うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長は止められません

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 ラグナーはアルホルンで魔族と戦った時にもこんなにも恐怖を感じた事はなかった。
 だけど今玉座の間に通じる扉から入ってこようとする魔族に先ほどから冷や汗が止まらなかった。
 それはラグナーだけではなく、すぐ隣に立つ宮廷騎士団も同様に顔を青ざめさせて扉の方を眺めていた。
 誰もが剣を抜いてすぐに戦闘に入る状態になっているものの誰の手もがたがたと震えていた。
 当然扉に近い騎士団の方は大の大人だというのに泣きだしている者もいて、シーヴォラ隊の方を見れば当然扉に近い場所に配置されて、魔族の発する独特な空気に既に酔い初めて壁にもたれていた。
 既に緊張はとっくにピークを過ぎていて、パニックに陥ってないだけが救いだった。
 理由は魔族がいつまでたっても扉を破壊出来ないでいたからだった。
 扉の前に配置された騎士は全滅と言うようにとっくに悲鳴は聞こえなくなっている。
 そして扉を何度も魔法で攻撃すれど破壊されず、周囲が崩れ落ちているにもかかわらず魔族はやってこなかった。
 窓や玉座の裏側、頭上側ありとあらゆる場所から攻撃を受けたがそれでも何かに守られているというように魔族は入って来れない状況になっていた。

「いつ来るんだよ……」

 レドフォードの半分パニックになっている涙ぐむ声に

「いつ来ても良いように剣は手放すな」

 恐怖を感じていても心の中はどこか凪いでいた。
 数度となく繰り返す爆発音にいつあの扉が破られるのかと心臓が全力疾走しているにもかかわらず、まぁ、それも仕方ないかと思っている自分も居た。
 ヴォーグが居るからとかそう言う事一つでこんなにも違うんだと感心していれば

「ラグナー、変な事は考えてないでしょうね」

 アレクがそっと耳打ちをしてきた。
 それが聞こえた周囲は顔を顰めるも

「変な事は考えてない。
 ただ、そんなのもどうでもいいと思っているだけだ」

 さすがにぎょっとした顔の視線を集めてしまうも

「これだけの相手だ。
 無事で済む相手じゃない。だったら最初から割り切った方が良いだろうと……
 気の持ちようっていう奴だな」
「お前は……」

 何か言いたげに、だけど言葉にする事が出来ずに頭を横に振るアレクに

「そう言うアレクこそまずいと思ったら撤退しろ。
 恥ではない。
 お前には生き残らなくてはならい理由があるだろ?」

 家の事を指してか恋人の事を指してか今までの恩を指してかそれらすべてを指してかなんて聞く方が野暮だ。
 ラグナー・シーヴォラを少しでも知っていればそれ以上も含めてアレクシス・クラウゼと言う男を守る事を知る彼らの部下はすぐ横、ひな壇の最下段に居るレドフォードは大きく深呼吸をする。

「隊長、万が一の時は俺が命に代えても脱出させます」
「レド……!」
「悪いな。お前はせっかくだから俺に付き合え」
「隊長のご指名とは張り切らないとな」

 そんな命の使い方を喜々として語る二人にアレクは言葉を失うも

「シーヴォラ隊の奴らを何とか引っ張ってやらないと。
 隊長の俺が真っ先に逃げるわけも行かないしな。
 悪いな、いつも俺のしりぬぐいばかりさせて」

 宮廷騎士の鎧の兜に包まれた顔はとても穏やかで、とても今から命がけの戦いをする者の顔ではなく、親友をこんな風にしたあの男を恨んでしまうのは仕方がない物だろう。
 もしラグナーに悲しい事が起きて、再びあの顔を見た時平常で居られるかと思うも答えは即座に無理だとはじき出した。
 あの無害そうな人のいい顔で、でも少しだけ悲しさを浮かべて取り乱す事無く俺の前から立ち去って行く後姿まで想像できてしまい、もしがあれば何があっても見つけ出してあの顔を殴ってやろうと決意した。

 魔族の攻撃が始まってどれぐらいが経っただろうか。
 ものの数分の出来事かもしれないが、気持ち的にはもう何時間も続いている気がした。
 立っているだけでも空気を求めて喘いでしまう緊張の中、ふいに何かが天井から降ってきた。
 小さな石の欠片……
 床の上にはいくつも散らばっていて、いよいよかと眩暈のする位の緊張の中誰もが剣を構え直す音が室内に響いて……

 ドゴッ……

 鏡のように磨き上げられた大理石を張った扉がついに壊された。
 美しい彫刻も白く輝く石もひび割れ、その間にはめ込まれていた木製の扉も無残な破片が散らばった。

「人よ、このヘヴェデスが褒め称えよう。
 よくぞこの私をてこずらせる結界を張ったな」

 闇すら吸い込む漆黒の髪と瞳の禍々しさに扉の側に居た者達はぺたりと座り込んでしまうくらいの妖気に当てられていた。
 気絶した方が幸せだったかもと言うくらいの怒りを孕む瞳の魔族ヘヴェデスは玉座に座る王を見上げ

「お前がバックストロム国の王だな。
 よくぞ逃げずにとどまった。
 王として敬意を払おう」

 ニヤリと笑いながら足を進めれば怯えながらも紙のような顔色の兵士達が行く手を阻む。
 存在しているだけで死んでしまうのではないかと言う騎士の顔ぶれはシーヴォラ隊の隊員が並んでいた。
 剣の先端はぶれていて腰も引けている。
 誰がどう見ても壁にもならないと思うも、それでも敵の前に立った。
 部下を盾にしている小隊長も居るのにと歯を食いしばる中ヘヴェデスと名乗った男が剣を持つ手を大きく振り払った。
 
 フォン……

 風の唸る音が聞こえたと思えばそれだけで正面ではなく横で逃げようとしていた者達が真っ二つに斬られていた。
 一瞬で血に染まった玉座の間の床に誰もが悲鳴を上げる中

「お前達はこうなると判っていてあえて正面に立った駒として敬意を払おう。
 これを見て尚も立ち続けるというのなら、同じ運命をたどるといい」

 暗い声が静かに広がるも、シーヴォラ隊の隊員は逃げ出す事はせず、ただ魔族に向かって剣を向けていた。
 その姿に魔族の男は笑みを浮かべ

「見事」

 二度目の剣を振るった軌跡は鎧も剣も全て真っ二つにしていた。

「あ、ああ、あああ……」

 見知った顔が判りきった未来通りの結末に恐怖と、それでも戦ったというように涙を流していた。
 紙切れのように切られ、物のように転がったり、赤だけが視界を広める光景に涙がおちた。
 どれも見知った顔だ。
 長い間無茶な要求もして来たし同等にバカな要求もして来た。
 遠征などの後は打ち上げとして酒も飲み交わしたし、戦場でも文句ひとつ言わず疑わずに何時もどこまでも付いて来てくれた顔ぶれが瞬く間に赤の湖に飲まれて行く……

「あああ……ああああああ……!!!」
「ラグナー落ち着け!」

 言われた声は既に背後に在った。

「許さねぇぇぇーーーっ!!!」

 気が付けば恐怖何てすっ飛んで魔族に剣を振り下ろしていた。





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