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うちの隊長は名前に込められた願いを知ってしまいました

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 ラグナーは最後のページを捲って書かれていた名前を睨みつける。
 そこに書かれていた名前はルードヴォーグ。
 だが俺に初めて会った時名乗った名前は何だったか……
 忘れるわけがない。
 初めて会った時名乗っていた名前ヴォーグ・ミューラ。

 ミューラ

 この話の息子の名前ではないか!
 


 とんでもない内容に好奇心が止められず、ワインの存在も忘れて最後まで読み切ってしまった物語の最後に隠されていた驚きに唖然としていれば窓から薄っすらと差し込む光に朝を迎えていた事を知った。
 唖然としたままの顔で迎えた朝をカーテンの隙間には暖炉の煙が街を覆う霧を帯びた街並みをぼんやりとした視線で眺めるのだった。
 ミューラと名乗っていたヴォーグは今ちゃんと自由を選べているだろうか。
 いや、自由を得たかったからこそのミューラなのだろう。
 
 最後までたどたどしい文字で書かれ、読み終えればこの話を選んだのは先生達ではなくたぶんヴォーグ自身と推測してしまう。
 だからこその儘ならぬ生い立ちから自由を勝ち取ったこの物語なのかと本を抱きしめてベットの上にごろりと転がる。

「こんな大切な本置いて行くなよ……」

 まるで自由ミューラを諦めたみたいじゃないかとこみ上げる物は悲しみか怒りか。
 ただ思うのは今ここでヴォーグに会わなくてはと焦る気持ちだけが俺を駆りたてていた。
 だけどそれはもう叶わなくて……

 トントントン……

 家じゅうに響き渡るノッカーの音に窓から外を眺めれば、ランプの明かりを頼りに一人の男が見上げていた。
 こんな早朝にと思うも、その姿を見れば彼はやっと仕事から解放されたのだろうと俺は慌てて玄関を開ける為に階段を駆け下りた。
 鍵を開けて玄関の扉を開ければ疲れた顔を隠して、でも少しだけ隊服がくたびれている様子のゴルディーニを見て

「おはようございます。
 良く起きているのが判りましたね」
「おはよう。
 さすがに起きてるとは思わなかったがちょっと希望に縋ってこちらの前を通りかかったら灯が零れていたからひょっとしてと期待して来たのだが……
 このような時間でも問題ないかな?」
「ええ……
 あ、ですがまだ使用人が来てないので……」
「なに、茶を飲みに来たわけではないからな」

 寒いから家の中に入れてくれと言うゴルディーニに暖炉のある部屋に通して少しずるをして魔法で暖炉の薪に火を熾したのをゴルディーニは炎の魔法が使える者ならではの裏技ですなと意外な事に炎の魔法が使えないゴルディーニは笑っていた。

 すぐに部屋は温まり、その間に暖かな紅茶を入れて、こんな時間に腹に入れたくはないだろうが砂糖代わりの甘い茶菓子を用意すれば、彼は疲れた時は甘い菓子に限るとぺろりと俺の分まで食べてしまった……

「シーヴォラ殿はこのような時間まで何を?
 貴方が仕事を溜めているとは思えないが……」

 案にそう言った仕事はアレクの分野だと言ってるつもりか、実はばれているぞと言っているつもりか判らないが

「先日、本を沢山購入したので少し読むつもりがいつの間にかこのような時間となってまして」

 仕事ぶりの話しを誤魔化すように白状すれば意外だというように片眉が跳ね上がった。

「本を読む勤勉ぶり、私も見習いたい物ですな」

 言いながら唇を紅茶で湿らせてカップを置いた。

「所でバカ殿下とバカ侯爵コンビが貴方に随分と迷惑をおかけしたとレーン小隊長より報告が上がってきたのですが?
 ああ、勘違いしないでください。
 宮廷騎士と殿下が城のはずれにある隊舎に先触れも無く来るような危険な真似は危ないとの苦情です」

 くつくつと笑いながらの報告の中には城の中心に住まう方々に護衛も連れないままにこのような場所に来させるなと言う意味だろうが、オブラートに包むとそう言った言葉遣いになるのだとまた一つ勉強になったなと感心してしまう。

「ですが……」
 
 本題に入った。

「アヴェリオ団長の指示は確かです。
 今グロス副団長がどうにかして連絡手段の確保に走ってクラウゼ邸で交渉してます。
 我々はアルフォニアを何としてでもアルホルン大公から譲っていただかなくてはなりません。
 国の為、そしてまだ公表をしてはないのですが病を抱えた陛下のお身体の為にも早くエリオット殿下に王位を継承しなくてはなりません」
「陛下の病とは……」
「エーンルート侯と同じ心臓の病です。
 王族を始めとした血縁者には多く見られる病です。
 アルホルン公にも見て戴いたのですが王宮の医師と同じく既に回復の見込みはないと言われ、進行を遅らせながら痛みを止める薬を処方してくださいました」
「何て事……
 継承の話は聞きましたが、それならばこそ剣は他の物では代用できないのでしょうか?」

 一刻も争う事で形が大切なら何とでもなるだろうと言えばゴルディーニは首を横に振り

「過去にも地味な木の剣の代わりにと別の剣を用意した時がありました。
 ですが新しい王に変わった途端この国に魔物が溢れ、そして豊かな緑は枯れて行き、新しい王は病に倒れたのです。
 慌ててしきたりに則ってアルフォニアの木の剣で新しい王の弟に王位を継承した所、そのような出来事はぴたりと止まり、魔物はいなくなり、緑がまた豊かになり、病にかかった王だけがそのまま息を引き取りました」

 その話に息をのむ。
 ここまでの話しだとは思わなかったというか

「ひょっとしてそれすらヴォーグに責任を押し付けたのですか?」
「ええ、だからこそヴォーグ殿はこの国を嫌っているのです」
「それは、堪らんだろうな……」
「はい。私も罪人の一人ですので。
 そして国の為を思えばこれからも罪人になり続けます」

 ヴォーグのアルホルンの剣と言う力に縋りついた愚か者だと自分で自分を嘲笑う男を目の前に少し待っててくださいと断って、ラグナーは読み終えたばかりの一冊の本を持って来た。

「詳しい内容な後日でも構いません。
 最後の一章だけを今ここで読んでください」

 不思議そうな顔をして、頭を傾けたまま開いたページには二種類の文字。

「多分留学先の国の文字だと思うので読める方だけでも」
「これはこれは、ずいぶん拙い文字だな」

 これが誰が書いた物か理解したのだろう。
 微笑ましいというように読み始めた視線は真剣そのもので読み終えるのを俺は待った。









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