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うちの隊長は名前が変わったようです

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 役所の中では花束を抱えた細身の男が泣いていた。
 嬉しそうに周囲の人達と固く握手をする様子にラグナーがああ、今日だったかと何か思い至ったように小さな声で呟いたのが聞こえた。
 ちらりと時計を見れば夜勤務の時間を迎える数分前。
 やたらと人が多く思えたのは入れ替えの引き継ぎ時間だからと気が付いた。
 ちらりと見れば何か思い至ったようにラグナーが笑みを浮かべ俺を見た。
 何をやるのか理解できれば苦笑するしかない。
 が、その前にラグナーは別の方に足を向けて二人の人物に声をかけた。
 住居の変更手続きをする場所。変更してから十四日以内に手続きを完了しなくてはならないこの国の法律では結構ギリギリまで家さがしをしたのだろうかと考えてしまう。

「よお、お前ら隊舎を出るのか?」
「はい、副隊長から金のない新人に隊舎を譲るように言われたので……」

 弾かれたように振り返った男達は驚きから声をかけた人物の顔を理解すれば一面の笑顔に

「隊長お久しぶりです!」
「宮廷騎士の制服、良くお似合いです!
 ヴォーグさんもお久しぶりです!
 相変わらず貴族の姿が似合ってませんね!」

 無遠慮な挨拶に思わず笑ってしまったヴォーグは目の前の二人を懐かしく

「お二人ともお久しぶりです。
 聞きました、レーン小隊を出て小隊長になったと。
 昇格おめでとうございます」
「ありがとうございます!」

 大公と下級貴族だと言うのに握手を交わす光景はあまり見られない、そして誉められた事でもないがヴォーグ達三人はかつてここで修羅場を経験した戦友だ。
 そんな偶然の再会に笑みを浮かべていれば一歩離れた所でラグナーがイイ笑みを浮かべていた。
 二人ともその笑みに気づいてなんとなくものすごくとてつもなく嫌な予感を覚えれば行くぞと三人を連れて花束を抱えて涙を浮かべている人物の下へと向かった。

「ようラビ、今日が最後だったな」
「ラグナー!来てくれたのかって、お前アルホルンじゃないのか?」

 花束を持っていつ終わるのかと言わんばかりの送別の場から主役が離れれば誰ともなく仕事に戻ろうかと持ち場に戻るも突然のラグナーの出現に女性達が色めき立った。

「まぁ、そういう細かい事は置いといて、婚姻届を一枚くれ」
「婚姻届?何だ後の奴らの保証人……と言うかヴォーグも久しぶり!
 お前勝手にアルホルンに引きこもるからこいつのお守り大変だったんだぜ?」
「ラビもお久しぶりです。
 これからはうちで引き取るので安心してください」
「頼む!
 こいつ休みのたびにアレクの家に居座ってぐずぐず泣いて鬱陶しいんだよ」
「それはご迷惑を。
 以降そのようがないように努めますので」
「せめて泣かせるならベットの中にしてくれよ」
「ベットの中だけで収まるでしょうか」

 至極真面目な顔をして悩む姿にラビは大笑いするも俺は恥ずかしいと書類に名前を記入してヴォーグに渡せば、ラビと話をしながらさらさらと署名をしていた。
 そして当然のようにかつての修羅場再びと言わんばかりの二人も既に諦めたという顔で署名をすればラグナーはラビに渡し、ラビはヴォーグと話ながらろくに確認もせずに最後の仕事と言いながらポンポンと印を押す。
 そして背後にいた人に渡せば背後の人も困ったかのような顔で俺達に本当に良いのかと言わんばかりの視線をよこしていたが、かまわんと言って処理をさせた。
 背後で頭を抱えているかつての部下は近くのベンチに座り込んでいるし、俺の身分証明書を再発行している間にもヴォーグは久しぶりのラビとの会話に花を咲かしていた。
 内容は如何にラグナーがアレクの家で酒と二日酔い三昧だったかを愉快に話すのをヴォーグは笑いながら他にもと聞いていた。
 俺はかなり恥ずかしかったが宮廷騎士団の身分証明の再発行が終わり無事受け取りにこにことしてしまう。

「ヴォーグ、終わったぞ」
「相変わらずこちらの方の仕事は早くて素晴らしいですね」
「ふふふ、どっかの隊みたいに家に帰れないような職場じゃないからな。
 ともあれお二人さんお幸せに」

 最後にいい仕事をしたと言わんばかりの満面の笑みのラビに二人は項垂れた。
 あまりに予想外な様子にどうしたんだと言う様に後ろのあと残り数分の部下に聞けば

「結婚なさったのはシーヴォラ伯とアルホルン大公です。
 本当に良いのですか?アルホルンの大公って婚姻に制約があったと思いますのに……」

 知らないぞーと言う視線を受けたラビはぎこちなくラグナーとヴォーグを見て

「お、お前ら……」

 顔を青ざめるラビにラグナーは知らねーと言うようにそっぽを向くも

「その点に関しては大丈夫です」

 ヴォーグがにこやかな笑みを浮かべれば本当かと言う様にカウンターを乗り越えてヴォーグの手を握りしめていた。
 ラグナーはその手を睨みつけるもラビはひしと握りしめて離さずにいる。

「正しくは婚姻関係を持っての子供を残す事が禁じられています。
 一代限りのアルホルン大公なのでアルホルンの城の財産を受け継ぐ権利を発生させないための処置です。
 養子も認められてないし、婚姻関係を結んでも伴侶には一切の相続の権利はありません。
 アルホルン大公の物は総て次のアルホルン大公の為の物なのでそのような特殊な制約を課せられてます」

 言えばラビの両目から滝のように涙が流れ

「良かったああああああ!!!」

 両手を突き上げてのガッツポーズ。

「最後の最後でとんでもないポカをやったと思って刑罰問題まで発生するかと思ってたぁぁぁ!!!」
「さすがにそれはないですよ」

 ラビに大丈夫だよと朗らかに笑うヴォーグは

「何か言われるのなら俺の方です。
 フレッドに最近大人しくしてると思えばそう言う事を一人で勝手に決断するな、一言先に言うなり相談しろってねちねち言われるのが今から目に浮かびます」

 ウンザリと言う様に項垂れる。
 誰と泣く失笑する中俺はその肩に手を乗せて

「まぁ、俺も一緒に聞くから。
 俺は慣れてるから、良ければ目を開けたまま寝るコツを教えるぞ?」
「さすがにそれは良いです」

 苦笑するヴォーグはひょっとしてその対策で目を開けたまま寝るなんて真似が出来るようになったのかと考えてしまうが

「何はともあれラグナーはこれでラグナー・シーヴォラ・アルホルンになりますね」
「そう言う風になるんだ?」
「俺が死んだらアルホルンが消えて強制的にシーヴォラ性に戻るので」
「そうか……」

 短い限定的な名前。
 ヴォーグ・シーヴォラも短かったが、それでも特別な名前になるのだろうとラグナーは身分証明書に新たに書かれた名前を眺めて深呼吸を一つ。

「ならアルホルンに帰ろう。
 ラビもお前達も付き合わせて悪かったな」
「ラビにも改めてお祝いを贈ります。
 皆さんもお付き合いありがとうございました」

 言いながらヴォーグはラグナーの腰に手を回してエスコートする姿を誰もが疲れたように見送る。
 慌ててラビはまだ話は終わってないと追いかけるも通りのどこにも二人の姿はなく、陽が沈みだして人通りの少なくなった通りに寄り添う姿はついぞ見つからなかった。
 どこ行ったと懸命にきょろきょろするラビをからかうかのようにすぐ傍らにはアルフォニアの枝が揺れていた。 
















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