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うちの隊長は伯爵になるそうです

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 アルホルン討伐戦も終わり、ひと月過ぎてやっと祝賀会が開かれ国から褒賞が出た。
 ギルドには褒賞金の他にヴァンパイアキングを単独で倒したホルガーに子爵の爵位を与えられた。
 ホルガーはお披露目の直前までめんどくさいというも、これも仕事だとギルドマスターに説教されて授与式にはちゃんと貴族らしい姿で子爵の爵位を賜っていた。
 そして……

「ラグナー・シーヴォラ前へ」

 呼ばれた名前に俺は短く「はっ」と返事を返した。
 式典用の礼装の騎士服は金糸銀糸ときらびやかな上に国旗の刺繍が施されたマントがラグナーの華やかな顔立ちを一際美しく引き立てていた。
 一段高いひな壇の上に立つ国王を前にラグナーはマントを優雅に広がる様に膝をつき、右手を左胸にあて臣下の礼を取り項が見えるように深く頭を下げればどこからともなく熱のこもった幾つもの溜息が零れ落ちた。

「この度のアルホルン討伐戦よりインキュバスの討伐作戦の功を湛え伯爵位を与える」
「ありがたき幸せ」

 ざわりと室内の空気が揺れた。
 他に後二体強力な魔族がいたが、それでも一番被害が多くそして長期化したインキュバス戦を一番重きに置いての配慮だろう。
 順当に昇格するのなら男爵なのだろうが、栄えある王の騎士がギルドの下に置くわけにもいかず、そして他の二体に対して止めを刺した隊長にも伯爵を与えたのだ。
 横並びと言えば聞こえはいいが、それでも騎士爵からのスキップは飛び過ぎだと誰よりも当のラグナー自身が一番思っていた。
 徽章を与えられ、恭しく顔を上げ侍従長に胸にその徽章を付けてもらい俺は背後に並ぶ騎士団の自隊の最前列へと戻った。
 背後から興奮と言う熱気が伝わってくるも、俺は大した事ないのにとちらりと一歩後ろに立つアレクを見た。
 この徽章は本来こいつが貰うべきものだと思うも

「私は家の爵位があるので」

 何も言ってないのに俺だけの耳にやっと届く声にそう言うもんじゃないだろうと思うも今も続く式典に黙って言葉を呑み込んでいた。

 仰々しい式典もやっとダンスタイムに入り息の詰まった時間は終わったものの、俺は各隊長に祝福を受けながら会場を抜け出すのだった。
 主役の一人に数えられているものの、シャンデリアが光を乱反射する煌びやかすぎる室内で香水と腹の中を笑顔で探り合う会話はとやたらベタベタと体を触られる苦痛に自隊の私室へと逃げ出してしまえば暫くも時間を置かずにアレクがやって来た。

「さっそくエスケープとは、見事」
「これは俺が受け取るべきじゃない」
「いえ、あの采配をしたラグナーにこそ受け取るべきです。
 それに俺も焦らなくても伯爵位は転がり込んできますので」
「違うだろ」
「違う事はありません。
 ラグナーが指揮をしてからあれだけ手詰まり状態だった北の森は僅か数日で解放できました。
 ノラスとシルビオのアルホルンと城の往復は各隊の中で一番の短時間を叩きだし、復活を正直期待できなかったレドフォードも今では通常任務に戻れるくらい回復しました。
 さらに言えば我が隊の死傷者の少なさ、日ごろからのラグナーの訓練のたまものです。
 カントラ隊のアトラ小隊を始めとした各小隊の成長も目覚ましく、それらは総てラグナーと共に行動した物からの成長でした」
「あれはカントラ隊長が成長の弊害なだけだ。
 治療の研究ばかりで隊長の仕事をしない。
 あれでは医療隊は成長する事は出来ないぞ」
「ああ、そう言えばまだ噂ですがお聞きになりました?
 カントラ隊長は医薬開発部門に移動だそうで」

 しれっと言うあたりまだ知っている者が少ないクラウゼ家からの情報だろうか。
 なんせ今はエーンルート侯からの情報も手に入るようになったので、騎士団の話しの上層部だけの話しすら聞こえるのだからエーンルート侯の力がどれだけか今更ながら思い知らされる。

「所で医薬開発部門何てあったか?」

 聞きなれない部門に首を傾げれば

「緑の魔道士達とは別に新しく出来た部門らしいです。
 この度の医薬品の出費の多さに費用を抑える為に何とかしろと言うお達しだとか。
 一言で言えば一般採用の文官でもあるヴォーグが現地調達で高度の物を作った為にそれなら騎士団の医療隊の長ならもっとすごい物を作れるはずだ何言う団長の一言で飛ばされました」
「ていの言い左遷だな……」

 あれからヴォーグをストーカーのごとく付け回していた話もあり、止めようとするアトラ小隊以下医療班の静止すら振り切る暴走の結果としては無難な所だろうか。

「まあ、でもアルホルン討伐戦は振り返れば楽しかったな……」

 とんでもない目にもあったが、それでもヴォーグを手に入れる事が出来たのだ。
 多少の恥なんて関係ないし

「それにしても伯爵か……
 これで上級貴族のお仲間入りか?」
「立派なサー・シーヴォラですね」
「これでヴォーグにも楽にしてやれるかなぁ」
「あれは自ら苦労に飛び込んでるので楽しませてあげましょう。
 とは言え、新入りはこう言った式典に散々準備をさせられたのに参加させてもらえないのは、昨夜からの夜勤の為にラグナーの晴れ姿が見れないとは可哀想ですね」

 今頃やっと解放されて家で眠っているだろうヴォーグのスケジュールのハードさには呆れてしまう。
 だけど最下級の文官なのに趣味に没頭できるプライベートが充実しすぎていて正直アレクでさえ羨ましく思うも、こういった場を見れないのはかつて自分も通った道だとは言え最愛の人の晴れ姿が見れないとは哀れだと思った。
 そんな思いにふけっているアレクを他所にラグナーは式典用の礼装のマントを外して脱いでいく。
 それからいつもの隊長服に着替えるのを見て

「今日ぐらいゆっくりしてもいいんじゃないか?」
「もう式典は終わったんだ。
 いつまでもお祭り気分じゃいられないしさっさといつも通りにもどるさ。
 腹も減ったしな」

 礼典用の服で飲食は出来んと言いながら仕事に戻る前にと食堂にアレクを誘う。
 こういう日の食堂は少し豪華な食事が用意されていて、真っ先に抜け出してきたラグナーの密かな楽しみの一つでもあった。
 会場ではもっと手の込んだ料理が幾つもの、それこそ食べきれない量が次々に出されていくのだが、その残り物はこうやって回ってきて食堂の人達がひと手間加えて別の新しい料理として出してくれるのだ。

「この間の黄色いどろっとしたスープのヤツ美味かったな。
 辛かったけどパンがいくらでも食べれた」
「ああ、賄をこっそりともらったヤツですね。
 ただ匂いが強くて後で大騒ぎになりましたね」

 うまそうな匂いを纏って仕事場に戻れば、腹をすかせた奴らに壁際まで追い詰められるというシーヴォラ隊の小さな事件。
 あの後慌てて賄を恵んでもらおうとした奴らは時すでに遅しと言わんばかりに空の鍋を眺めるのだったが……

「俺のカンによれば絶対うまい何かがある!」
「そのカンを信じますよ?」

 笑いながら食堂に行けば、人の少ない食堂ではやはり厨房の人達が賄をさあ食べようかと用意していて、俺達と目があった厨房の主は苦笑を零しながら

「隊長さんおめでとうございます。
 伯爵様ともあろう方に厨房の賄は出せれませんよ」
「そんな事を気にするな。
 既にこの匂いに腹も口の中も我慢が出来ない状態でな、ちなみに今日のそれは一体何なんだ?」

 初めて見る器にたっぷりと注がれたスープにパスタにも似た麺が沈んでいた。

「前にヴォーグ殿が旅先で覚えた料理を教えてもらったのです。
 なんといったか忘れましたが、卵を混ぜた麺に鳥や豚の骨から出汁を取って何種類もの野菜を使って臭みを抜いて麺と絡めながら食べる、まあちょっと品の良くない料理ですね」

 言いながらも俺達の分を用意してくれる辺り良い料理長だと思った。
 フォークでパスタを掬えば卵が入っているという通り少し黄色味を帯びていて、少し白濁とした黄金色のスープは脂を浮かせるもスプーンですくって味を見れば脂なんて気にならないくらいの濃厚さと塩気があった。
 贅沢にもすりつぶした胡椒をふりかけ、しつこくもなくどれだけでも飲めるというようなちょうどいい塩梅に感心してしまうも

「隊長さんこいつの料理は賞味三分だ。
 そんなのんびりしてると麺が伸びちまうから急いで食べてください」

 その言葉の意味を理解できずにいれば目の前で食べ始めた厨房の人はマナーなんてないと言わんばかりに麺をフォークで掬い上げた途端一気に音を立てながら空気事吸い込むように食べだし、瞬く間になくなった後には器に直接口を付けてスープを飲み上げて

「料理長!お変わり貰ってもいいですか?!」
「おかわりは自分で作れ!」

 唇を油でギトギトにし、スープの熱さで汗を拭きだしながらも手の甲で拭っておかわりを作りだせば便乗する厨房の人達の食事時間は賞味二分と言った所だろうか。

「隊長さんや副隊長さんに真似しろなんてとても言えねえが、あれが正しい食べ方だとヴォーグ殿が言っててな」
「くっ、いろいろ美味いもんを喰わせてもらったけどまだ知らない料理があったとは……」
「一晩かけて出汁を取るんだ。大人数と言うか、こういう時じゃないと作ってられんよ」
「それよりも麺がスープを吸って大変な事になりかけている。急いで食べないと……」

 慌てる様にアレクは麺を絡め取って食べるもそれではきっと遅いだろうと俺は厨房の人達を見よう見まねで麺を口へと運ぶ。
 息を吹き付けて、舌が火傷しそうなのを我慢して口元を汚しても隊服を汚さないように細心の注意を払いながら飲み込むように急いで食べれば瞬く間に完食をしていた……
 貰ったナプキンで口元を拭えばすぐ隣でも懸命に食べる姿に上品な食事の姿しか見てこなかった奴にこれは珍しいと感心してしまう。

「それにしても賞味三分か……
 美味いんだがもうちょっと味わってゆっくり食べたい物だな?」
「だったらお替りするかい?
 今度はもうちょっと味わいながら食べる事が出来るぞ?」

 そう言って厨房の主は俺の目の前に同じ料理をそっと差し出してくれて……

 アレクと共に頂戴してから仕事に戻れば、いつの日かのデジャブと言うように食堂に駆け込む隊員が涙ぐみながら戻ってくるのを見ないふりをしておいた。
 






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