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うちの隊長はナンパに失敗したようです

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 武器を鞘に納めたまま片手に持つどこか剣呑とした空気を纏う男達と、容姿の美しさに目が奪われるも決して笑う事のない瞳と余裕を浮かべる口元に只者ではないと言う空気はすぐに見て取れた。
 だが、そんな彼らがヴォーグの姿を見れば緊張を解いたようにどこかほっとする顔をして

「悪い、食事中だったか?」

 随分とガタイのいい男が先頭でやってくるのは廊下の暗い奥からでも見れたがどうやらそれは向こうからも同様で

「何だ、来客中だったか?」
「ほら、予定より早く伺ったらご迷惑になるって言ったでしょ?」
「いやいや、まさかヴォーグが女を連れ込んでるなんて思わなかったから」
「他のお客様だったらもっとまずかったわよ」
「と言う事なら我々は早々荷物を受け取って失礼しようとするか」
「えー?折角久しぶりに会うんだからもっとお話ししたかったー!しーたーいー!」

 陽気で賑やかな一団が明るい吹き抜けの部屋へと入って行く顔ぶれに俺は息を飲んだ。
 それはこの王都に住む者なら、いや。
 この国に住むのなら誰もが一度は聞いた事のある名の面々なのだから。

「ヴォーグ、いきなり来てすまなかった。
 来客なら約束無く来た俺が失礼する」

 予想外と言うにふさわしい顔ぶれに一瞬動揺して急ぎ足で帰ろうとするもヴォーグは俺の腕を捕まえて

「すごくお世話になってる方々ですのですみませんが折角なので紹介させてください」

 何て?
 思わずたたらを踏んで向こうにとっても俺の顔は知っていたと見えて相当意外だったらしくて目をこれでもかと広げてどういう事だと言う様に俺とヴォーグを見ていた。

「ホルガー、悪いけどせっかくなので紹介させてください。
 前回報告したと思いますが事務仕事を始めまして、そこから移動になって配属された多分ご存じだと思いますがシーヴォラ隊のラグナー・シーヴォラ隊長です。
 そして隊長もこの顔ぶれを知らないとは思いませんが暁の大牙のリーダーのホルガー・ハリ、サブリーダーのユハ・カンテ、トゥロ・ケトラ、マイヤ・ラネ、テレサ・アロです。
 先ほどお話しした素材集めの時に護衛をお願いしている方達になります」

 暫くの間俺はこの国唯一のSクラスギルドのリーダーの顔を見上げ、ホルガーはその鋭い視線で俺を値踏みをする。
 周囲の四人は面白そうに俺とホルガーの顔をきょろきょろとみる中

「それでですね、騎士団の方でちょっといろいろありまして、隊長と結婚しまして……」

 睨みつける顔のままヴォーグへと向きを変えてそのまま……

「アホか!!!」

 ゴッ!!!と鈍い音のする頭突きされて壁までぶっ飛んでいたヴォーグに向かって俺は一応

「大丈夫か?」

 と聞いておいた。
 もちろん一緒にいた四人もあまりの告白に全員立ち上がって俺をヴォーグから引き離して彼を壁に追い詰めていた。

「何で?!結婚するならテレサとしようって約束したじゃない!」
「いや、してないし!って言うか、話しまだ続きあるから!」
「そんな男同士で結婚なんて、私みたいな美女の需要が必要なくなる日が来るなんてどういう事なの!?」
「マイヤは綺麗だよ!美人だよ!この結婚には理由があるから話しをさせて!」
「なあなあ、どっちが女房役だよ?
 美人と噂の高い隊長さんって近くで見たらマジで美人でもう喰っちまったか?」
「それとも見惚れている合間に喰われたか?」
「お願いだから話をさせて!!!」

 もみくちゃになっているヴォーグをホルガーが溜息と共に俺を救出し、俺達は改めてソファに座って話し合いをする事にした。

「まぁ、お互い知名度はあるからこれ以上の自己紹介は省略で良いな?」

 ホルガーの言い分に俺達は頷く。

「で、結婚しておめでとうと言って欲しかったのか?」

 ヴォーグに向かっての言葉に違うと頭を振って

「詳しい事は言えませんが俺が今働いているシーヴォラ隊でちょっとややこしい事が起きていて、俺の保護の為に隊長が貴族の特権で俺と婚姻関係を結ぶ事になりました。 
 なので名前が変わりましてヴォーグ・シーヴォラとなります。
 ギルドの方には名前の変更手続きをしたのでこれからは当面そちらでお願いします。
 隊長も俺がギルドに所属しているのを何かと心配してくれてますが、このように俺にはもったいない位の凄い人達です。
 休日は時折彼らに依頼して採取に出かけるかもしれませんので心配はいらないのと何かあればギルドに暁の大牙を指名してくれれば大概は俺と連絡が付きます。
 いきなりのこんな紹介で申し訳ありませんが、今後ともよろしくお願いします」

 ぺこりと下げる頭に向かってこの引き継ぎの様な告白に納得する。

「万が一の連絡手段とお互いの顔合わせということか。
 って言うか、もうちょっと順序良く話をすればいい物を」

 おでこを赤くしたヴォーグはそうですねと照れながら

「どうやって結婚の事を話そうかと思ったら無駄な話を省いていきなりの方が良いのかなって思いまして」
「テンパったんだな。まぁ、お前らしいけどよ……
 それより家出青年よ、これでお前の足取りはより分かりにくくなったな」
「はい、そしてより安定した生活を手に入れる事が出来ました」

 家出の事情を知っているその言い分になるほどと頷いてしまう。

「まぁ、それでも俺は男と結婚は勘弁だが……
 それより此処を引き払うつもりか?」

 結婚するなら一緒に暮らすのだろう、と言う様に聞かれたが

「別に偽装結婚なので一緒に暮らす予定は……」
「ないな。だが保護の観点で出入りはさせてもらう」

 ヴォーグに視線で尋ねられてもプライベートはキープしたいと即答、そして仕事で顔を合わすだろうとも付け加える。

「だそうなので、隊舎にも部屋はもらえましたがよほどの事がない限りここにいますよ。
 連絡はちょっと取りづらくなるかもしれませんが」
「そうか。それを聞いて安心したが、隊長さんも良くこんな素性の知れない奴と結婚しようと思ったな?」
「素性の悪さでは俺も人の事言えないからな」
「そういや孤児院出身だったな、噂によると」

 そうだと言う様にひょいと肩をすくめるラグナーにヴォーグの「初めて聞いた」という声だけが虚しく室内に響く。

「お前は少しは結婚相手の事を興味持てよ」
「あはは……確かに偽装結婚とは言え結婚した以上少しはお互いの事に興味を持とうかと?」
「まぁ、何はともあれだ」

 俺は騎士団でも部下の顔を眺める様に暁の大牙の面々を眺め

「お互い相容れない身分ある者同士、外で会うと何かと足元をすくわれる事があるだろう。
 思い当たる限りは会って話をする事はないだろうが、俺達が出くわしてる所を見られて何かされるならヴォーグに危害が及ぶ。
 ヴォーグに何かあればお互い頼る事には異存はないと思うが、可能な限り接触はなしで居たいと思う」
「確かにな。
 騎士様からそう言ってもらえると俺達も気が楽だ。
 ただ俺達はこいつの依頼の報酬をポーションで支払ってもらう事を約束している。
 今は任務帰りで全員そろっているが、今後は出来る限り俺達も揃ってここへの出入りには気を付けるつもりだがそこの所は勘弁してくれ」
「十分だ」

 お互いの要求が通った所でラグナーはホルガーと握手をして利害の一致を認め合った。

「じゃあ、私達は明日もあるからポーション頂いて帰るわね」

 魔術師らしく妖艶なマイヤは手入れの行き届いた指先でラグナーの頬を撫でながら

「隊長さんもお休みなさい」

 なんて耳元でささやくようなリップサービスに誰もが苦笑。
 いくら妖艶な美女のマイヤでも簡単に落ちるとは誰もが思ってなく、隊長も悪乗りして

「人肌が恋しかったら俺を呼んでくれ」

 なんて返す言葉にマイヤは照れる事無く

「その時はよろしく」

 と照れた様子さえなく返すが

「だけど新婚さんが簡単に浮気をしちゃだめよ?
 それにヴォーグは私のお気に入りなの、悲しませちゃダメ」

 誰ともなく苦笑。
 自分で誘っておいて釘をさすあたりマイヤに気に入られたと思っておこう。



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