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うちの隊長は実はイヌだと思ったと言うのは最後まで言いませんでした。

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 口を開けようかとして何度も閉ざし、どういうべきかと暫し視線が宙を彷徨わせたあと何か決断する様に一つ頷いていた。
 何もそんなに筋書きを作らなければと思いながら待っていれば予想もしないかわいい事を言ってのけた。

「それは私がまだ学生の時に作った物です」
「は?」

 俺の代わりに気の抜けた声で素直に驚きの声を上げたヴォーグに少しだけ感謝しつつも、たぶんクマと疑問を持たなければならないヘタクソな理由がなんとなく理解できた。
 少しだけ頬を染めてどこか恥ずかしげな元団(もうすぐ四十歳)は

「それはルードが四歳の誕生日のお祝いに私が作って贈った物でした」

 顔を真っ赤にしながら大して重要でもないのに二度言った。
 ちゃんと聞こえていると言いたげな顔のヴォーグも呆れていたがそれが何でエリオットの腕の中にあるのかなんて聞く事は今は出来ない。

「学校で四歳の子に何を贈れば喜んでもらえるか当時仲の良かった学友とそんな話をしていて、裁縫の得意な令嬢にぬいぐるみを進められた。
 買いに行こうと思ったのだがせっかくだから作ればと勧められて、後は縫うだけの状態まで準備をしてくれて、何とか作ったのがその人形だった」
「なんというか、その努力を見事無下にしたな……」
「何度も手助けしてもらえて辛うじてクマの形になったのがそれだ。
 そのリボンの名前の刺繍はさすがにやってもらったが……」
「四歳なら俺が覚えてないのは仕方がないと思うが何で殿下が持ってるんだ?」

 この様子ではさすがにプレゼントをしたとは思えない光景だった。

「六歳を過ぎて暫く経った頃、このぬいぐるみが忽然と無くなって……
 修行先にお持ちになられたのかと思ってました」

 誰の胸にも苦い思い出が広がった。
 それはちょうどあの悲劇があった頃、ヴォーグの誰もが口を閉ざす時の話しなのだから。
 そしてその言葉を繋いだのは予想に反してエリオットだった。

「羨ましかった。
 あの時の俺はルードの総てが羨ましかった。
 バックストロムの剣の称号はもちろん家族に愛されている様子も、そして兄のような従者も総てだ。
 もちろんバックストロムの剣の称号が発覚する前からそれはずっとで、素直に甘える事の出来る性格も誰彼かまわず笑いかける事の出来る性格も、そして感情に任せて泣く事も総て許されるルードが羨ましくてしょうがなかった。
 子供の時から何不自由なく育った俺なのは自負している。
 だけど誰も俺の為に何かを作ってまでプレゼントをしてくれると言う事はなかった。
 このぬいぐるみは俺にとってあこがれの象徴だったんだ」

 ゆっくりと顔を上げれば涙を袖に吸わせた後の泣き止んだ顔がぎこちない仕種で俺達を見上げていた。

「ルードは覚えてないだろうがこれを貰ってからお前はこのぬいぐるみといつも一緒だった。
 俺の所に遊びに来る時はもちろん遊びに行った時もいつも一緒だった。
 食事の時もおやつを食べる時も寝る時も。
 俺にバックストロムの剣のごっこ遊びをさせた時でさえこのぬいぐるみはヴォーグの手に握られてて他のぬいぐるみとは別格だった。
 ただ最悪だったのが風呂にまで連れ込んで、酷い型崩れをして……
 あの時は大変だった」
「はい。作るのを手伝ってもらった学友に頼み込んで中の綿をすべて入れ替えなければいけない事になって、しばらく預かってる間ルード様はお部屋に籠ってしまいました」

「かわいいなぁ?」
「さすがに覚えがない!」

 すがすがしいまでに自分の幼少の話しを知らないと言い切れるのは四歳児の話しだからだろうか。

「そうこうして直してもらって再びルードの手に戻られてやっといつもの通りに戻りましたが……」
「俺にはそれすら羨ましかった。
 汚れた物、壊れた物、そう言った物はすべて新しく取り替えられる物だと思ってたからあのぬいぐるみが再びルードの手の中にあった時を見て俺はどうしようもなくそれが欲しくなった」

 それが殿下が今もずっと隠し持っていた理由なのだろう。

「あの事件があった日、お前に会う前に一度訓練を受けていた屋敷で休息をしていた。
 その時にお前の部屋を見せてもらって寝室の片隅に落ちてたこの人形を見つけた。
 お前があれだけ大切にしていた人形がこんなにもぼろぼろになってるのを見てここでの生活に俺は疑問を覚えた。
 だけどお前に対する嫉妬心がそれを認めさせてくれず、その時に大切にしないのならと黙って勝手に持ち帰った」

 総てに恵まれているはずの王子のした事に何も言えずに、そして視線を合わせない様に地面を睨みつけている姿をみれば

「その後すぐのあの事件。
 俺は恐ろしくて言い出せず、返す事も出来なくて誰にも見せないままずっと俺の所にあって、今では俺の罪の象徴になってしまった……」
 
 だから幼いながら一生懸命自分を正そうと自ら選んだ師に頭を下げて学び、内ばかりではなく安全を約束されていない外の国に飛び出して学び外の国から自国を見る。
 ラグナーもヴォーグも知らないが傍らで見ていたアヴェリオはあの事件までに至るエリオットのしてきた事を顧みて何を今更と言われ続ける針の筵のような城の中で信頼を勝ち取るのは生半可な事ではなかった事を知っている。
 
「俺に足りない勇気を奮いたたせるのは今も恐ろしい。
 だけどたった一言の助けを求める事も出来ない弱い俺だが、その後に繋がる悲劇をもう無視する事は出来ない。
 あの時この宝物のぬいぐるみの姿に俺が声を一言上げればひょっとしたら何か変わっていたかもしれない。
 ジェフもあんな真似をしなかったかもしれない。
 あの時たった一言も言えなかった俺がお前の人生を狂わせたと言っても良いと思ってる。
 お前はあんなにも助けを求めていたのに……
 なのに俺の側にはこのぬいぐるみがあった。
 それが正しい事か?
 何時も自分のした事あの時を思い出しては問いただされていた」

「エリオットの心の拠り所になってたんだね」

 ヴォーグがそっと囁くように零した一言に静かに頷いてまた静かに涙を落していた……
 静かにしゃくりあげる声を必死に隠しながら今も自分の罪に向き合う殿下にヴォーグは俺を引き寄せながら

「フレッド、そのぬいぐるみを直しておけ」

 困惑を浮かべる従者は今の殿下から取り上げていい物かと宙をさまよう視線だが

「綿も詰め直してやれ、目のボタンも新しいものに変えてあげろ。
 いくらなんでもそのほつれた姿のままでは可哀想だ。
 ああリボンも新しく付けないとな。
 そうだな。
 どうせならもう一体クマのぬいぐるみを作ってくれ。
 何時までも一人ぼっちじゃ可哀想だろ?」

 それだけを言って近くにいた宮廷騎士に

「俺はもう下がる。
 殿下を陛下の元にお連れしろ。
 俺の警護はラグナーだけで十分だ……が、悪いがワイズを連れて来てくれ。少し話がある」

 そう言い残して屋敷の中に俺を連れて入ろうとするも、思わず後ろを見てしまった背後の出来事は見ない方が良かった。
 あの元団が今にも泣きだしそうな顔で待ってくれと伸ばした手の行き場のなさに目を反らすしかない姿なのだから、ヴォーグの奴は過去のわだかまりを既に乗り切って随分とあの二人を気に入ってるんじゃないかと思う事にして置いた。









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