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うちの隊長は元伴侶の財源に何だか泣きたい気持ちでいっぱいです

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 扉を開ければ明るい廊下に一瞬立ちくらみをするが、見知った通路で宮廷騎士の待機室へと向かう。
 ノックして声をかければすぐに返答。
 扉を開ける前からすでにただよう紅茶の香りを放つティーポッドを持つフリップ・コールリッジが

「早かったな、飲むだろ?」

 クリフォード・ゲーガンが新たに俺のカップを用意してくれた。

「早かったっと言うか、速攻で寝たけど一体何があった?」

 茶菓子は用意してなくて悪いなと言って差し出された紅茶にゆっくりと息を吹き付けて火傷をしないようにそっと口を付ける。

「これは……」

 まずい、とは言わずにもう一度口を付けるも色ばかりで香りも味も薄い紅茶に眉をひそめる。
 二人は俺が何を言いたいのか判れば乾いた笑みを浮かべながら

「最近ハイラ殿に紅茶の淹れ方を学んでいるんですよ。
 男でもさりげなくお茶を淹れて差し上げれば相手には喜んで頂けるでしょうと言ってね。
 だけど、やっぱりと言うかハイラ殿のような紅茶は淹れれないなぁ」
「と言うか、これはそれ以前の問題です。
 せっかくですが淹れ直します」

 俺はカップとポッドを奪ってこの部屋の隣に用意された小さなキッチンで紅茶を捨てて軽くゆすいで先ほどの残り湯でポットを温めながらすぐにコンロにケトルをかけた。
 
「棚の茶葉を使っても?」
「ああ、好きに使って構わないよ」
「やったね。
 ウィングフィールドの茶葉が使い放題だなんて贅沢だ」
「そうか?」
「この貴族が」
「シーヴォラもだろ?」

 二人とも紅茶の淹れ方を見に来たのか俺の手元を覗き見ていて金持ちの癖にと苦笑。
 そんな中で俺は紅茶の缶を幾つか取り出した。
 王道で華やかな香りのダージリン、ベルガモットが香るアールグレイ。
 その二つでは夜には華やか過ぎる香りを抑える為にニルギリをだいたいこんなものかなと1:1:3でスプーンで掬ってポットに淹れる。
 
「シーヴォラは慣れてるな?」
「あー、これ実は見よう見まね。
 ヴォーグの方がこだわっててそれを見て俺も研究したりしてたから。
 結構のめり込んだけど、やっぱり緑の魔法使いの方が美味だったな」
「あの人なら茶葉は使いたい放題だからね」
「ウィングフィールドの会長ならそりゃ茶葉にも詳しいわな」

 沸騰したお湯をポットに淹れながら何がすごい言葉を聞いた俺は思わず二人を見てしまう。
 ケトルの中のお湯はポットに合わせてちょうどいい量なので零れる事はないが、その姿勢のまま固まる俺に二人は何かを察してポットの蓋をして俺をテーブルに案内してくれるのだった。



「って言うかウィングフィールドの会長だったのを知らないなんて……」
「前に俺の気に入ってる店だってヴォーグに案内した事があるし……
 だから最近じゃあ行く度に紅茶を入れてもらったりとか丁寧にもてなされてるのか?」
「それはたぶん違う理由だと思う。
 と言うか、お前はあの人が他に持つ商会も聞いてないのか?」
「あー……」
「ヴェナブルズはこの国三指に入る金持ちだぞ?
 あのブルフォード家よりも圧倒的な金持ちなんだぞ?
 それを理由に王家は安心して降下するような家なんだぞ?」

 クリフとフリップが次々と名を上げるのは誰もが憧れたり知っていたりする商会ばかり。
 中には「いつかあの武器屋で剣を作ってもらうのが夢なんだ」と語った店もあったりする。

「これは恥ずかしすぎるぞ」

 両手で顔を隠して一人悶えてしまえば二人は生暖かい視線で俺の淹れた紅茶を美味いと飲んで楽しんでくれていた。
 そうこうしているうちに城から給仕がやってきていろいろ食材などを持ってきてくれたり、侍女や身の回りの世話人も来た。
 クリフとフリップはヴォーグは既に就眠している事を伝え朝食に向けて料理長達がメニューの確認をしに来たりとする合間にもヴォーグの明日の予定を持った使者がやってきて明日の同行の確認をしていた。
 ラグナーはその仕事をこなして行く二人を見ながら、冬に一時期宮廷騎士の仕事をさせてもらったがそれはほんの一部の仕事なんだと改めて少人数精鋭の宮廷騎士の仕事の幅の広さに感心するしかない。

「シーヴォラ隊長は朝の起床の時間までいて下されば特にしてほしい事はないので、良ければ隊舎から仕事を持ってきても構わないですよ」
「もう俺の存在は何だって思うが……」
「もちろん我らがバックストロムの剣の御心を癒していただくために決まってるではありませんか」
「昨夜はワインの飲み比べで酷い二日酔いになられたと思ってたのに何だか呼び出されたとか言ってお出かけした後ものすごくぐったりとした顔で帰ってこられて、それから一時間でこっちにくる準備をして、戻ってきたかと思えば商会の方で情報を仕入れてくると出かけられてあんな顔色になるまで疲弊されるなんて、詳しい事は我らも聞かせれてないのですがよほどの大事件があったのでしょう」
「まぁ、二日酔いの件はあいつのポーションで問題解決だから良しとして。
 一体今度はどんな事件に巻き込まれたんだ……」
「判りません。
 ですがあの方があれだけ疲弊するような内容だと思うと少しでも心穏やかにしてもらわなければと貴方を活用する我らをお許しください」
 
 不意に思い浮かんだのは山の中で聞かされた暁の剣のあの屋敷を購入した時の一件。
 犯罪のあの話を思い出しながら厄介な事に首を突っ込まないでくれよと願いながらも

「それでヴォーグと少しくらい話をする機会になればラッキーだ。
 先ほどの聞き捨てならん話しも詳しく聞きたいし……
 起きるまで待機と言う事ならばこちらに少し仕事を持ってきます」
「そうしてくれると急に仕事を依頼した俺達も助かる」
「では少し席を外します」
「入口のまで送る。
 ここの屋敷の中は安全だがそこから後宮を出る間が安全じゃないからな」
「やっぱりここは怖いな」
「何を今更です」

 そう言って二人に送ってもらい、クリフに至っては隊舎まで付いて来てもらうのだった。
 途中何人かに声をかけられたものの、すぐ隣に宮廷騎士がいるとなれば誰もがあいさつ程度にしか声をかけてこず、改めて宮廷騎士の立場の強さに感心をする中で隊舎に戻れば夜勤の隊舎の中はそれなりに静かな物だった。
 ただしイリスティーナ小隊とランダー小隊が会議室を借り切って籠っていた為に顔を見る事はなかったが

「向こうで仕事を?」

 聞きつつも朝には仕上げてほしい仕事を選ぶアレクの仕事ぶりは相変わらず鬼だ。

「ええ、同じ城内なので持ち出しになりません。
 お時間頂いてる以上こちらも心苦しく思ってますので」
「と言うか、ヴォーグの奴そんなにも疲れてたんだ。
 だからあんな一目のあるところでうちの隊長にベタベタ触りまくってたんだな」

 あいつかなり理性の人だから珍しいって見てたんだというレドフォードにそう言えばと思うも私生活がああだったために麻痺してた気がしてまずいなと思う。

「何だか急に恥ずかしくなってきたぞ?」
「御自覚が持てたようで何よりです」
「うわ、お前ハイラと同じような口調だな。恐るべしクラウゼ家」

 ふるりと体を振るわしてみせるクリフにアルホルンで何が起きてるんだと思わずにはいられない。

「とりあえずルードヴォーグ殿には無事眠ってもらえたので寝起きが最悪にならないようにシーヴォラ隊長殿をお借りします」
「そう言う事ね。
 と言うか、隊長有効活用され過ぎですよ」
「まぁ、久しぶりに会った時ぐらい甘えさしてやるさ」
「でしたらここ十日ほどの日程をお願いします。
 こちらの滞在は短くなるかもしれませんがあと一日二日ぐらい予定を空けて見せます」
「そんなにも予定が組み込まれてるのか?」
「ええ、急にこちらに戻って来るにあたって陛下が大変喜ばれたので。
 と言うか、本当ならアルホルンに引っ込まずに城に住んでもらうべき方です。
 いくら王都に屋敷があってもですが」
「って言うかさ、何でヴォーグの奴を側に起きたがるの?」

 それじゃあ逃げ出したくもなるぞとレドフォードが呆れて言えば

「知らないのですか?
 精霊はそこに存在するだけで自然の恵みを与えてくれるのです」

 聞かない方がよかったという言葉を聞いた気がした。
 俺達の反応を見てしまったという顔を隠さないクリフだが、
 この室内に俺とアレクとレドフォードしか居ないのもあり諦める様にして口を開く。

「ここ数年豊作なのは皆さんもご存じでしょう?」

 麦も果物も毎年豊作でしかもどれも最高品質に恵まれていた。
 天候にも恵まれ災害もここ何年も聞いてない。

「それに周辺国の地形を考えてみろ。
 北は実りの少ない森と荒涼とした乾いた砂漠地帯からの氷の世界。
 東は北の砂漠地帯を引きついだ高低差のある大渓谷地帯、西側も荒涼とした砂漠地帯にはいくつもの巨大間欠泉がる温泉地帯。
 風呂のように安心して入る事が出来れば一大観光地となったのだろうが、温度は九十八度以上と入る事も叶わない所かそこからは高濃度の硫黄も噴出し、他の毒ガスも吐き出されるというこの大陸一近寄ってはいけない場所となっている。
 そのような地域に何故バックストロム国だけが緑豊かな国なのか。
 ただ一言、精霊アルホルンの加護に守られているから。
 しかも今はその生まれ変わりと言われるルードヴォーグが居る。
 あいつの存在は周辺国にまで多少影響をしているみたいでな……
 国としてはあいつを目の届く所に置いておきたいのさ」
「マジか、あいつ一人でそこまで影響力があるのか?」
「うそみたいな本当の話しだ。
 実際にあいつが生まれてからの国の生産能力は上がってるし、ああ、動物も病気なんてしなくなったな」
「となると、逆に恐ろしいな……」

 アレクの呟きにレドフォードは何でと首を傾げれば

「そうだ。
 あいつが死ねばその恩恵の期間は終わる」

 思わずクリフに掴み掛ろうとするも、アレクが俺の肩に手を置いて押さえ込んだ。

「今までこれと言った世話をしなくても豊作だった物がそれからはかつてのように手を入れないとまともに育たなくなる。
 三十年だったか……
 植物を育てる技術はちゃんと今も残される物だろうか……」

 難しい顔でつぶやくアレクに俺はやっと言わんとする事を理解してクリフを見る。

「ルードヴォーグを取り巻く世界が彼を祝福するかのように恩恵を与えるのだ。
 もともと精霊アルホルンの恩恵があってこのような地形でも水と緑の豊かな国なのだが、ルードヴォーグが生まれる以前の姿を知らない俺としては正直恐ろしい」
「たしかに怖いな」

 うんうんと頷くレドフォードはそれでもクリフに物申す。

「そうして怖がってまたヴォーグに助けてくれってあいつをがんじがらめにするのか?」

 なんとなく心の中に引っかかってたモヤモヤの正体を一気に見つける事が出来た。
 
「ああ、だからか……」

 だからヴォーグは国の中心から逃げ出して誰も簡単に入る事の出来ないアルホルンの城に自ら閉じこもってしまったのだろう……
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