うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

文字の大きさ
上 下
138 / 308

うちの隊長はとんでもないお馬鹿部隊の本領を甘く見ていました

しおりを挟む
 重すぎるほどの静寂の訪れたアルフォニアの木の下での告白は誰もに言葉を失わせる中ヴォーグはしばらくのうちやっと働きだした頭でその手を伸ばしてシルビオにデコピンを弾いた。

「アホか。
 シルビオ小隊長に借金の半値程の価値はないだろう」

 冷静なまでの返答だが

「愛人でも妾でもやります!
 股を広げろって言われたら言う通りにしますし犬になれって言われたら喜んで尻尾も振ります!足を舐めろと言われたら……」
「待て!冷静になれ!」
「ですが、だって!」
「シルビオ小隊長は一体俺をどんな目で見てるんだ?!」

 それ以上言うなと手で口を塞ぐも、塞がれながらも

「えり好みのない欲望に忠実な……」

 問答無用でゲンコツをお見舞いするのは仕方がないという物だ。

「酷いっす!いくらなんでも二度は痛いっす!!」
「お前の言葉の方が失礼だ!!!」

 激高するヴォーグにしゅんと項垂れるシルビオを見てか

「でしたら俺も買ってください!」

 部下の一人が言ったのをきっかけに

「俺も!」
「俺だって!」
「俺も買ってください!」
「奴隷にだってなります!」
「俺のケツ掘っても構いません!」
「給料なんていりません!
 なので俺達を買ってください!」

 ぎょっとするシルビオだがヴォーグは逆に冷静に

「お前らひとまとめになってもそんな価値になるわけないだろう」
 
 むしろマイナス、どんな嫌がらせだと軽蔑する視線でお願いする一同を押しのけるが

「シルビオ小隊は少し落ち着いて。
 そもそもノラス小隊長の事に何でそんな簡単に自分を売るような事を言える。
 お前達だってノラス小隊長の家の事情よりも自分の家の事情はどうなんだ?」

 聞くもそっぽを向いて

「ヴォーグさんのおかげでうちは借金が返済できましたし」
「うちは貧困街を脱出できたし」
「うちも家族そろっての家に住めました」
「弟達に学校に行かせてやれてるし」
「親父もちゃんとした身なりが出来て仕事貰えました」
「姉さんの薬も買えて健康になったし」
「古い家だけど一軒家を手に入れて引越しできたし」
「兄貴夫婦の念願の店を持つ頭金に十分になりました。
 交換条件で親と兄弟の面倒は見てもらえます」

 シルビオを筆頭にシルビオ小隊の家庭環境が痛いほど良く判る内容に思わず涙ぐんでしまうヴォーグだが

「だったらなおの事他人に構っちゃいられないだろ?」

 諭すのはあくまでも正論で。
 言われなくても全員判ってる、ただ目の前の問題をクリアしただけで何の解決にも至ってない事を。

「それでも助けれるのなら助けたいと思うのは間違いでしょうか?」

 真っ直ぐなシルビオの視線にヴォーグは彼らが今どのような事を決断しようとしているのか止める事が出来ないと判ればそっと目を伏せて

「俺は夢を語る奴が嫌いだ」

 誰もが怪訝そうな顔をする。

「ましてや未来を語るなんて反吐が出る」

 夢も希望も奪われた挙句にそんな物があるなんて教えられもしなかった幼少期から重荷だけを背負わされて気が付けば残されたのはたった数年の時間の人生。
 
「大体守ると言っているがお前達が守るの何だ?
 ラグナーの力になるからと思って鍛えていたが意味がなくなるなら俺はもうお前達に教える事はない」

 すくりと立ち上がるヴォーグにシルビオは慌ててしがみついて

「ちょ、待ってください」

 全力で足止めにかかれば部下達も足止めにかかる。
 こんな時ばかりいいチームワークだと感心しながら取られた足元に盛大に尻餅をつけば

「気を悪くしたら謝ります!
 ですが、せめて出来る限りの事をノラじゃなくって、いろんな事を学びたいので、お願いします!
 もっと上手く魔物を倒すコツとか、お金に対する知識とか学ばせてください!
 シーヴォラ隊長の足手まといにはなりたくないんです!」

 上手い言葉回しだなと、一年前知り合った頃にはストレートな言葉回ししか出来なかったのにと、まだまだ駆け引きするには拙い以前だがノラスの為とは言わず自分達の為、ラグナーの為と言う言葉の選択にヴォーグも全く知らない相手ではないだけに溜息を吐き

「なんでそんなにも助けたいんだか俺には理解できないんだけど?」

 下手したら自分達さえ二束三文で売られてしまうかもしれない状況にシルビオは項垂れて

「ヴォーグさんだったら判ると思います。
 そもそも俺は小隊長って言う器ですらありません」
「まぁ、敬礼の姿、立ち姿一つとっても騎士の品格とか欠片も無いしな」

 うぐっと息をのむも、自覚はあるのかゆっくりと息を吐きだして

「俺が小隊長試験に受ける時に勉強を教えてくれたのはノラスなんです。
 と言うか、そもそも隊長に目をかけてもらえたのはノラスで、ノラスが同期だった俺を使えるって推薦してくれてシーヴォラ隊に所属する事が出来ました」

 なるほどと座り込んで話を聞く。
 
「ここにいる奴らもノラスが集めて来てくれたんです」

 言ってぐるりと顔を見る。
 誰もがどこかの隊に所属するには品格が足りないというか、腕っぷしだけで居ると言うかそんな顔ぶれだ。

「ノラスの奴は当時ただの最下級の兵士だったこいつらの、全員家の都合って問題を抱えている奴らばかりの中からこいつらなら信用できるって奴らをかき集めて隊長に直談判してくれたんです。
 部下を推薦してもいいのならこいつらをって、シーヴォラ隊に所属するには騎士として全部が足りてない事も今も理解してます。
 ですが代わりにどんな事でも引き受けるからって、俺を含めて会わせてくれたんです」
「ランダーさん達いい顔しなかっただろうね」
「当然です。
 あの凄い顔は今でも忘れられませんし、へまをした日には夢にだって見ます。
 なのでノラスと俺がこいつらの面倒を見る事を条件に小隊が出来て、その後レーン小隊長の下で今も勉強させてもらって何とか表面上は相応しくあろうとしてます」
「まぁ、ね」

 小首を傾げ疑問な眼差しで俺を見るヴォーグさんに宮廷騎士達と一緒にしないでくださいよと心の中で抗議する俺の内心をなだめなながら

「なので、俺達をここまで連れてきたノラスに返せるものがあれば可能な限り返したいと思ってるんです。
 もちろんそれは強くなりたい、隊長の役に立ちたいって思いもあります」
「まぁ、及第点とするか」

 呆れたような溜息を落すヴォーグさんはしかたがないというように視線を上げて

「じゃあ、期間を決めよう。
 猶予は三ヶ月って言ってたな?
 前から考えていたがぼちぼちAクラスの魔物に挑戦しよう。
 もっともAクラスだってピンきりだから、Bクラスの上、Aクラス下あたりの魔物を狙って行こう。
 少しは買取値段も上がるし……
 ホルガーの所に行って冒険者登録をしろ。
 ギルド所属の冒険者なら少しでも買取価格が上がるはずだずだし、お前ら騎士でもホルガーなら厄介がらないだろう。
 必要な物ならホルガーの所で買えば割引も効く。
 最悪ホルガーに金を借りたりとか、とりあえず自分を気安く売ったりなんて考えるな」

 何とか希望を繋いだ、そんな顔をするもどう考えたって三ヶ月では間に合わない。
 だけど最後まで抗おうとするシルビオ達を好ましいと思いつつそのような友人関係を作っていたノラスを羨ましいと思いながら

「因みにそのくそみたいな取り立て屋は何て言う名前だ?」
「えーと確か……」
「しょーたいちょー、ダルカイスです。
 ダルカイス商会のラザル・ダルカイスですよ」

 後ろにいたシルビオ隊唯一の頭脳派のロジェ・ジッドがそっと耳打ちをしていた。
 
「ダルカイス商会……」
「御存知でしたか?」
「まぁ、ちょっとね……」

 少しだけ眉間が寄ったのに気付かれたがロジェはそれ以上言う事はなくなくそのまま話は続いた。

「聞く所によると先日先代が亡くなったとか言ってましたが確かもう数年前から今回の見直しをした人が中心となってたって、ここに来る時出掛けにお袋から聞きました」
「そういやロジェの所の姉さんの薬代もそこで借りてたんだっけ?」
「俺は無事利子もきっかり揃えて全額返済しましたよ」

 そもそも病気になってまだ一年ほどで治療費が高いとはいえども騎士団の給金全額ともう少しの値段。
 医療費も重なって気が付けば給料三ヶ月分にまで膨れていたが、一回の借りる金額はそこまで多くなく、討伐任務の時に辛うじて足を出さないというとんとんの為に返済にギリギリの生活だったが乗り込まれてくる事はなかった。

「まぁ、とりあえずだ」

 一同の顔を見て

「そろそろ帰らないとフレッドが煩いしハイラにも黙って出てきたんだ」
「大公様も大変ですね」
「自由には責任がつきものだからね。
 今日は帰るけどこれからの勉強会は何時もより厳しくするから」

 じゃあまたねと言ってアルフォニアの森を出現させて消えて行く姿に

「ヴォーグさん段々自重しなくなったッすね」
「もともと自重なんてしてたっけ?」
「隊舎で徹夜で泣いていた時が嘘みたいッす」
「そう言えばそんな時もあったッすね」

 懐かしいなと誰もがその正体の欠片も知らなくただの新人として一緒に飯を食べていた時を思い出しながら

「じゃあ、俺達も討伐に行くか。
 悪いな、付きあわせて」
「今更じゃないっすか?」
「こうなったらどこまででもついて行きますよ」
「みんなでケツ処女をヴォーグさんに捧げましょうー!」
「の前にギリギリまで頑張りましょう!」

 葡萄畑を荒らさない事を条件にブロムクヴィスト伯から討伐の許可を貰っている。
 魔物の駆除、そして肉をブロムクヴィストの家に優先的に卸す事、要らないも部位はもらえるし、お金になる皮や牙も頂ける事になっている。
 密かにヴォーグさんが話を付けてくれていたらしく、隊長の為とは言えその優しさに甘えていたが

「俺からの提案なんだが、この辺の魔物じゃそこまで高額な奴がいない。
 もう少し奥に入ろうと思うんだけど?」

 Aクラスだってピンきりだから、Bクラスの上、Aクラス下あたりの魔物を狙って行こう……

 そうは言ったけど指示をしないで戻って行った辺り自分で考えろと言う事だろう。
 つまりはもう少し奥までと言う事だろう……か?
 王都との往復を考えれば移動距離可能にある森はここが一番近くて、でもブロムクヴィスト伯の所有地の為に普通なら討伐許可が下りないこの森に案内された理由を考えれば

「しょーたいちょー、行きましょう」

 葡萄畑近くの魔物のほとんどは狩り尽してしまったのだ。
 となると奥から魔物がやってくる。
 ならば

「良し!魔物を迎え撃つぞ!」
「「「「「了解しました!!!」」」」
 
 突き上げた拳に俺達はいつもより深い森へと足を進めるのだった。




しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾
BL
 ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

番だと言われて囲われました。

BL
戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。 死を覚悟したその時、光に包み込まれ機体ごと何かに引き寄せられて、異世界に。 そこは魔力持ちも世界であり、私を番いと呼ぶ物に囲われた。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...