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若葉芽吹く勢いに手をさしだせば 4

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 夏はちみっこ達の一番楽しみな季節だ。
 冬場は玄さんと岩さんが冬眠ではないがほとんど活動がないので自然に緑青達もおとなしくしてしまうのだけど、玄さんと岩さんがまたいつもの通りお外に遊びに行きだすと遠慮はいらないと池や畑、地植えした事で大成長をした紫陽花畑の中でかくれんぼをする遊びも増えた。
 ただ悲しい事に成長するにあたって木の洞の緑青の秘密基地には入れなくなってしまった。洞の側の枝に止まって名残惜しくしっぽが洞の中を撫でるのがせいぜい。そして同様に買ってもらった灯篭の火袋の中にも入れなくなり、見向きもされなくて今では倒れたりしたら危ないのでと大家さんが撤去してとあるお宅の庭にそっと置かれる事になった。

「今日も素敵な個展でしたね」
「宮下さんのおもちゃの世界は童心に帰れますね」

 子供が生まれて奥様そっくりな娘さんに宮下さんは一生懸命手作りのおもちゃを作り、大家さんは同じものを作って展示用に準備しろという指令を出していた。
 今回の展示の良い所は触って体験してという内容にこの小さな村にこんなにも子供がいたのかというくらいの親子連れが燈火さんの古民家カフェをにぎわせていた。
 そして俺達は展示会の蔵がある方ではなく反対側の正面の入り口の庭に面する所に席を取っている。
 そう、この場所からだと緑青の灯篭がよく見えるのだ。
 一時のブームというようにすでに見向きもしなくなった気の移り替わりの早い子供達から忘れ去られた灯篭はこのしっとりとした苔むす庭の片隅にそっと飾られていた。
 だけど緑青達はそれがうちの庭に在った事をちゃんと覚えていて

「緑青の灯篭~♪
 コーヒーの香り~、いい香り~♪
 ワッフル美味しい~、みんな笑顔~♪」

 なんて歌いながら周囲の落ち葉を片付けたりして近くにあったたわしで磨くのは週に一度、展示会を見に来る時のお仕事だった。

「家にあった時は見向きもしなかったのに」
 と呆れたけど
「無くなって初めて大切だった気持ちを取り戻したのでしょうね」
 ふふふと笑いながら綺麗にお掃除した灯篭の上にちょこんと緑青は器用に丸まって欠伸をこぼしていた。
 って言うか、灯篭をたわしで綺麗にしていい物かと思うも緑青がしたいようにしているからいいかと思うようにしている。
 大家さんも何も言わないどころか
「緑青は働き者だな」
「主からもらったものだもん!みんなに見てもらうんだから綺麗にしないとね!」
 褒められて喜ぶのは判っていたけど、店内から見える景色という事を理解して綺麗にしているのだから感心するしかない。
 その間朱華は燈火さんの側でコーヒーの香りを胸いっぱいに吸って幸せになっているし、玄さんと岩さんは蔵の中でじっくりと鑑賞会をしているらしい。
 そして真白はもっくんを連れて道路を渡ったお向かいの家へと潜り込んでいた。
 そこは圭斗さんの会社があって、妹さんでもある宮下さんのお嫁さんの香奈さんがいるのだ。事務仕事を引き受けている香奈さんの隣にはベビーベッドがあって、そこに娘さんが寝かされているという。
 元気に育っているか気になるからと言ってもっくんと一緒にこの小さな冒険と見に行くたびに成長している様子を俺に教えてくれるのだった。
 って言うか、いつの間に覗きに行ったんだかと思うも一人で大家さんの家に行ったり、もっくんもどちらかと言うと真白みたいに散歩の時間が必要というように歩き回るようになってから真白について歩くようになったと思ったらどこまでも行くようになるし。
 一応家の敷地から出てはいけませんと真白にも言い含めてはいるものの、燈火さんの古民家カフェと道路一本挟んだ圭斗さんの事務所兼ご自宅は作り手が同じなのでどうも一つの敷地と錯覚している様子。
 だけど道路は怖い、危ない。という事を俺よりもしっかりともっくんに教えて圭斗さんの家に赤ちゃんを見に行くのだから……
「なんでおとなしくしてくれないんだろうな……」
「ふふふっ、みんな好きな場所に行っちゃいましたね」
「回収する身にもなってほしいんだけど」
 言いながら視線はお掃除が終わって灯篭の火袋の中に庭で咲くお花を楽しそうに飾っている緑青のかわいさに目じりが下がる。
 たとえそのお花何処から積んできたの?なんて疑問が頭の中にいっぱいの不安があるもののご機嫌に主からもらった灯篭のお世話をする姿にうちの子良い子でしょうと自慢したい。

 タコパ以来こうやって結奈さんを誘って出かけるようになり、個展の初日に誘ってお茶をするようになった。
 仕事のスケジュールは俺も結奈さんもそれなりに自由は聞くけど一日の時間は限られているのでお互い仕事の進行の様子を見ながら誘っているつもりだ。
 大体断られない辺り少なからず好意を持っているとうぬぼれながらも手痛い失恋が一歩を踏み出せないでいる。
 だからこの後も一緒に買い物に行って結奈さんを家まで送ってからの解散になるのだが……

「真ー、今日も結奈さんを晩御飯いお誘いできなかったのー?」
「真ー、玄は知ってるよ。真の事ヘタレって言うんだよ」

 なぜか岩さんと玄さんに励ましてもらっていた。
 いや、励ましてもらっているのか?
 まあ、玄さんのおっしゃる通りなので何とも言えないのですが……
「だけど真ー、本気で悩んでるなら主に相談すると良いよ?」
「岩さん心配してくれてありがとう。だけど大家さんに相談するのは一番最後の手段だからね」
 って言うか相談相手にしたらダメな人だから。
 この件を相談したらガッチガチに周りを固めて他に選択の余地がないくらいの状況に持ち込まれるのが目に見えてるから。それはもう選択って言わないんだよと心の中から訴えてみるも
「真ー、岩にはちょっと難しいお話だよ?」
「真ー、玄にも難しいお話だったね?」
 既に固められている事に気付いてない俺はまだちょっと玄さんと岩さんには早かったかというように難しい事言ってごめんねと指先で撫でれば

「そう言えばもうすぐ結奈誕生日だって言ってた」
「確か夏休み入ってすぐだって言ってたね」
 子供の頃そう言う理由でお友達を招待できなかったといっていた記憶を引っ張り出して
「今度30歳だって!」
「ケーキのろうそくが30本!一生懸命ふーふ―しなくちゃね!」
 なんていらない情報と俺がここに引っ越してきて玄さん達の存在に気が付いた日を記念日として誕生日ケーキみたいに蝋燭を立ててみんなでふーと息を吹き付けて消したことを思い出したかのように言うも
「ケーキが穴だらけになるからやらないからね?」
「うん。穴だらけのケーキは玄悲しいな」
「玄さんが悲しがるので岩は穴だらけのケーキはいりません」
 なんてやり取りに笑ってしまうも俺は少し脳裏をめぐらして
「誕生日プレゼントぐらい用意しなくちゃ」
 何もしないわけにはいかないと結奈さんって年上なんだよなと言う不安に俺は自分がびっくりするほど恋愛に臆病になっている事に気付いて、小さく溜息を吐くのだった。



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