うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長は謎の毛玉と遭遇したようです

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 ヴォーグの探査と探知の同時展開で山道を掛けて行く。
 途中であった魔物を選んでは無視したり襲い掛かったりとそれなりに忙しい。
 もちろん魔物の討伐をした後は氷漬けにしてヴォーグに収納してもらう。
 騎士団の訓練とは違うも明らかにハードなSランクの冒険者達の討伐は騎士団の隊長を務めるラグナーでも追いかけるのがやっとで途中から戦闘要員とは見てもらえなくなっていた。
 もちろんそれはユハ達もで、ホルガーが一人ヴォーグの支援を受けて張り切っている光景を眺めながら化物ってああいう奴を言うんだなとこぼすもだから彼はSランクなのよと言い返されてしまい、納得するしかない言葉にはもう笑うしかなかった。
 討伐で足を止めるたびにヴォーグが回復魔法をかけてくれる事についてはもうどうでもよくなっていた。
 いや、感謝はしている。
 回復魔法は白魔導士の特権ではないのかと言う疑問を覚える事をついに俺は放棄したのだから、何で緑の魔道士を目指すのか疑問は脳裏をただ通り過ぎる物になっていた。

 そんなこんなで3時間ほどかけて迷う事なくヴォーグの案内で目的に辿り着いた。

「ありえねぇ……」

 ぜぇ、はぁ、言いながら地面に転がり込んで今だ走り続けている心臓を休ませるよう倒れていれば、ホルガーでさえも息を弾ませて立ったまま俺を見下ろし

「普通なら九時間と見積もっていた距離を三時間で走破するのはきっついよな。
 お前も良くついてきたな……」

 たいちょーさんからお前に格上げされた。
 格上げか?
 とりあえず少しは呼び方に親しみを覚えた。

「一応訓練はしてるんで……」

 何とかして体を起こせば同じように地面に転がっているユハ、トゥロ、マイヤ、テレサも何とかして体を起こそうとして失敗に終わっていた。

「俺達は訓練する時間がないからな、こういったタイミングで実戦さながらの訓練をしている。
 というか、あいつ等よりお前の方が体力あるって事はさすが隊長だな」
「部下の命がかかってるんでね」
「ま、Aランクぐらいの実力はあるって事は誇っていいぞ」

 はははと笑いながら何やら食事の準備をしているヴォーグを見つけた。

「……」

 もう何を見ても驚かないつもりだったが休む事無く休憩の用意を終えて採取を始めようとしているヴォーグに疲れている様子はどこにもない。

「なあ?」
「ああ、いちいち気にしてたらもたんぞ」

 ホルガーの返答にそうかもしれないと思うも

「体力ならあいつ俺よりあるぞ」

 ぼそっと吐き出した声に俺は首をかしげて

「護衛を雇う理由ってなんだ?」
「どうやら逃げ出した家から小さい頃より一人で行動するなって言われ続けた習性らしい。
 だから建前として俺達が護衛としてついている。
 俺達の理由は冒険者になりたてのランクが低いとあいつのやってる事を冒険者は理解してくれないから多少値が張っても高位ランクの俺達を雇う、それがあいつの言い訳だ」
「ちょっと待て、なんか聞き捨てならない事があったんだが……」
「ランクの上げ方は任務の成功の数、そして内容だ。
 事務任務ばかりこなしているあいつに危険度でランク分けしているランク方式で高位に行けるわけがない」
「なんか俺凄く勘違いしてたような……」
「ホルガー!来ました!
 俺は星実草を摘みたいから探知を付加しておくのであとよろしくお願いします!」

 突然のヴォーグの叫び声に思わず項垂れる。

「まじかよ……」
「あいつの魔法の師匠の常識だとさ」
「どんな常識だ、ありえねぇ……」

 俺達は戦闘準備に入る為に立ち上がり獲物を構える。
 
「敵はヴィヴィユーだ!
 縄張りを荒らされたと思って全力で突っ込んで来ます!
 奴らは雷を角に纏わせてくる!
 かすっただけでも痺れるから注意するように!
 武器でもはあいつの角に剣が当たっただけで痺れるから要注意!
 月の方角より四体接近中!5カウントで接触する!」

 一面の真っ白な花を揺らしている星実草が広がる幻想的な群生地で月の方角から何か波が押し寄せてくるような風の音が聞こえた。

 5・4・3・2・1……
 
 カウントの終了と共に真っ白な毛玉が瞬間的に通り過ぎていた。
 振り向いてももういなくて……

「今のがヴィヴィユー?!」
「あいつらは走り出したら止まらねえから注意しろよ!」
「早すぎるだろ!」
「慣れろ!そして戻って来る!5・4・3・2・1!」
「早すぎるだろ!」

 思わず思いっきり何もない所に向かって剣を振り回した。
 何もない所のはずなのに妙な手ごたえがあってすぐにその理由が解明した。

「これがヴィヴィユー……」

 胴体が真っ二つになった血まみれの真っ白だったはずの魔物。
 まだ辛うじて生命は活動しているらしく前足だけでも走ろうと宙を駆けていた。
 そのヴィヴィユーに一つの影が落ちた。
 
「悪いけど角は貰うよ」

 ヴォーグだった。
 短い短刀の先を角に押し当てれば根元からぽっきりと折れた。
 可哀想と言う思いはないが何も死んでからでもと思うも

「ヴィヴィユーの最大の価値は生きてるうちに採取した角に在ります。
 ほとんどの毒や状態異常を直す事が出来て、骨の再生も可能にするほどの強力な薬になります。
 ですが、死んでしまうとその効能も無くなりただの頑丈な武器の素材にしかなりません。
 この通り美しい象牙色の角に雷の属性を帯びた素材なら戦士だったら一度は手にしたいものになるでしょう。
 ですが、生きた状態で得た角はそれ以上の素晴らしい宝となります」

 どこからか取り出した布に角を丁寧に包んで空間に収納する。

「ヴォーグ残った体はどうする?!」

 どこからか聞こえるユハの声に

「頑張って毛皮が獲れるように丁寧に仕留めてください!
 身の方は氷漬けにして持ち帰ってシチューにしたいです!」
「よし!俺達にも分けろよ!」
「それよりも新手が五体来た!
 角にぶっ刺されるなよ!」
「了解!集まると狙い撃ちされるから散開!」
「って言うか、これがSランクの冒険者の任務?!」
「まぁ、ヴィヴィユーに至っては夜に縄張り荒らして適当に剣を振り回しておけば運が良けりゃ当たるって言う博打な獲物だからな」
「この子は魔法に対する抵抗値は高いから私はこの騒ぎを嗅ぎつけた子を叩きつぶしておくわ」

 言えば空中で色とりどりの魔方陣の華が咲いていた。
 ヴィヴィユーに気を取られていて空中の魔物に気が付かなかったが、それをマイヤは一人で対応していた事にやっと気づいてヴォーグの背後に立ちながら幾つもの魔法を待機させては発動させている手慣れた作業には感心するしかない。

「凄いなって言うしかないな」

 心からの賛辞の言葉にユハが魔力で作った矢を放てば扇状に散開してその内の1つにヴィヴィユーが貫かれていた。

「これが暁の大牙の戦闘だ。騎士団のお上品な戦い方から想像もつかないだろ?」
「うちはそんなにも上品じゃないが、それでもこれだけ圧倒する戦闘は無理だな」
「もっと褒めていいぞ?」

 テレサが笑いながら短剣二本を構えて姿勢を低くした体勢で駆け寄ってきた。

「ヴォーグ、とりあえずこれだけ捕獲しといたよ。
 角はやっぱりうまく取れないからお願いね」
「テレサありがとう。
 気絶させて捕まえて来るなんてうまくなったなぁ」
「ヴォーグが短剣の使い方を教えてくれたからだよ」
「褒めてくれたお礼にこの子達は内臓を取って香草を詰めて丸焼きにするね」
「楽しみにしてる!」

 そう言ってまた捕獲してくると言って駆け出したテレサの姿はあっという間に消えてしまった。

「短剣の使い方って?」
「ああ、剣の先生が小回りの利く短剣の使い方も覚えようってね。
 上達具合を見ながら二刀流にも挑戦って教えてくれたんだ」
「スゲー先生だな……」
「うん。本当にすごい方なんだ。
 俺にこれだけ色々な事を教えてくれたのに俺はいまだに先生に一撃も与えられず、情けない……」
「いや、規格が変だろう」
「そうかな?俺の先輩になる人達は普通に打ち合っているから、俺もいつかああなるんだって今でも憧れはあるよ」

 未熟加減に恥かしそうにしてるも急に黒い剣を構えて宙を切った。

「驚いた。急に現れるんだから、ホルガーのヤツもっと周囲を注意しろよ……
 あ、ラグナー大丈夫でしたか?」
「え、ああ……
 俺は大丈夫と言うか、よくわかったな」

 すぐそばには角を根元から失くした四体のヴィヴィユーが気絶しているかのように痙攣をしていた。それ以上に俺には一撃にしか思わなかった太刀筋ではどう間違っても四体分を切るには無理な角度で切り付けていて、全力疾走でもしたかのように走っている心臓の鼓動を気づかれないように驚いたと言う様に胸を押し付けていた。

「まぁ、先生の太刀筋に比べたら全然遅いからこれぐらいは楽勝です」

 のほほんとした顔でヴィヴィユーの角を丁寧に一本一本包んで後は氷漬けにして収納してしまう。

「言っておくがヴォーグの剣術には俺は純粋に勝てない」

 どかりと背中にホルガーの重みが加わった。
 ヴォーグに肉だと言ってヴィヴィユーを渡しながらの呟きは俺にだけに聞こえた物。
 思わず

「待て……」

 なんて言ったかもう一度聞きたかったが

「いいか、このこと含めて全部こいつらにも言うなよ」
「待ってくれ……」

 なんかとんでもない爆弾を聞いたようだ。
 のほほんとした顔の人畜無害なひっそりと地道に生きたいとしている男の人生設計とスペックが合ってないんじゃなかろうかと視線で訴えるもホルガーはそっと首を振るだけで

「いい加減あいつをフォローする奴を増やしたかったんだ。
 せっかく結婚したのなら悪いが面倒を見てもらうぞ」
「頼むから少し整理したいから待ってくれ……」

 項垂れるラグナーは当然のように混乱している中

「ホルガー!また来ました!
 今度こそ探査に注意してください!
 ユハも探査をエンチャントするのでフォローお願いします!」
「ああ俺まで巻き添えに…… 
 探査しながら弓を使うのって集中が悪いんだよな」
「慣れですよ。慣れましょう!」
「だいぶ慣れたけどお前スパルタ過ぎ」
「それも慣れましょう!」

 ヴォーグの返事に苦笑するユハ。

「先生は弓を使って後方から指示を出してました。
 その技術を学ぶ上で師匠の探査能力は有効なので有意義な使い方を覚えてください!」
「お前の先生と師匠にはほんと尊敬するよ!」

 やけのように魔力を矢として扇状に拡散するように何度も雨のように連射で打ち出す魔力もどれだけあるのかと思う間もなく

「ほら、隊長も驚いてないでヴィヴィユーを捕まえてくれ。
 って言うかやっぱりユハの弓が一番ダメージ少ないか」

トゥロが持って来たヴィヴィユーは生きているものの足が潰れたりと見た目がかなり残念なグロい姿になっている。

「おう……」
「ああ、剣が俺の相棒なんだけど、みんな剣使いばかりだったから他のも使えるようになれってヴォーグがな。
 まぁ、これだけ強力なバッファーが居るんだ。
 安心して練習できる最中だから目を瞑ってくれ」

 苦笑しながらもダメージの酷いヴィヴィユーにヴォーグは「当分肉三昧ですね」ともくもくと氷漬けにして収納してしまう姿から視線を反らせて剣を水平に構える。
 精神を集中して風の流れに耳を澄まして剣を振るう。
 何度かに一度の低い割合だったがヴィヴィユーを数匹仕留める事が出来てスコア的には圧倒的に俺が低い物の、朝を迎える頃にはふらふらになりながらも何度か怪我をする場面があったがおおむね無事にヴィヴィユーの角で身体に穴が開く事なく下山をする事が出来たのだった。

 それからまたシュグネウス伯の元へと戻り、そこで客室を借りて仮眠をしている間にヴォーグはシュグネウス伯の為に薬をいくつか作っていた。
 何が文官だ。
 Sクラスの冒険者よりも体力と技術のある事務方なんて聞いた事ない。
 俺達がグロッキーのように寝てる間にそんな事しているなんてまだ寝てないのかと思うも、ホルガーによって俺達はまた王都に戻ってきていた。
 ちなみに王都のマーカーは行きと同じくホルガーのSクラス冒険者の屋敷の庭だった。
 冒険者も成功すれば儲けるんだなーなんて立派な家を見上げた後ヴォーグと共に何故かヴォーグの家に戻ってきていた。
 さすがに疲れたのか風呂を借りてる間にヴォーグはベットで倒れる様に眠りについていて、俺はそっと毛布を掛けながら少し考え込んで汗と森と土の匂いの混ざる意外にも男の匂いがするその隣に潜り込むのだった。






「そんなわけでホウルラの森のお土産です。
 ヴィヴィユーの肉をいくつか持って来たので隊舎の食堂の方にお渡ししたのでお昼の時にでも食べてください」
「ああ、数もあるから夜の奴らの分もある。折角だから味わって行け」

 隊舎に喜びの悲鳴が轟いた。
 ヴィヴィユーと言うSランクの魔物は庶民やちょっとした貴族では口にする事の出来ない高級な肉なのだ。
 しかもそれが無償で食べる事が出来るのだ。
 アレクでさえ数度しか食べた事のない肉をまさかの隊舎でまさかのまかないで食べる事になるとは誰も考えてなくって、それは外の隊舎からもこっそり潜り込んだ奴が食べに来ると言う事件にまで発展していた。

「隊長とあの文官がこんなにも捕まえて来るなんて想定外です!」

 そんな歓喜の声に俺はそっと視線を反らせて笑っておく。
 俺の隣でヴィヴィユーってやっぱりおいしいなあと口の中でほろほろとほぐれる様に蕩けて消える肉の食感を楽しむのほほんとした男は俺が仕留めた数の桁違いの数を仕留めてたなんて悲しい事にこの情けない隊長と言うプライドが言わせてくれなかった。

「それにしてもヴィヴィユーを隊長が仕留めて来るとは意外でした」
「ああ俺もだよ。
 もう一晩中剣を振るってたから腕がまだ筋肉痛だ」

 まだ少ししんどいと言えばアレクも苦笑して「お疲れ様です」とねぎらわれてしまった。

「ああ、今日の帰りにお前んちによるぞ。
 ヴォーグがヴィヴィユーを持って行けっていくつか分けてもらった。
 家の人達にも食べさせてやれってさ」
「父も母も喜ぶでしょう。
 ヴォーグ、ありがとうございます」
「いえ、護衛の人に俺の取り分もと分けてもらったのですがさすがに一人では食べきれないので」

 苦笑しながら言うも俺は心の中で嘘つけと言う。
 氷魔法で氷づけされた山のようなヴィヴィユーと他の魔物を見て当分ここは狩り場に出来ないなと言ったホルガーの言葉に他の魔物含めてあの地域は最低限の数を残してほぼ殲滅したのは明白で……

 何気なくヴォーグの家で普段食べている肉の名前を改めて気にしてみるのだった。








 


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