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飯田家の事情 5

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「いおりん久しぶりー!
 飯田さんからいおりん東京から帰ってこないって話聞いたよー」
『いおりん言うな。
 ったく、植田とか水野とかあいつら人の事いおりんって綾人さんにまで言いやがって』
 久しぶりーなんて挨拶の代わりにやめてくれーとの悲鳴についつい笑ってしまう。
「って言うかまさかのお化け怖いとか言い出すとは思わなかった」
『ああ、あれな。だってふつう怖いだろ。
 付喪神だっけ?
 母さんから聞くには代々家に受け継いできたものらしいって聞いたけど』
「なんか大切にしていた掛け軸とか置物とか風鈴が付喪神になったんだよ」
『それな。
 それよりも綾人さんが視えているって言うのなんか綾人さんならありだなって思ったぞ』
「なんだそれw」
 どんな理由だと思ったけど
『なんかいつも何を見てるのかわからないって言う雰囲気だからな』
「目つきが悪いとはよく言われるけどそれは初めていわれたな。
 まあ、俺の場合情報を得るために視野を広く持とうとするとそうなるみたいだから」
『何を見ているかどうかじゃなくどこを見てるのかも分からなかったか……』
「何気に失礼な奴だな」
 言えば笑われてしまった。

 飯田さんの家で泊まらせてもらった時はよく一緒に飯田さんの部屋で飲んだ相手はかなり気楽なしゃべりかたとなり、酒の席でしかほぼ会った事が無いからかしこまった言葉は出てこない。
 ただ周囲が俺の事を綾人さんと呼ぶので何時の間にか俺の事を綾人さんと言うようになっていただけの呼び方。
 そこだけ違和感があるけどいちいち気にはしない。
 いおりんから綾っち何て言われる事を想像したら全然問題ないからな。

 なんて気楽なおしゃべりから始まったものの
『やっぱり付喪神って本当にいるの?』
 いおりんのそんな素朴な疑問。
「おま、京都生まれ、京都育ち、陰陽師がいたり付喪神がごろごろしている近所の神社にお守り買いに行くのに今さら怖いってないだろw」
『それ!本当に冗談とかじゃなく?」
「みんな躾の行き届いた品性のある付喪神ばっかりだぞ」
 特に店の入り口の門の両脇に座って女将さんと一緒にお客様をお出迎えするしいさんとこまさんの凛々しさはほんと神がかって美しい自慢の狛犬様達だ。
 その点うちの山で生まれたのはやんちゃな子ばかりだけどかわいさの種類が違うので問題はない。
 そういやあの事件のあった近辺歩いているとちょっと危ないのもいたらしいけど岩さんがなんかしちゃったから大丈夫だよと言ういらない事は言わない。
 岩さんも何をしたか分かってないし、九条の人達も何が起きたのか分からないと言っていた。ただ払わられたという事実だけが残ったらしい。
 使役している付喪神達は暫くして本体から復活できたらしいが、それでも復活期間がずいぶんと長かったと文句を言われても本職にも分からないのに俺が分かるわけがないと言うしかない。
 岩さんできる子だとは思っていたけどここまでできるとは予想外だったので岩さんにこんな事させないでくださいと逆に俺が布団の中から文句を言うぐらいの対応はさせてもらった。
 頭の痛い事件だったと思いだしながらも
「じゃあ、飯田さんが家を継ぐって話は聞いたか?」
『ああ。ずっと家を避けていた兄さんが家を継ぐのは意外だったけど、付喪神が居着いたって聞いたらなんか納得したし。
 おかげで俺が心置きなく家を出られたと言うわけだけど』
「納得したって、やっぱり俺の付喪神の世話をする為に家を継いだって思っていいのかな」
『それはおまけだろ?いや、付加価値って言うか……
 楓ちゃんのお店の話しは知ってるだろ?
 相変わらず人気店だけど高遠さんも兄さんが居なくなってからずいぶん疲れるようになったとか言っててさ、もっとこじんまりした店をやりたいって泣き出してたよ。楓ちゃんも奥さんが会社を定年退社しかたら旅行とかゆっくりしたいって言い始めちゃったし、そろそろ潮時って思い始めているみたい。
 従業員の皆さんも店から独立するのにぎりぎりの年齢だし、それを言ったら親父の店の従業員だってとっくに限界だ。
 板場の人は引き手数多だけどね……』
 その他がどう考えてもとっくに引退していても良い年齢層だと濁して教えてくれる。
『ある意味一新するにはそれぐらいの切り替えが必要だったかも。でないとあの人達ずっと残るだろうから、逆に切れなくなるよ。情が残って……』
 言われなくても想像はついたが
『その点あの兄さんの鋼の心臓だとそう言った情さえ跳ね返すしね』
「すごい言い様だ……」
『言い様って、俺にはできないけど兄さんならそこまで情はないだろうから。
 いや、情を持たないわけじゃないけど割り切ることが出来るからそこは尊敬してる』
「確かに飯田さんものすごくビジネスストライクだからね。妥協は一切しないしね」
『俺にはまねができない事だよ』
 少し悲しげな声が響いた。
『一流の、それも超が付く場所でずっと生まれ育ってきたのに兄さんがいるから俺はなんにでもなれるって思っていたくせにいざとなったら何になりたいとかも見つけられなくて周りに押し流されるように料理人になって。
 プライドも向上心も持てないまま見よう見まね程度に倣うぐらいしか考えれなくて』
 それで出来ているだけ十分だと思うも超がつく場所では一瞬で埋もれてしまう。
 一度埋もれてしまえば這い出るのは不可能。
 日々上達していく者達の中に飛び込めば一度の躊躇いは追い越せない距離を生み出してしまう。
 いくら今沢山の協力を得て父親と同じレールにやっと乗れたとしても、今まで足踏みをして出遅れた分はちゃんと年齢に現れていた。

 40過ぎて家を継ぐ。
 過去を見てもこんな遅くに、と言う風に下に見られてしまうのだろう。
 それならいっその事……
 後戻りが出来ないくらいまで時間は経過してしまった。
 しかも兄弟そろっていまだ未婚。
 つまり跡取りはもういない。

『むしろ後継者のいない飯田家にとって親父の目の黒いうちに店をたたんで別の形で存続を残す事の方が良い選択だったのかもしれない』
 少なくともそれで意地が出来るし
「あわよくば店を継いでくれる人が現れるかもしれない」
『代々世襲制で継いできた店なんて限界の方が早くたどり着きます』
 本音がついに漏れた。
 その言葉通りなら飯田さんが家を継いで庵が家を継ぐことはなかった不満と言う名の彼の人生。
 だけどここに来てやっと腹を割ったと言うように家を継ぐ決意したと言うのに…… 

「でも東京に残る決意をしたんだね」
『すみません。
 マジ俺そう言うのダメなんです』

 そう言った庵の言葉にもうそれが本当かどうかなんてどうでもいい。
 飯田家の物に宿って俺の式神となった付喪神をダメだと言うのならずっとダメていてもらおう。
 少なからず妥協点とか距離感を縮める努力をしてもらえれば俺の印象は変わったのかもしれない。
 なんとなく今まで親しかった間柄の温度が抜けていくのを寂しく思いながらも

「そういやお母さんいおりんの身辺調査したって話聞いた?」
『嘘?何それ……』
 途端にトーンの下がった声に
「飯田さんのマンションに彼女連れ込んでるんだって?」
『……』
 聞けば無言の返事。
 それがどんな意味かなんてもう興味も持てずに
「お母さんが雇った探偵さんに寄るとずいぶんとトラブルを抱えているらしいよ。
 前に家庭持ちの男性に手を出して借金を抱えているとか、今現在お前以外にも彼氏がいるとか」
『な、なんだよ。それ……』
 震える声に
「さあ?お母さんの調査の結果を聞いてないのなら先に教えておいただけだね」
 なんて言いながら

「試しに京都の店を継ぐって話をしなよ。そんでもってマンションを引き払うから一緒についてきて欲しい。場所は田舎だけど父さんと母さんも手伝ってくれるって言ってるから不便はさせないよって切りだしてみるといい。
 その時にこの話が嘘かどうか庵が判断すると良いよ」

 飯田さんのマンションの立地を自慢するなら間違ってもついてこないだろう。
 他の彼氏さんの方が収入が良いのもあるけどまだまだ遊びたいお年頃の彼女さん。収入よりも立地の方が大切だろうからそこで庵は現実を見るだろう。

「少なくとも店を継ぐ飯田さんはそのマンションはもう必要ないからね。既に引き払う段取りをつけているから。
 いおりんも新しい住処の確保した方が良いよ」

 なんて優しい俺の忠告に何も答えれずにいる庵にまたねと通話を切れば当然音沙汰もない。
 だけど種はまいた。
 どのような結末を結ぶのか気になるところだが結果は想像がつく。
 流される事に慣れて自分ではない人の手を借りて成り上がったその人生。

 数日後に家の玄関の前で派手な兄弟喧嘩をし、そのまま東京に帰って行ったと話を聞けばいい所に島流しされたなとなんとでもなる場所こそ彼のたどり着く場所だったのだろうと溜息をつくのだった。


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