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うちの隊長は何処かから慌てて逃げかえってきたようです

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 自分が何をやったのか冷静になればなるほど思考は真っ白になって行き、あわてて逃げる様にヴォーグの家を出た。
 走って走って走った先は見慣れた城内の騎士団隊舎の一角。
  貴族街からは遠く、平民の居住区からは意外と近い日当たりの悪い場所にあるシーヴォラ隊の隊舎へと戻って俺は自分の執務室へと向かうのだった。

「あら、いつの間にお出かけでしたか?」

 不思議そうな顔でランダーとマリンが俺の顔を見ていた事でようやく窓から脱走した事を思い出したが

「ちょっとな」

 別にいちいち答える事じゃないというか、まさかヴォーグの家に忍び込んでナニしていたなんてとてもじゃないけど言えない。
 
「アレクは?」
「隊長の命令通り準備の為の申請を行っています」
「了解」
「それより今の内に食事をしてください。
  すぐに用意させます。
 後、城外用の隊服に着替えて鎧の準備を」
「ああ、他にはマリン」
「あー、まだ書類がそろってないのでもう少し時間下さい」

 ランダーとマリンに補佐してもらってようやく今の状況が理解できはじめて浮ついた思考は頭の隅に追いやる事が出来た。

「所で持っていく薬品類はどうします?」

 ポーション類、解毒薬その他いろいろ。
 
「ヴォーグの奴が一覧表作ってくれて常時保持する量まで過去の消費の量を見て目安で決めてくれていたからどれも揃ってます」

 あいついい仕事してるなーなんて褒めたてるマリンに少し先ほどの一件で胸がざわつくも、その逆のぼる事少し前の話しを思い出す。

「状態異常を引き起こす魔物が多いと聞いている。
 どのような状況に陥っても対応できるように通常より多めに準備を。
 後、魔物も凶暴化していると聞いたから予備の武器と、全員にメイン武器の他に短剣も装備させるように。
 マリンは常時武器と薬品類のストックに気を付ける事、それとバックアップの二隊は他の部隊が戻って来た時の情報収集を忘れないようにと指示を。
 長丁場になる予感がするから書類に記載のミスには気を付ける様に。
 ヴォーグの一件だが、俺達を潰すつもりなら今が格好のチャンスだ。
 レーン小隊長を置いて行くのだから思い切り頼ればいい」
「なんかすごく物騒な話ですね」

 眉をひそめるランダーに

「団長がヴォーグを手元に起きたがる事態になってるんだ。
 もう読み間違える事は許されない。
 マリンには何とか俺達を支えてもらわないといけないからな、レーン小隊長なら俺と違ってバカなミスはしないさ」

 そうやって話をしている間にアレクが戻ってきた。
 俺の顔を見て顔を顰めるも、その手に持つ書類の束を見て

「書類は出来たか?部屋に来い」

 くいっと顎で隣室へと促せば黙ってついてくる足音を聞きながら

「ランダー、食事はこっちに持ってきてくれるか?」
「承りました」

 ぺこりと下げる頭を見てアレクを連れて隣室へと入ってドアを閉める。
 差し出された書類を見てサインを書き込み、なんとなく不安を覚える数字には再度目を通す。
 不安を覚えた各所への申請は少し上方修正した物をアレクに渡して再度提出させる合間にタイミングよく二人分の食事を持ってきたランダーから受けとりアレクと二人黙々と食事を始める。


「所で先ほど伺った時留守だったがどこに行ってたんだ?」
「ガキじゃあるまいし、一々断る事かよ」
「一応任務中なので」
「外出届の偽装を……」
「すでに偽装済みですが、ずいぶんと吹っ切れた顔ですが何があったんだ?」

 スープのスプーンを銜えたままアレクを睨み

「余計混沌に陥っただけだ」

 寧ろ俺は違うと思っていた事をすんなりと受け入れてしまった自分に仕事をしている頭の隅では今も悶々と葛藤していて

「頼むからその件についてはもうしばらく保留で居たい」
「発展はないようですが、方向性を見付けたという所ですか」

 パンをちぎって口へと放り込むアレクを睨みながら

「確かにお前の言ってた事に俺はどうやら賛同するらしい。
 自分でも納得したし認めもしたさ。
 だけど俺一人そうだとして一体どうする。
 優秀なアレクにアドバイス求めようとするがそれもしゃくだから聞きたくないという状況だ」

 アレクの口からパンが零れ落ちた。
 ぽかーんとした間抜けな顔は随分と久し振りだが……

「貴方は一体何考えてるのです……」

 頭を抱えて信じらんないと言う様に唸っていた。

「どうやら俺は自分で考えている以上にあいつに首ったけのようだぞ」
「勘弁してくれ……」

 淡々とそれが事実だと報告をすれば

「どこにあの平凡凡庸な男に囚われる要素があるのです……」
「まぁ、見た目じゃない事は確からしい。
 何と言えばいいか判らんが、あえて言えば居心地がいいんだろうな」

 思い出すのはあの背筋を何かが這い上がるような太刀筋に守られた時の何かであって、決して匂いが好みじゃないと自分に言い聞かせておく。
 それは変態への第一歩だ。

「確かにここの所ヴォーグの家に入り浸っていたようですが、そんなにも居心地がいい家でしたか?」
「家だけ見ればお前の家の方が断トツにいいさ。
 だけどお前の家で寝転んだり腹這いになって菓子は食ったりできんだろ。
 酔いつぶれてそのまま眠りこんだり、一々使用人どもを呼ばないと何もできん家より後片付けさえすれば好き勝手出来るのも好ましい。
 何よりキッチンと俺が住処にしているリビングがすぐ隣同士で使い勝手が良すぎて楽なんだ」
「ラグナーは人の家を一体なんだと思ってるのですか」

 半眼のアレクは呆れたと言わんばかりの顔をして

「貴方の我が家での生活は名誉爵とはいえ貴族の末端に名前を並べる事になった為の教育と教養の場です。
    学習の場です。
 好きに出来るから居心地がいいなんて甘ったれた言い訳から恋愛感情にもつれ込まれてはヴォーグが可愛そうです」
「逆の見方もあるだろ。
 ヴォーグが居るからあの家が居心地がいいって言う見方も」

 そんなもんですかねえと言う様に肩をすくめるアレクはあきれ返り

「どっちにしても、躰だけの関係とかそんな厄介な話になって泣きを見るのは貴方の方だという事は忘れないでくださいよ」
「フラれた時点で泣くのは判ってるから、ガキじゃあるまいし一々確認するな」
「でしたね。まだ告白うんぬん以前の段階でしたね」

 言いながら鳥肉のソテーを口へと運びだした。

「正直今の状態のままでもいいし……
    だけど、あいつに本当に恋人が出来たら俺騎士辞めて旅に出ようかな」
「貴方に騎士を辞めてもらわないように我々が全力でヴォーグの恋愛を阻止します」
「だけどギルドの方じゃあいつすげーもてるんだぞ」
「いいじゃないですか。貴方もその内の一人だと思えば」
「俺はたった1人の存在になりたいんだ」
「……。
 本当に首ったけな状態なんですね」
「抜ける程度には」
「……」

 まさかさっき居なかった理由それじゃないだろうなと冷たい視線を貰うもそっと視線を外す。

「それよりも俺が留守の合間に何か変わった事は?」
「貴方がどこでナニをしていたかはもう問いませんが噂を聞きました。
 確かな情報とまでではないのですが、陛下の宮廷騎士団がそろって何やら陛下と謁見をしたと。
 ヴォーグが団長の下へと行ったのと同時なのであの一件がついに動くのではないかと私は推測します」
「うわぁ、あいつガッチガチなのが目に浮かぶー」
「というか、宮廷騎士団が全員そろうなど耳を疑いました」
「まぁ、騎士団長はそっちの団長も兼任してるからなぁ。
 王族の警護の強化とかそんな所だろう。
 つまり、団長もこの討伐に参加するって事か?」
「予算を食い潰すほど被害も大きくなってますから。アルホルンの森が魔物の巣窟となる前に奪還するつもりなのでしょう」
「って言うか、何でアルホルンをそんな重要視するんだ?」
「……士官学校時代に勉強しましたよ」
「悪いな、詰め込んだ側から押し出された記憶なんだろうな」

 はー……と、本日何度目かの溜息を聞いたところで

「アルホルンの森は名前の通りアルホルン大公領にあります。
 現在は大公不在の為陛下が領主を兼任してますが、領地の大半は森に囲まれており、隣国との境界でもあります。
 領民は無く、アルホルンの森の為にアルホルン領があると言われてます。
 王族の始祖に当る方が精霊アルホルンで、その精霊を祭る為に代々王家、もしくは近しい者がその領主を務めています。
 今は先代のアルホルン大公が亡くなられて空席のままですが近く王が退位されたのちアルホルン大公と改められるという予定になるのではないかと噂されております」
「精霊ねぇ、俺見た事ないから知らないけどほんとに居るのか?」
「さて、ですが遠い東の大陸では精霊王を祭る国があるというくらいだから案外そこらへんに居るんじゃないんですか」

 あっさりと知るかというあたりアレクも眉唾の噂の信ぴょう性には信じていないようだ。

「そうなると、精霊の住まう土地に魔族が押しかけているから全力で退治しているという事かよ」
「王の庭だ。魔族が押しかけるなら当然追い払うというのが筋だ」

 至極当然と言えるアレクは確かに貴族だと思った。









 


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