うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長は本当に大丈夫なのかと心配しておりますが焼き菓子を食べながらでは信じてもらえないようです

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 食事が終わり兄弟の会話と新しい家族としてラグナーを交えてイザムにアルホルンで何かやりたい事はないか話している途中にワイズが声をかけてきた。

「メロー様が到着しました」
「ようやくか。通せ」

 焼菓子を摘まむ俺をまだ食べるのかと言いたげなイザムの視線が不意に歪む。

「何だ?リオネルの事が嫌なのか?」

 ヴォーグに気を使って小声で聞けば

「あいつ兄上の……だろ?」
 
 いくらか含む所があるらしい。
 仲が悪いと言う様に喧嘩している割にはお互いを思いあっている仲の良い兄弟じゃないかとサクッとナッツが飾る焼菓子をまた一口食べる。

「俺だって男だぞ?」

 つまりは男で妾でと言うのなら男で妻と言うのはどうなんだと聞けば

「お、俺はあんたの事を尊敬しているからいいんだよ」

 意外な言葉が聞けた。
 地道に騎士を続けて来て良かったと思った瞬間だったが

「あの兄上の手綱を上手く引いてるって言うの?
 兄上をあんなにも翻弄させるのはあんたぐらいだろ」

 そう言う意味でかと思うも

「まあ、俺をここまで変えたのもヴォーグだしな。
 それぐらいの責任は取ってもらわないといけないな」

 うんうんと、まさか男と結婚したら宮廷騎士になったのだ。
 目標の自身の隊を持つ以上の成果はヴォーグあってのこの結果。
 だけど俺の目の前に座る義弟には「うわぁ」と何故かドンビキされてしまう。
 そんな小声でのやり取りをしていれば扉が開いて

「遅くなって申し訳ありません」

 リオネルがマリーを連れてやってきた。
 ワイズによって用意されていたイザムの隣の末席に案内されて着席をする。

「会合があったのなら仕方がない。
 寧ろ忙しい今日に無理やり来てもらって悪かった」
「旦那様がお気を使う事ではありません。
 所でお話はどこまで進みましたでしょうか?」

 マリーは壁際に居る護衛の宮廷騎士達の隣まで下がって待機をすればまだ紹介を受けてない執事の一人がリオネルに紅茶をふるまっていた。
 暖かな湯気の上るカップにその悴んだ指先を温めたそうに見つめているも、まだその時ではないと言う様に行儀よく膝の上に重ねて置いていた。
 俺なら迷いなく暖を取るのになとこう言う我慢と言う所作も必要なのかと覚えておこうと頭の中にメモを取るも多分無理だ。

「今はイザム様にアルホルンに行く事をご理解と了承をしてもらった所までです」

 ワイズの言葉にそうですかと言い

「旦那様よございましたね。またイザム様とご一緒出来まして」

 にこりと微笑むリオネルの言葉から弟大好きお兄ちゃんぶりの影がちらほら見える。
 確かに兄弟関係は悪くないと言っていた。それがいつの頃の話しかは考えた事はないが、今も弟大好きお兄ちゃんは変ってないと言う事は確かなのだろう。
 元団だってヴォーグが甘やかすのを良しとしないくらいの言葉を入れたぐらいだ。可愛がっていたのは考えるまでもないだろうと紅茶を口に含む。まぁ、ここまで守る所を見ればそれぐらいは理解しなくてはいけないのだが、案外わかりやすいなお兄ちゃんとニヤニヤしてしまうのは仕方がないだろう。

「今度はシルビオに預けるからどう影響されるか心配だが……」

 眉間に皺を一本入れながら考える様子に少しは信頼しろと言ってやりたいが信頼がどこにも見つけられなくて唸ってしまう。

「それよりもリオネルお前に紹介したい者がいる」

 キョトンとした後に少し顔をこわばらせた。
 何せ先日の夜会で愛している相手から妻を娶れと言われたばかりだ。それを想像してかリオネルの表情は硬くイザムも二人の関係や夜会での命令を知っているようで途端に無表情になってしまうも

「先日お前に執事を付けると話したがワイズが彼を推薦してくれた。
 名前はお前も知ってるだろうルネ・ワイズだ」

 ワイズの後継で養子の一人だ。

「何で、彼を……」

 震えるよう唇でヴォーグを睨むような視線に改めてルネ・ワイズを見る。
 体躯は細身だが長身で、笑えば人の良さそうな顔の作りと後ろに流した茶色の髪と瞳がいかにもこの国の人間の特徴を捉えていた。
 それに比べてセラや他の給仕を任されている者を見ればどこか貴族の血が混ざっていたりと少なからず華やかな面立ちが多い中で、俺はやっとリオネルが言わんとする所を理解した。

「彼は優秀だ。今後この家の中心を担うお前にはそれなりの教育の行き届いた者を与えるのはお前を指名した俺の心配りだ」
「だけど彼は!」

 そう言って立ち上がった腰は暫くのうちにまたストンと椅子に落ち着く。

「昔にお前とルネとの間にあった事はワイズから聞いている。
 執事としてあるまじき事だが、それを封じてお前に仕えると言うのだから信じろとは言わないが信頼ぐらいは置いてやれ」
「彼を頼るぐらいなら一人でも十分です」
「意固地になるな。
 何時までもマリーを頼る事は出来ないのはお前が一番わかってるだろう」

 祖母よりも年上だった彼女は今も背筋正しく昔と変わらない仕事ぶりを見せるもやはり老いには勝てなく出来ない事がいろいろと増えてきた。
 本人は決して口には出さないが、重たい商品、細かい商品、繊細な商品と言った取り扱いに注意の必要な物から細かな数字と文字の帳簿に苦戦する姿はもう誤魔化せなくなっている。
 そしてその姿を誰よりも知るのはリオネルなのだ。
 新たな助けが必要なのは誰よりも本人達が知っている。
 だけどヴォーグの口ぶりから二人の間にはただならぬ仲と言うか何と言うか……

「昔何があったんだ?」
「お前はそれをここで聞くのか……」

 頭が痛そうに頭を垂れる元団に知らないのは俺だけなのかと公然の秘密なら聞いても良いよなとヴォーグを見れば苦笑しながら説明してくれた。

「もう十年以上昔の話しだよ。
 まだ十代だったリオネルに心底惚れたこいつは結婚を何度も申し込んでその数だけ断られ続けて最後は力尽くで押し倒そうとしたんだ。勿論未遂だが使用人が俺の私物に手を出したと言っておばあ様が屋敷から追放しようとした所をワイズが頭を地に付けてまで許しを求めた。
 あの時の俺は二人ともどうでもよかったが、今は心を入れ替えてヴェナブルズに仕えてくれている。そこは評価をしている」
「だからってわざと一緒にするか?」

 ラグナーは賢い選択じゃないなと言うもヴォーグは肩をすくめて

「それでもこれが一番数字に強く読解力もある。
 リオネルの側に置くならこれが一番能力が合うんだ」
「そう言う面だけで配置を決めるといつか手痛い事に繋がるぞ」

 もっと人を見ろと言うも判ってるとヴォーグは頷いて

「だからこそこれから判断するんだ。
 嬉しい事にワイズの教育はこれ以外もどれも公爵家の使用人として恥ずかしくないレベルにしてくれている。
 すぐに変える事ぐらい出来るから、まずは二人でやらせてみるんだ」
「凄い信頼の預け方だな」

 俺としては反対で嫌味のような言葉になってしまうがヴォーグはひょいと肩をすくめて

「リオネルの代わりは早々に見つける事はできないだろうがこれの代わりはいくらでもいる」

 ヴォーグは俺からルネに視線を移し

「前はワイズが頭を下げたからお前は首の皮一枚で助かったが、次はワイズがいくら頭を下げても無理な事を理解し、それどころかお前を助けた事でワイズも去らなくてはいけない事を覚えておけ。
 お前の恩人であり、そして父と呼んだワイズを生かすも殺すもお前の行動一つで決まる」
「肝に銘じております」

 深く頭を下げる姿にこれならヴォーグの言葉を信じても良いと思うも本当に自制が効くのか、余計ギスギスとした関係になるのではと不安は尽きない。
 そんな光景を見守りながら焼き菓子を口に運べばいつの間にか幾つもの焼き菓子が並んでいた淡いグリーンのプレートは空っぽになっていた。
 思わず空っぽのプレートを見てしまったと思うも

「なんかイメージ違うね?
 菓子なんて食べそうな顔をしてないのに甘い物が好きだなんて」

 イザムの呆れた声に気付いた侍女によって慌てるように焼き菓子が追加されたが

「基本出された物なら好き嫌いなく食べるぞ。
 特に菓子なんてアレクに出会うまでほとんど食べた事はなかったからな。
 好き嫌い以前に食べる機会があるのなら食べる事にしているし、頭を使うような時もつい食べてしまうな」

 そう言って新たに出してくれた焼き菓子を口に運ぶ。ジャムを乗せたカラフルなクッキーは紅茶によくあっていくらでも食べれるなとついつい食が進んでしまう。

「ラグナー、お菓子ならいくらでも食べさせてあげるからね。
 俺頑張って働くからお菓子以外にも食べたい物があれば我慢しないで言ってね!」
「わ、私も珍しいお菓子があればすぐに取り寄せます!」

 俺を甘やかそうとするヴォーグならわかるが、何故かリオネルまで協力的なのを不思議に思うも既にルネとリオネルの話題から最近流行の菓子屋の話題に移っていた事に、そしてさっきまでの殺伐とした空気は無くなったのでまあ良いかと元団と義弟の白い視線を受け止めながらまた焼き菓子を口に運ぶのだった。




 







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