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飯田家の事情 8

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 床の間に置かれた螺鈿細工が施された漆黒の机を俺達は囲む。 
 机の角が少し欠けていた為にきっとこれが原因でお店の方で使えなくなったものをここで使っているんだろうなと、それでも机を見ればまるで鏡のように映る自分の視線とぶつかった。
 高級品半端ねー。
 そっと机に映る自分の視線から反らせてここまで来たのにこの客間を見て今ごろびくびくしている植田と水野にため息が出る。一緒に畑を駆け回ってお犬様だ~なんて笑っていたお兄さんがまさかの坊ちゃんだったと本当に今さら知った事実にチキってるポンコツ具合はそれでも通常通りだ。
 お前ら隣の陸斗を見て見ろ。
 初めて見る歴史あるお屋敷を見て感動しながら欄間や床の間を目に刻み付けて仕事モードになってるぞ。
 滅多に見れない立派なお家見学をさせてもらっている隣で机に傷つけたら賠償かななんてぼやいてる二人はさっきまで頼もしかったのになー、なんて俺の感動を返せと言いたかったけどやっぱりレベルを上げてもラスボスの集団にはかなわないと言った所だろう。
 お前たちが今対面しているのはクリア後に出てくる奴らだと教えてあげたいが、すぐに汁物を出してくれた飯田さんと一緒についてきたお母さんの説明をする前に来てしまい、案の定二人はびくびくと脅えていた。
 うん。 
 これでこそ安定の水野と植田だと安心しながらもとりあえずと言うように乗り換えの時に買ったお弁当を食べる事にした。

「新幹線の中で食べてこなかったのですか?
 差し出された汁物は普通にわかめと豆腐の味噌汁。
 それをありがたく頂きながら
「新幹線の中の食べ物の匂いって結構こもって酔う人がいるでしょ?
 一応気にかけてみたんだけど」
 なんて言いながらいおりんを見る。
 ずっと今から吐き出しそうな顔をしていたから時短を諦めて我慢したんだぞと言えばお犬様は気にしなくても良いと言うように鼻で笑って下さいました。
 そんなお犬様を前に俺達は急いでお弁当を食べつくしてお味噌汁を堪能し終えた頃お父さんがやって来た。
 食事に関しては間の取り方は完璧だ。ひょっとしたらどこか監視カメラがあるのではというように部屋の中をぐるりと見てしまうけど当然そんなものはなく、ただの経験値だという事に余計に怖くなってしまう。
 さて、なんて切り出そうかと思えば

「庵、久しぶりね。
 東京に行ってからめっきりどこかのふらふらした兄のように顔を出さなくなったと言うのに」
 先手必勝のお母様の毒にお母様の隣に座っていた飯田さんも巻沿いにあい視線を彷徨わせ始めた。
「ところで今日は皆さんを連れて何の御用かしら?」
 全く心当たりがないと言うように頬に手を添えて小首を傾げるお母様に対する抵抗値はゼロの水野と植田は肘を突きあいながら庵に何か言えと促していた。
 さすがだと謎の行動力にお前らどうしたと思っていた心はもうどこにもない。
 そんな中でもここまで大ごとにしてしまった庵が顔をあげて

「もう一度話をしたくて帰ってきました」
 
 凛とした顔をあげて両親へと真っすぐ視線を向けていた。

「一時の出会いに浮ついて自分を失う所でした。
 幸いな事に友人達に恵まれたおかげでこんな俺を気にかけてくれて取り返しがつかなくなる前に沢山の方が協力をしてくれて現実を見ることが出来ました。
 大変ご迷惑おかけしたことをお詫び申し上げに参りました」

 すっと座布団を下げて両手をついて丁寧に頭を下げる、そんな庵の姿に動揺していた水野と植田どころか陸斗も顔を引きつらせながらその様子を見守っていた。
 まあ、飯田さんを見ていれば庵だってこれぐらいできるだろうと思っていた俺だけがお茶を啜ってその場を濁せば

「庵、その年で謝って許される話ではないでしょう?」
 
 その年でなに恋愛にこじらせているとお母さんはご立腹だし

「庵が仕事に集中出来るように東京で過ごしてきた総てを置いてきたと言うのに、一体何をしていたんだか」
 
 なんて当然な飯田さんもご立腹。
 だけどお母さん相手でなければ水野と植田もしゃんとして

「申し訳ありません。
 どう見ても夜のお仕事系の人にいおりんが騙されているって思って連絡してしました」
「いおりんには何度もお世話になっているから何とかしないとと思ったけど俺達では到底対処できないし、綾っちを絡ませると大変な事になると思って飯田さんのお力をお借りできればと思いましたがこんなにも騒動が大きくなってしまい、本当にごめんなさい!」
 
 なんて庵の代わりに頭を下げる水野と植田。
 だけどこの姿を見ても何度勉強しろよと言ってもさぼっていたかつての二人と変わらないような姿にしか見えない。
 無駄に変なスキルのレベルを上げてしまったと反省しながらこの二人がどうやってこの親子喧嘩と言うか兄弟げんかを終わらせるつもりなのかと横目で見ていれば
 床の間の前で腕を組んで話を聞くお父さんは瞼を閉ざしたままピクリとも動かず二人の話に耳を傾けるだけ。
 飯田さんは相変わらず狂犬様だしお母さんはどこまでも涼やかな微笑みが怖くて目を向けられない。
 水野と植田よ、俺を巻き込まないつもりだったのなら徹底して巻き込まないでくれと言うように空っぽになった茶碗を少し寂しく思えば、そこはすぐにお母さんがお茶を注いでくれた。
 ああ、まだ冷静だったんだとどこかほっとしてお茶を頂きながら美しい枯山水の庭をぼんやりと眺めていた。
 緑青がお気に入りの灯篭だったり玄さんと岩さんがおねだりしてまで欲しがった水盆があったり、たった一年前の話しだと言うのに懐かしさに浸っていれば

「ところでなんで皆さんはこんな庵の為に協力をするのですか?
 ただでさえ料理人として成長が遅れているのに、そしてたくさんの人の手助けがあって今の仕事につけたと言うのに。
 綾人さんからも得難いくらいのご厚意を頂いたと言うのに庵はそんな方達になにを返してきたのですか?」

 結局のところ、飯田さんの怒りはそこに尽きる。
 未だにみんなで飯田さんの過去を弄ってるから過去を引きずる男みたいな事になっているけど、実際はもうすでにきっちりと決別が付いている。それなのにみんなで弄るから飯田さんはキレると言う無限ループにこれはもう楽しもうという答えと思うしかない。
 そんな純粋に弟を思っての兄の怒りに答えるように口を開いたのは

「独り暮らしをしている時に風邪をひいてしまって、真っ先に駆けつけてくれたのが庵さんでした」

 陸斗が声とともに顔もあげて訴える。

「『まめな陸斗とは言え病人食はさすがに用意してないだろう』と言っておかゆを作ってくれました。
 ほんのり出汁が効いていて栄養付けろって溶き卵も入れてくれました。
 風邪薬を常備してないから俺が食べている間に薬局まで走って行ってくれてついでに栄養剤とか体温計まで買ってくれました」

 意外と気が付くそんな優しさ。更に弱っていた時に当たり前のように差し出された優しさはちゃんと今も陸斗の心の中に残っていたが
「陸斗、まさか体温計を買ってなかったとは言わないよな?」
 俺も思った植田の指摘に
「ええと、調子悪かったら風邪薬を飲めば大体治ったので……」
 病院に行くつもりのない言葉に
「陸斗、これはあとで圭斗に報告するからな」
「ええ?!」
「最低限自分の身の回りの物は揃えろ。社会人になった時そう言われただろ?」
「う、はい……」
 きりっとした顔で頑張って発言したけどそれはそれ。一人暮らしする以上最低限の生活用品は揃えろと沢山の人に言われたはずだ。なのに若さにかまけた生活態度にちゃんと叱ってもらわなくてはいけないとスマホでさっそくメッセージを送っておく。ここにいる事もついでにばれて巻き込まれた陸斗を止めなかった俺を含めて全員で怒られるしかないなと小さく溜息。
 だけど陸斗が声をあげてくれたおかげで水野も植田も庵にしっかりお世話になった話を次々に始めるのだった。


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