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宮ちゃんと一緒

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「おーい、宮下。そろそろ行くぞーって、おま、何お守り何て握りしめてるんだ?」
 朝礼ではないが本日の予定をみんなで確認してさあ今日の職場に向かおうかという時になって幼馴染であり篠田工務店の従業員でもあり、妹の夫でもある義弟が今にもお守りが折れ曲がってしまうのではないかというくらい強く握りしめていた。
「あ、うん。大丈夫だから」
「大丈夫じゃねーだろ。
 って言うか、交通安全?なんでそんなお守り握りしめてるんだ?」
 顔を真っ青にしてがちがちと歯を鳴らすそんな様子に心配するなと言う方が無理な話でもある。

「えーとね、なんか情けない話なんだけどね……」

 そう言ってしばらくの間お守りは握りしめたまま両手の指先を組みながら言葉を探し始めた。
 幼馴染としてこれが始まるとこの沈黙は長い、という事は理解していたのでよっぽど口に出したくない話だという事までは経験から知っていた。
 だけどそこは三十過ぎた四十近い男。
 結婚もして一児の父ともなろうとするだけに一度だけぎゅっと閉じた口がゆっくりと開かれた。
 これが成長かと驚きもあったがそれよりもまずは幼馴染の言葉に耳を傾ける事に集中する。

「先日から火事後の修理に行ってる九条さんの家あるだろ?」
「ああ、綾人の貸家か」

 それが何だと思えば

「あの家、ちょっとおかしいよね?」

 顔を真っ青にして目尻に涙まで溜めだしていた。
 ものすごく真剣な表情がゆえに何も感じていない圭斗としては申し訳なく思うものの

「そうだね……」

 どっちともとれる言葉で何がおかしいのか宮下の言葉を促した。
 大体この後十中八九心の内をあふれ出すようにしゃべりだす幼馴染の性格は十分把握してるので何がおかしいのか是非とも聞かせてもらいたいとしゃべりやすいように庭と言うより駐車場と化してる庭を眺めるように縁側に宮下を座らせる。
 日当たりのいい場所に植えられた金柑の白い花の甘い香りが漂ってくる。
 秋になったらまた沢山もいで砂糖煮にして陸斗が帰ってきた時に沢山食べさせてやろうなんて宮下が言い出すのを待つ間ぼんやりと考えていれば
 
「あの家で仕事していると背後で何か物音したりしない?」

 思わず聞き逃しそうな小さく震える声だった。
「いや、俺は気が付かなかったけど……」
「お庭でも風が吹いてないのに木が揺れたり、家の中で物が勝手に転がってたり、池でも何かが飛び込むようなそんな音が聞こえるんだ」
「木は小さな鳥とか?物が転がるのは一度水平かどうか調査だな。池はカエルだっているだろうし」
「いなかったんだよ!
 気になって集中できないから見に行くようにしているんだけど動物もカエルもいないし、池に居るのは綾人が放流したって言う魚屋で売っていた金魚ぐらいだし」
「あのお前の元バイト先の魚屋、今年も金魚売ってたんだ」
「ドジョウもサワガニも売ってたよ。
 ただこの地域だと売れ行きが悪いってぼやいてたけど」
「まあ、買うより獲れるからな」
 子供の頃近くの田んぼの用水路で一生懸命捕まえた思い出は楽しいだけの思い出ではないけど懐かしく感じるあたり少しずついろいろなものが整理されている証拠だろうとかつての記憶を思考の隅に追いやって
「まあ、綾人の家もだけど九条の家も古いからな。
 何かいてもおかしくないだろうし」
 なんてうっかり言ってしまえば更に顔を青くして

「ごめん圭斗!あの家で仕事だなんて無理!」
「無理じゃねーだろ。これは仕事だ。ガキみたいな事言うな!」
「無理!絶対無理!俺がこういうの大っ嫌いなの圭斗だって知ってるだろ!」
「だからってなあ……」
 小学生の時の野外学習の時にやったお遊びのような肝試しの時でさえ一人絶叫を叫び気を失った事件を思い出す。
 こればかりは理屈ではないどうしようもない事と言うのは判っているが、それでも真夜中の綾人の家にたどり着くあの道は平気で車で走ることが出来るのだ。
 理解不可能な事象が怖いとなれば仕方がないのだろうがそれはそれ、これはこれ。

「ひょっとして、その訳の分からない何かに何かされたのか?」

 聞けば首は横にぶんぶんと振る。

「だったら問題ないじゃないか」
「そう言うのが側にいるって言うだけで怖いんだよ!見てよこの腕!」

 安全の為に一応長袖を着ているけどその袖をめくって俺に見せてくれれば毛穴が全部粟立つという見事な鳥肌に心の底から怖がっているというのは理解できた。

 だけどだ。

 家にかかわるとこういう事にかかわる事がある。
 会社勤めの時空き家をリフォームした折に不思議な経験を何度かしたことがある。
 俗にいう事故物件というものだったが、ただそこにいてじっと覗かれる、その程度の気配だったので俺は気にしなかった。まあ、その会社の先輩が黒い影が!なんてわめいていたけど、俺はそう言うのを一切無視して仕事をしていた覚えしかない。

「だけどな、いくら怖がってもあの家にいるのは綾人の親戚だ」
「親戚……」
 目じりに涙は溜めたままだけど俺をじっと見る瞳に向かって
「そうだ。
 綾人は直接面識はないかもしれないが、内田さんの爺さん達があれだけ丁寧に作った家の人だ。
 火事になって慌てて様子を見に来て、俺達がちゃんと綺麗にしてくれるのか心配して見守っているだけかもしれない」
「……」
「綾人の先祖様だ。怖い事はないさ」
「だけど綾人を真冬の川に突き落とした親戚もいるし……」
「あれは親戚じゃない!綾人の爺さんと婆さんを思えば怖くないだろ!」
 極端な例を持ち出してきて思わずと言うように声を荒げてしまうも、あの時ぐらいしか顔の知らない親戚よりも小さい時から店に出入りをしていた綾人の爺さんと婆さんを思い出したのかやっと笑みが戻ってきて
「だよね。あれだけ良い木材を使った家を建てたぐらいだからきっと綾人のお爺さんとお婆さんみたいな人達なんだろうね」

 なんてやっといつもの調子を取り戻したのを見計らって

「じゃあ、仕事に行こうか」
「うん。ちょっとまだ怖いけどなんか大丈夫な気がするし」
「何だったら麓の工場に仕事を持って行ってやっても良いぞ」
「あー、そう言えば襖の張替えとかそろそろ手を付けないといけないかも。障子の桟も折れていたから直さなくちゃ」
「じゃあ、今日はそっちで仕事だ。
 九条の所から襖を持ち出すところから慣れて行こう」
「だね。それぐらいなら大丈夫だよ」
 そう言ってバンで出かけて山のような襖や戸板を外して工場へと持ち込む。
 怖くない、とはまだ言えないけど一人で仕事をするわけじゃないし、圭斗の頼りがいに不思議と今はもう怖くはない。
 工場に襖を運び込んで煤で汚れた襖を張り替えるために枠を外した。

「あー、宮ちゃん今日はこっちでお仕事みたい」
「宮ちゃんがお仕事なら朱華は負けないくらい飛ぶ練習をします!
 緑青今日もご教授お願いします!」
「うん。今日も一緒に頑張ろうね!ぐるっと回って宮ちゃんの背中にタッチしてゴールだよ!」
「ふふん!今日こそ朱華は勝ちますから!」
「あー、本当に宮ちゃんがいる」
「宮ちゃんご機嫌でお仕事してるね。玄さん、少し宮ちゃんのお仕事見ても良い?」
「じゃあ、玄は土間の所で宮ちゃんのお仕事の音を聞きながら日向ぼっこしてるからゆっくり見学させてもらっておいで」
「うん。良く見えるように肩の所に居るから安心してね!」
「あー、今日は宮ちゃんがいるからみんなこっちにいるんだね!
 しゅるしゅる鉋で削った奴がいっぱいだ!
 作業場は主に遊ぶなって言われるけど、畳を裏返しにしたからいいにおいするから真白も今日はこっちで遊ぶー!」

 宮下は知らない。
 意外にもちみっこ達に大人気だという事を。
 宮下の側は安全だし楽しい事がいっぱいだという事をちみっこ達は知っていてよく背中に張り付いて遊んでいる事を綾人は何も言わず今も黙っていた。

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