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うちの隊長は決断しました

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 右から左へと綴られる文字を追うように走る視線は下手な文字なんて気にしないというように初心者の速読と言うスピードで次々とページを捲って行った。
 本当ならもっと早く読めるのだろう。
 だけど妨害をするように幼い手が綴った文字は大人の目には読みにくくどんな熟練者でも時間をとるのだった。
 その間に俺は紅茶を入れ替えて、本を読み終える頃直ぐに口につけれるようにと少しだけ冷めた紅茶を差し出せば貴族にしてはあるまじくカップ一杯の紅茶を一気に飲み干すのだった。

「シーヴォラ殿、この本を譲っていただく事には……」
「内容なら改めて書き直してお渡しします」
「しかし……」

 言いよどむゴルディーニですらこの本はヴォーグの心の内を表すかのような物語の重要性に気づいたのだろうが俺はこの本は譲らないと奪い返して

「そこでご相談があります」
「相談?
 本の代わりに何かあったか?」

 簡単に乗らないぞと言ういぶかしげな視線のゴルディーニに俺は真剣な眼差しを向けて

「どうか、私をヴォーグの前に連れて行ってください。
 この本を何としてもあいつに届けなくてはいけません」

 驚きに見開く瞳は俺の決意に覚悟を決めた物だからだろうか。

「こんな大切にしていた本を置いて行くあいつを怒鳴りに行かなくてはなりませんので」
「君は……この間の殴りに行くといいもうちょっと理性的になれないのかな?」

 俺としてはこれ以上とないくらいに真剣に言っているはずなのに目の前に座るゴルディーニは苦笑、失笑と複雑な笑いを織り交ぜながら俺を見て

「貴方の決意が固まったのなら我々は全力で協力するだけです」
「よろしくお願いします」

 ゴルディーニは国を助ける為に、俺はヴォーグを救う為にと握手を交わした所で外から馬の嘶きが聞こえた。
 時間はいつの間にかそろそろ登城しなくてはいけない時間。
 もちろん寝起きの悪い俺を起こす為の時間も含まれている。
 いつもの貴族然とした優雅な足取りとは違い、表に止められているゴルディーニ家の馬車を見て駆け足で飛び込んできたアレクは俺達を見て何があったと厳しい視線を向けられた視線に向けて

「アレク、次の社交シーズンでシーヴォラ隊を解散することにした。
 悪いがお前が隊の奴らを率いてくれ」
「ラグナー、まさか……」

 青ざめるアレクにゴルディーニは真剣の眼差しで

「シーヴォラ隊長は決断されました。
 アルホルン大公にお会いするべく決断を下されました」
「アルホルン大公……
 どうして、あれだけの目に遭わされたのに……」

 これが貴族の娘なら嫁の貰い手も無ければ王都で暮す事もままならないくらいの醜聞だ。
 なのにどこにまだヴォーグにこだわる理由があるのかと説いたげな視線に

「詳しくは後から話す。
 アレク悪いが今日は急用で休まなくてはならなくなったと伝えてくれ」
「俺が納得する内容だな?」
「ああ、お前だってあいつがどんな希望に縋って生きてきたか知れば俺を止める事は出来ないさ」

 簡単な言葉に込められた重すぎる希望にアレクはしばらくのまま言葉無く俺を睨んでいたが

「判りました。
 帰りに寄りますが、それまでに俺を説得する準備をしておいてください」
「ゴルディーニと二人分か。
 ちょっと頑張らないとな」

 気合を入れ直すも

「そうそう、もう少しの間この事はお前の心の中に留めておいてほしい」
「何やら一人で勝手に決意しておいてその程度の決意なのですか?」
「いやな、これで宮廷騎士の昇格試験に落ちたら恥ずかしくて隊長としてやってけないだろ……」

 シーヴォラ隊を解散させる理由に宮廷騎士の地位を上げればアレクは何かを言いたそうな言葉をぐっと飲み込んで、そっと視線をそらした。

「どっちに転んでもシーヴォラ隊は解散ですか」

 気が付けば隊が発足して一年ちょっと。
 一年持ったから十分か?なんて呟いているアレクにゴルディーニは

「安心してください。
 シーヴォラ殿には国を挙げて宮廷騎士にさせますので」

 既に用意されていた不正が発覚した瞬間だった。

「大丈夫です。
 陛下を筆頭に宰相も司法も味方です。
 付け焼刃で何とかしのいでいただければ後からでもどうとなる事ばかりなので大船に乗った気でいてください」

 朗らかな顔で剣と魔法に関してはもう十分な結果を残しているので安心ですねと言う言葉に俺にはもう逃げ場がない事を悟った。
 逃げるつもりはないが……
 それをすぐ傍らで聞く事になったアレクは顔を青ざめていて国ぐるみの不正の現場の証人とされてしまった事に涙こそ流してないが、確実に泣いていた。

「所で三人は無事旅だったか?」

 急きょ引っ越しと転職と指名依頼を受けた三人の様子を聞くべく話しを促せばゴルディーニも聞きたいというように勝手に紅茶のおかわりを入れていた。
 既にぬるいのになと思うも、茶葉は出してあるから渋くはないだろう紅茶を一人飲んでいた。

「ええ、イリスティーナが気を利かせてくれて父達が戻る前にハイラ達に説明をしてくれてました。
 カレヴァはティノとホーリーに指示を出して着替えと仕事道具を持って行ったし、ハイラもアルヴェロ達にいくつかの指示と困った時の為の教本を置いて行って、家令としての身なりの準備と身の回りの物だけを持って行ったよ。
 それと一番心配なエリオだが彼は本当にそのまま行こうとするのだからとイリスティーナが文句を言っていた。
 家を離れるのに今の主人に挨拶もなしか、お前を呼び寄せたアルホルン大公に申し訳ないと思わないのかと言ってようやく足を止めたそうだ。
 その間にハイラの指示でエリオの身の回りの物を使用人達にカバンに詰めさせて、サイズが合わないかもしれないがと断って俺が昔使っていた燕尾服を持たせてくれた。
 最も後で俺や父母にも謝ってくれたがハイラの決断に叱る要素はないから感謝したな。
 流行遅れのデザインの燕尾服は家令、執事のユニフォームだ。
 一度だけ袖を通した物を大切に取っておいた事にも驚いたが腰回りはベルトで何とかなるし、アルホルンは寒いから中に着こめばちょうどよくなると言ってた。
 これで先代のアルホルン大公にご挨拶に伺える姿になったと言ってエリオに持たせて行かせて父と母が戻り次第すぐに向こうに行ってしまった」

 少しだけ寂しく思うのは二度とエリオは戻ってこないだろうしハイラとの別れにもある。
 子供の頃から家族のように一緒にいただけに突然の居なくなった事に寂しさはあるようだが、それでもクラウゼ家はアルホルンとのやり取りができる手段を入手した。
 王都から決して近いとは言い切れない距離だがそれでもお互いの様子を尋ねる事の出来る状況は魔法の師弟関係になっていたアレクにとってもほっとした物だろう。
 
「今日の夕方には向こうに着くだろう。
 これでヴォーグの奴も少しは心が休まればいいのだがな」

 とっくにアルホルンについているだろう移動距離と時間をひょっとしてヴォーグならありえるかもと言えばさすがに無理でしょうとアレクもゴルディーニも笑う。
 だけどそれは一瞬の出来事で

「ひょっとしたらありえるかもしれませんね」
「ええ、精霊の未知の力が少しでも使われれば……
 この城もかつてはアルホルンの森の一角だったので……」
「ヴォーグならやるかもな……」

 思わず黙り込んでしまうも

「それよりクラウゼ殿はそろそろ城に行かなくてはいけない時間なのでは?」
「はっ?!
 今日はお前の寝起きの悪さに付き合わないと思ってたらこんな罠が……」
「それは良いから早く行けよ」
「くっ、仮病する奴に言われる屈辱……
 たっぷり仕事を貰って帰ってくるから覚えて置け」
「クラウゼ副隊長、シーヴォラ隊長、仕事は城外に持ち出し禁止ですぞ」
「あ……」
「隊長では行ってまいります」
「え?ちょっと待て!
 いま俺とゴルディーニを二人にする何て……」
「私も仕事帰りに本を頂きに参ります。
 随分寝不足のお顔をしておられますが、隊長たる者仕事を休んでの重要任務、この程度の寝不足は問題ありませんよね?」
「え、ええ……はい。
 徹夜はシーヴォラ隊の名物なので……」
「そんな名物知りたくありません。
 とりあえずこちらに来る時にはどうにか用意をお願いします」
「了解しました。
 ですが、この物語の全部を読んで冷静でいる事を約束してください」
「冷静とは……」
「まだ何も理解できない子供にだから読ませれる事が出来た内容だと思うというか、寧ろこれも教育の内かと疑わないと読めないような内容が一部ありますので」

 それを俺もこれから書かなくてはいけないのかと、インクで汚れた指の跡が残る本を大切に抱えて二人を見送る。
 アレクは城に、そしてゴルディーニも城に……
 あの人も徹夜組かと多分ヴォーグの中では宮廷騎士で一番手ごわい人と判断されただろうゴルディーニを城に縛り付けるとは油断ならないなと考え込みながら階段を上って部屋の書斎に置かれた机に座る。
 かつてクラウゼ家の当主が代々使用したと思われる立派な机は俺にしたら立派過ぎる物だろう。
 抽斗から紙とペンとインク壺を取り出して見本となる本を置いて

「さてやるか……」

 驚くほど薄くて、でも上質な紙に書かれたヴォーグの文字を見ながらこいつはこんな小っちゃい時に向こうの言葉を訳しながら書いていたのかと感心しながらヴォーグの拙い文字を見ながら俺はペンを滑らすのだった……
 






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