うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長は語る願いに何もできなく歯がゆく思いながらも聞いています。

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 思わずと言う様に、その顔に亡き友の面影を見出したのかのように一歩前に足が出たエリオットとあの惨劇を知る王と王妃の顔は真っ青だ。
 背後からも「そんな!!」と、知った声が幾つも悲鳴を上げていた。
 まさか関係者を、しかもこんなにも身近な所に置いておくなんてとヴォーグに正面から睨みつける視線に何でそんなにも睨みつけられなくてはと小首をかしげる。
 
「この事はシルヴェストル家も了承済みです」

 ふいにそれた視線の先を追いかけるように振り向けば現シルヴェストル家当主のどこか幼い顔が不安そうな色を隠せずに頷いていた。

「そしてこの者を今頃儂に紹介してどうするつもりだ」
 
 苛立気に、ヴォーグの腹の中が読めんと言うような顔の陛下はそれでも冷静になろうと感情をそぎ落として行く。

「まずは一つ。
 うっかり三十になっても社交界に出した事がなかったので。
 今後ひょっとしたら俺の代わりに出てもらわないといけない事もあるだろうからとりあえずデビューさせておこうと思って。
 近いうち改めて俺の持つメロー男爵の爵位を正式に与えようかと思っております」
「ああ、百年ほど前にウィングフィールドが隣国に食糧支援した時に与えた爵位だったな」
「はい。名実共にあの店をこの者に与えても良いと判断しました」
「お待ちください旦那様、私はまだ……」
「喋っていいとは言ってない。
 それにこれはお前の成長の一つだからこれからの仕事の為に足場を作っただけに過ぎない」

 勘違いするなと冷たい声で言うヴォーグは今は貴族様モードのようだ。
 その証拠に既に花は散りいつの間にか総て床に落ちてしまっていた。
 俺もまだ明るくないヴェナブルズの家の事なのでここは口を挟まないようにと黙って背後から何やら文句を言っている人達に注意をしておく。

「で、この者に爵位を渡してどうするつもりだ?」

 何を考えてると陛下はさらに促す。

「ヴェナブルズの世話をさせようかと思っております」

 背後からの悲鳴と陛下の正気かという視線にヴォーグは何そんなに慌てる事がと小首をかしげていた。

「ヴェナブルズの防衛に付いては今後もアヴェリオ家が努めましょう。
 そして財産面は今はワイズが務めてますがそれも年齢から長くも続く事はないでしょう。
 なのでその後継としてリオネルに継がせたく思います。
 よければリオネルの補佐にどなたかつけて頂けると陛下も安心されると思いますが?」
「当然だ。何でヴェナブルズにシルヴェストルを入れる……
 何てことだ……」
「まぁ、それなりにこれは使えて気に入ってはいるので。
 そもそも最初はシルヴェストルの当主の補佐にするつもりで育ててましたが返すのがもったいなくなりまして」
 
 朗らかに笑う物のそれはどういう意味だろうかと考えてしまうのは俺の小さな嫉妬心だろう。
 これは嫉妬しても良い懸案なのかと思うも

「私に何かあった時残されたラグナーがアルホルンからこちらに戻った折りにいつまでもクラウゼ伯に世話をさせる事はできませんので」
「なるほど、伴侶の今後の事を考えての事か……」

 だけどそれはそれで大丈夫かという視線はたぶんリオネルとの関係についてうすうす感づいているという所だろう。
 百人いれば九割以上はリオネルを美しいと評価するだろうその姿に陛下の顔は今や複雑そうに困惑の極致にいた。
 
「まぁ、何かあればフレッドが何とかするでしょう」

 凄い人任せだなと思いながらも元団長殿もきっと複雑な顔をしてるんだろうと思う中続きの言葉に瞠目。

「それに付きましてどうぞ陛下よりフレッドに妻を与え下さい」
「は?」

 間抜けな声が背後から聞こえた。
 思わずその間抜けさに顔を反らして吹きだしてしまえば正面に座る陛下も妃殿下もそっと顔を背けていた。

「彼には元気な子供を作ってもらいヴェナブルズを守ってもらわないといけないので。
 俺からの要望は健康な子供を産んでいただければ選り好みはしません」
「ルー……、アルホルン公お待ちください。
 後継は弟に、そしてその息子にと……」
「悪いがそれは無理になった。
 言いそびれていたが弟に付くような者達にラグナーの住むヴェナブルズは任せられないからな。
 俺が言うのもなんだがたまには家の事を気にしないと全く知らない家になってるぞ」

 唖然とした顔で背後にいるだろう弟に振り替える元団から溢れる殺気は戦場に降り立った時の物。
 その気迫に一瞬息をのむも

「お前は一体何を考えている」

 既に王としての仮面を外して呆れかえったようにヴォーグの暴挙とも言うべき事の意図を吐けと言えばヴォーグは目を閉じて

「俺なりに考えてみたのです。
 陛下や先生達のおかげで俺はバックストロムの剣としてたぶんどの代よりも幸せに過ごせたのではないかと思っております」

 言えば妃殿下がそっと陛下に寄り添っていた。

「先代の記録は残されてなかったものの、きっと不安を抱えて過ごしていたのは想像に容易く思います」

 確かにバックストロムの剣として生まれて周囲から期待を押し付けられただろう様子は想像しなくても理解が出来る。

「なので次のバックストロムの剣を育てるに当たり居場所を作ってあげなくてはならないと思いました。
 後宮の屋敷ではなく広々とした場所、それこそ安全面と広さを考えればヴェナブルズの屋敷がちょうどいい。
 本当はアルホルンが一番なのですが」
「居場所か……」

 親から取り上げられ国王の目からも隠された場所で育てられた僅か一年で壊れたと言ったヴォーグは時折その時を思い出させる顔をあの夜のような姿を今も寝ている間に見せ俺は気づかないふりをする。
 癒える事のない傷をおったままでも俺に笑みを向けるヴォーグの強さに俺も守られているように次のまだ見ぬバックストロムの剣を守ろうとしているのだろう。

「私が用意してあげれるのは次のバックストロムの剣にヴェナブルズの名前と屋敷と環境与える事です」
「待て、それはつまりバックストロムの剣をお前のヴェナブルズの後継にする、と?」
「はい」

 止めて!!!

 女性の悲鳴が聞こえたがそれは多分ヴォーグの母親の声だろう。
 駆け寄る足音とそれを阻む剣が抜けられた物音と悲鳴。
 振り返るまでもなく想像の付く出来事に最後まで振り返ることなくヴォーグは背筋を伸ばして立っていた。
 やがて静かになるもその後その周辺で小さくざわついているものの難しい顔をする陛下はただあっさりと無視をしているヴォーグを見て溜息を吐く。
 この親子関係の修復を諦めたとでも言いたげな物だろうが本当にそれでいい物かと思うも

「私にはラグナーがいます。それ以外はいりません。
 そしてアルホルンの名前を選んだ通り子供も要りません」

 淡々と静かに告げるヴォーグの声は散々悩んできたと言う様に何もない一点を見てそれだけに向かって語っている。

「私が選んだ幸せを、私の望んだ幸せをどうかお許しください」

 それは次のバックストロムの剣が産まれるまでヴェナブルズは空席になるという事。
 爵位は一度王家に戻されて王家は責任を持って次のバックストロムの剣が産まれた時に与えると言う事。
 その間の屋敷の維持と管理は背後の二人に任せると言う物。
 だけど百年以上の周期で発生するバックストロムの剣にアヴェリオ家はともかくと言う様にリオネルを見れば、彼は顔を青くして次の言葉を待っていた。

「リオネルもシルヴェストルの血筋を持つ以上妻を娶りその血を残せ。
 残せないというのなら養子を迎えて自分が育ったように育てろ」
「……承りました」

 長い沈黙の後彼がどちらを選択するのか知らないが、決して自分が選ばれない事は判っていただろうも差し出された選択に静かに涙を落していた。

「だがなアルホルンよ、儂がお前のその願いを受け入ると思っているのか?」

 考え直せとは言わないものの、もう少し考えろと言う陛下の小言にヴォーグはそっと手を陛下へと差し出して

「陛下にはこの願いを受け入るしかありません」

 その手の平の上には小さな黒い種が一つあった。











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