うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長は土産話に心ときめかせていました

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 室内に入るのを躊躇う元団長の到着にホッとしてヴォーグに好きなだけ食べろとレードルを渡せばそのまま黙々と何人分か知らないがスープを貪るように食べるヴォーグの様子に初めて気付いたというように元団長様は顔を引き攣らせ

「その魔力は何だ。
 ほぼないではないか……」
「昔の友人がお隣に来てるから少し話を聞きに行ってきたんだよ」
「それは、今どうしても会わなくてはならないのか?」
「まぁ、魔王の事を詳しく知ってる奴だからな。
 んで、会いに行ったらちょうど魔族と交戦中の所で人使いが荒いあいつにこき使われて帰って来た所」

 魔族と交戦中とはホルガー達みたいなやつなのかと思えば

「うちの国は同盟に入ってないからそこまで詳しい話聞けないだろ?
 だから当人に直接聞いてきたんだ」
「当人と言うのは……勇者か?」

 元団長様は顔を真っ赤にして頬を引き攣らせていた。
 それでなくとも俺もびっくりと言うか、勇者がいるとは新聞で知っていたが本当にいるんだと言うかそんなのと知り合いなんだと驚きでいっぱい過ぎて言葉が口から出てこなかった。

「ああ、まえに六魔将軍バンドラーの配下が来ただろ?
 だもんでバンドラーってどんな奴って言うかその辺の事を詳しく聞こうとしたら当人とご対面出来たよ」
「は?」
「とりあえずヘヴェデスだったか?アルホルンをバックストロムを荒らしてくれた罰は受けてもらったって言って来た。
 そしたら逆恨みするからちょっと頑張ってバンドラーには魔王の下に還ってもらったよ」

 気が付けば鍋の底をさらうようにレードルですくい総てを食べ終えたヴォーグは柔らかなパンを鍋の淵に付くスープを拭いながら食べだしていた。
 いや、お前その食べ方変だろう……
 どうつっこめばいいのか判らないが、ふと顔を上げたヴォーグは肉を一塊取出し

「マリー、悪いけど焼いて来てくれるかな?」
「はい、旦那様」

 肉を抱えて部屋を出て行ったマリーの後姿を見て

「お前旦那様って言わせてるんだ」
「この店の長だからね。
 ちなみに女なら奥様だ。
 他の店でもそう言わせてるよ」
「ふーん」

 店主の口ぶりではそう言った意味合いにはとても聞こえなかったがと言う心の声まで周囲には聞こえてたが、ヴォーグは腹を満たす為にひたすら食事に専念をしていた。

「隣国まで行って何か収穫はあったか?」

 元騎士団団長様はやっぱり世界情勢が気になるらしく店からすぐに食べれそうなものを持ってきて店主の側に控える男にお金を渡していた間にもヴォーグはそれさえも食べだしていた。

「そろそろ魔王城に突入するって言ってた。
 一緒に倒してきた六魔将軍が最後の一人だったらしくってね。
 何でも城から離れて探し出すのが大変だったとぼやいてた。
 バンドラーって奴はお気に入りの部下を回収しにこんな辺鄙な所まで来たらしいが……」

 俺達は城の中でのヘヴェデスの言葉を思い出していた。
 忠実な下僕でもあった漆黒の魔族。
 まさかの相思相愛だったと言う関係に誰もが視線を彷徨わせた。

「ま、今頃魔王の下に還ってよろしくやってるだろう。
 力も魂も全て一つの場所に還る。
 それが魔王の力の秘密と言う事にどれだけの人が気付いてるか判ってるのかな?」

 と、ヴォーグから聞かされた秘密に魔王は六魔将軍すべて合わせた力か。その部下一人でさえ俺達は手も足も出なかった事を思い出しながらやっぱり勇者は凄いというか、一緒になって戦ってきたヴォーグもすごいなと感心してしまう。
 
「その結果これだけ魔力を使ってきおって……」
「いいじゃん。それに俺にだってあいつに個人的に用事もあったんだしさ」

 どうやら勇者様と個人的な知り合いと言うか何と言うか……

「ヴォーグ、聞きたくないが、まさかその勇者様ともって事……
 ないよな?」

 一緒に戦える実力を備える勇者は確か性別は男。
 勇者の方が気が合うからと言われたら俺にとってヴォーグの気を引けるものはこの身一つしかない事になる。
 さすがにそれは嫌だと心の中での葛藤を知ってか知らないか、何やら壮絶な顔をしたヴォーグが俺を見つめていた。
 瓶に入っていた果物のシロップ漬けが口の中からポロリと落ちるのを見て

「どうしたらそう言う発想になるの!?」

 シロップ漬けを机の上に置いて俺にしがみついて何で?と泣きだす男に

「いや、お前の過去が不明すぎてどんな事でも受け入れるように、まあ心の準備をしておこうかと」
「想像でも止めてぇぇぇー!」

 泣きわめくもすぐ背後にいる愛人の存在に説得力は今一つだが、いくつかに切り分けて焼いてきた肉を持ってきたマリーから受け取って口へと運んでやれば何とか沈黙をした。
 もそもそと肉を頬張りながら何か言いたげに俺を見ているヴォーグを見ながら俺も肉の味見をすればやっぱりヴォーグの謎肉は今日も美味かった。
 ヴォーグの口に肉を詰めている合間に肉を小さく切れば誰ともなくその匂いに負けて口へと運ぶ。
 さすがに店主側は手を伸ばさなかったが、元団長様さえ手を伸ばすのだ。
 いかに美味いか匂いの誘惑は絶対だ。

「ほら、アルホルンのばあさんが死んでうちのばあさんも死んだ後俺家出してるだろ?
 その家出先の村に勇者とやらが修行に来たんだ。
 始まりの森って言うのがあって、勇者になりたての初めて剣を持ったってぐらいの新米勇者が修行をしにきて、俺の家出先でもある小さな宿屋の滞在仲間になったんだよ。
 近くの鍛冶屋と仲が良くって、俺の剣もそこで誂えてもらったんだ。
 だけど勇者の剣は魔王を倒す為に聖剣でなくてはならない。
 先代の勇者の時に聖剣を失ってしてしまって今代の勇者様は剣作りから始めないといけない事になったんだ。
 俺の剣を作ってくれた鍛冶師は魔剣を作る事が出来るが聖剣を作る事が出来なくってね。
 最悪魔王城突入までに剣を作れればいいやって事になってたんだけど聖剣なんて早々転がってるわけがないだろ?
 と言うか、そもそも聖剣ってどんなんだよって聞けば何でも精霊の力を宿した剣だって言うじゃないか」

 言えば店主は何か弾かれたようにヴォーグを見て、ヴォーグはその反応に満足げに笑みを浮かべていた。
 何か判らないがちょっとムッとした。

「聖剣の剣自体はどこにでもある魔剣その物だ。
 だけどそこに精霊の力を宿した魔石を使う事で聖剣となる。
 ちょうど俺が精霊の力を宿した魔石を持ってたわけなんだが……
 その石を俺は手放し難くずっと悩んでた。新聞で遅れながらあいつらの動向の様子を見ていたんだが、そろそろ魔王城に行く頃だからって聖剣はどうなったって話しを聞きに行ったんだ。
 精霊の力を宿した魔石を無事見つけたかって。
 この大陸には精霊はアルホルンしかいない、しかも過去に消滅してしまった精霊だ。
 見つかるわけがない」
 
 ヴォーグは意地の悪い笑みを浮かべて店主を見ながら

「前にお前に見せた精霊の力を宿した魔石、精霊石を渡してきた。
 その場で剣に付いた力の増幅用の魔石を一つ外して精霊石をはめ込んできた。
 無事魔王を倒したら精霊石は返せって、アルホルンまで届けに来いって言って渡してきた」

 寂しそうな顔をしたヴォーグは俺の肩口に顔を押し付けて

「あんなクソ勇者に先生からもらった宝物をくれちまった!!!
 初めて上手に出来たねって誉めてもらえた石をよりにもよって!!!」
  
 疲れて珍しい事に感情の起伏が激しく泣き叫ぶヴォーグを何とか俺から剥がしてくれた元団長にちょっとだけ感謝しつつも

「他に石はなかったのか?」
「あったけど魔王との戦いに耐えれる子となるとあの子しかいなかったんだよ。
 他の子達じゃ魔王との戦いになんて耐えれない。
 みすみす無駄死にさせるなんて真似なんてできないし!
 それにあの子魔王大っ嫌いだって言うからちょうどいいじゃないか!」
「何だ、その魔石対魔王の戦いみたいなものは……」
「実際そんなもんなんだよ。
 精霊王を裏切った魔王クウォールッツと仲良くしていたい精霊なんてアルホルンぐらいだ。
 精霊王を裏切ったクウォールッツと戦えるなら精霊石になった精霊でさえ大喜びだ。
 とはいっても魔王となっても格の高いクウォールッツに早々まともに戦える精霊なんていないし、そもそも精霊は戦闘向けの種族じゃない。
 他の手足に力を与える、これが精霊の戦い方だ。
 精霊は喜んで勇者に力を与えるさ」
「あのさ、ヴォーグお前もその端くれだろ?」

 そんな言い方はどうなんだとレドは言うも

「俺は剣を持って戦う事を選んだんだからいいんだよ」

 ふてくされながらも何故か俺がヴォーグの口に肉を運び続けるのを嬉しそうに口を開けて待つ様子と何回かに一度俺の口へと肉を運ぶ様子に店長は苦笑しっぱなしなので店長の口へと肉を運べば眉間にしわを寄せて迷いながらも食べたあたりほんとは食べたかったのだろうと言う事にして置いた。
 レドもアレクも切った側から食べていたしと、唾を呑み込みながら面白いほど肉が減って行く光景を見守る店員さんは俺の部下でもないので無視をしておいた。

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