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日々精進は誰がために 7

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買い物と志月のお気に入りのカフェに行き、すっかり晴朝も陽菜乃も気に入ってしまったようだった。
 子供達もこんないい笑顔を見せてくれるのならもっと早く家族一緒のお出かけをすればよかったと後悔しつつもそんな後ろ向きな反省より次はどこに行こうかと計画を練る方が反省としては建設的だろうと思うこの考え方、絶対綾人に感化されてるなとちょっとへこんだ。
 まあ、おかげでこの辺りの情報を調べれば遊ぶには事かからない観光地。学校を休ませて連れてきたのだから一つ一つ遊び倒せばいいと次はなかなかできそうにない貴重な体験、まああっても困るのだがこの機会を使い倒してやると綾人が進める村と町の境にあるスキー場へと向かった。
 今時珍しいスノボ禁止のスキー場。
 こじんまりとしていて初心者向けの斜面の一角にはそり用の遊び場もあった。
 麓の街で買ったスキーウェアを着てまっすぐ柵とネットに囲まれたそり用の遊び場に駆け足で向かう晴朝と陽菜乃に志月も慌ててついて行くのをやれやれと見守る。
 訓練の前の練習だと言ったのにと思ったのにと溜息を吐くもすぐに係員のお爺さんにルールを教えてもらって一つのそりに晴朝と陽菜乃が座って声を立てながら笑って遊び様子にまあいいかとこれはもう止められないなと今日は諦めようと志月の隣に並ぶ。

「子供は元気だな」
「そうですね。そり遊びではしゃぐなんて本当にかわいいですね」
 
 なんてにっこりと微笑む志月は豪雪地帯の出身。
 スキースノボ、ウィンタースポーツはスケート以外なら何でもござれと言うあたりスケート場何て無い田舎育ちだもんなと言うしかない。
 だけど滑り降りてプラスチックの赤いそりを晴朝が持って陽菜乃が一生懸命追いかける様子は休憩まで当分長そうだなと子供たちの自主性を優先する。
 ほどなくして疲れたと陽菜乃がぐずりだすまで待てばいいかと思うもぐずりだした陽菜乃をそりに乗って引っ張る晴朝。
 それだけで陽菜乃はご機嫌になって
「暁さん、今夜陽菜乃は熱を出しますね」
「俺もそう思った。って言うか晴朝は陽菜乃を振り回しすぎだろ」
 なんて止めるべきなのだろうがこれが何度目かの斜面を下った所で笑いながらそりから転げ落ちた陽菜乃はピクリとも動かなくなった。
 平日なのでそこまで周囲の視線を集める事はなかったけど俺達は知っている。
 思わず志月と一瞬だけ視線を交わせば陽菜乃の側に駆け寄り抱き起す。
「お父さん、お母さん……」
 晴朝も知ってるこの現象に不安げになり緊張している。
 抱き起こした陽菜乃をそのまま柵の外に出してすぐそばの駐車場に止めた車の中に入ればゆっくりと陽菜乃は瞼を開き……

「玄き山と川が流れ、荒れ狂う嵐が目覚め、汝、身を捧げん。
 白き永久の平野にて誰ぞあう」

 子供らしからぬ皺枯れた声にこれは何のお告げかと思う。
 そう、志月の一族は神降しの器となる血統を持つ。
 神を招いて器にもなるし、意志とは別に神が宿りお告げを伝える事もある。
 本家に近ければ近いほど神が降り易い肉体を持つが……
 最もそれは穢れを知らぬ間の出来事。
 子を産んだ志月にはもう忘れて久しい感覚だが、それは確かに陽菜乃が受け継ぎ、こうやって忠告を与える神の言葉を紡いだ。
 ただしどの神々もだがその言葉は意味が不明。
 その時になって初めて理解できる言葉だけに志月も過去の目にした事のある暁も意味を探る。
 陽菜乃はお告げが下された後はプツンと糸の切れた人形のごとく意識を手放していて……

「父さん、そりで遊びたい……」

 晴朝の小さな声は誰にも届かなかった。
 陽菜乃がかわいそうと思うも目の前で倒れるのはしょっちゅうなので『またか』と思うように耐性が出来てしまっていた。
 どうせ今回も少し寝ていれば大丈夫だろう。
 そんな風に考えてしまうくらい晴朝にとって当たり前の景色となってしまっていた。

「とりあえず一度綾人の家に戻ろう」
「晴朝ごめんね。また陽菜乃が体調がよくなったらそり遊びに来ようね」

 そしてこうなっては誰も晴朝の事など見てくれない事も知っているので、沢山の事を我慢して頷いて返事をするのがやっとだった。

 スキーウェアのまま車は走り出し、山道を登っていく。
 くったりと志月に体を預けて熱も出たのか呼吸も荒くなっている陽菜乃を確かにかわいそうだと思う。
 そしてその度に沢山の事を我慢しなくてはいけない晴朝もかわいそうと思う。
 暁だってそれは判ってるつもりだが、どちらがと問われれば今は陽菜乃と言うしかない。
 一見高熱が出ているだけに見えるが、この小さな体に神が宿る。言葉を伝えにだけとはいえ、大人だった志月ですら寝込むほど消耗するのを何度か見てきた。
 それをまだ幼い四歳の身に起きれば命の問題もある。
 そして悔しい事に回復する特効薬はなく、ただただ体調を整えるように横になってるしかない。
志月は体調がよくなったら、と言ったけど一週間や十日でやっと動けるようになる。たいくつをさせてしまうなと思うもむくりと突如陽菜乃が起き上がった。
 
 ぎょっとしたかのように志月は息をのみ、そして晴朝も口に手を当て悲鳴を抑え込んだ。
 突如バックミラーに移った虚ろな娘の姿に慌ててブレーキを踏めば

「いそげ」
 
 そう言って山の方へと指をさし、その一言を残してぱたりとまた志月のもとに崩れ落ちた。
 はあ、はあ、と息をあらくしながらまた意識を手放した様子を暁は見て、それから晴朝に
「よく声を出さずに我慢できた。えらいぞ」
 沢山我慢させてしまった過去はまだまだこれこれからも繰り返さないといけない。
 だけど、九条家次期当主としていずれ俺の跡を継ぐ晴朝にいつまでもそんな姿をみせるわけにはいかない。
 既に俺の跡を継ぐべくたくさん学んできている晴朝に教えた事が出来ればちゃんと認める、その行動を見せなくてはいけない。
 言葉ではないがおせっかいなあいつの嫌味を聞き入れるしかなく……

 口をとがらせて俯いて文句の一つ言わない晴朝がぱっと顔をあげた。
 どこか嬉しそうな、そんな瞳。
 俺はくしゃりとその小さな頭を手のひらで包み

「戻ったら庭にかまくらでも作ろう」

 なんてすぐにハンドルを握りしめて綾人の家に続く角を曲がって駆け上がって行けば……

 家に近づけば近づくほど雪は吹雪、車で運転するには危険な状態になった。

「なんだ、これは?!」

 いくら標高が高くてもまだ12がつなのにこんなにふぶくわけないだろう!と言うように叫べば

「父さん、ねえ、あそこ。
 お山が浮いてるよ……」

 晴朝が指をさした方に視線を向ければ

「ウソだろ……」
「須弥山、でしょうか。蓬莱山でしょうか……」

 そんな伝説の山を想像するもそんなことあるわけないと否定。
 志月も単にありえない目の前の景色に現実逃避をしただけのつぶやき。
 それよりもこれは一体何なんだと思えば山が動いた。

「ひゃう!」

 晴朝が志月にしがみ付いた。
 俺は肌身離さず持っている札を取り出して志月を守るように位置どれば、志月も神を降ろすことは出来ないものの、数々の神を降ろしてその身に受けた神気を使って晴朝と陽菜乃を守る。
 一体アレは何なんだ……
 札を握る手に力を籠めれば

「ねえねえ、また誰かいるよー?」
「やだー!俺と遊ぶのー!」

 山が動いて俺達を見下ろした。
 そしてずるりと長い何かが俺達の前に立ちふさがってその山へと手を伸ばすように立ち上がり……

 志月でなくとも俺も腰を抜かした。

 その巨大すぎるその正体。
 
 亀と蛇の何か、だった……
 


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