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うちの隊長は自分で思ったよりも嫉妬をしていたようです

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 勇者の話しをしているうちにいつの間にかヴォーグは眠りに就いていた。
 さっきまで色々な話をしてくれていたのに少し口を閉ざしていたと思ったらもう眠っていたのだ。
 シーヴォラ隊にもいないような見事なまでの食いっぷりに感心しながらも一瞬目を離した合間に眠っていた姿を見てお腹がいっぱいになったら寝るってどこの子供だって呆れてしまうが、でも頬を突いても目を覚ましそうにない様子に髪をひっぱたりして遊んでしまう。
 どこまで許されるのだろうかと唇を摘まんでみたり鼻を抑えたあたりで

「シーヴォラ、ルードを上で寝かせて来るから離れなさい」

 しっかり元団長に見られていても俺何もやってないもんと言うように素知らぬ顔をして手を引っ込めるのだった。
 アレクもレドも冷たい視線で俺を見るが

「城には戻らないので?」

 団長もいるのだしとアレクは言うが

「あれだけ食べれば朝には回復するだろう。どうせ朝にはまたここに来なくてはならんのならこのまま部屋を借りて休む方が安全だろう」
「本当に大丈夫なので?
 私が知る限りこんなに無防備になる事は初めてなので……」

 店主も不安そうに言うがこの店に泊まるという言葉に少しだけ嬉しそうな顔をしていたのを見てちょっとムッとした。

「本当は城に戻るべきなのだろうがこの状態を連れて歩くのも危険だからな。
 今宮廷騎士達に応援の連絡を入れた。
 悪いがベットの準備を。
 シーヴォラ達も悪いが宮廷騎士が来るまで代わりに護衛を頼む。
 店主も問題はないな」
「はい。そう言う事でしたら構いません」
「寝室前にクラウゼ、表にレドフォード、裏にシーヴォラの配置だ。
 理由はクラウゼとシーヴォラを表通りに面した所に配置すればたちまち面倒になる。
 厄介な事があるとするなら裏からだとシーヴォラの鼻の方が確かだ。
 宮廷騎士が来る間までルードを守れ」
「承りました」

 瞬時に背筋を伸ばし意識を切り替えて敬礼をする。
 元団長に指示されるいわれはないが、それでも要人の警護となればそれは別だ。
 あの時みたいにキスしても目を覚まさないこの状態のヴォーグを目を覚まささせる方法なんてない。
 自然に起きるまで待つしかない。
 とてつもなく長い時間が流れたあの数日を思い出して二度と目を覚まさないのではと心が凍えそうになった日を思い出してしまう。
 扉一枚越しで会えない寂しさを募らせるぐらいならある程度の距離があった方がまだ気は紛れる。いや、本当はベットの片隅にいれたらと思うもここは俺の居て良い場所では無い。ヴォーグの家にブルフォードが来た時のように堂々と守る事が出来ればと思うも今の俺に出来る事はただヴォーグを思うだけ。
 久しぶりに無力だという事を思い知らされた。
 とは言え少しでも話しが出来た喜びは大きい。
 ニヤつく浮かれた顔を見られるのは勘弁してほしいからちょうどいいぐらいだろう。
 
 楽にしていた隊服をきちりと整えて宮廷騎士が来た時の合図を確認して配置に着く。
 たとえそれが半刻よりも短い時間かも知れないかもしれないが、それでも周囲の状況さえ理解できないぐらい無防備なまでに深く眠るヴォーグを守る。
 あいつを守れる事が何か嬉しいなと思いながら裏手に位置付けば閉店後の整理と明日の準備をする店員達が開店時間と変わらず働いていた。

「普段見れない光景だが、閉店後も忙しいんだな?」

 思わずと言う様に声をかけてしまうも、どちらかと言えば俺達と言うか俺は招かざる客だ。
 店員に愛されている店主のライバルと言うか敵と言うか、ほんの一時の邪魔者となる俺に何だか言いたそうだがそれは辛うじて呑み込み
  
「メロー様が売り上げの計算を終えるまでは仕事は終わりではありません。
 今の内に出来る事をして明日に備えるのが我々の仕事です」
「メロー……
 リオネル・メローと言う名前か」
「何かありましたか?」

 すいっと厳しくなる視線だが魔族と対峙した後ではどれもこれもみんなかわいく見えてしまう俺はうっすらとした笑みを浮かべ

「今更だが名前を知らなかったな、と」

 今度こそ店員は鼻息荒く俺の目の前に迫ってきたが

「俺はヴォーグから何も教えてもらってない。
 聞かなかった俺も悪いのだろうが、未だに何も教えてもらってないと言うのはキツイな……」

 扉横の壁にもたれなが星空を見上げる。
 窓から零れ落ちる明かりのせいで星の数は少ないが、背後から聞こえる賑やかな声は当分収まりそうもない。
 賑やかな声なだけに反対に心が沈み込んでいく俺の隣で話しかけた店員がしゃがみこんでいた。

「俺はさ、店主が来る前からこの店で働いていてよ……
 店主が来る前までは俺が次の店主になるんだって思ってた若い頃もあったんだ」

 にへらと遠い夢を思い出して笑う男の笑みに力はない。

「会長がまだ十四かそこらのガキを突然連れて来て店主に預けてな。
 預かった日、店主はそりゃ顔色悪くして頭を抱えていたさ。
 心配になって相談に乗ろうとするも店主は一切口を割らなかった。
 会長はそりゃメロー様につらく当たるし店主も反論も許されずだし、だけど全身で今にも死にそうな顔で色んな所に勉強と言う口実で連れて回ってさ。
 あれは俺達から見ても異様ででもかばいきれなくて巻き込まれたらかなわんって腫れもの扱いしたさ。
 だけどある日を境にメロー様はやる気を出して、今まで嫌がっていた勉強とやらも率先して学びに行くようになってよ。
 何があったと思えば店の奴らが恋をしたんだってからかってたな。
 まぁ、間違いじゃなかったが……
 今の会長の妾としてガキの頃から仕込まれて無視されてたらそりゃ病むわな。
 一時期頻繁に倒れてた時があって、だけどある時を境に、例の日だな。
 途端に綺麗になってよ……
 仕事もそれまでとは比べ物にならないくらい頑張りだして、前の店主がぽっくり逝っちまってこの店はどうなるんだっていう時でもメロー様は一人でこの店を支え続けたんだ」

 そして項垂れる様に地面と睨み合って

「まさかあんな事情があったとは思いもしなかったが、俺達としては大人の思惑であいつのめちゃめちゃになった人生が少しでも楽になればと思っている。
 もちろん俺達だって隊長さんの噂話ぐらいは知ってるさ。
 店主にも負けないくらいの人生だろうが、それでも俺達はメロー様をずっと見守ってきたんだ。
 そしてここはささやかながらメロー様が幸せでいられる場所。
 来ないでくれとは言わない。
 だけど少しだけ許して欲しいんだ。
 今日付けてた髪飾りは先日会長からもらったばかりで、よっぽど嬉しかったんだろうな。
 貰ってから毎日つけてて見てる方が幸せになる」

 あの銀細工の髪飾りの事だろう。
 大切そうに、勇気を貰うように伸ばされた指先は縋っていると言っても構わないだろう。
 ヴォーグからもらったと言われて納得する。
 俺と同じく与えられる事が少なかった人生の中で何と言って渡された物かはわからないのだが店主にとっては宝物なのだろう。
 少しだけ羨ましいなと言う思いを隠しながら

「確かにあの髪飾りは良く似合っているし、残念ながら俺にはそれを飾るような髪はない。
 ちょうどいいじゃないか」

 言えば鼻白んだ顔がそっぽを向いて

「何だ。嫉妬しないのか?」
「いや、これでも十分嫉妬してるさ」

 俺をほかって置いて視線で会話した先程の様子。
 何があったかは想像の内だが、店主のあの恥じらい様は何かした証。
 妾だから当然何かあるわけで、店主以外も視線を彷徨わせた様子に何かあったのは明確だ。

「こんな時もっとガキみたいに喚きたてたら楽なんだろうがなって思うが、散々鍛え上げた自制心ってのは厄介だな」

 戦いの場でどれだけ一人でも多く部下を連れて帰るか冷静でいる為に何度も歯を食いしばりながら我慢をしてきたが、半年前の城内戦ではあっさりと放棄した俺に団長の嫌味が炸裂した日も思い出した。
 ガキのようにヴォーグを奪わないでくれと言えればいい。
 ヴォーグにも合わないでくれと言えればいい。
 ヴォーグは嬉しそうに頷いて俺の言う事を聞くのだろうし、人の良さそうな店主も髪飾りの思い出があればと聞きいれるのだろう。
 それは間違ってもやってはいけない選択で

「たいちょーさんよ、難しい顔してるなぁ?」
「どう言う風にすれば誰も傷かずに済む方法がないかなと模索している所だ」
「ああ……
 それは難しいなぁ」
「考えるのは一番苦手なんだ。
 もっと直観的な事なら判断できるんだが」
「そりゃ怖い事で」
「他に余計な事考える時間がないからな」
「たいちょーさんは商人向けじゃないねぇ」
「体張って剣一本でここまで来たからな。
 考えて働くのは部下の仕事だ」
「ははっ、そう言う意味じゃたいちょーさんは隊長なんだね」
「それが仕事だ」

 笑う店員にそろそろ仕事に行けと追い払えば店の中からアレクがやってきた。
 どうやら帰る時間らしい。
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