うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長は子供の勉強にこの教材に使うのはダメだろと顔も知らない先生達に文句を言っております

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 次の日この村に置いて行った下僕を迎えに行けば下僕は涙を流して盛大な泣き声を上げていた。
 その様子に慌てた朝を運ぶ鳥は下僕を落ち着かせて何があったのかと聞きだした。

 それは祭りの夜だった。
 山の主に村中で作った料理を捧げ、その後所狭しと並べられた料理を堪能しながらとミルヴァ呼ばれた少女はそれはそれは美しい声で歌を奏でながらこれもまた美しい鳥耳兎の羽を纏う衣で舞うのを下僕は近くの家の屋根の上から楽しんでいた。
 歌に合わせて細い体をうねらせ、舞を真似る様に体をゆすり、そんな時間もやがて終わりになる頃ミルヴァは輿に担がれてこの村から少し奥に行った先の何やら綺麗な作りの小さな小屋に運ばれていった。
 下僕はここで何があるのだろうかと、またあの美しい声の歌が聞けるのではないかと期待して着いて行けば娘は小屋の中に降ろされて、男達はすぐ村へと帰って行った。
 その後はもう静かな物だった。
 どうやらこの小屋の中で一晩過ごすだけという、期待外れだという下僕は歌は聞く価値があったが、こんな事なら朝を運ぶ鳥と一緒に朝を運んだ方が素晴らしかったと考えていれば村の方から松明も持たずに何人もの男達がやってきた。
 悪い予感がする。
 だいたいそう言う事は当たると相場が決まっていて、男達は娘の居る小屋に入って行った……




 ラグナーは思わずまた本を閉じた。

「ちょっと待て、これ読み書きの手習いの本じゃないのか?」

 どう考えても文字の読み書きの練習にする為の内容じゃないだろうと思うもだから子供に書かせたのか?
 まだそう言う事も知識もない子供ならセーフなのか?
 否。
 充分にアウトだろと本の表紙を睨みつけながらもラグナーもやっぱり男でこの手の話しは嫌いではなく……俺は大人だからなとわけのわからない言い訳をしてページを進めるのだったが、肝心な所はうまい具合に消されていて舌打ちをするのだった。





 レーヴィは酔っぱらった村の男達の会話がふと耳に入って黙ってそのまま耳を傾けていた。

「ミルヴァも今頃立派に仕事をしてるのか」

 小屋で山の主に祈りを捧げてるのだから当たり前だろうと、レーヴィは残っている肉にかぶりつきながら一人男達の会話を盗み聞いていた。

「まぁ、どうせ拾われた娘だしな。
 同じ年のうちの娘じゃなくて安心したな」

 言いながら笑う会話に嫌な引っ掛かりをレーヴィは覚えた

「今頃今年成人したガキ達の相手をしてるんだ。
 初めてだからやんちゃして大変かもしれんが、あの子もこれで立派な村の一員だな」

 レーヴィは反射的に赤ら顔で下卑た笑い声を上げる男の胸ぐらをつかみ

「詳しく話しをきかせろ……」
「レーヴィ、お前も来年は成人だから参加するんだから覚えておきな。
 この村では山の主とは成人した歳の男を指す。
 小屋に納められた娘と夜する事となったら一つだけだろ?
 こうやって村中の協力があってガキ共は増えて行くんだよ。
 お前だってその一人だ」
 
 言いながらもそれが終われば俺達も参加できるんだがお前はまだだと話を聞かされたレーヴィはすぐに走り出して家に戻り愛用の鉈を持ち出して小屋へと向かうのだった。
 


 遠くから悲鳴が聞こえた。
 泣いて、許しを請い、それを笑う声が静かな山間に響いていた。
 下僕はレーヴィが鉈を持って小屋に入って行くのを見送れば、すぐに笑い声は消えて男達の野太い悲鳴へと変わった。
 下僕が小屋の中を覗きに行けば男達を殺してしまったレーヴィは男から服を剥ぎ取り、ミルヴァに着せ、そして……

「ミルヴァごめん。折角の綺麗な髪なのに……」

 腰まで伸ばされた豊かな髪を少年のように短く切って、レーヴィはミルヴァの手を引いて夜の山の中へと入って行くのを無事逃げてと見送るのだった。



『朝を運ぶ鳥、こんな村に朝を届ける必要ない。
 こんな村はあってはいけない』

 祭りがこんな悲しい事だったなんて、親も無く不憫に育ったレーヴィの生い立ち、村の人間ではないからと捧げられたミルヴァ、あまりの不道徳な村に朝を運ぶ鳥は今も泣き崩れる下僕をこの大空の主に預け

『行こう。
 もうこの村に用はない』

 そう一言残して朝を運ぶ鳥は次の村へと飛び立つのだった。
 それ以来この村には立ち寄らず、朝の来なくなった村がどうなったかは朝の鳥は興味すら持たなかった。



 それからさらに時が過ぎ、とある港町に朝を届けた日の事だった。
 港町では男も女も関係なく誰もが早起きで朝を運ぶ鳥が来る前に誰もがひと仕事を終えている誰もが働き者の町だった。
 朝の爽やかな潮風を全身で浴びながら仕事を終えたばかりの楽しげな喧騒を眺めるのがこの街の楽しみ方の一つ。
 港から町へと続く一本の道沿いの家からそれは聞こえた。

『あら綺麗な歌声。
 確か前にも聞いたことある歌だわ』

 朝を運ぶ鳥を守る下僕の一体がそう言うも誰も思い出す事は出来なかった。
 声は老齢とすれど伸びやかな美しい高音に誰もが興味を持って覗きに行けばそこには老いが目立ちだした女性がいた。
 隣が大きな店だからかその女性が掃除する店は小さく見えるも、この大通り沿いに店を構えるのだ。
 そこそこ繁盛しているのだろうと朝を運ぶ鳥はしばしその歌声に耳を傾けていた。
 だけどそこに四人の若者が現れた。
 誰もが剣と手荷物を持つ冒険者なのだろう。
 その中から一人その女性の前に立った。

「ミルヴァ母さん、俺はやっぱりみんなと冒険に行くよ」

 小さな、でも決意の籠った声に歳の離れた親子はしばらくの間沈黙に陥るも、ミルヴァと呼ばれた母親に下僕は朝を届けなかった村の悲劇を思い出して朝を運ぶ鳥へとあの時の娘だと、歌がその証拠だと訴えるのだった。
 そう聞くと息子もあの時の男の若い頃の姿そっくりだと記憶の姿を重ねて二人が幸せを掴んだ事を心から祝福する。
 あの不幸な少女がこのような大通りに立派な店を構えてと、ついつい一緒に逃げ出した男を探すもその姿はどこにもない。
 息子の声に店の中から従業員だろうか、何人かの大人が顔を出す中母親はそれはそれは幸せそうな笑みを浮かべて

「お行きなさい。
 この店は私の城よ、貴方に継がせる重石ではないわ」

 その言葉に息子も、その後ろで気まずそうに立っていた仲間も喜びの悲鳴を上げる中

「こうしてみると亡くなったお父さんそっくりになったわ」

 母親は箒を壁に立てかければ息子達は視線を彷徨わせる姿に母親は再度笑う。
 ギルドでの仕事とはいえ獣の皮をはいだり解体する仕事は忌嫌われるのはどこでも同じだ。
 決してほめ言葉にならないだろうと困っている仲間達に

「貴方達が知ってるこの子の父親の姿はギルドで魔物を捌いてる姿でしょう?
 だけど、貴方が生まれる前はこの港町でも指折りの狩人だったのよ」

 初めて聞かされたのか驚く息子の顔にそっと手を添えて

「この店の皮のほとんどは亡くなった貴方のお父さんが狩りで集めた物よ。
 今では入手困難な毛皮が裏の倉庫に今も山ほど眠ってるのはお父さんがお母さんのこの店の為に集めてくれた物なの」

 言いながらこの店の一番高級品とされている最近では全く見る事も無くなったホワイトキリングベアーの姿が残る毛皮を見上げ

「貴方が生まれて危険な仕事から手を引いたけど、それでも培った技術は腐らせたくないって嫌われ仕事を率先して引き受けて、それが貴方達の知ってるお父さんの姿よ」

 全く知らなく、父親がそんな仕事をしている事を理由にいじめられた事もあっただろう息子ははらりと涙を落した。

「それでも病気には勝てなくて亡くなってしまったお父さんだけど、それでも貴方を立派に育てる事が出来るくらい蓄えてくれていて、そして夢を持ったら応援してあげれるだけの蓄えを私に残してくれたわ」

 息子どころか背後にいた仲間達も涙をこぼしていた。
 そんな仲間にしょうがないわね、そう言って奥から一本の剣を持ち出して来て

「お父さんの剣よ。
 私達家族をずっと守ってきてくれた物なの。
 持っていきなさい」
「母さん、これ剣じゃなくて鉈だよ」

 ぽろぽろと涙を零しながら、でも何とか作り上げた笑みに母親は笑う。

「そうよ、それ一本で父さんは私達家族を守ってくれたありがたいよ。
 お守り代わりに持っていきなさい。
 きっと父さんが貴方を守ってくれるわ」

 ぎゅっと正面から抱きしめて

「心折れるような事もあるかもしれないけど、自分で幸せを探して掴みに行きなさい。
 貴方には仲間もいる。
 母さんはずっととは言えないけどここでみんなと一緒にいるわ。
 お店はこの店が好きな子にあげちゃうかもしれないけど……
 貴方も男の子なら自分の城を愛する人の為に作りなさい」

 そう言って息子の背に回した手はぎゅっと外套を握りしめ

「冒険者だって立派な仕事。
 親の死に目に会えない事も故郷に帰る事が出来ない事も覚悟して冒険者になったのならお行きなさい。
 母さんはこの空の下からずっと貴方達の安全を願っているわ」

 止まらない涙をぬぐうように抱きしめた母親はしばらくの間息子をその胸に閉じ込めて

「皆、息子の門出なの。
 笑って見送って頂戴」

 奥から現れたずらりと店の前に従業員が全員並んだ数は十数人にも上る。
 店の大きさなんて関係ない立派な女主人だ。
 周囲の店子も何事かと主人に声をかけていて気が付けば沢山の人に見守られていた。

「母さん行ってきます」
「自由にお行きなさい。
 私の自慢の息子ミューラ」

 そう言って門出を祝うような笑顔で送り出された息子は仲間共々しばらくの間止まらない涙に、でも無理やり笑顔を浮かべて港町を離れる様に旅立つのだった。



 あの不幸な娘がこのような幸せを掴み、そして働き者の青年がこのような優しい息子をもうけていた幸せに朝を運ぶ鳥はふわりと羽を羽ばたかせ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの一行の頭上をくるりくるりと三回ほど回って戻ってきた。

『朝を運ぶ鳥、何をしに行ったの?』
『知り合いの息子の門出を祝いにな。
 不幸が訪れないように、あの男の息子ならどんな困難にも乗り越え、愛する人を守り、幸せをその手で掴めとそれが自由を選んだ者の義務だと祝福して来ただけだ』

 さあ行こう 

 まるで何て事もなかったかのような、でも嬉しさが隠せないで居るその声を合図に朝を運ぶ鳥は彼らとは反対方向に在る海を渡った向こうの町へと向かうのだった。

 











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