うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長はささやかな願いを受け入れるつもりです

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 上客を案内する為の部屋なのか座り心地のいいソファに商品がよく映える様にあまり模様のない大理石の机を挟んで何故か俺と店主がソファに座って俺の背後にアレクとレドが立っていた。
 そして向こうも背後に長くこの店で務めている男達が二人立ってまるで何かの会議のようなこの状態に何なんだと思うも、俺達の間にふわりと花のような香りが漂ってきた。

「折角ですので先程のニルギリの試飲はいかがでしょう?」
「マリー、ありがとう。
 クラウゼ副隊長、レドフォード小隊長もよろしければ座ってください」

 丁寧な対応に戸惑う二人に俺は溜息を零して

「折角なんだ、座れ。
 閉店間際に来て邪魔をしてるのだから好意は受け取れ」

 喧嘩ふっかけに来たわけじゃないんだというように言えば渋々ながらもソファに座って紅茶を頂く事になった。
 ゆっくりとカップを傾けて一息ついたころ

「やはりご用件はルードヴォーグ様の事で?」
「少し前に初めて貴方の存在を聞かされて、あいつの幼馴染に聞きだしたら貴方だという。
 そもそもその少し前にこの店がヴォーグの家の物だと聞いたばかりで、何も話せなかった頃からの惰性からかそう言った事も含めて何も知らなくて情けなくって落ち込んでいたら部下が妙に張り切りだして、忙しい時間なのに申し訳ない」

 頭を下げれば店長も驚いた顔をしていたが後ろの二人も驚いた顔を隠しきれなくて、ただマリーと呼ばれた紅茶を出してくれた女性だけがハイラのように微笑みながら静かにたたずんでいた。
 やばい、この室内にも最強の人間が居るなんてと冷や汗を流しつつもう一口紅茶を飲む。
 
「はい。
 まさかこの街で身を隠しているとおっしゃっていたルードヴォーグ様をお連れになってお買い物にいらした時には大変驚きましたが……
 楽しそうになさっておいででしたので声をかけるのは控えさせていただきました。
 驚かれたようなら申し訳ありません」

 今度は店長が頭を下げた。
 もっと殺伐とした雰囲気なるのかと思っていたが、あまりに和やかに過ぎる時間にいつの間に部屋を出たのかマリーが茶菓子と紅茶のお替りまで持って来た。
 ありがたく貰う俺に隣に座るアレクに軽く足を踏まれるが、ナッツを飾るクッキーはサクサクとしてとてもおいしい。

「私の存在はシーヴォラ隊長にとってはとても許せない存在となりましょう」
「許せないってのは黙っていたヴォーグの事であって、まぁ、驚いたというか。
 もっとも俺も小さい頃から貴族が他所に手を出すって言うのはずっと見てきたわけで……
 それが大きな家ならそれだけ人とのつながりも増えてそう言う機会も増えるとは頭では理解している」
「はい。
 私とルードヴォーグ様の関係もそう言った事になります」
「家と家の繋がりと言う事でよろしいのでしょうか?」

 レドフォードが幾つも商会を抱えてたりすればこう言った事も必要だなと呟いた言葉になるほどと思うも店主は苦笑して

「私の場合は人質なのです」

 一瞬理解できなくて店主の後ろの男達も知らなかったのか目を見開いて店主を見ていた。

「シルヴェストル家はご存じでしょうか?」
「シルヴェストル家と言うと公爵家の?」
「はい。私は先代シルヴェストル公爵の妾の息子になります」

 悲鳴を上げれる物なら上げたかったが俺達は何とか食いしばって口を閉ざすも、背後の男達は声を出せない悲鳴の代わりに顎が外れたというように口が開きっぱなしだった。

「御存じでしょうか、私の腹違いの弟がルードヴォーグ様にした事件を?」
「それは……はい……」

 俺はもちろんアレクもレドも顔は真っ青になる。
 そこまで話が飛ぶのかと考える中、話を知らない店主の背後の男達は商人らしくこの雰囲気を見ておろおろとしている。
 
「もう一人の弟君が幼く直系の為、あの方を守る為に妾の子供でも二人の兄として二度とヴェナブルズに刃向わないという私の生殺与奪を約束してヴェナブルズに引き渡されました。
 本来すぐにお家もお取り潰し一族総て死を頂戴する事になっていたのですが、被害者でもあるルードヴォーグ様が処刑場の下見をした折に怖いと大層嫌がり私を差し出すこのような形に落ち着いた事で無様にも一族は命を繋ぎ止めました。
 その代りではないですがシルヴェストル家は王家から今後血族からでも養子を迎え入れるのを禁じられました」

 納得したくはないが確か今のシルヴェストル家の当主は適齢期なのに結婚はおろか婚約者との結婚さえ当分先だ。
 何かあれば目の前に座る店主がすべて取り仕切らなくてはいけないのだが、ヴェナブルズ家は良しとしないだろう。
 そしてたった一人の直系の弟に何かあればそこでシルヴェストル家はお取り潰しとなる。
 
「このウィングフィールド商会前店長の養子として私は引き取られ、前会長の指示の下私は数々の事を学ばせて頂きました。
 中にはこの場で口をはばかる事も学んできましたが、男妾である以上どういった事かは皆様考えるまでの事でもないと思います。
 前会長は大層ルードヴォーグ様を愛しておられ、それこそ私と件の弟を重ねて辛い思いをした時期もありましたが、養父が何かとかばってください今ではルードヴォーグ様の指示でこの店をお預かりさせていただいております」

「それはまた、大変だったな……」

 なんて声をかければいいのか判らず、シルヴェストル家の汚名を一身に被る事になった男は笑顔を浮かべたまま首を横に振る。

「大変かもしれませんが、それでもバックストロムの剣のお世話をさせてもらえる。
 大変な名誉でもあり、やはり私もあの物語に憧れた愚かな一人です。
 何時かはルードヴォーグ様の為にと与えられる全てに耐えて来ましたが、ルードヴォーグ様は一向に私を見向きもされず、教育も終わり役を与えられて四年も会話をすることなく過ごす事になり、私はここでも必要とされない要らない者なのかと酷く心を患った時があり、その時に初めて関係が始まりました」

 申し訳ありません。
 そう最後に一言結んで二人の関係について話しを終えた店主に確かにそれでは仕方ないだろうと静かな室内に俺のクッキーをかみ砕く音だけが響いていた。
 何やら両サイド前方後衛からの視線がとてつもなく痛いが

「俺に言わせるとだ。
 勉強する機会を与えられて一人でも生きていける程度に学んでどこにでも逃げても良いように時間稼ぎをしていたのがヴォーグの親切だ。
 何でそうなるまで居続けたんだ?」

 関係を持たないようにしていたのはこれで明白だ。
 関係を持たなければならないようにした店主に向かって言えば初めてそんな考え方もあるのだと顔を上げて俺を見るも、悲しげな瞳のまま俯いてしまい

「大変おこがましいのですが、ルードヴォーグ様の修行の場を奥様につられて拝見した事があります。
 その時にルードヴォーグ様の精霊の時の姿を目にした事があり、その……」
「まさかあの枝毛の時の姿に惚れたって言うんじゃないだろうな……」

 レドフォードのツッコミに枝毛は止めろとアレクが小声で突っ込むその横にいるマリーの殺気に思わず背筋を正して身構えてしまう。
 
「とても美しいお姿でした。
 私では追いかける事の出来ない素早い剣技と幾つもの魔法を操るその姿。
 体にいくつも太刀筋を刻まれ血を流しても立ち上がり剣を構えるその勇ましさ。
 この国の総てを背負い立ち向かおうとする美しさに私の心は奪われました。
 今も初めてお会いした日の事を詳細に思い出す事を出来ますし、あれから一回りも二回りも逞しくなられました姿に尊敬もいたします。
 どこで思い違いをしたのか私があの方をお慰めするのだと、相手にもされてないのにずっと小娘のように疑わずに信じ続け、気が付けばとっくに二十を超えてました」
「うわぁ、ずいぶんと時間を無駄にしたな……」
「ええ、ですが卑怯な手を使ったとは言えそれでも今は声をかけてもらい、店を預けてもらい、時折戯れに構ってもらえてます。
 お心までなんてとても口には出せません」

 それで十分ですと涙を堪えて言う目の前の人物にどっぷりと愛されている俺が喧嘩を仕掛けるのは何て嫉妬深いと言う物だろうかとレドフォードを睨んでしまうのは仕方がないだろう。
 
「まぁ、俺から言うと生まれも育ちも判らない俺の方がヴォーグの側に居てはいけないんだろうが……
 俺はあいつをほかって置けないから、あいつが逃げても追いかけるつもりでいる。
 アホみたいに強くてバカみたいに賢いあいつでも、あんなふうに夢の中で泣いてる背伸びをしたガキなあいつをほっとけないから……
 そうなんだ。
 結局はあいつはガキなんだよ。
 背一杯背伸びして生き急いで子供でいる事を早々に止めて大人であろうとしているヴォーグの心は過去に置いてきぼりにされた時のガキのままなんだ。 
 たとえ俺がこの先ずっと側に居てたっぷりと心を癒していたとするとしよう。
 ヴォーグに必要なのはガキの頃から守られて断ち切られてきた人とのかかわり合いで沢山の人に愛され守られている事を知る必要がある。
 俺には言えない我が儘を店主に向ける事が出来るとするならそれはそれで認めなくてはいけない事なんだ。
 俺の我が儘であいつをまた一人ぼっちにさせたらいけないんだ……
 俺もなるべく店主と一緒にいる所に下手に鉢合わせしないようにうろうろはしないつもりだ」

 店には買い物には来させてもらうがと断れば正面に座る男が随分と間抜けな顔で俺を見ていた。







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