うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長はアルホルン物語に大切な思い出があるようです

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 その日、仕事の帰り道はもはや日課となっているヴォーグの家に寄り道をする事にした。
 今日の晩御飯は何かな?
 別に餌付けされてるわけじゃないぞ?
 そんな自問自答を繰り返しつつもパンを購入して足を運べば、珍しい事にヴォーグは家の前の階段に座って近所の子供に本を読み聞かせていた。

 

「……精霊王の怒りをかった精霊クウォールッツはその魔力を闇色に染め魔族にさせられてしまいました。
 精霊王の怒りをやっと理解したクウォールッツは自分のした事を悔い改めますが、それでもこの世界に蔓延る理不尽は許し難くなお精霊王に挑むも

『それはお前の怒り。
 お前の怒りにはお前しか理解できない。
 私はそんなお前にお前が理想とする世界を作るよう箱を一つ与えよう。
 箱にお前が満足する庭を作れたのならその時こそもう一度会いに来い』

 そう言い残して精霊王はクウォールッツを新たに作った何もない箱庭へと置いて精霊界に帰るのだった。
 何もない箱庭に捨てられたクウォールッツはそれは怒り、精霊王が向かった精霊界へと行こうとするも見えない何かの壁に囲まれたかのように行く事ができません。
 それどころかその土地からも出る事が出来ずクウォールッツはやっとこの箱庭に閉じ込められた事を知りました……」

 

 背中に張りつかせ、左右からそして膝の上に乗せたりと子供四人に囲まれて本を読み聞かせていたヴォーグ達の姿がどこか幸せそうで声もかけずに黙って眺めていればヴォーグも俺の視線に気づいてか視線をふとあげ、それにつられるように子供達も俺を見上げていた。

「ラグナー、今帰りでしたか」

 読み聞かせを止めて子供達に「今日はもう終わり」と言えば最大限に「えー?!」と反感を買うも、その声が響いた所で近所の家の扉がいくつか開く。

「「「お前達そろそろ帰っておいで!!!」」」

 偶然とはいえそれは見事な同時指令に子供達はあっという間に塵尻になってその扉へと帰って行く姿には思わず笑い声をあげて見守ってしまう。

「ヴォーグさんいつも夕食時に子供達の相手させて悪いねぇ」
「いえ、ただ少し本を読んであげているだけなので気にしないでください」

 言いながらも茹でたてのまだ湯気の上がるイモをヴォーグは押し付けられていて「いつもすみません」と頭を下げて受け取っていた。

「なに、男の一人暮らしじゃっどうせ肉ばかりだろうから。
 たまには野菜も食べなさいよ」

 言いながら俺を見て意味ありげに「あんたもだよ」と肩をぱんぱんと叩かれて隣の家へと帰って行くのをどういう意味だと思わず睨んでしまうのだった。
 だけどちょうど陽射しがさえぎられて途端に暗くなる夕方の世界にヴォーグは俺にどうぞと入るように促されるまま家の中に招かれた。
 荷物を俺がいつも使わせてもらってる部屋に置き、キッチンへと向かう。
 既にスープとサラダは用意されていて、肉も後は焼くだけというように何かの香辛料をまぶして用意してあった。

「すぐに用意します」

 言いながらフライパンを温めだしたヴォーグが机の角に置いた本へ俺は手を伸ばす。

【アルホルン物語】

 この国の子供は誰もが一度は目にした事のある物語だった。
 先ほどヴォーグが子供達に読ませていた本のタイトルなのだが、まだ魔王クウォールッツが精霊クウォールッツと名前を名乗っていた頃の話となると本当にまだ読み始めの所だろう。
 学校の授業の教材ともなるこの国の歴史になぞられた物語は誰もがこの国が特別だと信じるには十分な話だった。
 特にこの物語に出てくる人物は精霊王、魔王クウォールッツ、そして精霊アルンホルンが本当に居るのではないかと錯覚してしまう。
 読み慣れた物語の本をパラリパラリと懐かしくページをめくっていれば

「ラグナーも読みましたか?」
「ああ、士官学校時代そらんじて読める程度には読み込んだよ。
 ヴォーグは?」
「俺も家が家なので暗記するくらい覚えました。
 しかもこの物語のような物ではなく、士官学校のような物でもなく、原書の写本なので言葉回しとかすごく厄介で何度も泣きましたね」
「さすが似非金持ち。写本とはまあ、そんな貴重品よく手に入れたな……」
「遠い親戚が持ってたのを家を継ぐのだから覚えろってね……」

 意識を手放しかけるヴォーグの過去はこの程度からかっても否定されない辺り本当にどうでもいいのかその程度の身分なのだとか判断材料はまだまだ少ないが、別にどうでもいい事だともう思っている自分に一人苦笑。
 何を笑ってるんだとヴォーグは小首をかしげているも、少しレア気味に焼き上げたスノーラビットのもも肉のソテーが目の前のさらにでんと置かれたのを見て

「豪勢だなぁ」
「ええ、せっかくなので思い切ってかぶりついて食べてみようかと思いまして」

 笑いながら温め直したスープも野菜と肉がごろごろとしていて、肉の横にさっきのイモを添える。
 俺も焼き立てのパンを机の中央に置いて使い慣れた棚からワイングラスとワインを並べて椅子に座ってヴォーグが席に着くのを待つ。

「何かまるでパーティみたいですね」
「となるとこれは何のパーティか?」
「やはりラグナーのスノーラビット20体切りでしょう!」
「ああ、ほんとお前の強化魔法が無かったらヤバかったな」

 言いながらワイングラスを傾けた。 

「スノーラビット何て年に数度しかお目にかからない奴をなんで20体も、その上俺一人で仕留めるなんてどんな嫌がらせかと思ったぞ」
「すみません。ホルガー達が良くやってたのでそう言う物だと思ってました」
「Sクラスの変態達と一緒にしないでくれ。
 俺の実力はこの間のホウルラの森で見ただろ。
 あの程度なんだよ」
「ですが、スノーラビットを一人で片づけれましたよね?」
「それはお前の強化魔法があったからこそだ。
 ぜってー後ろ足で蹴り上げられてあばら折って肺に刺さって死ぬんだと思ってた」
「ものすごく具体的ですね……」
「実例を知ってるだけさ」

 言いながら嫌な奴だったけど……なんて思いもしない奴だったっていう事の方がショックだったな。
 なんてどうでもいい過去を思い出しながら贅沢にも大きく切った肉の塊にかぶりつくように食べればジュワっと溢れる肉汁が口から溢れて口元を汚して行く。
 昼のシチューもそうだったが美味い物はそれだけでマナーなんて忘れさせるほど幸せにさせるので、汚れた口元から顎を伝い喉へと流れる肉汁を無視して攻略する方に専念する。
 とろけるような脂身の食感、そして表面はサクッ、中はジューシーを体現するスノーラビットの肉味わうように咀嚼してから呑み込んで、やっと口元をナフキンで拭い、そのさい指に付いた脂を舌先でぺろりと舐めれば目の前に座るヴォーグはワインに口をつけたまま目を瞑り、既に酔っぱらっているのか顔を赤く染めていた。

「何だ?あまり食欲ないのか?」
「いえ、そうではなくて……
 ああ、何でこんな時に副隊長がこの場にいないのでしょう……」
「あいつは今日は嬉しそうな顔で速攻で家に帰って行ったからな」
「副隊長何でこんな時に野放しにするのです……」
「?」

 何かよくわからない事を言っていたが、とりあえずかぶりつくとその後滴る脂が大変だと言う事を理解して行儀よく食べて行けばヴォーグも肉を切り分けてやっと食事を始めていた。
 それからは普通に今日の出来事や、やはり昨日の採取や討伐、そして帰り道にヴォーグが馬の返却に立ち寄ったギルドにスノーラビットと出会った事を報告を兼ねての俺のギルド見学とか、ばったりユハに会って肉を分けたり俺が居た孤児院に肉を分けに行ったり、アレクが居ない事は知っていたが王都の屋敷に本家に持って行ってくれと分けに行ったりと随分と楽しい寄り道をして戻って来たかと思えば、俺達はそのまま疲れ果てて朝までぐっすりと寝る事となり、今朝は慌てて家に戻って身支度をしたりととにかく忙しくも充実した日だった事を振り返って二人で盛り上がっていた。
 食事が終わってもワインを傾けながらヴォーグが薄く切った肉をスモークして作った簡単なスノーラビットの燻製をつまみにしていればふと視界に入ったアルホルン物語の本。
 俺は先に風呂をもらったのでなんとなく当たり前のようにヴォーグのベットに潜り込んで飲みながら読んでいれば、もう見慣れた光景だと言う様に苦笑すらしなくなったヴォーグが俺と同じようにワインとグラスを片手に部屋にもどってきた。

「アルホルン物語好きですね?」
「まぁ、子供の頃から何度も聞かされて、暗記までしたからな。
 士官学校で読んだ本と街で売ってるほんと内容が似て異なっているだけに士官学校で読んだ時はへーなんて感心したが?」
「俺が読まされた写本は全く別の内容ですよ」

 あまりに小さなため息交じりの声に思わずえ?なんて声を上げてヴォーグを見上げれば、珍しく彼は失敗したと言う様に視線を反らしていた。
 暫く流れた沈黙に

「まぁ、そう言うのはどうせ不都合な真実って奴なんだろう。
 昔の物語にお前が悩む問題じゃないだろ」

 何でそんな事をヴォーグが気にするんだと言って体が冷える前にベットに入れと俺はベットの奥にずれて場所を開ける。

「そうなんですが……」

 珍しく俺が奥側を取ったのでヴォーグが少し首をかしげて悩んでいたが、暫くして諦めたようにベットに身体を横たえるのだった。
 




 静かになった暗がりの中で昨日の疲れもあるのかラグナーはすぐに寝てしまったが、ヴォーグがベットを抜け出たのに気付いて目が覚めた。
 さっきの事で眠れなかったのかと思ったが、すぐに戻ってきたのでただのトイレだったかと杞憂に終わるも、一度目が覚めればトイレに行きたくなるのはただ寝る前に飲んだワインのせいだと主張しておく。
 入れ替わるように起きた俺にヴォーグは起こしましたか?と謝ってくれたが俺はただのみ過ぎたとだけ答えておく。
 お互い失笑が零れる暗闇の中数分後には再会する事になるのだが、その頃にはヴォーグはもううつらうつらとしていて……きっと寝ぼけているのだろう。
 ベットに戻った俺の背中から腕を回してきて

「ほらぁ、冷えてますよ……」

 どこか舌っ足らずの寝ぼけた喋り方で俺はヴォーグに引き寄せられていた。
 声も出せずに驚いていれば

「写本の中身は精霊アルホルンとこの国の王族とのかかわり合いが書かれてありました。
 その二人から生まれたラグナーも知ってるでしょうこのバックストロム国の剣と呼ばれたクレルヴォの話し、その妹のアルホルンの魔女。
 その史実が残されていたのです。
 二人が歩んだ苦難の道のりはとても今世間で読まれているアルホルン物語とは全くの別の話しで……
 写本は総て現実に起きた話しだった事を記録した物だったのです。
 今あるアルホルン物語はその史実を誰もの記憶にとどめる様にと判りやすく、そして要所要所を残し、知れば否定したくなることを巧みに削った物がそれなのです」

 重苦しい声で本当はこれもあまり言ってはいけない事なのですがと俺が気にかけて寝れないと思ってか打ち明けてくれたようだったが

「そう言った無理に言ってはいけない事はあまり口にするな。
 俺の事なら気にしなくていい。
 お前は大切な役目があったからこそその写本とやらを見る機会を得たんだろ?
 だったらその機会に誠実に約束を守らないとダメだろ」

 ヴォーグの腕の中で不意打ちのように体を反転して、半ばヴォーグの上に半分ほど圧し掛かる様にして胸元に手を置いた上に顎を乗せてそれ以上は言わなくていいと言っておく。
 でないと、妙に律儀なこいつはこの国が隠した不都合な真実を誠実に俺にさらけ出しそうで怖くてしょうがない。
 巻き込まないでくれと思いつつも巻き込まれた事に喜びを得つつ俺は胸元からヴォーグを睨みつけて

「その話の続きは俺が騎士団団長になってから直接読むからこれ以上のネタバレはしないでくれよ」
「ラグナーはそんな野心を持ってたのですか?!」

 目が覚めたような驚きの声に俺も笑いながら

「折角奇跡的にも隊長になれたんだ!
 これ以上の奇跡だって俺は起こしてやるぜ!」

 平民上がりの騎士爵では無理な事は知っている。
 団長職以上は上位貴族であること、そして三代以上その爵位を維持している事など規定がある事ぐらい俺でも知っている事。
 だけど言うだけなら誰だって言えるし何とでも言える。
 俺の顔を真摯に見たヴォーグは別に野心からの本音ではない事を理解してか張りつめていた息を零し

「お願いですから心臓に悪い事はほどほどにしてください」
「お前ほどではないさ」

 言いながらゴロンとヴォーグの上から転がり落ちる様に隣で背を向けて眠る体勢に入り

「まぁ、興味はあるが俺は国中に広まってるあの話が好きだからそれでいいんだよ」

 何がそれでいいのだろうか。
 ヴォーグにどんな関わり合いが知るわけもない俺は

「真実何て昔の話よりも子供の頃の寂しさを埋めてくれた物語の方が大切だから」

 と言えば

「貴方こそそんな大切な思い出話を簡単に口に出さいでください。
 さっきよりもよっぽどこっちの方が心臓に悪いです」

 背中に頭を押し付けて文句を言うヴォーグに笑ってしまえばそれに文句と言う様に後ろから俺の背中に乗り上げてベットとの間に潰すようにして抗議して来た事にさらに笑いながら

「昔の話だ。
 今はほら、お前もいるし寂しくも寒くもないだろ」

 反論と言う様にヴォーグを押し換えせば腕は俺に乗せたままだがそのままふてくされた様に返事もしなくなって、やがて零れる規則正しい寝息に眠ってしまったかと俺もそっと溜息を零す。
 何時の間にこんな過去や弱音を吐いたり誰かがそばにいる状況を受け入れるようになったのかと考えながら、背中から回されたままのヴォーグの腕を押しのけようと思ったが……



 なんとなくもったいない気がしてそのまま背中からヴォーグの体温を感じながら瞼を閉じるのだった。






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