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春と共に駆ける 3

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 カラカラとガラスの嵌った木製のドアの重い音が耳に心地よく響けば
「こんにちはー。姿が見えたのでご挨拶に来ました。
 実桜さんもこんにちは。
 先日の個展の時のお花ありがとうございました。
 ご来場いただいたお客様に大変好評でした」
「こんにちは。
 私が楽しんでやっただけだから気にしないで」
 そう。
 蔵の中に毎日日替わりでお花を活けてくれたのがこの実桜さん。
 お花も変えれば花器も変える。
 さらにすごいのはその花器が店内の物を合わせてオーナーの燈火さんの私物だというのだから趣味というのは本当に大変だ。
「綾人さんからも色味が足りないから綺麗に色を足してくれってお願いされていたし、お店じゃできない活け方が出来たから楽しかったわ」
 まるでまたそんな機会ないかしらと言うような顔をしながらもなぜか荷物を片付け始めてコートを着て……

「それじゃあそろそろ娘が学校から帰ってくる時間だから失礼しますね」

 にこにこと笑みを浮かべて帰ろうとする後姿にもうお別れの時間なのか。折角だからお昼を一緒に食べようと下準備を済ませていたのにと思うもお子さんの帰宅を出されたら何も言えない。
「じゃあ、また生け花教えてください」
 二回目はそれなりにできたので憧れのお花のある生活を手にするために言えばにこにことした顔の瞳がきらりと光った気がした。
「もちろん」
 そう満面の笑みで返事をした所で
「そう言えばまこちゃん」
 まこちゃん?
 何そのかわいいあだ名?!なんてなぜか少し恥ずかしそうな顔をする真さんに
「今話をしていて結奈ちゃんが書道をやってみたいって言ってるの。
 良かったら一度見てあげてくれない?
 まこちゃんの個展で触発されたのですって」
「それは嬉しい言葉ですね」
 なんて素直に嬉しそうに笑顔になる真さんとにやにやと笑う、なんて笑い方なんてせずさらっとした笑みで爆弾を落として下さった実桜さんは
「じゃあ結奈ちゃん、またLIMEで連絡するね!」
 そう言って華麗に去って行った後ろ姿を何とかとどめようとしたかったけど

「まことー。このお花食べても良―い?」
「真ー、このお花の蜜がとっても美味しそうな匂いをしてるのです!」

 お話をするタイミングをおとなしく待ってましたというもっくんと朱華さんに遮られれば真さんは申し訳なさそうな顔で
「すみません。少しお花を分けていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい……」
 実桜さんカムバック!!と心の中で叫んだ所で朱華さんが今はそれよりこっちと言うように私の肩に止まってくれた。
 ふわっとした温かな毛とちょっと冷たい足が付喪神様達との初の接触。

 うわ!
 うわ!!
 うわ!!!
 
 予想以上に軽くてふわっとして暖かくて、その上なんとなく甘い匂いがしていて……

「あ、朱華。さっき食べたジャムが羽についてるよ?」
「だからさっきからいい匂いがしてたんだね!」

 近くを浮いている緑青さんの指摘にもっくんもそうだったんだとぴょんぴょん飛び跳ねている姿がかわいすぎてもういいやなんて笑みを浮かべてしまう。
「朱華、拭くからちょっとおいで」
「そう言って朱華をお風呂に入れる気でしょ!」
 そんな言い合いを真さんと始める。
「ここはお家じゃないからお風呂に入れないよ」
「そう言って主のお家のお風呂に投げ込まれたの朱華覚えてるもん!」
「それは大家さんがやったんだって……」
「緑青!タオルでふきふきしてください!」
 ピシッと男前にお断りする割には緑青さんにお願いするのかと心の中で突っ込むも近くにあったタオルをもって私の回りを飛び回る緑青さんが
「結奈ー、タオルかしてね?」
「え、どうぞ」
 これはなんて言う展開?なんて思ってる間にお茶碗をぬぐって少し濡れてるタオルでふきふきしてあげる緑青さんと
「あ、そこ。そこ気持ちいいからもうちょっと力強くお願いします」
「こんなかんじー?」
「そうそう、そこ最高です!」
 なんて言う朱華ちゃん達のやり取りのかわいさにはもうニヤニヤするしかなかった。

「すみません。本当に勝手に上がりこんじゃった挙句にタオルや炬燵までお借りしてしまって……」
「いえ、上がってくださいって言ったのは私ですので気にしないでください」
 そのうえこんなかわいいご褒美まで見れるのだ。
 何を断ると言うものだがふと視線がもっくんの姿を捉えれば、真さんも目を大きく瞠って
「あああ、もっくん。活けてあるお花まで食べちゃダメだよ!」
「活けてあるお花ってなーに?」
 言いながらもしゃもしゃと黄色いお花どころか水盤に飾ってあったお花まで食べていた。
「こうやってお花を飾ってあるものだよ。
 それに食べ過ぎるとお昼ごはん食べれなくなっちゃう……」
「あー!朱華のお花が!」
 緑青にフキフキされながらモミモミもさせていた朱華が途端に我に返ってお花を見ても既にロウバイはなく……
「もっくんと同じ黄色のお花美味しかったよ!」
 みんなに大切に、そして愛されて育ったのだろうもっくんに遠慮という文字はなかったようだ。
 屈託なく笑みを浮かべたその顔に朱華は普段の食いしん坊の様子からは想像がつかないというようにがっくりと項垂れて諦めていた。
「結奈さん、因みに先ほどのお花なんて言うか分かりますか?」
 とっくに花盛りは終わったお花だと思っていたけどこの地域だとまだ咲いているのねと春の先触れの様な黄色いお花は
「ロウバイ、蝋梅って書きます。梅の字を使うけど梅ではなくって、梅と同じころ咲くから梅の字が使われているって実桜さんから教えてもらいました」
「さすが実桜さん。知識も半端じゃないなー」
 唸りながら感心する横では蝋梅を食べ損ねて落ち込んでいた朱華さんがすでに復活してもっくんと一緒に残っていたお花を食べ始めたのを見てほっとしつつも炬燵からにゅっと顔を出している玄さんと岩さんの隣でいつの間にか真白さんと緑青さんが炬燵布団の上でひっくり返ってお昼寝を始めてしまった様子に
「あああ、まだ家じゃないのに」
 すっかり我が家で寛ぐ事を覚えた付喪神様はお散歩の途中の休憩からのお昼寝タイムに入ってしまい、どうやって連れて帰ろうかと考える真さんに

「せっかくでしたらお昼食べて行きませんか?
 実桜さんと食べようかと思って用意したもになりますが」
 誘う時にお昼もご一緒しましょうという事を伝え忘れた私の失敗だけど、せっかく下ごしらえをしたのだからと誘ってみれば
「ありがとうございます。
 ですが……」
 ちらりと付喪神様達に視線を向ける意味を理解すれば
「ご飯をしっかり炊いたのでおにぎりで良ければ作ります。
 ちなみに匂いで判ると思いますがドライカレーです」
「うん。すぐにわかったよ。気分的には今夜カレーにしようかなって思ったぐらいだから」
 なんて笑う真さんはまったりしている付喪神様から視線を反らして少しだけ考えるそぶりをし

「すみません。ごちそうになります」
「はい。準備をしますので少し炬燵で温まって待っていてください」

 真さんもしっかり炬燵の常連さんとなって慣れたように靴を脱いで土間から上がって玄さん達の邪魔にならないように足を潜り込ませるのだった。



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