こういう時にこそ学ばなければいけないと思うのだがそれでも言う事だけ言い残して森に足を踏み込んで追いかけようとする間に森の入り口を閉ざしてしまったヴォーグの後姿だけが脳裏に残った。

「ラグナー様、ヴォーグ様はすぐ帰ってくるとおっしゃられてました。
 不安な顔をせずとも信じて下さいませ」

 ゆっくりと慇懃に頭を下げる俺の顔が映るテラスの扉にはめ込まれたガラスには不安げなまでに泣き出しそうな顔だった。
 暫くの間無言が続く室内を終える為に俺は開けっ放しの扉を閉めてまた置いてきぼりにされた事を寂しく思うも今度はちゃんと帰ってくると言ったのだ。
 心配する事はないといつの間にかすぐ側に居たイザムを見て

「じゃあ言われたとおり通常業務に入ろう。
 イザムは今朝はセラとの勉強の日だったが、ひょっとしたらファイナルに連れてもらえるかもしれないからそちらの準備も一応しておこうか」

 王都は久しぶりだろうと、あれからずっとこのアルホルンから出ていない生活の為にたまには息抜きに連れて行ってやろうとヴォーグに交渉してやると言えば少しだけどこか複雑そうな視線が俺を見上げ

「それはありがとうございますと言うべきなのでしょうが、俺から見たらラグナーさんの方がマナーとか大丈夫って聞きたいんだけど……」

 イザムの背後で盛大に頷く元団とブルフォードに失礼なと睨むも

「だったら今日はイザムと一緒にそちらの訓練を徹底的にしよう。
 ハイラ、セラにそのように連絡を」
「承りました」
「待てブルフォード!
 お前でもそんな権限ないだろう?!」

 ちょっと待ってくれと手を伸ばすもさらりと俺の手を交わせば元団が

「こちらはそこまで忙しくないからな。たまには特別訓練も悪くないな。
 ハイラ、良かったらお前も参加して指導に当たってくれ」
「承りました」

 にこにことした顔は変らないのに何でそんな楽しそうな顔をしてるんだと心の中で絶叫する間も無く俺はイザムに連れられて練習用のサロンへと連れて行かれるのだった……








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