うちの隊長は補佐官殿が気になるようですが

雪那 由多

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うちの隊長は判らない話の間はクッキーを食べながら場を凌ぐようです

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 ヴォーグの生活はクラウゼ家との契約により一気に忙しくなる事になった。
 なにせ、クラウゼ家に雇われて二十年以上は経っているのに全く家の植物の名前や生態を知らない者達に勉強させる事になったのが頭の痛い話の始まりだった。
 
「この家に仕事を任されて二十数年、この庭を守って来たのは俺達だ!
 後から来た新参者にとやかく言われる筋合いはない!」

 そんな主張をする庭師達に家令のハイラさんを交えて庭師達を解雇する事にした。
 二十年という短いとは言えない経歴と言うプライドに

「解雇される前に俺達から辞めてやる!」

 そんな啖呵を切って屋敷から出て行ってしまったのだ。
 さすがにクラウゼ伯も頭が痛そうにハイラさんからの報告を聞いていたが

「新しい庭師を雇わなくてはいけませんね」

 ハイラさんは早々に一人の執事に新しい庭師を手配させに走らせていたが一向に見つからないという。



「すみません。俺が余計な事を言った為に……
 新しい庭師が見つからないのはたぶん庭師同士で噂を流しているとしか言えませんね」

  しょぼん……
 大きな図体が犬なら耳としっぽが垂れ下がっているのではないかという姿に俺もアレクもそっと視線を反らせて笑いをこらえていた。
 当然ヴォーグの正面に位置するクラウゼ伯もそっと視線を反らせながら

「なに、どのみち暇を与えるつもりだった。
 知らない植物を調べもせず、自分の知る知識だけで庭を維持してきた結果がどうなったかヴォーグが一番理解しているだろう」

 結果を言えばクラウゼ副隊長は子供を望めない身体と言う事が判明し、副隊長もあの事件で初めて知った事だがソフィア様が何度も子供を流していてもう子供を望めない身体となっていた事を。
 ハイラさんが改めてこの屋敷にまつわる話しを調べた所によると前の持ち主には正妻の他に若い妾が居て、自分の子供を跡継ぎにしたく主人以外にもいた恋人にこの家に潜り込ませて当時話題になったコルッカの木を植えさせたり、そう言った植物を調べ上げて屋敷の至る所に植えさせたという。
 最もその後、妾の望み通り正妻はもちろん子供達も帰らぬ人となってしまい、莫大な借金と心に病を抱えた主人に捨てられた挙句に正妻が残した宝石を盗んだのがばれて投獄された先で病が発病して死ぬ事になったという事まで発覚したのだ。

「あの者達が勉強に励めば今までの働きに応えてこのまま屋敷の庭を任せたかったのだが……」
「残念ですが私は彼らにこの屋敷の庭を任す事は反対です」

 副団長もあの庭師達に継続してもらうつもりはなかったようだ。

「母上にあれだけの事がその身に起きたというのに、自分達を正当化するとは主への反逆とみなして当然。
 父上が許しても私が許さなかったでしょう」

 忌々しい、そんな表情を浮かべる美貌の麗人なだけに迫力が凄いなと感心していれば

「俺には庭の事は判らんが、二十年もこの庭の面倒を見ている庭師ならその辺の事わかるものじゃないのか?」

 隊長が不思議そうに、でもこんな事を聞いていい物なのかと言う様に口にした言葉には俺が答える。

「そもそも屋敷付きの庭師と言う仕事はその家に代々受け継ぎながら屋敷の防衛を担う職業なのです。
 親から子へとその庭の造形と言った事を始め植物の生態や特徴、周囲の安全、そして不審者や迷い込んできた魔物への対応もします」
「ほう、冒険者をしていたのに庭師の仕事を知っているとは驚きだ」
「はい、この王都に来る前にとあるお屋敷で働かせてもらった時にその家の庭師に教えてもらいました。
 そのお屋敷は動物も飼っていたのでその面倒まで見る事になって大変でしたけど、大変勉強をさせていただきました」
「ますます君の履歴が面白い事になってるな」

 伯爵に笑みが戻った事で空気が和み緊張が解けた。
 
「なので、どんな植物が生えているかは庭師達は良く知り、そして幼い頃より父の背中を見て育つ庭師の子供達には悲しい事ですが他を学ぶ機会がない為にその知識だけに偏ってしまう為にコルッカの木のような知識のない植物についてはそのまま維持だけを重んじてどういった存在かを見逃してしまう事になります。
 長く続けてもらう為にと若い庭師を雇った事は間違いではありません。
 ですが、この庭を網羅している人をまず雇うべきでした。
 庭はどの家でも大概が奥様のお心使いによって作られていきます。
 きっと妾が恋人に植えさせた木の事もきっと奥様は不審に思って警戒しておいでだったでしょう」
「なるほど、それが前に父上に迂闊といった意味か」
「はい」
「必要になるのは知識と学ぶ好奇心か」
「どの分野においてもそれは常に求められる事かと思います」

 長い話の合間にハイラさんが淹れた紅茶が振舞われた。

「ですが旦那様、新しい庭師は見つかるでしょうか」

 茶菓子もそっと差し出され、甘いはずのクッキーは苦く感じられた。

「伯爵家への就職ならみんなこぞって来るんじゃないのか?」

 サクッ、サクッ……とクッキーをかみ砕いた隊長は不思議そうな顔で尚も疑問を述べる。

「先ほども言った通り庭師はこの家の第一線の防衛ラインです。
 そこそこ戦う技量も求められ、そしてこの庭を一瞬に戦場に変える事が出来る指揮官でもあります。
 なので、よその家の庭師を雇うとこちらの手薄な所がばれるのでまず選べません。
 かといって辞めた方達のように知識が浅い者を雇えば二の舞となり、新たに新人を雇うしかないのでしょうが……
 あの辞めて行った者達が伯爵に不当に解雇されたと言い回っていれば、まず誰も応募する事はないでしょう」
「お前、軍師みたいな言い方をするな」
「俺程度で軍師になれたら本職の軍師様にどつかれます」

 はははと笑いながら隊長は褒め上手ですねと言ってから

「ギルドの仕事で知り合った侯爵家の方ですが、妻に先立たれて子供を望めなかった庭師の方が次の庭師を育て上げて引退した話を少し前に聞きました。
 年も六十を過ぎていて老いてますがまだまだ達者なのでよろしければ紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか?
 先方にも許可は頂いております」
「どちらのお屋敷か聞いても?」
「エーンルート侯です。
 あちらのお屋敷では薬を調合して提供させていただいてます」

 三人の視線が鋭く俺に突き刺さり、ハイラさんさえその名前に一瞬動きが止まっていた。

「お前、エーンルート侯爵と言えば陛下の片腕で家宰のエーンルート侯だろ……」
「はい」

 クラウゼ伯は頭を抱えて

「知ってると思うが我が家は王宮では中立の立場を守っている」
「はい、エーンルート侯爵家は第一王子派ですね」

 さらっと答えるヴォーグにラグナーですらようやく納得が出来た。

「クラウゼ伯に第一王子派になれというのか?」

 すかさず本心を口にするラグナーに

「あまり知られて無くここだけの話しでお願いしたいのですが第二王子は陛下の子供ではありません。
 第一王子派とか第二王子派とか派閥がありますが、そもそも陛下の子供は第一王子を始めとした正妃との間に儲けた子供達だけなので継承権は誰の物かなんて聞く方が失礼と言う物です」

 思わぬ爆弾の投下にクラウゼ伯は机を叩いて立ち上がり、ヴォーグの目の前まで顔を近寄せるも

「迂闊な事を言うのではない!」
「申し訳ありません。
 ですが、そうやってゆさぶりをかけて敵を見極めている王家の状況に恩あるクラウゼ伯にはどちらに組すべきか早々に決断をしてほしくあります」

 ヴォーグの冷静な声に三者三様と言ったふうに決断を迫られて息を殺して椅子に座り

「父上、私には判断できません」
「ああ、ただ私が判断するという事はお前も同意見と言う事だぞ」
「かまいません」

 たっぷりと時間を置いてから、額に冷や汗を流した後に諦めにも似た溜息を零しながら

「ヴォーグ君、先方にどうか話を通して欲しい。 
 後日謝礼に伺いたいという事で時間を頂きたいと言う事も」
「承りました」

 ぺこりと頭を下げる俺にクラウゼ伯爵は顔を片手で覆い、ゆっくりと深呼吸をした。

「あとで妻にも報告を、一緒にエーンルート侯爵家にお伺いする事になるだろうと」
「できたら隊長、副隊長にもご同行をお願いします。
 エーンルート侯は後継者問題の一件で暴動が起きないようにと騎士団の中に少しでも味方を増やしたいとおっしゃっていたので」

 隊長と副隊長は眉間に皺を寄せながら巻き込まれたという顔を隠さずに苦虫を潰している。
 さすが美形、そんな顔も美しいと微笑ましく眺めてしまう。
 だけど、ずるりと姿勢を崩した隊長は

「こうなるとそう言った事を含めてお前が俺の隊に来たのかと邪推するな」
「いくらなんでも無理がありますよ」
「判ってるけど何かこう俺達には判らない所で何かに転がされてるって感じがして不気味なんだよ」

 ヴォーグがシーヴォラ隊に来て、隊長付きの補佐官に抜擢され、結婚してクラウゼ家とエーンルート家の橋渡し役となった。
 
「作為的としか言えんだろ……」
「ですが、さすがに貴方の性癖までは見抜けないでしょう。
 ヴォーグの文字に恋したなんて……」
「うるせー」

 気のない反抗的な声に誰とも失笑を零す。
 そう考えればヴォーグと言う手ゴマを放り込まれたという事になるのだろうか。

 ちらりとその横顔を見て目を瞑る。
 執事と共にどの日が都合がいいのか書きだしている紙を見ながらその手紙を届ける日を都合付けている顔は悪い事ではないがそこまで政治的な事が出来る顔ではないのになとそっと溜息を零しながら最後の一つになってしまったクッキーを口へと運ぶのだった。


















 






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