うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長は家に帰ってからベッドの上で悶えるそうです

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 その日の朝、隊舎の執務室でアレクに一通の封書を貰った。
 上品な青の封筒には覚えがなく何だと思うも表にさらりと言うように書かれていたのは俺の名前とヴォーグの名前。
 思わず目を見開く俺にアレクは近くのソファに座って

「今朝ブルフォード殿から頂いた。
 何て書いてある?」
「待て、深呼吸させろ」

 言って何度か深呼吸する俺をアレクは笑っていたが、俺はペーパーナイフを使って丁寧に封書を開ける。
 そして取り出した手紙も白地に縁を青く染めた上質の紙には森の香りも一緒に閉じ込められていた。
 俺が送ったのは何の柄も無い真っ白な封筒で同じく真っ白の便箋って書類じゃないんだから少しは考えろと今更ながら悶えてしまえば、そう言えば手紙の文を考えている時アレクが何やら言っていたのはこう言う事だったのかと、後で便箋の選び方を教えてもらおうと記憶に留めて

「随分お話をしたいようですね」

 何枚にもわたる手紙に俺はたった一枚だった事を恥ずかしく思うも

「書きたい事があり過ぎて碌な手紙を書けなかったんだが、書きたい事を書くとこう言う手紙になるって言うのだけは良く判った」

 ブルフォードが行く時に渡して帰って来た時にこれだけの手紙になってきたのだ。
 滞在中の合間に急いで書いたという手紙は初めて見た時のような几帳面で真っ直ぐで、少し落ち着くように留めたような書き出しの美しい文字を維持しつつ俺だけに宛てられた物。
 一通り読み終えてそのまま机に突っ伏しながら悶える様に手紙を抱きしめる。
 どうせこんな事になるわけだと言わんばかりに呆れた視線で同じ室内で仕事をして居るアレクは

「元気でしたか?」
「ああ、ようやく雪が降らなくなったと書いてある。
 温室の植物もようやく元気になって落ち着いたとか、荒れた庭もようやく本格的に手入れが出来て忙しくなるとか。
 今は宮廷魔道士達に施設で薬作りに専念させたり、王宮からの要望の薬作りに忙しいんだと。
 大公なのに一番の小間使いだと嘆いているけど毎日が忙しくて充実しているらしい」
「あいつはどこにいても変わらないという事か」
「マイペースと言えばそうなんだろうが、でもやってる事が普通じゃないからな。
 無茶してなければいいんだが」
「まぁ、それでも彼の中では普通なのだから、次どんな話になるか楽しみに待っていましょう」
「だな。
 とりあえず手紙の便箋選びっていう奴を教えてくれ」
「だから言ったでしょう。
 恥をかくと……」
「……」

 何を書こうかそればかりに意識が集中してそう言った気遣いが出来なかった事に、いくらヴォーグがそう言った事を一切気にしないだろうとしてもヴォーグはこうやってこんなにも俺の手に渡る物だろうからと気を使ってくれていた。

「とりあえず帰りに雑貨屋に寄りましょう。
 それまでに手紙の下書きでも練習してなさい。
 綺麗な便箋を使って普段の雑な字で書いたら、ヴォーグは気にしないでしょうが周囲にあなたからの愛情は理解されませんよ」

 書類から視線を離さず黙々と仕事を子なるアレクの机に俺の仕事を置いて無地の便箋を取り出した。
 そこからは文字の練習と言うように昔レーン小隊長から教えてもらった事を思い出しながら手紙の下書きではないが書きたい内容を取り留めなく書いて行く。

「……どうすれば文字って綺麗に書けるんだ?」
「そんなのは常日頃からの訓練のたまものです。
 今からでも遅くないので気を付けて書いてみてはどうでしょう?
 きっとヴォーグも段々文字が綺麗になって行くラグナーの手紙を見て愛されると感じるんじゃないですか?」

 適当に、投げやりに、そして密かに文字の練習をしろと心の中で突っ込みながらも倍近く増えた書類の山に思わずペン先を潰してしまうも

「そうかな?
 だったらいいな。がんばってみる」

 ヴォーグに関してはチョロ過ぎるこの男に一瞬眩暈を覚えるもこれは使える手だと記憶にとどめ

「で、どんな内容を書くつもりか?」
「そうだな……」

 真っ白な紙面を見て唸るも

「ヴォーグが身の回りの事を書いてたから俺もそれを習うとするかな?
 隊の話しでも聞かせてやろうと思う」
「なるほど、隊長は大変だと?」
「いや?
 レドの副隊長昇格試験とお前の隊長昇格試験の話しを書いてみようと思う。
 ついでに落ちる事前提でノラの副隊長昇格試験の話しもだ。
 隊の数は決まりがあるからお前が隊を引く事はないが、それでも先の戦いでそれだけの戦力と認められる結果を出せて隊長昇格の試験の話しが来たんだ。
 あとはあの泣きたくなる筆記試験と面接をこなせればって、俺の時の話しを混ぜて書こうと思う」
「ああ、あの時の……
 お前が隊長試験合格した時はほんとハイラが心から泣いたからな」
「ハイラが居なかったらシーヴォラ隊はなかっただろうな」

 俺を隊長に仕立て上げた陰の功労者は今アルホルンにいる。
 ヴォーグが大公としてハイラにどうこう言われる事はないと思うも、少数精鋭のアルホルン領だ。
 宰相クラスが居て騎士団長クラスが居てそれにふさわしい家令も居て。
 あと足りないのは何だと思うが、あればあるだけ的確にハイラが采配を振るうだろうから気にする事はない。

「まぁ、それなりに書く事は多そうだ」
「最低限便箋三枚は書くように。
 やっぱり一枚だけって言うのはいくら内容を読まれるからと言ってもあいつが哀れだ」

 みっちりと五枚ほどの便箋は何の書類だ?と一瞬思ったものの、あながちラグナーがあいつを寂しがり屋と言うのは当たってるなと、この寂しがり屋に仕事に励んでもらう為にもほどほどの程度で纏める様に言っておけば唸りながら、何度も書き損じたりする姿を少しだけ楽しみ、選ぶ便箋と封筒はこいつの淡い水色の瞳の色に似た物にしようと心の中で決めた。



 それから遠征だったり城を留守にしたりとブルフォードに会うタイミングが合わなくひと月ほどしてやっと手紙を送る事が出来た。
 何度送ろうか空振りをしていた為に溜めた物をまとめてブルフォードに預けて運んでもらう。
 そして数日もしないうちにブルフォードは隊舎にいる俺に直接会いに来て

「何でも良い。
 とにかくすぐに返事を書け」

 ひたすら疲れた顔で俺を睨みつけていた。

「なんでもって、手紙を読んでからでもダメなのかよ……」

 そう言って手渡された手紙はもはや何の書類の束だろうかと思った。
 
「あいつだってお前が忙しくてすぐに返事が出来ない事を理解していた。
 だけどまとめて渡したら俺が妨害してると大公殿は大層ご立腹でな。
 ねちねちと嫌味を言った挙句に帰り道アルホルンで迷子にさせられた」

 そんな馬鹿なと思うも

「これが俺に城に戻ったら読めと言われた物だ」
「これは……」

 いかにも即席で描かれた魔法陣を解読すれば方向を狂わす初心者向けの魔法陣が描かれていた。
 それでも一時間おきに十分ほど迷子になるという高等かつ無駄な技術が含まれていたり、川があれば落ちると言う呪にも似た魔法陣も組まれていて……それだけでブルフォードの怒り具合が納得できてしまった。
 というか、学生時代でもこんな子供じみた悪戯は見なかったなと妙な関心をしてしまう。

「お前は知らないがこう言った嫌がらせを受ける身がある事を思ってすぐに返事を書け。
 そして次に行く時にはきっちりと運んでやる」
「お、おう……」

 そんな迫力に了解をしてしまうもさすがに手紙を読んでからと言って、帰りがけに会いに行く事を約束をしてアレクに書類を押し付けるのだった。






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